45 / 64
第3話
3-8
しおりを挟む
「先程選んできたんだが、あなたの気に入るだろうか?」
その場で一つひとつ広げさせる。希月は布地をじっと眺めてから、ふんと鼻を鳴らした。
「気に入らないと言ったら、どうなさるのです? 僕を罰しますか?」
皮肉まじりの笑みを向けられ、紗琰は思わず肩をすくめる。
「まさか。それならそれで、もう一度選んでくるまでだ。あなた好みの絹を私が見つけるのが早いか、あなたが根負けするのが早いか、賭けてみるか?」
「……ご冗談を。そんなふうに延々続けていたら、帝君を煩わせるなと、僕が皇后娘娘からお叱りを受けるじゃありませんか。これで充分です」
希月はつまらなそうにくちびるをとがらせて、絹をしまうよう女官に命じた。いたずらに失敗したような、どこかばつがの悪そうな希月の表情に、紗琰は笑み含む。
「仕立て終わったら、あなたが着ているところを見せてくれると嬉しい。その時は一緒に散歩でもしよう」
希月からの返事はなかったが、嫌だと断られなかっただけ上々だろう。
紗琰は梅の花を使った茶菓をつまんで、侍従たちに拝辞を促した。しずしずと下がっていった玲玉が房室の扉を閉めたのを一瞥し、思いついたように尋ねる。
「あなたは峯珠で、暗衛を統括していたと聞いたが」
彩爛で間諜が金狗と称されるのに対し、峯珠では暗衛という名称が用いられている。
希月は途端に蛾眉を寄せた。
「帝君は、僕が峯珠に情報を流しているとでも仰りたいのですか?」
「そうではない。暗衛を率いていたあなたに、少し助言をもらいたいのだ」
首を横に振った紗琰を、希月は顔をしかめたまま見返してくる。
「調べたい相手がいるのだが、その者と繋がりのありそうな人間が多すぎて、どこから手をつけたらよいか困っている。悪巧みに加担するのであれば同等の地位やそれに近い者たちだろうが、実際に悪事を働くのは手足となる配下はそれよりもっと位の低い者たちだろう? だが、手足すべてを調べようと思えばそれだけで人員と手間がかかるし、捕らえたところで首魁まで引きずり出せねば意味がない。どうしたら先方に怪しまれず、溜まった膿を一掃できるだろうか」
茶杯を揺らしながら、紗琰は前世の記憶を手繰った。
実際に孝賢王の側についた顕官が誰なのか、閨に囚われていた紗琰は詳しいところを知らない。明確に名の挙がった共犯者は包太医くらいで、雨嫻と答案をすり替えた輩がどの家門の人間なのかすらわからないのだ。
左右丞相と大司馬が纏めてくれた名簿の者たち一人ひとり監視をつけたとしても、すぐに尻尾をつかめるとは限らない。もとより、金狗の数とて無尽蔵ではないのだ。焦って動いて怪しまれるわけにもいかないが、かといって父皇の病状を偽装し続けることも難しいだろう。いつかは包太医が変だと気づき、孝賢王へ報告する日がくる。――叶うならば、できるだけ短い期間で決着をつけたいというのが本音だった。
その場で一つひとつ広げさせる。希月は布地をじっと眺めてから、ふんと鼻を鳴らした。
「気に入らないと言ったら、どうなさるのです? 僕を罰しますか?」
皮肉まじりの笑みを向けられ、紗琰は思わず肩をすくめる。
「まさか。それならそれで、もう一度選んでくるまでだ。あなた好みの絹を私が見つけるのが早いか、あなたが根負けするのが早いか、賭けてみるか?」
「……ご冗談を。そんなふうに延々続けていたら、帝君を煩わせるなと、僕が皇后娘娘からお叱りを受けるじゃありませんか。これで充分です」
希月はつまらなそうにくちびるをとがらせて、絹をしまうよう女官に命じた。いたずらに失敗したような、どこかばつがの悪そうな希月の表情に、紗琰は笑み含む。
「仕立て終わったら、あなたが着ているところを見せてくれると嬉しい。その時は一緒に散歩でもしよう」
希月からの返事はなかったが、嫌だと断られなかっただけ上々だろう。
紗琰は梅の花を使った茶菓をつまんで、侍従たちに拝辞を促した。しずしずと下がっていった玲玉が房室の扉を閉めたのを一瞥し、思いついたように尋ねる。
「あなたは峯珠で、暗衛を統括していたと聞いたが」
彩爛で間諜が金狗と称されるのに対し、峯珠では暗衛という名称が用いられている。
希月は途端に蛾眉を寄せた。
「帝君は、僕が峯珠に情報を流しているとでも仰りたいのですか?」
「そうではない。暗衛を率いていたあなたに、少し助言をもらいたいのだ」
首を横に振った紗琰を、希月は顔をしかめたまま見返してくる。
「調べたい相手がいるのだが、その者と繋がりのありそうな人間が多すぎて、どこから手をつけたらよいか困っている。悪巧みに加担するのであれば同等の地位やそれに近い者たちだろうが、実際に悪事を働くのは手足となる配下はそれよりもっと位の低い者たちだろう? だが、手足すべてを調べようと思えばそれだけで人員と手間がかかるし、捕らえたところで首魁まで引きずり出せねば意味がない。どうしたら先方に怪しまれず、溜まった膿を一掃できるだろうか」
茶杯を揺らしながら、紗琰は前世の記憶を手繰った。
実際に孝賢王の側についた顕官が誰なのか、閨に囚われていた紗琰は詳しいところを知らない。明確に名の挙がった共犯者は包太医くらいで、雨嫻と答案をすり替えた輩がどの家門の人間なのかすらわからないのだ。
左右丞相と大司馬が纏めてくれた名簿の者たち一人ひとり監視をつけたとしても、すぐに尻尾をつかめるとは限らない。もとより、金狗の数とて無尽蔵ではないのだ。焦って動いて怪しまれるわけにもいかないが、かといって父皇の病状を偽装し続けることも難しいだろう。いつかは包太医が変だと気づき、孝賢王へ報告する日がくる。――叶うならば、できるだけ短い期間で決着をつけたいというのが本音だった。
21
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
最愛の番になる話
屑籠
BL
坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。
色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。
誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。
久しぶりに書いてます。長い。
完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。
断罪回避のために親友と仮婚約したはずが、想像以上に執着されていた。
鷲井戸リミカ
BL
ある日アーサーは、自分がネット小説の世界に転生していることに気が付いた。前世の記憶によれば親友のフェルディナンドは、悪役令息という役割らしい。最終的に婚約者から婚約破棄され、断罪後は国外追放されてしまうのだとか。
大事な親友が不幸になるのを見過ごすわけにはいかない。とにかく物語の主人公たちから距離をとらせようと、アーサーはフェルディナンドを自分の婚約者にしてしまった。
とりあえず仮婚約という形にしておいて、学園を卒業したら婚約を解消してしまえばいい。そう考えていたはずがアーサーのとある発言をきっかけに、フェルディナンドの執着が明らかになり……。
ハッピーエンドです。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる