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第一章 斎藤未祐

第一話 始まりはメッセージから

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「きゃははははは!!こいつマジ不細工なん
 たけど!こんなんでよく街歩けるよね!」
そう言って、私の頭を踏みつける。もう一方が、私の髪を引っ張り上げた。
「ちょっと、目が汚れちゃうんですけどー!
 てか、クッサ!お前なんか臭いんだけど!
 服洗濯してんの?てか、そもそも風呂入っ
 てんの!?あ、ごっめーん!そんなお金無
 いよねー?(笑)」
「ちょっと言い過ぎー!(笑)あ、そーだ!
 うちらで洗ってあげようよ!このままじゃ
 腐っちゃいそうだし!(笑)」
「あはは!言えてる!じゃあ、女子便所へ
 レッツゴー!」
私はいじめられている。なぜこうなってしまったのかは、私が一番分かっている。
私の一家は、昔は仲の良い普通の家だった。
ご近所さんとも仲が良くて、私も、お兄ちゃんも、友達がたくさんいた。学校は面倒くさいけど、友達と話す時間は、素直に楽しかった。こんな日常が、ずっと続くんだと思っていた。そして、私もそれを望んでいた。当たり前だけど、幸せな日常。
確かに『あの日』までは、日常だった。
お兄ちゃんが初めて人を殺した、『あの日』
までは・・・。
(どうして、こんなことになってしまったん
 だろう。)
今日も私は、何もできない。怒ることも、泣くことも、逃げることすらできない。
(私・・何してるんだろう。便器に顔突っ込
 まれて何も言い返せないなんて・・我なが
 ら情けないよ・・・。)
「ねーえ!おーい!!」
「・・・・・・。」
「・・ねぇ、こいつもしかして、死んじゃっ
 たんじゃねぇの?
女子トイレに、沈黙が流れる。いじめっ子二人が、顔を見合わせる。
「・・これ、どーする?」
「私、知ーらね!」
「行こ行こ!」
苦悩の末辿り着いた、死んだふり作戦が成功したようで、2人はそそくさと去っていってしまった。授業中にこんなところで油を売っていると、妙に悪い事をしているような気分になるが、どうせ教室に戻ったところでプリントもろくに配られず、授業なんてとっくに崩壊しているんだから。戻ったところで、何になるんだろうか。
(もういっそ、本当に死んじゃおうかな。)
その時、ふとスマホの画面が光った。LINEがきたのだろうか。・・でも、おかしい。私のスマホに、LINEがくることなんて、ありえない。私の母は、もう狂ってしまった。ご近所さんからの嫌がらせや、会社のリストラによって。LINEなど、うてるはずもない。お兄ちゃんは、もうこの世にいない。自分がしたいことをしたら、さっさとこの世を去ってしまった。死ぬ勇気も湧かず、かといっていじめや嫌がらせに耐える精神力もない、私達家族のことなど、これっぽっちも考えずに。
(誰だろう。まぁさしずめ、嫌がらせか通販
 ってとこかな。それとも・・死んだお父さ
 んが、迎えにきてくれたのかな。)
だったらいいな、と少しだけ思う。LINEのアイコンをタップすると、暗いトイレに白い光が薄く広がる。そこにはこう書かれていた。
『斎藤 未祐様
まず、突然メッセージを送る事になってしまったこと、大変申し訳ありません。このトークルームがどうやって作られたのか、疑問にお思いでしょうが、そのことについては極秘事項となっておりますゆえ、何卒ご理解下さいますよう、お願い申し上げます。今回このような形で連絡することになってしまったのには、一刻を争う事態であると判断したためです。あなたは、このままでは自殺します。私は、それを止める為に連絡を取らせていただいた次第です。あなたには、OGになって欲しいのです。OGについては、もしご興味が湧きましたら説明させていただきます。ここでの説明は、極秘事項の為控えさせていただきます。ただ、一つ言えるのは、OGになれば、あなたの生活が一変するということです。ご興味があるようでしたら、帰り道をいつも通りに進んで下さい。残念ながらご興味を持たれなかった場合は、お手数ですが、違う道からお帰りくださるよう、お願い申し上げます。
それでは、貴方に幸運が訪れますように。
     オセロ・キッサ店主 坂上幸雄』
長々と書かれた長文を最後まで読むと、私は笑いが堪えきれなかった。
「あはは!こんなのある訳ないじゃん!
 騙すにしても、もっとそれっぽいこと書け
 ばいいのに。・・・笑えないよ。」
スマホを閉じると急な眠気に襲われて、そのまま眠りについた。瞼を閉じると、少しだけこの現状から解放された気がする。本当はそんなはずないのに。だんだんと遠のく意識の中で、私は「あなたの生活が一変する」という言葉を、頭の中で繰り返していた。そして、慌ててかぶりを振った。そんな想像、したところで何の意味もないから。
(そういえば・・『オセロ・キッサ』って
 どこかで聞いたことある・・ような・・)
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・・遠くから、チャイムの音がする。頬がじんじんする。またあいつらに殴られたのだろうか?・・記憶がない。スマホを開くと、私は目を見開いた。
(ウソ・・!?もう5時!?じゃあさっきの
 は、最終下校のチャイムだったの!?
 大変・・!家に帰らないと!・・帰ったと
 ころで、誰もいないけど。)
タイルの跡がついた頬を摩りながら、ヨロヨロと立ち上がる。
(なんで私ばっかりこんな目に・・!)
ふいに溢れてきた涙を噛み殺すようにして、唇を強く噛む。頬を伝うしずくをぬぐいもせず、校門に向かって走った。

その時の私は、すっかり忘れていた。あの謎のメッセージを。まぁ思い出していたところで、何もしなかっただろうけど。だからこれはある意味運命なのかもしれない。
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