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第一章 斎藤未祐

第二話 噂の喫茶店

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(ここは・・どこなんだろう?)
私はついさっきまで、泣きながら坂道を走っていた。そして曲がり角に差し掛かった時、いつもなら家が見えるはずが、今日は見知らぬ土地が広がっていた。寂れた商店街には似合わない派手な蛍光色の看板には、『happy garden』と大きく書かれていた。
「ハッピーガーデン?聞いたことないなぁ。
 スマホで調べ・・圏外!?いやいやいや、
 おかしいでしょ!昨日まで繋がってたのに
 いきなり!?」

真夏の日差しが、容赦なく私の肌を突き刺す。蝉がうるさい。なぜこんな都会のど真ん中に、こんな廃れた商店街があるのだろう。
1日の間に見知った道が全く知らない道になっていて、さらに圏外になってるなんてどう考えてもおかしい。しかも、泣きっ面に蜂とはこのことで、雨まで降ってきた。
(とりあえず・・入るしかないよね。後ろは
 学校に続く道だし・・濡れるし。)

私は、恐る恐る商店街に足を踏み入れた。静まり返った商店街に、ローファーのコツコツ
という靴音が響き渡る。足の影まで暗闇で見えなくなるころ、私はやっとここがシャッター街だということに気がついた。余計に恐ろしくなり、足早に商店街を抜けようとする。が、なかなか出口が見えない。普通商店街は入り口からでも出口が見えるものだが、このシャッター街はどうも長い。不自然な程に。足を踏み出すのも嫌になってきたころ、ようやく出口らしき明かりが見えてきた。
(やった・・!出口だ!!)
歓喜のあまり、スキップをして・・いた足はすぐに止まった。出口のものだと思っていた
光は、店の入り口から漏れ出た光だった。
(違う・・・か。)

ネオンの看板の光が目に刺さる。映画館の様でもあり、ファストフード店の様でもあり、
どちらでもないようにも見える。
諦めて引き返そうかと振り向いた時、ふと疑問が生じた。なぜシャッター街に灯のついた店があるのか。気になって振り返ったのがまずかった。
「あれ?珍しいな。こんな辺鄙なシャッター
 街に人が来るなんて。こんなところで
 何してるのかな?お嬢さん。」
その男は、まさに美青年に他ならなかった。
ゾッとするほど美しい、貼り付けた笑みを
向けられると、どうしようもなくこの場から
逃げられなくなる。ポニーテールに結いた髪が、サラサラと靡く。
(こんなイケメン見たことないし、写真撮り
 たい・・けど!帰らないと・・!)
「え、えっと・・勝手に入ってすみません。
 すぐに出て行きますから!」
私は今来た方向に向かって全速力で走った。
この商店街は何かおかしい。一刻も早く出たかった。・・が、それは腕を掴まれたことによって叶わなかった。
「待って待って!外は大雨でしょ?少し
 休んでいったら?君がよかったらだけど、  
 ボクとお茶していかない?こんな寂れた
 場所に店を構えていると、どうにも寂しく
 て・・。通販で茶葉が結構売れるからこう 
 して店はやれてるんだけど、
 本店には客がめっきり来なくて・・。」
(悲しそうな顔も美しすぎる・・!!
 って、ダメよ!惑わされちゃ。・・でも、
 今の社会・・そんなこともあるんだな。
 少し可哀想な気もするけど、早く帰らない
 と、夕食の準備に間に合わないし・・。)
ここは断って早く帰ろう!と決心した、丁度その時。口が勝手に動いた。いや、正確には私の本能がそうした方がいいと言っていた。
それに、従ってしまった。
「はい!ぜひお邪魔させてください。」
びっくりする間もなく、気づくとすでに店内に入っていた。
(まずい・・!早く帰らないといけないのに
 ・・お母さんがお腹空かせて待ってる。)
やっぱり帰ろうかと振り返ろうとした時、店主らしき美青年が、カウンター前の椅子を引いて、カウンターに入った。
「誘いに乗ってくれて、ありがとう。
 そこの席、座って。紅茶がいい?それとも
 コーヒー?」
「・・・コーヒーでお願いします。」
外から見たイメージとは違い、なんとも言えない懐かしさのある雰囲気の店に、不覚にも魅力を感じてしまった。少しくらいなら付き合ってもいいかな・・と思い始めていた。
「ねぇ君、名前はなんて言うの?あ、ちなみ
 にボクは坂上幸雄ね。
 この店のマスターやってるんだ。」
(この歳でマスター!?すごいなぁ。
 坂上幸雄・・?どっかで聞いたような・・
 気のせいかな?)
必死に思い出そうと頭を捻っていると、コーヒーのいい匂いが漂ってきた。座っているカウンターの前にコーヒーを置くと、美青年改めマスターが私に目配せした。
(・・・?あ、私の番か。)
「あの。私、斎藤未祐って言います。」
「そうなんだ。可愛らしい名前だね。」
顔色ひとつ変えずキザな台詞を言ってカッコよく見えるのは、イケメンの特権である。
「・・・ありがとうございます。」
マスターはニコッと微笑むと、カウンターの中にあった椅子に腰掛けた。
「さて・・本題だけど。」
そう言った瞬間、マスターの雰囲気が一変した。思わず安心してしまうような眼差しが、こちらの全てを見据えてしまうような、鋭く冷淡でありながら威圧感のある視線に、一瞬で変わってしまった。
(怖い・・この場から早く立ち去りたい!)
そんな私の思いとは裏腹に、理性では逃げてはいけないとわかっていた。ここで逃げたら、今までと同じ。弱い自分のままだ。それに、マスターが一変したのにも何か理由があると確信していた。根拠はない。本能的な勘だ。私の逃げたいという気持ちと、理性とで一生懸命葛藤していると、ふいにマスターの
雰囲気が柔らかくなった。マスターがクスクスと笑い出した。そこでなんとなく察した。
(嵌められた・・・!てか、遊ばれた。)
私がムッとしていると、笑い収まったのかマスターが涙を拭いている。
「ごめんごめん。あはは!やっぱり苦手だよ
 これ。おかしいんだもん。ふふ。ごめんね
 未祐ちゃん。君を試させてもらったんだ。
 逃げ出すかどうかで本題に入るか決めてる
 んだけど、逃げ出さなかったのは君が初め
 てだよ!」
どういうことかわからずハテナを頭に浮かべている私を見て、マスターはもう一度クスッと笑った。
「そのことについては、奥でちゃんと説明す
 るよ。ついておいで。」
「・・・」
正直、怪しかった。着いていっていいのか?
本当にこの人は、安全なのだろうか。
私が迷っているのがわかったようかのように
私の手を取る。爽やかに笑う彼は、今までのように素を見せない彼に見えるが、私は見逃さなかった。彼が、手を繋ぐのを少し躊躇っていたのを。少し馴れ馴れしかったかな?と
こちらを覗き込んでいるのを、必死に爽やかに見せようとしている彼を、悪人だなんてこれっぽっちも思えなかった。とにかく、この人を信じてみよう。私は、彼と共に店の奥の暗がりに消えていった。






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