BLAZE

鈴木まる

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呪い

流浪の民

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 さすらい人の生活は、ミックにとってとても新鮮な物だった。

おおよそ一家族で一つの荷馬車を使っている。荷物と一緒に馬車に乗る者もいれば、馬に乗っている者もいる。たいてい幼い子供が荷馬車には乗っていた。

夜も寝床代わりにして荷馬車の中で過ごすものもいれば、テントを張るものもいる。昼間は移動し続ける。休憩は午前と午後のお茶の時間と昼食時。休憩時には、踊りやナイフ投げの練習をするものがいた。ベルとディルはそれぞれ指南役を務めていた。

移動中は、若く体力のある馬に乗っているものが狩りをすることもあった。ミックはクリフとともに狩りに同行し、野ウサギや雉を獲った。街で充分に食料は調達しているが、何かあったときのために狩りを行うのだそうだ。また、次の世代へと狩りの仕方を伝えるという意味合いもあるという。

水も充分に蓄えてはいたが、水場を把握しているようで、所々で補給していた。一つの場所に縛られない伸び伸びとした生活だからか、さすらい人は皆おおらかでたくましい雰囲気を纏っていた。

 ある夜、いつも寝ている荷馬車の中でミックははっと目を覚ました。様子がおかしい。いつもと違う。ミックは隣にいるはずのベルを探したがいない。この時間は見張りかもしれないが…何だか胸騒ぎがする。

ミックは装備を身に着け、荷馬車の覆いの隙間から外の様子を伺った。いつも一団の中心で燃やしているはずの篝火が消えていた。

ミックは音を立てないよう最新の注意を払って、馬車から降りた。その途端、背後から誰かに口を覆われた。

「息を潜めて屈んで。」

耳元でそう囁いたのはベルだった。ミックは小さく頷き、馬車の影にしゃがみ込んだ。ベルも隣にしゃがんで、手短に今の状況を説明した。

「見張りをしていたら、ガラではない、何かに襲われたの。今は膠着状態よ。」

ミックは頷き、弓矢を構えた。野盗かもしれない。あるいは、野生動物か。どちらにせよ、倒さなくてはこちらの命が危ない。

 先に動いたのは相手だった。雲が流れて月明かりが差した瞬間、見張りのさすらい人の一人に斬りかかっていった。見張りは槍で斬撃を受け流し、カウンターを食らわせた。

攻撃が開始されたので、おおよその敵の位置がわかった。月明かりがあれば、矢をうてる。

「できる範囲で後方支援して。」

そう言って、ベルは前へ飛び出していった。

敵もさすらい人も入り乱れての戦闘となった。ミックは戦いの場から少し離れた場所に見つけた敵を矢でうっていった。できる限り、致命傷を避けた。敵の正体を知りたかったし、無駄に命を奪いたくはなかった。

 敵の数は、全部で七人だった。さすらい人が戦いなれている上に数の有利もあり、こちらにはほとんど被害がなく戦闘を終わらせることができた。

敵は縛り上げられて身動きを取れなくされ、リードのテントの中へ連れて行かれた。

「何かお前たちに用があるみたいだぞ。」

尋問していたリードがテントから出て、旅の一行を呼んだ。

「俺は席を外すが、何かあったら呼んでくれ。」

テントの中には、ミック達と捕虜になった敵だけになった。捕虜の何人かに、ミックは見覚えがある気がした。ラズがいつにもまして、厳しい表情をしていた。

「ジェーンだな?」

ラズの言葉に、リーダー格と思しき男が反応した。

「ジェーン様、だ!貴様はいつも無礼だな、ラズ!!」

思い出した。第一部隊の近衛兵の兵士達だ。名前までは知らないが、座学や夜行訓練のときなどに見かけたことがある。なぜ鷹の塊を、いや、自分達を襲ったのだろうか。

今ラズは王子の名前を出したが、まさか…?

「答えろスピア。貴様らに俺たちを始末するよう指示したのはジェーンだな?」
「ジェーン様!!だ!!!」

リーダー格のスピアと呼ばれた男の額には、怒りのあまり血管が浮き出ている。他の捕虜もかなり頭にきている様子だ。余程ジェーン王子に陶酔していると思われる。これでは、質問に答えたも同然だった。

「わけがわかんねぇんだが…俺達は王様の指示で旅してんだろ?何で王子様が俺たちを襲わせなきゃなんねぇんだ?仲間だろ。」

シュートがみんなの疑問を代弁した。ラズが何か言いかけたが、それより早く捕虜達がまくし立てた。

「仲間なわけがないだろう!」
「この呪われた連中が!」
「汚らわしい!」

酷い言いようだ。身に覚えはないが、ミック達は呪われて汚らわしいと認識されている。

「それがジェーンが貴様らに吹き込んだ話か。」

ラズはあからさまな嫌悪感を表情に出して見下した。スピアは大声で泡を飛ばしながら反論した。

「吹き込んだ?何を言う!あの方は嘘をつかない。この旅の一行は一人を除いて全員が、闇の力に関係している。闇に関わりのない一人は母親もわからぬ出生のあやふやな人物だと聞いた。詳細は知らぬ。しかし、ジェーン様が始末しろとおっしゃるのなら、それが正しい判断であると我々は確信している!!」

ラズは意図して挑発したのではないようだが、結果として相手を怒らせ情報を聞き出した。しかし、ラズも相当頭にきて来ているようだ。

呪われているだの闇の力に関係しているだの言っているが、ミックには何のことかわからなかった。ジェーン王子が嘘をついたか、何かを勘違いしたかのどちらかではないだろうか。

ただ、「一人は母親もわからぬ」という話はシュートの生い立ちと合致する。見下したような言い方は許しがたいが。

スピアの情報は合っていたり間違っていたりして、中途半端だとミックは思った。

「とにかく王子様は俺たちが姫様のために動いてるのが、気に食わないってことね。だから秘密裏に処分しようと腹心に司令を出した、と。」

ディルがまとめると、スピアが睨みつけた。

「黙れ。呪われた一族さすらい人が我ら近衛兵に話しかけるなど言語道断!」

ラズが間髪入れずに鎧の隙間からみぞおち辺りに蹴りを入れた。スピアは呻いて気を失った。

「もういい、貴様が黙れ。不快だ。俺達はすぐに王へはやぶさ便で手紙を出す。ジェーンがこれ以上俺達に干渉できないようにな。」

ラズはそう吐き捨て、テントから出て行った。ディルとベルが後を追ったので、ミックとシュートも捕虜を残しテントをあとにした。

「ラズ、ありがとう。少しスカッとしたわ。」

ずんずんと怒りのせいかいつもより足音を立てて荒々しく歩くラズに、ベルがお礼を言った。

「貴様のためではない。俺が不快だった。スピアはジェーンの操り人形だ。隊にいた時もいつも…いや、もういい。」

ベルに向き直ったラズは口が滑った、といった様子で話をやめてしまった。

「あんな言い方、酷い。同じ近衛兵として恥ずかしい。」

ミックは拳をぎゅっと握った。ラズが蹴りを食らわせていなければ、自分が殴ってしまっていたかもしれない。

 ミック達はその晩のうちに鷹の塊が所有しているはやぶさを借り、王都へ手紙を出した。予め王と取り決めていた通りの封筒と名前を使った。

 翌朝、捕虜は解放した。今後ミック達に関わるとジェーン王子の立場がなくなると散々脅し、シュートの氷で拘束して昨晩の野営地に置いていった。氷は夜までは溶けないはずだとシュートは言っていた。それまでにミック達は遠くへと移動できる。

 
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