鳳花春閨伝―死に戻りの皇帝は四人の妃に愛される―

鮎川アキ

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第2話

2-19

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 挨拶を終えると、紗琰は朝廷へ向かわねばならない。
 嫣寧はこのままとどまり、母后ともう少し話していくというので、昼餉は一緒に取ろうと約束した。
 輿に乗って外朝の龍安殿りゅうあんでんへ赴けば、文武百官が待ちかまえている。玲玉の声に従って叩頭する彼らの間を進み、玉座へ腰を下ろすと、紗琰へ向かって万歳が高唱された。
 その後、左右丞相および六官りくかんの長がそれぞれに寿ぎの言葉を述べ、朝議がはじまる。
 紗琰が即位して数年の間は、国内で目立った問題は起こっていない。前世も今も、太婚を終えて次の議題となるのは、輿入れしてくる峯珠国皇弟ウェイ希月シーユエの位階をどうするかということだった。
 峯珠は隣国であり、重視すべき同盟国でもある。大国とはいえない彩爛が未だ主権国家として生き残っているのは、ひとえに峯珠との友好関係があるからだった。そうでなければ、周辺の他国同様併合されていたに違いない。
 眼裏に忘川河で見た光景が甦り、紗琰はくちびるを噛む。あんなふうに国を失う未来を、今世では絶対に迎えさせるわけにはいかない。
「皇弟殿下には、皇貴妃こうきひとなっていただくのがよいのではないかと。峯珠は数多の小国を併吞する大国ですし、他の側室とは明確な差をつけるべきかと存じます」
 姚丞相が述べる。これには大多数の顕官が賛同したが、夏官長かかんちょうたる大司馬だいしばが否と首を横に振った。
「そのようなことをすれば、諸外国がどんな見方をするものか。彩爛が国の形を保っているのは、ただ峯珠のご機嫌取りをしているからにすぎないと嘲笑されるのが関の山だ。帝君の威信をお守りするためにも、峯珠の皇弟殿下を特別扱いすべきではございません。峯珠と対等な関係であるためにも、四妃よんひの最上である貴妃きひの位に置かれるのがよろしいでしょう」
 大司馬花氏の意見には、沈丞相と残りの臣下たちが同意した。
 紗琰はどちらの側の言にも耳を傾けながら、過去の希月のことを考える。
 峯珠国現皇帝である魏瑞瓏ルイロンとは幼い頃からの仲であるが、彼の異母弟である希月との交流はなかった。
 もとはといえば、同盟関係をより強固にするという思惑のもと、紗琰が瑞瓏の側室として峯珠へ嫁ぐはずだったのだ。それが帝位を継ぐことになり、国を出るわけにはいかなくなった。残念がった瑞瓏がかわりに彩爛へあてがったのが、先帝の第七子である希月だ。
 彩爛と峯珠が姻戚関係を結ぶための政略結婚。互いに情があるわけでもなく、当時の紗琰は希月のことを気にもとめていなかった。
(……前世で、叔父の罪を暴いたのは希月だった)
 死ぬ直前のことで定かではない部分もあるが、取り乱した宦官が希月と言ったのは覚えている。
「帝君は皇貴妃と貴妃、どちらの位階が相応しいとお考えですか?」
 沈丞相に尋ねられて、紗琰は思いの淵から顔をあげた。
 玉座の下に居並ぶ顕官らを見渡し、静かに答える。
「余は貴妃の位がよいと思う。峯珠とは対等な関係であるべきで、希月殿を皇貴妃の位に据えれば、国内外の者たちが彩爛が峯珠におもねっていると考えるだろう。よって大司馬の言うとおり、四妃の最上である貴妃の位で迎えたい」
「ですが、そうしますと峯珠側から不満が出るのでは?」
 春官しゅんかんを束ねる大宗伯だいそうはくが、恐縮しつつ問うてくる。
 紗琰は臣下たちを安心させるように微笑った。
「余が峯珠帝君に嫁ぐと決まっていた折は、あちらから余っているのはひんの位しかないと告げられたぞ。文句を言ったら、峯珠帝君は新たな位を増設すると約束してくれたが、余を皇貴妃に迎えるとまでは明言しなかった。それに比べれば、充分礼を尽くしているだろう。峯珠帝君の弟君も、皇貴妃でなければ嫁がぬと駄々をこねたりはすまいよ」
 かつても貴妃の位に封じたが、紗琰よりも三歳年下の希月は、それを気にするような性格ではなかった。
(不本意な形で婚姻することになったのだから、あのかたには自由に過ごしてほしい)
 皇貴妃に据えれば、それだけ紗琰が重視している人物だと国内外の人間が思うだろう。そうなれば、希月を政争の駒にしようとする輩が現れるかもしれず、峯珠をよく思わない一部の者たちからは国を乗っ取りにきたと目の敵にされかねない。
 峯珠との関係を重視する姚丞相らも、紗琰が嫁げば皇貴妃どころか四妃よりも下の嬪の位に封じられていたかもしれないと聞いてぞっとしたのだろう。それ以上の反論は出てこず、希月に下賜するのは貴妃の位と決まった。
 希月の入朝は六日後の吉日とすでに決定しているので、居処となる宮の整備や調度の配置、祝宴に関する諸事などの最終確認をして解散とする。日中政務を執る場所である御書房ごしょぼうへ向かった紗琰は、頃合いを見て左右丞相と大司馬を連れてくるよう玲玉へ命じた。
 玲玉は配下を使い、すぐに三人を呼び寄せる。紗琰の前にやって来た彼らは恭しく揖礼すると、困惑したような眼差しを向けてきた。
「我々を揃ってお呼びとは、なにか問題でもございましたでしょうか」
 姚泰晟タイセイが眉を下げる。
 過去の紗琰は、この左相を苦手にしていた。彼の妹である貴妃姚氏の産んだ二人の兄が帝座につかなかったために、紗琰にお鉢が廻ってきたのだ。家門から皇帝を出せず、おのれを逆恨みしていてもおかしくはないと思い込んでいた。
「問題があるといえばあるし、ないといえばない。今後起こるであろうことを未然に防ぐために、貴殿らにしか頼めないことがあるのだ」
「帝君のご命令でしたら、粉骨砕身尽くす所存でございます。なんなりとお申しつけください」
 嫣寧の父、右相である沈俊宇ジュンユーが進み出て首を垂れる。
 家門の権勢を取り戻すために、長子で跡継ぎであるはずの嫣寧を皇后にした男。彼のことも、紗琰は疑っていた。
「今後起こるであることとは、具体的にはどのような問題なのでしょう。私は頭を使うことは苦手でして、腕力であれば帝君のお役に立てると思うのですが」
 紗琰の外叔、花子豪ズーハオは申し訳なさそうに眉を下げ、逞しい肩をすくめた。
 紗琰は笑みを浮かべて重臣たちを見やる。
「そう難しいことではない。朝廷内で、孝賢王と親しい者がどれほどいるのか調べてほしいのだ。どこの家門のどんな人物なのか、役職など、わかることはすべて報告するように。それから、その者たちが汚職に手を染めているかどうかも知りたい」
「……孝賢王殿下が、帝君になにか危害を加えるようなことを?」
「そうだ」
 きっぱりと頷けば、姚泰晟は目をまるくした。おそらく信じられないのだろう。紗琰とて、瓊祥から教えられなければずっとよき叔父として慕っていたに違いない。
「孝賢王を支持する者、あるいはその権力におもねる者がどれほどいるのか知りたい。朝廷の人間関係は複雑ゆえ、それらに精通し、父の代からの賢臣である貴殿らの力を借りたいのだ」
「それが帝君のご命令なのでしたら、無論我々は従いますが。より詳細に罪を調べるのでしたら、我々よりも東廠とうしょうのほうが向いているのではありませんか?」
 沈俊宇の問いかけに、姚泰晟と花子豪も頷く。
 紗琰は「わかっている」と呟いた。
「ゆえに、貴殿らには東廠が誰を詳しく調査するべきか、その目星をつけてほしいのだ。官吏たちの胸中にある思惑を聞き出すには、東廠の宦官とて限界がある」
「要するに、老獪な古狸でなければ無理だということですね。それなら姚丞相は間違いなく適任です」
 花子豪が面白そうに笑う。
 姚泰晟はふんと鼻を鳴らした。
「だとしたら、単細胞の大司馬には荷が重いでしょうね。帝君、今からでも人選をお考え直しになっては? 私と沈丞相だけで充分かと」
「お二人とも、帝君の御前ですよ。軽口はそのくらいになさいませ」
 沈俊宇が間に入り、紗琰に「申し訳ございません」と陳謝する。
 紗琰は笑みまじりに首を振った。
「かまわぬ。姚丞相と大司馬のやり取りは聞いていて楽しいのでな。だが、文官と武官、どちらも調べてほしいゆえ、貴殿らの誰が欠けてもいけないのだ。大司馬は多くの配下から慕われているし、警備の面でも、官吏の関与が疑われる事案などがあれば報告してほしい」
「承知いたしました」
 三人が紗琰に向かって首肯する。
 彼らが拝辞するのを見届けて、紗琰は溜息をついた。
 冷めた茶杯を取りかえていた玲玉が、扉が閉まった途端慌ててすがりついてくる。
「紗琰様、孝賢王殿下に危害を加えられたって、それはいつのことですか⁉ 奴才が知らない間に、いったいなにをされたんです⁉」
「……まだなにもされてない。あれは言葉の綾だ」
「はいっ⁉」
「だけど、おまえも注意しろ。孝賢王は父上と私を殺すつもりだ。おまえの配下にも、孝賢王の息がかかっている者がいるかもしれない」
「っ――!」
 玲玉が息を呑む。
 こわばった肩を軽く叩いてやると、主席太監は声を低めて囁いた。
「すぐに調べます」
「もし見つけても、手は出すなよ。あちらに警戒されては困る」
「大丈夫、承知しております」
 真顔で頷いた玲玉を一瞥し、紗琰は茶杯を引き寄せる。
 飲み頃に調節された白茶で喉を潤すと、残りの政務に取りかかった。
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