鳳花春閨伝―死に戻りの皇帝は四人の妃に愛される―

鮎川アキ

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第1話

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「帝君はなぜ朝議に出てくださらないんだ? 此度だけはお出になってくださいと、あんなに申しあげたのに」
 回廊に切羽詰まった声が響く。
 右丞相となった沈嫣寧は、たまらずといった様子で目の前の太監をにらんだ。
「そう言われましても。このところ皇后様のご体調が芳しくなく、帝君はひどくご心配なさっておいででして。今朝も手ずから朝餉をお給仕なさり、皇后様がご快復なさるまで、片時も離れずお傍につき添っていたいと仰るのですよ。そのような帝君に対して、朝議に出てくださいと強く申しあげるなど無理にございます」
 皇帝付き主席宦官であるオン太監は、困ったふうに眉を寄せる。
「皇后様は太医が診ているのだろう? すでに峯珠国ほうしゅこくの大使が、帝君への謁見を求めて入朝しているんだぞ。峯珠皇帝の親書も携えておいでで、帝君へ直接お渡ししたいと申している。峯珠は大切な隣国。まして現皇帝は太上皇様のご友人であらせられるのだから、礼を失するわけにはいかないとわかっているだろう」
「ですから、帝君はご自身のかわりに右丞相様に任せると仰せなのではありませんか。右丞相様であれば、峯珠国の大使がなにを言ってこようと、上手く取り成すことができますでしょう?」
「そういうわけにはいかぬから、帝君にお出ましになっていただきたいと申しているのだろうが……っ!」
 嫣寧が苛々と頭を振ったところで、廊下の向こうから笑声が聞こえてくる。
 はっとして振り向けば、こちらへ歩いてくる左丞相姚泰晟ヨウタイセイと目が合った。壮年の偉丈夫は、人好きのしそうな笑みを浮かべて嫣寧へ拱手する。
「このような廊下で、内輪揉めなどするものではありませんよ」
「っ……ご冗談を。わたくしは温太監に、帝君を朝議の場へお連れするよう頼んでいただけです」
「では、帝君は本日は龍安殿りゅうあんでんへおいでになると?」
 笑い含みに尋ねられ、嫣寧は口籠った。
 姚丞相は、子供のいたずらでもたしなめるかのように肩をすくめる。
「帝君は皇后娘娘にゃんにゃんをたいそうご寵愛なさっているご様子。娘娘のご体調が悪いとなれば、朝廷に顔を出す時間さえ惜しまれるのも仕方がないでしょう。ですが、帝君がお見えにならないからといって、永璉エイレン殿下が政をほしいままにするのはいただけない。沈丞相もそう思われませぬか」
 孝賢王こうけんおう永璉は、今上帝となった瓊祥の実父。太上皇紗琰の叔父であり、現在は宗室の長の立場にある。
 瓊祥が皇位を得るまで、永璉は影の薄い人物だった。特に目立った功績があるわけでもなく、嫣寧自身、彼のことを控えめで穏やかな人物だと思っていた。
 しかし、瓊祥が皇位を得て、その印象は一変した。
 後宮に入り浸っている瓊祥にかわり、永璉は自らが君主のように振る舞いはじめたのだ。国政に対して無関心な瓊祥はそれを諫めることもせず、父親の好きなようにさせている。
 永璉の行動はどんどん横暴になっていき、悪評は日を追うごとにふくれあがっていた。
 黙り込んだ嫣寧に、姚丞相はことさら大袈裟な溜息をつく。
「太上皇様が御位におつきだった折は、隣国の大使が訪ねてこられたとなれば御自らお出迎えになり、懇ろにお言葉を交わされたものです。太上皇様は、先代であった仁慶帝じんけいてい同様ご聡明なおかた。それがどうして、兄君たちにもなんのご相談もせず、ただ鳳花であるというだけで、傍系筋の帝君へ御位をお譲りになったのか。このところ、京師では様々な噂が飛び交っているようですが、沈丞相のお耳にも入っているのでは?」
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