【完結】あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて

須賀マサキ(まー)

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第三章

三. 狙われたアイドル(二)

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「信じられない。あの日の収録後に、そんなことがあったなんて」
 話の途中で、沙樹は思わずつぶやく。
「あのときは気にかけてくれてありがとう。梢ちゃんに代わって礼を言うよ」
「直貴さんも見てたんでしょ。バンドのみんなや日下部さんにも相談すればよかったのに」
「今考えればそうするべきだった。でも自分の問題ならまだしも、あの子のことでメンバーに迷惑はかけられないよ。それにこの話が広まって大きくなるのも避けたかったんだ」
 沙樹の胸に鋭い刃物で刺されたような痛みが走った。ワタルは沙樹より梢を選んだ。
 梢がブログで発表した交際宣言は、事実に違いない。そして沙樹を恋人と呼んだのは、あの場面でハヤトから引き離すための嘘に過ぎなかった。解っていたのにあっさりとだまされた自分が不甲斐ない。
 これ以上話を聞くのは無理だ。ワタルの気持ちが離れているという事実を見せられて、平気でいられるような気力は残っていない。
 沙樹は部屋を出て、旅館に戻ろうと決めた。だがワタルはまだすべてを語り終えてないようで、話を再開する。
「でも、それが今度のことにつながった。自分の軽率さを思い出すたびに、人間としての未熟さを突きつけられるような暗い気持ちになる。姫を守る騎士のつもりだったのかもしれない。そんな気の緩みのせいで、おれは……いとも簡単に、自分から罠にかかったようなものさ」
「罠……?」
 ワタルは悔しそうに唇をかんだ。

 ――まだ語られていない真実があるの?

 ワタルの気持ちは本当に沙樹から離れているのか?
 逃げ出すのはいつでもできる。ここに連れてこられたとき、何があっても最後まで話を決めたのは沙樹自身だ。望まない結果を告げられても、逃げ出してはいけない。最後まで話を聞くことが、自分のできる唯一の恩返しかもしれない。

 ――大好きなワタルに対してできる……。

 沙樹はワタルの手を握る。大きな掌は、苦悩を表すように汗ばんでいた。

   ☆   ☆   ☆

 数々の妨害の中にいてなお、梢は立派に仕事をこなしていた。画面に映る笑顔から、嫌がらせの影は感じられない。気の強い少女は、意地でも弱気な姿を見せたくないはずだ。泣き顔や不安げな顔は敵が喜ぶだけだと解っているから、梢は気丈に仕事をこなしていた。
 ワタルはそんな梢を不憫ふびんに思い、できるだけ手助けをすることにした。深夜の電話も嫌な顔をせずに出る。梢の気持ちをじっくりと聞き、辛い思いを吐き出させるしかできない。たったそれだけのことで梢のささくれ立った気持ちが落ち着き、電話を切るときの「おやすみなさい」にいつもの明るさと元気が戻っていた。
 歌番組などで一緒になったときは、梢にせがまれて家まで送り届けるときもあった。車中では嫌がらせの内容を教えてもらい、森下も含む三人で、避ける方法を考えた。
 自己防衛が功を奏したのか、偽のスケジュールに騙されることもなくなった。楽屋に貼られたポスターのような嫌がらせも、番組のスタッフが警備員に監視をさせることで、徐々に消える。障害がなくなったおかげで梢は仕事に全力投球できるようになり、評判はすぐに回復した。
 やがて妨害や嫌がらせはなくなった。何をしても梢の足を引っ張れないと気づいて、犯人は行動をやめたに違いない。
 不安から解放され足枷のなくなった梢は、以前にもまして輝いた。仕事も順調にこなし、テレビで梢の姿を見ない日はないくらいの人気ぶりだ。
 
 秋も深まった日、オーバー・ザ・レインボウのラジオ番組に梢がゲスト出演をした。
 ワタルが沙樹と顔を合わせるのも久しぶりだ。ツアーも終わり、梢の件も落ち着いた今、ワタルにも時間に余裕ができた。バンドメンバーだけなら沙樹とプライベートな会話をして、デートの約束をとりつけたいところだ。だがDJブースに梢がいる状態では無理だ。番組の進行について最終打ち合わせを終えると、すぐに収録が始まった。
 今日のDJはワタルと武彦だ。整った顔立ちで口数の少ない武彦は、一般にはクールだと思われている。だがその実態は、口下手で、意外なことに天然キャラだ。話の内容をうまく調整し、武彦が少しずれた反応をしてくれれば、とても楽しいトークとなる。気心の知れた相手だからなんとかなるものの、毎回うまくいくとは限らない。万が一トークが弾まなかったときは梢に頼るつもりだ。
 いつものように武彦の個性を十分引き出し、梢も楽しそうに会話に加わる。一抹の不安は取り越し苦労に終わった。収録後武彦と別れ、ワタルは駐車場に向かった。肩の荷もおり心配事もなくなった今、やっと沙樹と水入らずで過ごせる。車に乗りスマートフォンを取り出す。メッセージを送ろうとしてまた言葉が出なくなった。代わりに電話をかけることも考えたが、沙樹がまだ局内にいることを考えるとそれもはばかられる。いい加減、筆不精と電話不精を克服しなくては、とため息をついたときだ。不意に運転席の窓ガラスが軽くノックされた。
 今夜は梢につきあうつもりはない。嫌がらせもなくなり身辺が落ち着いているのだから、自分の予定を優先させてもいいはずだ。ワタルはそう考えながら顔を上げた。
「あなたは……」
 そこにいたのは梢のマネージャーだった。森下はワタルと目が合うと会釈をした。

☆  ☆  ☆

 ワタルは一度自宅に帰ったあと、近所にあるなじみのワンショットバーに来ていた。ひとりでバーボンのロックを飲んでいると、梢を自宅まで送り届けた森下が姿を現した。
「無理にお誘いしてすみません」
 森下はワタルの隣に座るとスクリュードライバーを頼んだ。
「まったく、たいした少女です。梢は。わたしがおろおろしていても、立派に仕事をこなすんですよ。あの子を見ていると、どちらが年上か解らなくなりますわ」
謙遜けんそんしなくてもいいですよ。森下さんも、十分すぎるくらい頑張っています。それにしても演技力に歌唱力、そして舞台度胸といい、高校生とは思えません。梢ちゃんは将来どんな大物になるんでしょうね」
 ワタルは吸いかけのたばこを灰皿においた。紫煙がゆっくりと上る。ふたりは静かにそれを見るでもなく見ていた。小さな店の客はふたりだけだ。近頃どこへ行っても禁煙ばかりの世の中で、隠れ家的なこの店では喫煙が許される。森下もバッグからタバコを取り出した。少し照明を落とした店内では、マスターの選曲したピアノ曲が控えめに流れている。
 梢への嫌がらせはなくなったのに、森下の表情は険しい。
 ワタルは場を和ませようとして「森下さん、梢ちゃんのマネージャー歴は長いんですか?」と当たり障りのない質問を口にした。
「梢が中学に入ったころからです。劇団から子役の多い芸能事務所に移ってきたのをきっかけに、わたしがマネージャーになりました」
 そして梢の子役時代の失敗や当時の苦労話を、笑顔とともに語った。
 だが、こんな他愛のない話が目的で呼び出されたとは思えない。森下はひとしきり話を終えたあと不意に黙り込み、また軽い話題を続けるという行動を繰り返す。
 何か言いたいことがあるのに、どうしても言い出せない。森下の話題は同じ場所を旋回する。
 グラスを手にした森下は、何度目かの沈黙を経てようやく口を開いた。
「北島さん、梢のささえは、ご自身だってことにお気づきですか」
「えっ……おれがですか?」
 森下がうなずく。ワタルはタバコを灰皿で揉み消した。
「いえ、それについては……」
 梢の態度からそんな気持ちが透けて見えることはあった。だがその事実からワタルはあえて目を逸らしていた。
「やはり、そうですよね」
 森下はカウンターに両肘をつき、うつむき加減で続ける。
「北島さんは、だれにでも親切です。困っている人を見過ごせないお方ですね」
「とんでもない。そんなにできた人間じゃありません。おれはただお節介なだけです」
 そこまでの器量はないと自覚している。
「北島さんこそ謙遜しないでください。困っていたら北島さんが手助けしてくれたという話はよく聞きます。親切で優しいと芸能界では評判ですよ」
 森下はタバコに火をつけ、煙を吐き出した。
「でも、梢にはそれが解っていません。自分だけが北島さんに助けられていると思い込んでいます。わたしはそれが不安なんです」
 ワタルは灰皿に置かれたタバコから立ち上る紫煙を見つめる。
「あんなに続いた妨害が、なぜ急になくなったんでしょう? 北島さんが親身になってくださったころを境に、何もなかったかのように消えたんですよ」
「梢ちゃんが毅然きぜんとした態度を貫いたからではありませんか? 仕事のときは絶対に泣き顔を見せず、ひるむこともなかった。妨害者はそれを見て、自分のやっている行為が無駄な努力だと気づいたのだと思います」
「だといいのですが、残念ながらわたしにはそう見えません。嵐の前の静けさ。何かが起こりそうで不安ばかりが胸の中で広がっていくのです」
「嵐の前の静けさ、ですか」
 嫌がらせの犯人について、森下は何か情報をつかんでいるのだろうか。
「梢の周りでささやかれているうわさを、耳にしたことがないですか?」
 森下の問いかけに、ワタルは首を横にふる。
「梢が独立するとき、子役時代の事務所と揉め事があったのはご存知ですね」
 ジャスティのマスターが日下部と話していたことを思い出し「はい……」と答えた。
「独立の際、わたしも一緒にあの事務所から出ました。その後、うちの運営が軌道に乗ってから、子役時代の仲間やスタッフ数名がうちに移ってきました。どうやらそれが原因で、前の事務所が何か報復を考えているらしいのです。あくまでもうわさですが」
 前の事務所の社長は難しい人物だと、ワタルも耳にしたことがある。だがそれがそのまま妨害行為につながるわけでもなかろう。
「梢の成功を妬むものは数多くいます。この世界で生きていくために、自分より上の人間を引きずりおろそうとする人は、残念ながら存在します。うちも弱小プロで、梢以外は駆け出しのタレントばかり。もっと大きくて力のある事務所だったら、探偵を雇って調査するなどの対応ができたかもしれません」
 森下は苛立と不安を抑えるように、スクリュードライバーを飲み干した。
「これが原因で、北島さんたちにご迷惑をおかけするかもしれません」
 森下は申し訳なさそうに頭を下げた。
 だが森下には悪いが、大袈裟に考えているように思えてならない。仮に嫌がらせが火の粉になってオーバー・ザ・レインボウに降りかかったとしても、その程度で仲間たちがへこたれる訳がない。
 
 ――なんとかなる。仲間たちがいる限り、何が起きても立ち向かえる。

 そのときのワタルはそう信じて疑わなかった。

   ☆   ☆   ☆
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