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第8話
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しおりを挟む下邪は発情時、番の匂いのついたものを求める。躰が無防備な状態となるため、安心できる相手の匂いにくるまれることを好むのだ。それはまた、あなたを最も信頼しているという番への求愛行動でもあった。
下邪種であれば、天陽種を招くための巣は大きく円形であればあるほど見目良いものであると言われずとも理解している。
仁瑶の作った巣は、翠玲の贈った数枚の衣を牀榻の四方八方へ散らしたもので、白い絹の上で乱れた布は円というより花びらのような形になっていた。
翠玲がじっと見つめていると、仁瑶はどこか狼狽えたふうに視線を揺らす。まるで叱られるのを待つ子供のような姿に、翠玲はややあってから合点した。
きっと仁瑶は、翠玲に呆れられると思っていたのだ。
おのれと仁瑶は番関係にない。そのうえ巣に使ったのは翠玲が贈ったものではあっても、翠玲自身の衣ではない。不完全な巣では、天陽種を満足させるどころか怒らせてしまうという恐れがあるから、仁瑶はこんなにもふるえて縮こまっている。
(あなたがどのような巣をつくろうと、わたしにとっては愛しいものに変わりはないのに)
仁瑶の作った巣を思い返して、翠玲は口の端に笑みを浮かべた。
「この世であれほど美しい巣をお作りになれるのは、仁瑶様だけでしょうね」
囁いて、仁瑶の身をもう一度かき抱く。
桃心の言うとおり、仁瑶は翠玲のことを嫌ってはいなかった。
翠玲の行動で勘違いさせてしまっただけで、仁瑶も、本当はおのれを好いていてくれていたのだ。
(……いったいいつから、あなたはわたしを愛してくださっていたのでしょう)
仁瑶が目覚めたら、そう尋ねてみたい。
うなじを咬んで、番になりたいと願ってくれた仁瑶。
もしも、おのれがもっと積極的に仁瑶の気持ちを確かめていたら、もっと早くに結ばれていたかもしれない。
されど、時を戻すことは不可能だ。
詮無いことと思いつつ、今この瞬間、仁瑶がおのれの傍にいる喜びを噛みしめる。
「もう二度と離れません。仁瑶様が嫌だと言っても、ずっとお傍におりますからね」
言いながら額を重ねれば、仁瑶が小さく身じろぎした。起こしてしまったかとも思ったけれど、微睡んだまま翠玲のほうへすり寄ってくる仕草にたまらず甘い笑みがこぼれる。
あたたかな躰を守るように抱きしめて、翠玲はそっと瞼を閉じた。
***
やさしく肩を揺すられる感覚がして、仁瑶は目を覚ます。
眠い瞼をゆるゆると持ちあげると、こちらを見つめる甘い眼差しと視線が絡んだ。
「……小玲?」
寝惚けたまま紡げば、琥珀瞳がさらにとろける。
「はい、仁瑶様の小玲です。紅春が夕餉を持ってまいりましたので、お召しあがりになりませんか」
仁瑶は一瞬、まだ夢の中にいるのかと思った。
言葉もなく瞬きをくり返していると、翠玲が気遣うように頬に触れてくる。
「もしかして、まだお具合が優れませんか」
「ぁ、え」
仁瑶は困惑して目の前の花顔を見あげた。
ふんわりと鼻腔をくすぐる金銀花の花蜜の匂いは、まぎれもなく翠玲の香りだ。
「……翠玲、なんで……ぁ、あれは夢だったんじゃ、……っ」
しどろもどろになりながら逡巡する。
なにもかも、仁瑶の願望が創り出した夢だったはずだ。それなのに、恥ずかしい場所をさらしたのも、うなじを咬んでとねだって番になったのも、すべて本当のことだったのだろうか。
仁瑶はふるえる指でうなじを探った。そんなことをしても、咬み痕があるかどうか判ずることはできないというのに、混乱した思考ではそれすら忘れてしまう。
狼狽える仁瑶に、翠玲は少しばかり目をまるくした。そうして、甘やかすように仁瑶を抱き寄せる。
「っ、」
「夢だとお疑いでしたら、どうぞわたしに触れてくださいませ。あなたを想ってこんなにも脈打つ鼓動が、夢であるはずがありませんから」
仁瑶は息を詰めたまま、翠玲の胸もとから伝わってくる鼓動を感じた。
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