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第1話
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しおりを挟むそんな喜びが独りよがりなものだと気づいたのは、太婚の夜のこと。
初夜を迎えるため紅閨へやって来た紗琰は、嫣寧のかぶっている紅蓋頭を外すこともなく「さっさとうなじを咬んでくれ」と告げたのだ。
紗琰は肌を重ねることを厭い、ただ番ったという事実を残すためだけに、嫣寧にうなじを咬むよう命じた。嫣寧に従う以外の選択肢はなく、ふるえるくちびるでうなじに歯をたてると、紗琰は太監に花痣が浮かびあがったのを確認させて閨を出ていってしまった。
華の閨にひとり残された嫣寧は、涙も流すこともできず、ただ茫然と紗琰の消えた扉の先を見つめていた。
宮中のしきたりでは、皇帝は太婚の夜から七日七晩皇后のもとへ通うことになっている。
されど、紗琰はうなじを咬んだ初夜以降、二度と嫣寧の殿舎を訪れなかった。
嫣寧は当然困惑した。
他に気に入りの妃嬪がおり、その者を慮っているのかとも思ったが、探らせてもそのような人物は見つからなかった。それどころか、紗琰は後宮自体を厭うているようで、内朝への訪いは皆無だった。
なぜ、と誰もが思った。
歴代の鳳花帝君は、懐妊をなにより重視していた。後宮に集った優秀な天陽種の胤を孕んでこそ、将来の国のためになる。
だが、紗琰は妃嬪たちの存在を黙殺しているかのように、必要最低限の関りしか持とうとはしなかった。
嫣寧は父から、皇后としての努力が足りないとたしなめられた。
帝君が天陽種である場合、後宮の妃嬪は愛でられるべき花であればよい。鳳花であったなら、皇后を筆頭とする妃嬪たちは帝君を癒す胡蝶でなければならない。
男性花紗種の紗琰は、ただでさえ閨事への戸惑いが大きいに違いないと父は言った。政務での疲れもあるはずで、玉体をいたわっていただくためにも、まずは正室たる嫣寧が紗琰の信頼を得るようにと。
嫣寧は迷った末に、皇帝付き主席太監の喬玲玉へ相談することにした。紗琰にもっとうちとけてもらうにはどうしたらよいかと尋ねた嫣寧に、喬太監はどこか申し訳なさそうに「皇后娘娘には難しいかと存じます」と答えた。
どういうことかと問えば、喬太監は柳眉を下げて、紗琰が嫣寧を――ひいては沈家を警戒しているからだと述べた。
嫣寧の叔母は、紗琰の父皇の後宮で寧妃に封じられていた。
さりながら、彼女は子を孕むこともなく、病によって若くして亡くなっている。
左丞相である姚家出身の貴妃が皇長子と皇次子をもうけ、後宮でも朝廷でも盤石な地位を築いている傍ら、右丞相たる沈家の権勢は衰えつつあった。
先帝と皇太后が紗琰の正室として沈家嫡男である嫣寧を選んだのは、姚家にばかり権力が偏らぬようにとの配慮でもある。
『だからこそ、帝君は皇后娘娘が生家の権勢を取り戻すため、政での実権をおのれから奪おうと目論んでいるのではないかと疑われているのです』
嫣寧は思わず反駁しそうになったものの、紗琰がそう考えるのも尤もだとくちびるを噛んだ。
嫣寧だけでなく、後宮の妃嬪たちは、多かれ少なかれ家門の思惑のもと帝君に嫁いでいる。なにより、帝君からの寵愛の多寡は、朝廷での生家の権勢へそのままつながるのだ。帝君に愛されれば愛されるほど、家門のために貢献できるというわけである。
けれど、嫣寧にとって、家門に権勢を取り戻すのは重要なことではなかった。父には怒られてしまうかもしれないが、それよりなにより、嫣寧は紗琰に尽くしたかったのである。
どうでも紗琰に心を赦してもらいたくて、なにか方法はないだろうかと食い下がると、喬太監は少しだけ躊躇ったのちにこう教えてくれた。
曰く、帝君には、ずっと探している初恋の相手がいる。
玉佩の君と呼んでいるその人物は、紗琰が幼い頃に湖に落ちたところを助けてくれたのだとか。おのれが誰かも名乗らず、かわりに翡翠の玉佩を渡して去っていったそのひとを、紗琰は今も恋うているという。
それを聞いた瞬間、嫣寧は鼓動が跳ねるのを感じた。
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