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第3話
白梅の暗香を愛でる
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桜のつぼみがふっくらとする頃、峯珠国から皇弟魏希月が嫁いできた。
大勢の従者と護衛武官らを引き連れ、花轎ではなく青毛の馬に乗って颯爽と入朝したその姿に、見物していた民たちは一様に感嘆の息を漏らした。金簪で飾った白銀の髪は陽光を浴びて美しく輝き、凛とした紅梅色の瞳は天宮の宝珠のよう。峯珠伝統の純白の婚礼衣裳も相まってか、目もあやで淡雅な美貌は月から降りてきた嫦娥もかくやと言わんばかり。はたまた月華に輝く白梅花神かと称賛する者も多くあった。
京師のあちらこちらで囁かれる噂を拾ってきた玲玉は、夕餉を食べながら耳を傾けていた紗琰にひとつだけつけ加える。
「希月殿下は、相当なじゃじゃ馬のようですよ」
こっそりと囁かれ、紗琰は微苦笑を浮かべた。
「そんなふうに言うな。両国の友好のためとはいえ、天陽種の殿下が側室として嫁ぐのだ。不本意なところがあっても仕方がないだろう」
前世の紗琰は、政略結婚を理由に希月と初夜すら過ごさなかった。後宮で不自由なく暮らせるよう指示するだけで、まともに顔を合わせたのはいくつかの行事の折くらいだっただろうか。今思えば、他国から嫁いできてくれた相手に対し、あまりに薄情だった。
もしも紗琰が峯珠へ嫁ぎ、希月の異母兄である瑞瓏の後宮で同じような待遇をされたとしたら、怒りを覚えるだけではすまなかっただろう。
過去の過ちをくり返すわけにはいかない。
此度、紗琰は盛大な宴をひらいて希月を迎え入れた。居処となる綺羅宮は、希月が好む梅花をあしらった調度で整え直してある。宮に仕える女官と宦官も選りすぐりの者で揃え、厨人には峯珠出身の者も加えた。貴妃の位を与えるかわりに、それ以外の面では破格の待遇を約束している。
玲玉は燕窩と火腿の清湯をよそいながら肩をすくめた。
「お若いかたですから、天陽種の矜持が捨てられなくとも仕方がないとは思いますよ。ですが、帝君にまであんなに無愛想でどうするんです。位階を賜ったお礼くらい、表面上だけでも嬉しそうに言えばよろしいのに。なにが嫦娥か白梅花神ですか。まだ白無常とでも言われたほうがしっくりきますよ」
「よさないか。まったく、おまえは口が悪すぎる。少しは青海を見習って静かにしていろ」
湯気のたつ清湯を受け取って、紗琰は皇后付き主席太監である李青海を見やる。蝦仁入りの蓮花餃子を取り分けていた青海は、にこやかに笑って首を横に振った。
「帝君、それは難しいかと。喬師兄は、帝君に無礼を働く輩が全員漏れなく気に食わない病に罹っておりますから。想思病は太医でも治せませぬゆえ、諦めていただく他ありません」
「それなら、喬太監はわたくしのことも気に入らないのでは?」
紗琰のために鱶翅粥をよそっていた嫣寧が、可笑しそうに微笑む。
玲玉はばつが悪そうに翠眉を下げた。
「滅相もないことにございます。娘娘は峯珠のじゃじゃ馬とは大違いのおかたですから。青海、帝君に静かにしていろと言われたばかりだろうが。余計なことを言うんじゃない」
「すみません、師兄。もう黙ります」
和やかな夕餉が終わると、紗琰は玲玉たちを下がらせる。今宵は希月のもとへ向かうため、嫣寧と過ごすことはできない。
離れがたい思いで目の前の躰をそっと抱きしめると、嫣寧もやさしく抱き返してくれた。
「……明日の朝、一番に会いにきます」
皇后以外の妃嬪は、いかに高位であろうと皇帝と朝寝をすることはできない。後宮には、伽を務めた妃嬪は夜明け前までには必ず皇帝の寝所から去るか、おのれの寝所から皇帝を送り出さねばならないという規則があるからだ。
「沈郎、私を待っていてくれますか?」
額を重ねて尋ねれば、嫣寧は困惑と喜色がないまぜになったような表情になる。
「では、琰児のために朝餉を作っておきます」
くちびるが触れて、甘い情動のままに吐息をあわせる。そうして幾度めかのくちづけののち、紗琰は恋しい男からゆっくりと身を離した。
大勢の従者と護衛武官らを引き連れ、花轎ではなく青毛の馬に乗って颯爽と入朝したその姿に、見物していた民たちは一様に感嘆の息を漏らした。金簪で飾った白銀の髪は陽光を浴びて美しく輝き、凛とした紅梅色の瞳は天宮の宝珠のよう。峯珠伝統の純白の婚礼衣裳も相まってか、目もあやで淡雅な美貌は月から降りてきた嫦娥もかくやと言わんばかり。はたまた月華に輝く白梅花神かと称賛する者も多くあった。
京師のあちらこちらで囁かれる噂を拾ってきた玲玉は、夕餉を食べながら耳を傾けていた紗琰にひとつだけつけ加える。
「希月殿下は、相当なじゃじゃ馬のようですよ」
こっそりと囁かれ、紗琰は微苦笑を浮かべた。
「そんなふうに言うな。両国の友好のためとはいえ、天陽種の殿下が側室として嫁ぐのだ。不本意なところがあっても仕方がないだろう」
前世の紗琰は、政略結婚を理由に希月と初夜すら過ごさなかった。後宮で不自由なく暮らせるよう指示するだけで、まともに顔を合わせたのはいくつかの行事の折くらいだっただろうか。今思えば、他国から嫁いできてくれた相手に対し、あまりに薄情だった。
もしも紗琰が峯珠へ嫁ぎ、希月の異母兄である瑞瓏の後宮で同じような待遇をされたとしたら、怒りを覚えるだけではすまなかっただろう。
過去の過ちをくり返すわけにはいかない。
此度、紗琰は盛大な宴をひらいて希月を迎え入れた。居処となる綺羅宮は、希月が好む梅花をあしらった調度で整え直してある。宮に仕える女官と宦官も選りすぐりの者で揃え、厨人には峯珠出身の者も加えた。貴妃の位を与えるかわりに、それ以外の面では破格の待遇を約束している。
玲玉は燕窩と火腿の清湯をよそいながら肩をすくめた。
「お若いかたですから、天陽種の矜持が捨てられなくとも仕方がないとは思いますよ。ですが、帝君にまであんなに無愛想でどうするんです。位階を賜ったお礼くらい、表面上だけでも嬉しそうに言えばよろしいのに。なにが嫦娥か白梅花神ですか。まだ白無常とでも言われたほうがしっくりきますよ」
「よさないか。まったく、おまえは口が悪すぎる。少しは青海を見習って静かにしていろ」
湯気のたつ清湯を受け取って、紗琰は皇后付き主席太監である李青海を見やる。蝦仁入りの蓮花餃子を取り分けていた青海は、にこやかに笑って首を横に振った。
「帝君、それは難しいかと。喬師兄は、帝君に無礼を働く輩が全員漏れなく気に食わない病に罹っておりますから。想思病は太医でも治せませぬゆえ、諦めていただく他ありません」
「それなら、喬太監はわたくしのことも気に入らないのでは?」
紗琰のために鱶翅粥をよそっていた嫣寧が、可笑しそうに微笑む。
玲玉はばつが悪そうに翠眉を下げた。
「滅相もないことにございます。娘娘は峯珠のじゃじゃ馬とは大違いのおかたですから。青海、帝君に静かにしていろと言われたばかりだろうが。余計なことを言うんじゃない」
「すみません、師兄。もう黙ります」
和やかな夕餉が終わると、紗琰は玲玉たちを下がらせる。今宵は希月のもとへ向かうため、嫣寧と過ごすことはできない。
離れがたい思いで目の前の躰をそっと抱きしめると、嫣寧もやさしく抱き返してくれた。
「……明日の朝、一番に会いにきます」
皇后以外の妃嬪は、いかに高位であろうと皇帝と朝寝をすることはできない。後宮には、伽を務めた妃嬪は夜明け前までには必ず皇帝の寝所から去るか、おのれの寝所から皇帝を送り出さねばならないという規則があるからだ。
「沈郎、私を待っていてくれますか?」
額を重ねて尋ねれば、嫣寧は困惑と喜色がないまぜになったような表情になる。
「では、琰児のために朝餉を作っておきます」
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