19 / 22
第二部 キミに会えないクリスマス・イヴ
第八話 メンバーの想い
しおりを挟む
開場が始まって間もないのに、客席はあっという間に埋め尽くされた。あちこちでライブグッズを手にした人や、仲間内で打ち合わせをしている人などで、すでに会場はオーバー・ザ・レインボウの雰囲気で満たされている。
男五人のバンドだが、ハードロック中心のため客層は男女がほぼ同率だ。ファンのほとんどが女性ならば、沙樹の存在を発表することは一時的ではあっても大きなダメージになるだろう。
だが五分五分なのでそこまで影響はないと見ている。
音楽性を好きになってもらえているという自信があるので、アイドルグループと異なりその点についてはあまり気にしていない。
だがこれからやろうとすることは、一か八かの大勝負だ。途中でステージを抜け出してまでやることなのか。メンバーは冷静な判断ができてない。ワタルには充分すぎるほど解っているのに、止める方法が見つけられない。
(みんなを冷静にさせるために、おれはどうすればいい?)
ワタルは仲間と距離を取って解決方法を探るべく、廊下に出て壁にもたれかかり腕を組む。それから五分ほど経ったころだ。
「考え過ぎるなよ。ここまで来たら、なるようにしかならないんだ。余計なこと考えていたら、ギターの演奏でミスをしても知らないぞ」
顔を上げると、弘樹が紙コップを手にして立っている。
ほらよ、と差し出されたコーヒーを受け取ると、控室前の廊下においてあるベンチにふたりで腰掛けた。
「ワタルの心配も解るよ。常識から考えたら、おまえの方が正しいってことは、みんな理解してるんだ」
「だったらなぜあんな無謀な計画を立てるんだ? おれには理解できない」
「仲間はみんな、それだけ沙樹ちゃんのことが好きなんだよ。あの子にはずっと世話になりっぱなしだろ。アマチュア時代は頼んだわけでもないのにマネージャーしてくれてさ、男ばかりのバンドには気がつかないような細やかなところを、たくさん助けてもらったじゃないか。プロになってからだって、沙樹ちゃんの推薦でゲストに呼ばれたこともある。ラジオじゃ冠番組も持てたもんな。だいたいラジオ局に就職したのだって、おれたちの歌をリスナーに届ける手伝いがしたいからなんだろ。本当に頭が下がるよ」
一緒に演奏しないだけで、沙樹は六人目のメンバーだ。仲間は誰もがそう思っている。
「ワタルが心配するまでもなく、沙樹ちゃんは心変わりなんてしてないよ。ただひとつ問題があるとしたら、トミーさんに煽られた応援団に押されて、気持ちに関係なく流されてしまうことかな。とくに『トミーさんについて行け』なんて信じられないようなことをおまえに言われたし」
「そのことなら反省してる。これ以上責めないでくれ」
後悔してもしきれない一言が、このような事態を招いてしまった。
一晩経って詫びのメッセージを入れるべきだったのに、なぜかそれができない。自分の存在が沙樹を縛りつけているのではないか、という危惧から逃れられなかった。
ありもしない幻想に惑わされて、素直に伝えられなかった自分を後悔しても後の祭りだ。
「いや、ワタルでも焼きもち妬くんだな。今回は面白いものを見せてもらった」
「おい、弘樹。楽しんでいる場合か?」
けたけたと笑う弘樹を見て、ワタルは自然と仏頂面になる。
「みんなは沙樹ちゃんに幸せになって欲しいんだよ。それをワタル、おまえに託しているんだ。それに、おまえには話したことがないけど、あの子を泣かせてまでバンドを続けたいなんて、誰も思ってないんだよ」
「……え?」
メンバーがそこまで沙樹のことを大切に思っていたとは。ワタルは想像すらしたことがなかった。
もし沙樹がいなかったら、ここまで成功できただろうか。彼女の手助けがあって、おれたちは雲に届く階段を登ることに成功した。沙樹がいて初めて存在できるバンド――それがオーバー・ザ・レインボウだ。
みんなの想いを聞いた今、迷ってはいられない。ギリギリの時間までライブをこなし、そのあと沙樹のもとに駆けつける。トミーにさらわれるのはごめんだ。
沙樹の悲しい涙は見たくない。
「まあ、おまえらふたりは最初からいい雰囲気だったからな。うちのライブに初めて来たときから、ワタルにえらく懐いていたし。実際につきあうようになるまで、どうしてあんなに時間がかかったのか不思議でならない。何を遠まわりしてたんだか」
はははっと豪快に笑って、弘樹は手にしたコーヒーを飲み干した。そして席を立ち、
「そういうことだから、何も心配するなって。これまで通りライブを楽しもうじゃないか」
ウインクすると控室に入った。
☆ ☆ ☆
最終日のライブが始まる。
バンドメンバーは真っ暗なステージの中、それぞれのパートにスタンバイした。
気持ちが高まったころを上手くキャッチして、弘樹がスティックを叩いてリズムを刻んだ。武彦のベースが二小節入ったあとで、全パートの演奏が始まる。同じタイミングで背後から照明が当てられ、メンバーのシルエットがステージに登場した。
会場をゆるがすような大歓声が響く。油断するとこちらの音がかき消されそうだ。
今日のこの瞬間を心待ちにしてくれたファンが、オープニングの数秒で受け入れてくれた。オーバー・ザ・レインボウとファンがひとつになって、ライブがスタートする。
勢いをリードするのは、哲哉のシャウトするようなボーカルだ。激しいビートは誰にも止められない。
ギターを手にしてステージに立った瞬間に、ワタルの迷いは消え去った。沙樹のことを伝えたときのファンの反応も、今は気にならない。この瞬間、沙樹がトミーと一緒にいると解っていても、胸は痛まない。
自分たちが全力でライブをやっているのと同様、あのふたりもリスナーに音楽を届けるべくがんばっている。場所と手段が違うだけで、曲に乗せて夢を伝えようとしている。
それがオーバー・ザ・レインボウと沙樹の共通点だ。距離は関係ない。離れていても同じ目標に向かって進んでいる。それが解っていたから、信じあえた。
それなのに、小さな嫉妬が時間とともに大きくなり、すれ違いを生んだ。仲間の言うように、おれは莫迦だった。
なぜだろう。ステージに立った瞬間に不安や迷いは消えてしまう。忘れていた絆を実感する。今はなすべきことをやるだけだ。
オープニングから五曲を一気に演奏した。ライブは今までの集大成にふさわしく、最高の演奏と最高のノリで進んでいる。
みんながアップテンポに疲れたころ、スローなバラードに変える。アコースティックギター一本で、哲哉の魅力を最大限に引き出す。勢いのある曲だけでなく、繊細なバラードも難なく歌いこなす。哲哉が経験した苦悩の日々は、幅広い表現力に姿を変えた。
ワタルは天性のボーカリストに巡り会えた幸運に感謝している。
二時間あまりのステージで、最高のメンバーとともにライブができる幸運をかみしめていた。
男五人のバンドだが、ハードロック中心のため客層は男女がほぼ同率だ。ファンのほとんどが女性ならば、沙樹の存在を発表することは一時的ではあっても大きなダメージになるだろう。
だが五分五分なのでそこまで影響はないと見ている。
音楽性を好きになってもらえているという自信があるので、アイドルグループと異なりその点についてはあまり気にしていない。
だがこれからやろうとすることは、一か八かの大勝負だ。途中でステージを抜け出してまでやることなのか。メンバーは冷静な判断ができてない。ワタルには充分すぎるほど解っているのに、止める方法が見つけられない。
(みんなを冷静にさせるために、おれはどうすればいい?)
ワタルは仲間と距離を取って解決方法を探るべく、廊下に出て壁にもたれかかり腕を組む。それから五分ほど経ったころだ。
「考え過ぎるなよ。ここまで来たら、なるようにしかならないんだ。余計なこと考えていたら、ギターの演奏でミスをしても知らないぞ」
顔を上げると、弘樹が紙コップを手にして立っている。
ほらよ、と差し出されたコーヒーを受け取ると、控室前の廊下においてあるベンチにふたりで腰掛けた。
「ワタルの心配も解るよ。常識から考えたら、おまえの方が正しいってことは、みんな理解してるんだ」
「だったらなぜあんな無謀な計画を立てるんだ? おれには理解できない」
「仲間はみんな、それだけ沙樹ちゃんのことが好きなんだよ。あの子にはずっと世話になりっぱなしだろ。アマチュア時代は頼んだわけでもないのにマネージャーしてくれてさ、男ばかりのバンドには気がつかないような細やかなところを、たくさん助けてもらったじゃないか。プロになってからだって、沙樹ちゃんの推薦でゲストに呼ばれたこともある。ラジオじゃ冠番組も持てたもんな。だいたいラジオ局に就職したのだって、おれたちの歌をリスナーに届ける手伝いがしたいからなんだろ。本当に頭が下がるよ」
一緒に演奏しないだけで、沙樹は六人目のメンバーだ。仲間は誰もがそう思っている。
「ワタルが心配するまでもなく、沙樹ちゃんは心変わりなんてしてないよ。ただひとつ問題があるとしたら、トミーさんに煽られた応援団に押されて、気持ちに関係なく流されてしまうことかな。とくに『トミーさんについて行け』なんて信じられないようなことをおまえに言われたし」
「そのことなら反省してる。これ以上責めないでくれ」
後悔してもしきれない一言が、このような事態を招いてしまった。
一晩経って詫びのメッセージを入れるべきだったのに、なぜかそれができない。自分の存在が沙樹を縛りつけているのではないか、という危惧から逃れられなかった。
ありもしない幻想に惑わされて、素直に伝えられなかった自分を後悔しても後の祭りだ。
「いや、ワタルでも焼きもち妬くんだな。今回は面白いものを見せてもらった」
「おい、弘樹。楽しんでいる場合か?」
けたけたと笑う弘樹を見て、ワタルは自然と仏頂面になる。
「みんなは沙樹ちゃんに幸せになって欲しいんだよ。それをワタル、おまえに託しているんだ。それに、おまえには話したことがないけど、あの子を泣かせてまでバンドを続けたいなんて、誰も思ってないんだよ」
「……え?」
メンバーがそこまで沙樹のことを大切に思っていたとは。ワタルは想像すらしたことがなかった。
もし沙樹がいなかったら、ここまで成功できただろうか。彼女の手助けがあって、おれたちは雲に届く階段を登ることに成功した。沙樹がいて初めて存在できるバンド――それがオーバー・ザ・レインボウだ。
みんなの想いを聞いた今、迷ってはいられない。ギリギリの時間までライブをこなし、そのあと沙樹のもとに駆けつける。トミーにさらわれるのはごめんだ。
沙樹の悲しい涙は見たくない。
「まあ、おまえらふたりは最初からいい雰囲気だったからな。うちのライブに初めて来たときから、ワタルにえらく懐いていたし。実際につきあうようになるまで、どうしてあんなに時間がかかったのか不思議でならない。何を遠まわりしてたんだか」
はははっと豪快に笑って、弘樹は手にしたコーヒーを飲み干した。そして席を立ち、
「そういうことだから、何も心配するなって。これまで通りライブを楽しもうじゃないか」
ウインクすると控室に入った。
☆ ☆ ☆
最終日のライブが始まる。
バンドメンバーは真っ暗なステージの中、それぞれのパートにスタンバイした。
気持ちが高まったころを上手くキャッチして、弘樹がスティックを叩いてリズムを刻んだ。武彦のベースが二小節入ったあとで、全パートの演奏が始まる。同じタイミングで背後から照明が当てられ、メンバーのシルエットがステージに登場した。
会場をゆるがすような大歓声が響く。油断するとこちらの音がかき消されそうだ。
今日のこの瞬間を心待ちにしてくれたファンが、オープニングの数秒で受け入れてくれた。オーバー・ザ・レインボウとファンがひとつになって、ライブがスタートする。
勢いをリードするのは、哲哉のシャウトするようなボーカルだ。激しいビートは誰にも止められない。
ギターを手にしてステージに立った瞬間に、ワタルの迷いは消え去った。沙樹のことを伝えたときのファンの反応も、今は気にならない。この瞬間、沙樹がトミーと一緒にいると解っていても、胸は痛まない。
自分たちが全力でライブをやっているのと同様、あのふたりもリスナーに音楽を届けるべくがんばっている。場所と手段が違うだけで、曲に乗せて夢を伝えようとしている。
それがオーバー・ザ・レインボウと沙樹の共通点だ。距離は関係ない。離れていても同じ目標に向かって進んでいる。それが解っていたから、信じあえた。
それなのに、小さな嫉妬が時間とともに大きくなり、すれ違いを生んだ。仲間の言うように、おれは莫迦だった。
なぜだろう。ステージに立った瞬間に不安や迷いは消えてしまう。忘れていた絆を実感する。今はなすべきことをやるだけだ。
オープニングから五曲を一気に演奏した。ライブは今までの集大成にふさわしく、最高の演奏と最高のノリで進んでいる。
みんながアップテンポに疲れたころ、スローなバラードに変える。アコースティックギター一本で、哲哉の魅力を最大限に引き出す。勢いのある曲だけでなく、繊細なバラードも難なく歌いこなす。哲哉が経験した苦悩の日々は、幅広い表現力に姿を変えた。
ワタルは天性のボーカリストに巡り会えた幸運に感謝している。
二時間あまりのステージで、最高のメンバーとともにライブができる幸運をかみしめていた。
0
あなたにおすすめの小説
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる