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第4話
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皇宮内に数ある園林のうち、殊に桜花が見事なのは春鶯園である。
降りそそぐうららかな陽光に花朶がきらめき、やわらかな東風に誘われて、甘く淑やかな香りとともに雪華のごとき花びらが舞う。
皇太后主催の茶宴に招待されたのは、名門名家の令息たち数十名。鳳花帝君の側室候補でもある彼らは、それぞれが胸中に抱く思惑を微笑で隠し、和やかな雰囲気で饗された茶と茶菓を楽しんでいた。
堅苦しい集いではないとはいえ、皇太后の他に皇后も同席している。
この茶宴は、いわば選秀花の事前審査のようなもの。選秀花は妃嬪妾妃を選ぶための試験であるが、その選秀花に参加できるか否かをここで見極められていた。浮かべる表情や口にする言動の一つひとつはもちろん、わずかな所作に至るまで、控えている宦官や女官たちによって密かに記録されている。そうして、茶宴での印象をもとに、皇太后によって選秀花に参加する者の最終的な選抜が行われるのである。選ばれた者の家門には生花が届けられ、選秀花の折に身につけて参内するのが慣例だった。
前世同様、紗琰も政務を終えてから茶宴に顔を出した。
巷間でもそれぞれに沈魚落雁、羞花閉月と名高い天陽種の令息たちである。以前はまったく気にしていなかったものの、改めて見ると桜の園に百花が舞い降りたような光景に、無意識に微苦笑が漏れた。
「このような陽気に、座っているばかりでは退屈だろう。皆の美しさには劣るだろうが、見頃の桜も美しいゆえ、園内を散策してくるとよい」
嫣寧が淹れてくれた桜花茶を飲み、にこやかに提案する。
母后が賛同し、令息たちは紗琰に万福礼してから思い思いの場所へ歩いていった。遠ざかっていく背の中に探していた者の姿を見て取って、紗琰はそっと目を細める。
「どなたか、気に入った人物がおりましたか」
眼差しで追いかけるようにしていると、側にいた嫣寧が静かに尋ねてきた。こちらを見つめる瑠璃玉瞳には、妬心というよりも寂しげな色がにじんでいる。
紗琰は躊躇いがちに頷いた。
「ひとりだけ。遠からず、その者だけは後宮へ迎え入れたいのです」
赦してくださいますか、とは言わない。
後宮と朝廷は表裏一体のもの。皇帝が廷臣を御すための手綱が、すなわち妃嬪なのである。力を持たせたい家門があればその一族の妃嬪を寵遇し、権勢を削ぎたい場合は冷遇する。例外もあるとはいえ、代々の皇帝がそうやって朝廷の均衡を保ってきた。
さりとて、紗琰は鳳花帝君である。妃嬪の胎に胤をつければよい天陽種なら数多の美姫を囲ってもよいのだが、鳳花はおのれで子を産まなければならない。子孫繫栄のためにと後宮に何十、何百と美丈夫を囲ったところで、彼らすべての子を孕むのは物理的に不可能だ。
かるがゆえに、紗琰は先だって左右丞相を呼び、選秀花を行わなくてもよいかどうか相談した。
費用もかかるうえ、多くの妃嬪を召しかかえるつもりがないと述べた紗琰に、左右丞相は当然のごとく目をまるくした。他国の後宮でさえ、少なくとも数十から数百の妃嬪が囲われている。妃嬪の数は皇威にも関わるものであり、なにより選秀花のために妃教育を受けてきた令息たちや家門のことを考えてほしいと左右丞相の双方から説得され、すぐに終わると思っていた話し合いは数時間にも及んだ。
結果、皇帝と各家門の体裁を守るためにも、選秀花は行ったが合格者がいなかったという形にすることで納得を得た。
嫣寧にも、後宮に必要以上に妃嬪を集めるつもりはないと説明してある。数十、数百とはいかないが、何人かは今後の状況によって娶る必要性が出てくるかもしれないからだ。
皇宮内に数ある園林のうち、殊に桜花が見事なのは春鶯園である。
降りそそぐうららかな陽光に花朶がきらめき、やわらかな東風に誘われて、甘く淑やかな香りとともに雪華のごとき花びらが舞う。
皇太后主催の茶宴に招待されたのは、名門名家の令息たち数十名。鳳花帝君の側室候補でもある彼らは、それぞれが胸中に抱く思惑を微笑で隠し、和やかな雰囲気で饗された茶と茶菓を楽しんでいた。
堅苦しい集いではないとはいえ、皇太后の他に皇后も同席している。
この茶宴は、いわば選秀花の事前審査のようなもの。選秀花は妃嬪妾妃を選ぶための試験であるが、その選秀花に参加できるか否かをここで見極められていた。浮かべる表情や口にする言動の一つひとつはもちろん、わずかな所作に至るまで、控えている宦官や女官たちによって密かに記録されている。そうして、茶宴での印象をもとに、皇太后によって選秀花に参加する者の最終的な選抜が行われるのである。選ばれた者の家門には生花が届けられ、選秀花の折に身につけて参内するのが慣例だった。
前世同様、紗琰も政務を終えてから茶宴に顔を出した。
巷間でもそれぞれに沈魚落雁、羞花閉月と名高い天陽種の令息たちである。以前はまったく気にしていなかったものの、改めて見ると桜の園に百花が舞い降りたような光景に、無意識に微苦笑が漏れた。
「このような陽気に、座っているばかりでは退屈だろう。皆の美しさには劣るだろうが、見頃の桜も美しいゆえ、園内を散策してくるとよい」
嫣寧が淹れてくれた桜花茶を飲み、にこやかに提案する。
母后が賛同し、令息たちは紗琰に万福礼してから思い思いの場所へ歩いていった。遠ざかっていく背の中に探していた者の姿を見て取って、紗琰はそっと目を細める。
「どなたか、気に入った人物がおりましたか」
眼差しで追いかけるようにしていると、側にいた嫣寧が静かに尋ねてきた。こちらを見つめる瑠璃玉瞳には、妬心というよりも寂しげな色がにじんでいる。
紗琰は躊躇いがちに頷いた。
「ひとりだけ。遠からず、その者だけは後宮へ迎え入れたいのです」
赦してくださいますか、とは言わない。
後宮と朝廷は表裏一体のもの。皇帝が廷臣を御すための手綱が、すなわち妃嬪なのである。力を持たせたい家門があればその一族の妃嬪を寵遇し、権勢を削ぎたい場合は冷遇する。例外もあるとはいえ、代々の皇帝がそうやって朝廷の均衡を保ってきた。
さりとて、紗琰は鳳花帝君である。妃嬪の胎に胤をつければよい天陽種なら数多の美姫を囲ってもよいのだが、鳳花はおのれで子を産まなければならない。子孫繫栄のためにと後宮に何十、何百と美丈夫を囲ったところで、彼らすべての子を孕むのは物理的に不可能だ。
かるがゆえに、紗琰は先だって左右丞相を呼び、選秀花を行わなくてもよいかどうか相談した。
費用もかかるうえ、多くの妃嬪を召しかかえるつもりがないと述べた紗琰に、左右丞相は当然のごとく目をまるくした。他国の後宮でさえ、少なくとも数十から数百の妃嬪が囲われている。妃嬪の数は皇威にも関わるものであり、なにより選秀花のために妃教育を受けてきた令息たちや家門のことを考えてほしいと左右丞相の双方から説得され、すぐに終わると思っていた話し合いは数時間にも及んだ。
結果、皇帝と各家門の体裁を守るためにも、選秀花は行ったが合格者がいなかったという形にすることで納得を得た。
嫣寧にも、後宮に必要以上に妃嬪を集めるつもりはないと説明してある。数十、数百とはいかないが、何人かは今後の状況によって娶る必要性が出てくるかもしれないからだ。
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