BLAZE

鈴木まる

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姫の願い

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 ラズが団蔵の方へ一歩踏み出そうとした瞬間、バキバキと音を立てて窓に目張りされていた板が壊れ吹っ飛んだ。

板の破片と共に、ミックが部屋に飛び込んできた。逃げたふりをして屋根に登り、外から窓の板を蹴破ってきたのだ。

陽の光が室内に入る。一瞬怯んだ団蔵に、ミックがブーツの中に隠し持っていた氷の矢を投げつけた。矢は胸に当たったが、心臓までは届ききっていないようだった。しかし、動きが鈍くなった。

ミックはディルの首元の左手を思い切り殴りナイフを手放させた。床に落ちたナイフを足で踏みつけ取り返されないようにし、ディルを庇うように抱えた。

ラズは団蔵にとどめを刺そうと凍った胸を貫こうとしたが、ぽっかりと黒い穴がそこには開いていた。穴の出口はミックの首後ろだ。

寸前で攻撃を切り替え左肩をざっくりと刺した。団蔵はよろめいた。消滅はしないが、かなりダメージがあるようだ。陽の光と氷の魔法がきいている。

「今のよく反応したね。君の反射神経は並じゃないな。同志よ、悪いがここは引かせてもらう。」

そう言い残し、自分の体がすっぽり入るほどの黒い空間を出し、団蔵はその中に消えてしまった。黒い穴もあっという間に閉じてしまった。

「ラズ!あいつが逃げる!」

ミックの声にはっとしてラズはゾルを探した。ゾルは窓から外へ出ようとしていた。ミックの手元にはもう氷の矢はない。ベルは倒れている。自分が魔法を剣にまとわせて斬るしかない。

できることならばやりたくなかったが、旅の目的を果たせるかどうかの瀬戸際だ。ラズは魔力を練って剣全体に纏わせた。刀身が真っ黒になった。

「え…闇…?」

かろうじて意識のあるベルがそう呟くのが聞こえたが、構わずゾルへ攻撃を仕掛けた。

「くっ…近付かないで!」

初めてゾルが声を発した。ザーナ姫の声のようだが、やまびこのようにはっきりしない。ラズの攻撃がゾルの腕の部分に掠った。攻撃が効いている手応えはあるが、浅い。

「あなた、なぜそんな魔力を…?」

ゾルは不思議そうな顔をしたが、ラズが次の攻撃を仕掛ける前に我に返り、煙幕のように部屋に闇を充満させた。ラズは気配を頼りに攻撃を仕掛けたが、あっさりと避けられてしまった。

視界が良くなる頃には、もうゾルの姿はなかった。

「ちっ…逃したか。」

旅の目的ももちろんだが、自分の魔法を晒すのならここで捉えてしまいたかった。

「ラズ、動ける?どうにかしてみんなを病院へ連れて行かなきゃ。」

ミックは切り替えが早い。今やるべきことをすぐに実行する。それは、いつでも前を向いていて、大切なことを諦めない気持ちがとても強いからだ。ラズは共に旅をしていく中で気付いた。ミックのそんな態度にラズも、恐らく他の仲間も助けられていた。

 ラズがディルとシュートを担ぎ、ミックがベルをさっきのシュートにしたのと同じ要領で止血しおぶった。

洋館の外に出たはいいが、問題はそこからだった。村まで歩いていくと時間がかかりすぎる。かといって、けが人は馬には乗れない。一人が村へ行って馬車を呼んでくるかと話していると、クリフの嘶きが聞こえた。

ミックはそっと草の上にベルを横たえ、声のした方へ向かった。クリフは繋いでいたはずの手綱を解いて屋敷の裏庭に来ていた。そこには、干し草などを積むであろう荷車があった。ボロボロだが、まだ使えそうだ。三人くらいなら寝かせて乗せて運べるだろう。

「クリフ、ありがとう!本当に賢いんだねぇ。」

ミックはワシャワシャとクリフの頭を撫でた。クリフは嬉しそうに目を閉じた。荷車をクリフにつなぎけが人を乗せてミック達は村へ戻った。




 幸い三人とも命に別条はなかったが、一番酷い怪我をしていたディルは一週間入院した。

ディルは意識を取り戻し一人病室で過ごしながら、今回の出来事を振り返り落ち込んだ。

オーリッツの田舎道で、団蔵一人と会っただけならどうにかできた。倒せなくとも逃げることはできたはずだ。

あの時、ザーナ姫の姿がぼんやりと見えた瞬間体が言うことを聞かなくなった。もう、彼女への想いには諦めをつけて、一国民として力を尽くそうと心を決めたのに…。決めたつもりになっていただけだったと、思い知らされた。ディルは病院のベッドの上でぼんやりと、ザーナ姫との出会いや一緒に過ごした時間を思い返した。

 
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