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第9話
9-9
しおりを挟む天燈は可愛らしいが、たくさんほしいわけではない。そもそも、抱かれていないのに子宝を願うのが気まずくて持ち帰ってきたものだ。
うつむいてくちびるを噛んだ仁瑶に、牀榻へ戻ってきた翠玲は心配そうに触れてきた。
「仁瑶様? やはりどこかお具合が悪いのですか?」
「違います……私は、」
大丈夫です、と言おうとして言葉がつかえる。
翠玲の触れ方がやさしければやさしいほど、眼差しが甘やかであればあるほど、苦しくてたまらない。
一度は抱いてくれたのに、どうしてそのあとは肌を重ねてくれないのだろうか。これほどまでに近くにいるのに、どうして番である天陽に身の内の奥まで愛してもらえないのか。
膨れあがった下邪の慾が腹の底でひどくのたうち、息もできない。
「仁瑶様、大丈夫ですか」
慌てたふうに顔を覗き込んでくる翠玲の、琥珀瞳と視線が交わる。
気がつけば、仁瑶は手を伸ばして翠玲に抱きついていた。肩口に額を押しつけ、腕にきつく力をこめると、翠玲が戸惑った声を出す。
「仁瑶さま?」
いたわるようにやわらかく抱き返され、額を寄せられると胸が詰まった。
仁瑶はふるえるくちびるを懸命に動かす。
「私が、……満足させられなかったから、ですか」
「え?」
「私が下手だったから、抱くのが嫌になられたのですか? だからずっと抱いてくださらないのですか?」
これまで問えずにいたことを思いきって口に出せば、胸のつかえが取れたような気がした。
されど、同時に恐ろしくもなる。当然のことを訊くなと言われるかもしれないと身を固くした仁瑶に、しかし、翠玲は笑みまじりの吐息をこぼした。
背を撫でる手のひらが、仁瑶をやさしく抱きすくめる。
湯あがりの躰からあふれた金銀花の香りは甘く、この世のものとも思えないほど芳しい。
「――そんなわけがないではありませんか」
鼓膜に響いた声は、ひどく甘やかすような色をしていた。
おそるおそる視線をあげると、翠玲はどこか困ったふうな、嬉しそうな表情を浮かべて仁瑶を見つめている。
「いつぞやは、発情期に乗じるかたちで仁瑶様を抱いてしまいましたでしょう。ですから、その、……申し訳なくて。番になることをお赦しいただいたうえでの行為でしたけれど、あとから、あんなふうになし崩しにあなたを抱くべきではなかったと後悔したのです。あれでは、颯憐兄上が仁瑶様にしようとしたことと変わりありません」
「……そんなことはない。あなたに抱いてくれとねだったのは私だ。王太子の時とは事情が違う」
首を横に振った仁瑶に、翠玲は蛾眉を下げる。
「それでも、結局はわたしも颯憐兄上と同じ穴の狢だったのです。そんな自分が赦せなくて、だから次はもっとゆっくり、発情期など関係なく、仁瑶様がわたしに抱かれてもよいと思われるまで待とうと思ったのです」
鼻先をこすりあわせながら、翠玲は静かに続けた。
「番になってから、仁瑶様を抱きたい慾がなかった日など一日たりともありません。今宵だって、美しく装ったあなたを、本当は外に出したくなかった。腕の中に閉じ込めて、わたしだけが愛でていたいと何度思ったことか。自分で待つと決めたのに、日に日に妬心と恋情ばかり募って、……そのうえ、仁瑶様を不安にさせてしまうなど、なんとお詫びしてよいか」
しんなりと瞼を伏せた翠玲は、叱られるのを待つ子供のようだ。
仁瑶は小さく笑声を漏らした。
「翠玲殿がやきもちを焼くなんて。そんなことをしなくとも、私の番はあなただけなのに」
「仁瑶様……」
「それに、やきもちを焼くのは私のほうだ。さっきだって、すれ違うたびに翠玲殿を見て頬を染めている民に嫉妬していたのだから」
微苦笑をにじませた仁瑶に、翠玲は寸の間きょとんとした顔をして「本当ですか?」と問うてくる。
「それなら、わたしが仁瑶様だけのものだと、たしかめてください」
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