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第七章 酒呑童子の想い

第40話

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「まだ、聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんや、なんでも聞いてくれてかまへんで」
「なんで、そんなこてこての関西弁なの?」
「あぁ。今の仕事で大阪に行くことが多くてな、それでこんな話し方をしているだけやで。千年も生きていたら、標準語も話せるし、英語もドイツ語も中国語も話せるようになるわ」

「……。勤勉だったんだな」

「仕事で海外に行くこともあるし、同じ仕事ばかりしていたら飽きてしまうから五十年に一度くらい転職してんねん。ちなみに医師やっていた頃もあったなぁ。もちろん、国家資格、合格しているから安心してな」

「すごいな……。そのやる気、見習わないといけないな」

 大祇は何百年と生き続け、何歳になっても、勉学に励む酒呑童子の姿が格好いいと感じていた。

「それで、今は何の仕事してるの?」
「今は建築関係かな。建築士の資格も建築施工管理技士の資格もちゃんと持ってんねんで」

「そのやる気、尊敬するわ」
「おおきに。でもな、長く生きていてもいいことばかりやないねんで」

 酒呑童子はいつの時代を回想しているのかは、言わなかったけれど、生きてきた苦悩の一部を大祇に教えてくれる。

「俺、内気な性格だから、心を寄せた想い人がいてもずっと片想いばかりやねん」

「そんなに男前だったら、美女が寄ってきそうなのにな」

「そう言われるけれど、考えてみぃや。好いたおなごがおったとしても、自分より常に先に命が無くなるねんで。ずっとずっとその繰り返しや。想いを伝えるなんてできひん。俺が好きになるのは、いつも人間ばかりやしな」

 大祇にも、何となく片想いの気持ちは理解できるが、その好きな人が年老いていって、やがて墓に入ってしまうところを想像するのは、確かに心苦しいと感じた。

「相手を見送るしかできないから、今まで誰にも自分の想いは伝えたことがないねん。先立たれるのがわかっていて、俺自身があと何百年生きるかなんてわからなかったからな。だから、ずっと俺自身が人間に戻りたい、限りある命になれることを望んできたってわけ」

「千年生きるって全然イメージがわからないけれど、酒呑童子も悩んで生きていたんだね。じゃあさ、今は想いを寄せている女性っているの?」

 大祇は興味本位で聞いてみた。これから彼がどうやって生きて行こうとしているのか、少し尋ねてみたかったからだ。

「せやねん! 今、好きで好きでたまらない女性がおるねん。この千年生きてきて、一番好きになった運命の相手や」

 酒呑童子は嬉しそうな笑顔で、自分の恋心を話し出す。

「じゃあ、やっぱり想いを伝えるの?」
「やっと人間に戻れたんやから、今すぐにでも気持ち伝えたいくらいやな」

 そうか。ずっと片想いばかりしてきたから、自分の気持ちを伝えられるだけで幸せなことなんだな。恋愛初心者の大祇には、まだわからない感覚だった。

「片想いしている時間も大切なんやけどな、今、ライバルが現れたから、焦ってんねん。いつも見ているだけで、他の男性と夫婦になっていく姿を見送るだけで、辛かったわ~。大祇も他の男に持って行かれないうちに、自分の気持ちを伝えた方がええよ、ほんまに。」

 酒呑童子は、目線だけまりなの方を向けて、大祇にアドバイスをしてきた。

「忠告ありがとう。胸に留めておきます、先輩」
 
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