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第二章 第二理科室の秘密

第9話

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 マシューはこれからどうやって任務に当たるのか、口火を切ったように話出す。

「さぁ、話は元に戻すけれど、僕は来週から毎日、昼休みの時間を利用して、大江山に赴いて酒呑童子を探そうと思っている。酒呑童子は首を切られてからも宙を動き、源 頼光を襲ったという話が残っているのは知っているかい?」

 大祇は静かに顔を横に振って、否定する。

「僕の考えは、酒呑童子は当時、首を落とされたと言われているけれど、恐らく都の人々を安心させるために、そう言い伝えられている気がするんだよね。本当は酒呑童子の力を削いで眠らせてしまっただけで、きっと、この千年の間に眠りから覚めて、動き回っているのではないかと思っている。でも、まだ本来の力までは戻っていないというこの国の見解らしいから、その間に再び弱らしておきたいんだよね」
 
「なんかまるで熊の冬眠みたいだな」

「鬼はもともと人間だったって知っているかい?人間の憎悪、妬みでできているから、どの時代にも鬼の栄養となる人間の弱くて黒い心さえあれば、鬼になってしまう可能性はあるからね」

 確かに今の時代だって平和に見えるけど、文明が発展したからこそ、世界中で戦争があったり、インターネットを通じて人を攻撃したり、新たな未知のウィルスとの生活を考えさせられたり、人間の心は千年前よりも豊かになっているかと問われれば、当時と大差ないのかもしれない。それが、鬼を生み出す源や栄養源となっているとしたら、一刻も早く力を削ぎ落したいと考えているマシューの考えにも納得がいく。

 大祇は、ベンチから立ち上がって、座っているマシューの正面に立った。

 いつの間にか、話に夢中になっていて西の空は橙と紫色のグラデーションに染まって、月もくっきり見え始めている。遠くの方から風に乗って踏切の遮断機の音が微かに聞こえてきた。

「俺は、どこまでマシューの力になれるかはわからないけど、マシューが一人で背負わなくても、俺が手伝えそうなことは出来る限り手伝いたいかな。まぁ、マシューからして見れば、頼りにはなれる存在ではないだろうけど、話を聞いたり、俺なりに良い方法がないか探したり、何か力になれたらと思っているよ」

 大祇は、今、心で感じて思った自分の気持ちをマシューに伝えてみる。

 マシューの瞳の奥がほのかに揺れているような気がした。

 彼の背負っている責務や心の荷物を一パーセントでも軽くしてあげられたらいいと、心の底から大祇は思った。

「たいき、本当にありがとう。君の一言で僕はすごく心が軽くなったよ。君と出会えて良かった」

 そう大祇に短く答えるとマシューも立ち上がった。

 少し照れたようにはにかむマシューにはまだ幼い表情も残っているように見える。

「じゃあ、またね」

 マシューはそう言って、帰り道が逆だったのか、軽く右手を挙げると夕焼けの中に消えていった。大祇はマシューの背中を見送った後、手のひらに刀文様通行証を握りしめたままだったことに気が付いた。

「あぁ、マシューに返そうと思っていたのに、興奮して握りしめたままだった。明日になったら返さないといけないな」

 そう独り言をつぶやくと、無くさないように大祇もマシューの真似をして、ブレザーの第一ボタンの上に刀文様通行証をカパッとはめておいた。

 その晩、大祇は小学生の頃から使っている地図帳を本棚から引っ張り出し、久しぶりに広げてみた。

「えっと……大江山って、京都市内にあると思っていたけど違うのか」

 大祇はてっきり、小学校の修学旅行で京都に行った時、金閣寺近辺でみた「大文字焼き」の山がその山だと思っていた。

「京都五山送り火の一つの山かと思っていたけど、違ったんだな。えっと……大江山、大江山」

 大祇は、地図の上に指を走らせる。

「あった! 京都府の北西部にあるのか。標高八百三十二メートル。天橋立の近くだったのかぁ」

 大祇は昼間にチラッと覗いただけの景色が、どこにあったのかやっと理解することができた。









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