公爵令嬢の苦難

桜木弥生

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公爵令嬢の苦難

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「ロベリア!貴様との婚約は破棄させてもらう!」

それまで会場内に鳴っていた演奏はピタリと止み、ワルツを踊る靴音も、フロアの外周で談笑していた声も止まった。

しんと静まり返った会場内にいた人々は、ただ一人、豪奢な最先端のドレスに身を包んだ金の巻き毛の女性に視線を注ぐ。

「あら、ジオルド殿下。本気ですの?」
「本気だ!貴様のような悪女との縁もこれまでだ!」

物静かに話すロベリアと呼ばれた令嬢と、真逆に怒鳴り付ける王太子のジオルドは対峙するようにフロアの中央に陣取る。

いつの間にか二人の周りには空間が開いていた。

「畏まりました。けれど、ジオルド殿下。わたくしと婚約破棄をしたら、後ろ楯が無くなる事はご承知?それよりも、わたくしに言うことがあるのではございませんこと?」

口元を扇で隠したロベリアは、嘲笑うかのように涼しげな青い瞳を細めて笑みを浮かべた。

「お前!自分のした事を棚に上げて、よくもぬけゆけと!」
「わたくしが何をしたと?」

怒り心頭のジオルドとは逆に、しれっと返すロベリアに周りはハラハラと見守るしかない。
そこにはジオルドの父である国王と王妃。ロベリアの両親である公爵と公爵婦人もいたが、中心の二人以外はすべからく空気と化していた。

「しらばっくれるな!マリアに対して虐めを行っていた事は調べがついているんだ!」
「マリア?…」

誰だ?と首を傾げるロベリアに同調するように、周囲からも「マリア?そんな名前の令嬢いたか?」と疑問の声が上がる。

「あぁ、あの平民の女性の事かしら?」
「お前はそうやって平民平民と!私達貴族と彼女と、同じ人間なんだ!差別はよせ!」

貴族がいるから平民もいるわけで、平民を平民と呼んではいけない等そんなわけがわからない屁理屈を捏ねているジオルドに皆が白い目を向けた時だった。
皆と同じように空気と化していた国王が、ごほんとわざとらしく咳をつき、視線を集める。

「あー…とりあえず、ロベリア嬢。婚約は解消…と言うことで構わないかな?」
「国王陛下からのお言葉に、否とはお答え出来ませんわ」
「あぁ、すまないな。本当に…申し訳ない。ロベリア嬢にはすぐにでも良い縁談を持とう」
「あら、嬉しいですわ。宜しくお願い致します」

婚約破棄を突きつけたジオルドはそっちのけで、和やかに婚約解消の段取りをつけた国王とロベリアは周りで見守っていた他の貴族達の輪に戻って行った。
中央にただ一人残されたジオルドだけは、あまりのスピードにぽかんと口を開けて呆けているだけだったという。




「って言うかお嬢様。あれほど言葉遣いにはお気をつけをと申しておりましたでしょう!」
「気をつけてた!気をつけてたわ!でも何故か曲解して取られるんだもの!私のせいじゃないわ!」

豪奢なドレスを脱いで、アクセサリーも外して、湯に浸かって化粧も落としたロベリアは、寝間着姿でフリルが沢山ついたクッションを両手で抱えて顎を乗せた。

「だからって『婚約破棄をしたら、後ろ楯が無くなる』とか、『言うことがあるのでは』とか、普通別の意味に捉えられます!」

クッションに顎を乗せて頬を膨らませるロベリアの目の前に、腰に手を当てて怒っているのはロベリアの乳兄弟でロベリアの侍女のセレスだ。

「だって!婚約破棄したらジオルド様が王太子の座から下ろされちゃうから…何かの事情があるなら、言ってくれれば国王陛下に私から頼んだことにもできるじゃない?
そうすれば、王太子のままでいられるでしょ?って思って言ったのに!」
「だから!お嬢様はちゃんと言わないと周りはわからないんですって!その言葉だけだと『王太子のままでいたければ婚約破棄取り消しなさい。その上で今この場で、みんなの前で私に謝罪しなさい』って聞こえますから!」
「…そんなつもりで言ったんじゃないのにぃ…」

叱られて涙ぐみながらクッションに顔を伏せると、足を引き寄せて小さくなる。
昔からのロベリアの癖だ。
悲しい時にこの格好になる。
セレスは怒りすぎたかな、と苦笑しながら、目の前の金の髪に手のひらを乗せて、ゆっくりと撫でた。

「お嬢様がお優しい事は、みんな承知ですよ。わからないのはあの馬鹿王子くらいです。だけど、言葉は発したら二度と元には戻せません。相手にとって受け取りにくい言葉は誤解を産みます。だからこそ、相手にとって受け取りやすいよう話をしてくださいと申し上げているんです」
「…わかってるもん……でも、緊張するのよ…緊張すると、ちゃんと喋らなきゃって思うのに…上手く言えなくて…」

段々とくぐもった声になってるのは、泣いてるのだろう。
本当にあの馬鹿王子は何故こんなに可愛らしいお嬢様と婚約破棄したのかと、セレスは怒鳴り付けたくなる。

「さぁ、じゃあお嬢様。今日のおさらいをしましょう。もう泣かないで。次に生かせばいいんです。幸い、あの馬鹿王子とも縁は切れましたし、国王陛下もより良い縁談を持ってきて下さってますし」
「もう!?さっきのことなのに!?早くない!?」

驚きで涙が止まったらしい。
目の回りを濡らしたままクッションから顔を上げたロベリアに、セレスは微笑む。

「そりゃ、うちのお嬢様は美人で可愛らしくて教養もある、素晴らしい方ですもの。それに、あれだけ派手に浮気している所を目撃されていたら、婚約破棄も目前だろうと噂もされますし、なら破棄されたら自分の息子を!と思う方々も多いですし」

なんなら、婚約破棄前に国王陛下へ『是非婚約破棄が成されたらうちの息子とロベリア嬢を』と打診していた貴族もいた事は、流石にロベリアには言えないが。
ロベリアに見えないよう苦笑しつつ、すでに届いていた釣書をテーブルの上に並べていく。


「よかったですね!お嬢様!選り取りみどりですよ!」
「全然良くなああい!!」
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