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第1話
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しおりを挟む瓊祥はすでに手をうっており、紗琰に薬を盛って軽い病にかかってもらうと述べた。そうして病気を理由に、譲位させると。
嫣寧は迷っていたものの、毒を盛っていた罪をかぶせれば琳氏も排除できると聞いて、にわかに心が動いてしまった。
計画は上手くいき、紗琰は退位して白朝へ隠居した。
即位に際し、瓊祥の腹に嫣寧との子がいることも公表した。ひそかに手を廻し、傍系である瓊祥の皇位を盤石にするため、紗琰がわざわざ沈氏と番わせたのだという噂も広めたので、嫣寧への反発の声も少なかった。
(……事がすめば、あなたの傍にはわたくしだけがいられると思っていたのに)
瓊祥が践祚し、嫣寧は丞相位を望んだ。
巷では、瓊祥に想い人がいたために皇后位を譲ったのだと言われている。それも事実ではあるのだが、本当は嫣寧がどうしても紗琰の正室の座を手放すことができなかったからにすぎない。
右丞相の地位は形だけのものとして、嫣寧は紗琰の傍で、穏やかに過ごしたいと考えていたのに。紗琰は薬の影響でひどく躰を壊してしまったと瓊祥から告げられたのみで、今の今まで、太医以外の誰も近づくことを赦されていない。あるいは、病はよくなっていても、紗琰が誰も近づけるなと命じたのかもしれない。
(いったい、どうしてこんなふうになってしまったのか……)
紗琰の弑逆をくわだてたとして、無実の罪で琳氏を排除したからだろうか。紗琰のことを独占したい慾に負けた報いとして、邪魔者がいなくなったというのに、嫣寧は紗琰の顔を見るどころか傍に侍ることもできないのだろうか。
それどころではない。このまま瓊祥たちを擁護し続ければ、逆賊の一員として裁かれるかもしれないのだ。自分一人ならまだしも、皇族を陥れた罪は誅九族である。一族郎党にまで累が及ぶと思うと、肝が冷えていくのを感じた。
「っ……」
とにかく、まずは峯珠の大使の件をどうにかまるく収めなければならない。
こみあげてくる不安感に蛾眉を寄せた嫣寧は、足早に正庁へ向かった。
正庁では、すでに主だった顕官が顔を揃えていた。玉座のすぐ下に設けられた席には永璉がおり、嫣寧の顔を見るなり「早くこちらへ参れ。もう大使が来てしまうぞ」と不機嫌そうに言う。
嫣寧が陳謝しておのれの位置につくと、永璉が太監へ合図を送った。その仕草を見ただけでも、実父である永璉さえ瓊祥がやって来るとは思ってもいないのだとわかる。
たまらず眉間を押さえた嫣寧に、姚丞相が同情するような笑みを浮かべた。
その間にも扉がひらき、峯珠国大使、江善徳が供を一人従えて恭しく入場してくる。殿内の左右に居並ぶ顕官たちへいかにも恭しく揖礼した善徳は、空の玉座とその下に座る永璉を一瞥し、眉を跳ね上げた。
「帝君はどうなされたのでしょう。私は我が主君から、必ずや彩爛の新たな帝君へ直接親書を手渡すようにと申しつけられてまいりましたのに、孝賢王殿下しかおられぬとは」
これみよがしに首をかしげられ、永璉が莫迦にしたふうに鼻を鳴らす。
「帝君は皇后娘娘のご看病でお忙しいのだ。峯珠国の使節のお相手は、この孝賢王が務めるようにと言い遣っている」
嫣寧は内心で冷汗をかいていた。
江善徳といえば峯珠帝君の外叔であり、宰輔としても今上から並々ならぬ信頼を寄せられている。たとえ皇族でなくとも相応の礼節を持って迎えるべきを、謝罪の言葉もなく嘲弄するなど、戦の種をまき散らしているも同然だった。
さりながら、善徳はにこやかな表情を崩さぬまま頷く。
「本当に、孝賢王の仰るとおりでございますね。太上皇様の玉体は一向に快復するご様子もなく、皇后娘娘までもが病でお苦しみとは。帝君や皆々様のご心痛はいかばかりかと拝察いたします。我が君も太上皇様のことをひどくご心配なさっておいでで、彩爛の皇宮に邪神が宿っていないか。もしも宿っているならば祓ってくるようにと、私めに峯珠国内でも殊に霊験あらたかな寺院の札を預けられまして」
顕官らが居並ぶあたりから、小さなざわめきが起こった。
善徳が遠廻しに瓊祥と永璉を侮蔑したのは明白で、嫣寧は慌てて「江宰輔」と声をかける。
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