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第七章 酒呑童子の想い

第41話

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   大祇は、片想いの先輩の言っていることが、いつかわかるのかなと思いながら、まだ気になっている質問をする。

「あのさ、好きな女性がいるのに、なんでさっき戦っていた時にまりなと夫婦になるなんて、俺に言ったのさ」

 あの場面で、どうして酒呑童子がこの台詞を自分に向けて言ったのか、疑問に感じていた。あの言葉のおかげで、怒りをあらわにすることもできたし、酒呑童子に立ち向かう気力を取り戻したのは言うまでもない。あの台詞がなかったら、いつまで経っても、宝刀で酒呑童子の体に触れることはかなわなかった気が、今でもしている。

 酒呑童子は、大祇の肩を引き寄せて耳元で囁く。誰にも聞こえないようにこっそり説明してくれているのだ。

「なっ?!」

 大祇は思わず、声を漏らす。その視線はマシューを見つめている。マシューも自分自身について言われていると気が付いているのか、素知らぬ顔をしているのがわざとらしい。

 それから、酒呑童子はもう一度、大祇の耳元で言葉を続ける。

「……。まさか」

 大祇はその一言しか出せなかった。

 酒呑童子が何と囁いたのか、周囲の者には聞こえていないはずだ。

 酒呑童子は、目配せしながら大祇の肩から手を離した。

「片想いの先輩からのアドバイスや。忘れたらあかんで」

 それに対して、大祇は静かに頷くことしかできなかった。

 宴に出された食事もほとんど食べつくし、気分良さそうに歌を歌っている鬼もいる。

「さぁ、僕たちはそろそろ表の世界に帰ろうか」

 マシューがゆっくりと立ち上がる。

「また、大江山に時々会いに来てくれよ」
「世話になったな」
「俺も人間になりたくなったら、お願いするからその時は頼むよ」

 酔っぱらっていたはずに鬼たちがマシュー、まりな、大祇の傍に集まってきた。

「俺は、明日、意中の女性に想いを伝えてくる。また、その後どうなったか聞きにきいや」

 酒呑童子は、自分の恋の行方を見届けて欲しいようだ。

「わかりました。また時々、様子を見に来ますね」

 マシューも担当部署が鬼というだけあって、彼らの今度の行動にも注視しているようだ。

「じゃあ、気ぃ付けてな」

 そういうと酒呑童子は大きな腕で、大祇たち三人を包み込んでハグをする。
 大祇も彼の人生に少しばかり、助力できたことを嬉しく思う。

「幸せになってくださいね」
「たいきもな」

 そういって、酒呑童子は優しく腕を離して、大祇たち三人を時空の出入り口まで見送ってくれた。

 酒呑童子は、最後の最後まで、年下である中学生三人に深々とお辞儀をして、感謝の気持ちを伝えてくれた。

「は~お腹いっぱい」

 そう言いながら大祇たちは、表の世界の第二理科室に帰ってきた。
 窓からは、傾きかけた太陽が見えている。

「おうちに帰ったら、また晩御飯食べないといけないわね」

 まりながそう話すだけで、今まで大江山にいたことが夢だったように感じられる。
 大祇たち三人は、そのまま晴れ晴れとした気持ちで、第二理科室をした。

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