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洞窟探検隊は進む

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光の差さない洞窟に潜っていると、時間の感覚というものが失せてくる。
人間という生き物は体内時計による食事の回数や睡眠周期の訪れで大体の時間を把握できるが、魔物の襲撃に気を張っている今の状況では、この感覚もあまり当てにはできない。

そこでこの集団の中心となるダルカンの体力の消耗度合いを基準にして、食事や休憩などをとりつつ進んできたわけだが、ダルカンに深刻な疲労が見えてきたこともあり、この日の移動を終えることにする。
丁度キャンプをするのによさそうなスペースが見つかったこともこの決定を後押しした。

これまで通ってきた通路と比べて、ちょっとした広間ぐらいに広くなっているこの場所は、動物の死骸や糞なども見当たらないことから、安全な寝床としてするにはそう悪くないものだ。
おあつらえ向きにちょっとした土や小石なんかもそこそこの量がある。
土魔術の家とまではいかないまでも、壁ぐらいは作れるだろう。

「殿下、今日はここで野営としましょう」
「はぁ…はぁ…うん、分かった」

粗く息を吐きながらそう返事をするダルカンは、明らかに体力の限界が近いというのが分かる。
温室育ちの王子がいきなりこんな場所に放り込まれて一日中歩きっ放しなのだから、こうなるのも当然だろう。
実際、年齢的な面から見ても、ダルカンはよくやれてる方だ。
愚痴を吐かず、聞き分けもいいのだから、護衛対象として手間がかからないのは素直にありがたい。

「場所を整えますので、お疲れとは思いますが今しばらくお待ちください」
「大丈夫、まだまだ疲れなんて」
「いえ、洞窟内をこれだけ長い時間歩いたのですから、自分でも気付かないほどに疲れというのは溜まっているものです。どうかしばらくお休みください」

子供のくせに俺達に気を使わせないようにそう言っているのだろうが、俺から見れば空元気にしか思えない。
ダルカンをパーラに任せ、早速寝床作りに入る。

辺りにある土と小石を混ぜ合わせ、圧縮させることで強度を上げて壁の形へと成形していく。
魔物などがここに来た時のことを考え、周りの岩肌伝いに作ることでカモフラージュも施し、出入り口はやや高い位置に作った。
これは洞窟内に生息する蛇や虫などの侵入をなるべく防ぐためで、出入りするとき以外は布を垂らしておく。

屋根も無く、壁で囲っただけの内部は歪な楕円形となっており、食事を摂るためのリビングの他に三人分の寝床とするスペースも確保してある。
まぁ俺とパーラは交代で見張りをするので、寝床は二人分でもよかったのだが。

組み立て式のテーブルと椅子も設置し、調理道具と食材も位置を決めてまとめておく。
これで今夜の寝床の準備は出来たのでダルカンを呼びに行く。

「殿下、準備が「シー!」―…眠ってるのか」

声をかけるとパーラが口元に指を一本立てる仕草を見せ、次いで壁際に腰を下ろしているダルカンを指差し、眠っていることを伝えてきた。
少し長めに腰を落ち着けただけで眠りに落ちるぐらいの疲れが今のダルカンを包んでいるのだ。
やはりもう少し早い内に今日の探索を切り上げた方がよかったかとも思うが、眠るのに適した場所を見つけれたということをよしとするべきだろう。

「仕方ないよ。私らと違って探索に慣れてないし、初めてが洞窟じゃあねぇ。アンディ、先に殿下を寝かせてきなよ。私は周りに警戒用の罠を仕掛けておくからさ」
「頼む。あそこの出入り口を起点に放射状で3メートルぐらいでいいぞ」
「わかった。あ、道具おろしたら荷車も持ってってね」

飛空艇を手に入れるまでは、こういった野営時における陣地防御の準備もかなりの数をこなしてきていたので手慣れたものだ。
特に警戒用の罠を仕掛けるには、斥候の技術に秀でたパーラの方が上手い。

紐と木の板で作った鳴子を荷車から下ろすと、ダルカンを一旦荷車の開いたスペースに乗せて寝床まで運ぶ。
よほど疲れているようで、少し体を持ち上げただけでは目を覚まさないのは説明の手間が省けて助かる。

毛布と敷き布を寝床に運び入れ、ダルカンを寝かせるための準備を整えたら、ダルカンを背負ってそこへと横たわらせる。
ここにある装備の大半は、王族であるダルカンの旅のためにと用意された特別なものばかりで、寝具も携行性と安眠を高い基準で両立させた最高品質の素材でできており、横になった途端にダルカンの表情が安らいだものへと変わったことからも、快適性は中々のもののようだ。

ダルカンを寝かせたら、次は食事の用意だ。
青風洞穴は入り組んだ地形と延々と伸びる構造のおかげで、中で焚き火をしても酸欠になる恐れはないのだが、薪が簡単に手に入る場所ではないため、今回俺達は魔道具のコンロを支給されている。

一辺が40センチほどの長さがある薄い鉄板状のこれは、火属性の魔石を6個も使って稼働するもので、火を起こさずに加熱調理ができるというIH的な道具だ。
料理は勿論、焚き火代わりに暖を取ることもできるという代物で、本来はネイの家が所有する貴重な品なのだが、今回の試練でダルカンのためにと持たせてくれた。

似たような物は飛空挺にも付いているが、俺からすれば持ち運び可能という一点だけで価値はべらぼうに高まる。

操作方法も直感的に行える優しい設計であるため、正直欲しいぐらいだが、どうもこれを手渡してきた時のネイが家宝のようにも言っていたから無理だろうな。
この魔道具のコンロのおかげで調理はかなり楽になり、手持ちの食材から傷みの早いものを選別して、料理はサクっと完成した。

ランドオオトカゲの肉は、自前で用意した自家製しょうゆとショウガと赤ワインで生姜焼き風にした。
付け合わせは葉物野菜を千切りにしてオリーブオイルと酢、アンズっぽい果物の塩漬けを細かくしたものを混ぜたあっさりサラダ。
スープは手持ちの牛乳を早々に使い切りたかったので、ジャガイモをすり潰して香辛料と合わせたポタージュにしてみた。

これに主食として、小麦粉とトウモロコシ粉を混ぜて焼いたパンが付く。
小麦粉が割高なこの国だが、こうしてトウモロコシを粉にしたもので嵩増ししたものはプチ贅沢として食べられており、普段小麦粉100%のパンを食べ慣れているダルカンの口にも合うはずだ。

「アンディ、罠を仕掛け終わったよ。…いい匂いだね」
「ご苦労さん。今できたところだよ。殿下はまだ寝てるから、先に食っちまおう」
「わかった。んーっおいしそ」

匂いに惹かれたわけではないだろうが、ヒョッコリ顔を出したパーラにも夕食を用意する。
台の前に座るパーラへと皿を出していくと、うまそうに次々と平らげていく。

「んまっ!トカゲうまっ!アンディ!次からランドオオトカゲ見つけたらガンガン狩ってこうよ!」
「いや、ダメだろ。俺達の目的は殿下の護衛だぞ。自分から狩りに行って護衛対象を危険に晒せるかよ」
「えぇ~…こんなにおいしいのにぃ」
「確かにうまいけどよ、こいつは倒すのに苦労する魔物の一つだぞ。あんまり遭遇したくはないな」

ランドオオトカゲは全長が2・3メートルほどの個体が多く、狭い洞窟内でも壁を這って上下左右から襲い掛かってくるため、強靭な顎と鋭い爪牙を持つこのトカゲが侵入者を一番多く殺しているのではと言われている。
確かに食料としてみれば味も量も申し分ないのだが、危険性を鑑みて積極的に狩りに行く気にはならない。
食料は十分な余裕があるため、ランドオオトカゲとは出会わないことを祈ろう。







俺達が夕食を済ませて少し経ってからダルカンも目を覚まし、寝ぼけ気味ではあったがしっかりと食事を摂ると再び寝入ってしまった。
これから見張りをする俺とパーラに申し訳なさそうな顔をしていたダルカンだったが、まだまだ疲れは残っているようで、横になるとすぐに寝息を立てていた。

「じゃあ最初は私が見張るから、アンディは寝てて。時間が経ったら起こすよ。線香四本でいい?」
「いや、六本にしよう。交代したらあとは俺が起きてて、そのまま朝食の用意もやっとくから」
「六本ね。わかった」

荷物の中から金属製の小箱を取り出し、パーラに手渡す。
この長方形の箱の中には線香が入っており、冒険者達は見張りの時にこれを燃やして交代までの時間を計る。
時計が一般的に普及していないこの世界では、こういったものがタイマー代わりとして重宝される。

一応今回支給されている道具の中には時間を測る時計型の魔道具もあるのだが、使い慣れた道具の方がいいと言うパーラの意見によって、線香が使われることとなった。

大体一本が一時間とちょっとで燃え尽きるため、今からだと六・七時間ほどは眠れる計算だ。
早速パーラにお休みを告げると毛布に身を包んで寝床へと潜り込む。
持ち込んでいる荷物の中にあった寝具はダルカンに合わせた高品質なものだが、ありがたいことに俺とパーラの分まで用意されており、寝床としてセットした寝具はなるほど、横になるとただの敷き布とは快眠への期待度の違いがよく分かる。

若干厚みがあるだけの布と言った感じの敷き布なのだが、身を預けてみると包み込まれるような柔らかさを秘めており、そこらの安宿のベッドなど足下にも及ばない素晴らしいものだ。
これは質の良い眠りが期待できそうだ!








「アンディ、交代だよ」
「……は?いやいや、まだ横になったばっかりだろ」

六時間は眠る予定の俺を、たった数分で交代に立たせようとはあんまりじゃないか。

「何言ってんの。もう線香六本使っちゃってるよ?」
「なん…だと…」

すぐさま飛び起きて荷物から時計を引っ張り出して確認してみると、確かに時刻は深夜を大分回った時間を指している。
夕食を取ってすぐに眠ったことを考えると、六時間が経過したら大体このぐらいの時間で交代となる予定だった。

あ、ありのままに今起きたことを話すぜ。
俺は横になって眠ろうと思ったら、いつの間にか六時間が経っていたんだ。
何を言っているかわからないと思うが、俺はなんとなくわかってる。

頭がスッキリしているのがその証拠だ。
催眠術だとか寝落ちだとかそんなちゃちなもんじゃあ断じて無い。
もっと恐ろしい睡眠を味わったぜ。

とまぁふざけるのはこれぐらいにして、どうもこの最高級寝具の寝心地は想像以上に快適なもののようだ。
少し横になった瞬間、刈り取るようにして意識が失われ、こうしてパーラに起こされることでようやく自分は眠っていたのだと気付かされたわけだが、これが単に疲れすぎのせいではなく寝具の快適さによるものだとすると、もうこれは悪魔の道具と言ってもいいかもしれない。

「アンディ、まだ寝ぼけてるの?もう少し寝る?」
「…いや、大丈夫だ。思ったよりも熟睡してたことにちょっと驚いただけだ」
「そう?ならいいけど。じゃあ私は寝るから、何かあったらよろしくね」
「おう、ゆっくり眠ってくれ。…そして慄け」

この後は俺が見張りを続け、線香六本が燃え尽きる頃には朝食でパーラとダルカンを起こすという感じだ。
寝る前に外した装備類を身に着けていると、パーラが潜り込んでいった先の寝床ではもう既に寝息が聞こえてきており、どうやらあの寝具の睡眠誘導性能は化け物だということが証明されたようだった。

出入り口の傍にある、パーラが先程まで使っていたと思われる椅子代わりの木箱に腰かけ、体と意識は出入り口へと向けたままで時間を潰す。
見張りとは言っても、実際は仕掛けた罠が危険な魔物の接近を知らせてくれるため、何もなければとことん暇なものだ。

熟睡したおかげで眠気もないため、微睡むこともなく意識のはっきりした状態のまま、ただこうして座って時間を過ごすだけというのもつまらないため、音に気を付けながら装備の点検や荷物の整理などを行ってみる。
今のところ武器を使っての戦闘もなかったため装備に痛みなどはないが、剣の柄に巻いてある革紐を締めなおしたり剣身に薄く油を塗ったりしていると、最初に灯していた線香が消えかけていることに気付く。

意外と熱中していたようで、すぐに次の線香に火を灯して作業に戻ろうとしたところ、寝床の方でモソモソと動きがあった。
見ると寝床を抜け出してこちらへと近づいてくるダルカンと目が合う。

「おや、殿下。どうしました?…もしかして起こしてしまいましたか?申し訳ありません。少々音がうるさかったようですね」

眠っているダルカンとパーラを起こさないよう、なるべく音には気を付けていたが、全くの無音というわけにはいかないため、そのせいで起こしてしまったのだろうか。

「ううん、音は関係ないよ。なんだか急に目が覚めちゃって、もう一回眠る気にもならなかっただけだから。ここ座っていいかな?」
「構いませんが、少々お待ちを」

俺の対面に座ろうとするダルカンを一度止め、別の木箱を持ってきて、その上に折りたたんだ布をクッションとして置き、そこへ座るように勧める。

「何か飲み物でも?お茶などはいかがでしょう」
「ありがとう。もらうよ」

コンロに鍋を乗せ、水魔術で集めた水分でお茶を入れる。
持たされた荷物にはお茶葉などはなかったが、私物には麦茶を不織布に小分けして持ってきているため、それを煮出してダルカンに出す。
この麦茶はネイに頼まれてダルカンにも飲ませたことがあったため、口に馴染みのある味は寝起きのダルカンにも優しいものとなるはずだ。

温かいままの麦茶を啜りながら、しばし無言の時間を過ごすが、チラチラと俺を見るダルカンの視線に応える。

「…何か聞きたいことでもおありですか?」
「え…」
「先程からこちらを見ているようでしたから」
「……ごめん」
「いえ、殿下が謝られるほどのことではありませんよ。ただ、こうして向かい合ってただお茶を飲むだけでは退屈でしょうから、話でもして暇をつぶせるのであれば俺も歓迎しますよ」

目が覚めてからここに座るまでの間、ダルカンには特に思いつめたような雰囲気もなかったのだが、お茶を飲んでいる内になにやら尋ね事を口内で迷うような、聞きたいことの切り出し方を探しているように感じた。
少しの間、手の中のカップを弄んでいたダルカンが口を開いた。

「本当はさ、僕が王になってもいいのかなって迷ってるんだ」
「…殿下、それは」
「あ、違うよ?この試練はちゃんとやり遂げる気はあるんだ。…けど、その先がうまく考えられなくて。王になるってどんなことなんだろう、僕なんかよりも兄上や姉上が王位を継ぐ方がいいんじゃないかって、最近はいつもそう考えてる」

少年がある日、お前は王となるのだと言われて迷わないわけがない。
ほとんど成り行きに近い形で父親から後継者指名を受けたダルカンは、目の前に迫る試練というものに臨むための準備に今日まで動いていた。
その中で、王となるに相応しいのかを自分に問うこともあっただろう。

まだ10歳のダルカンは、政治の経験もない自分が王となるビジョンを描けるほど経験があるわけではない。
周りの人間に王とは如何なるものかを教えられていたとしても、あまりにも突然すぎる後継者指名が重荷に感じたということも考えられる。

今日までそういったことを零してこなかった―少なくとも俺には聞こえてこなかったのは、試練に臨む自分を支える周りの人間の期待を背に受けていたからだろう。
それが今、青風洞穴という一級の危険地帯のど真ん中で目覚め、たった一人の人間としてのダルカンにむき出しの感情をこうして吐き出させていた。

「ねぇ、アンディ。王になるってどんなんだろうね。僕はネイや周りの人間を失望させない王になれるのかな」
「…なぜ俺にそれを尋ねるのでしょうか」
「なぜって、アンディだからとしか言えないよ。君は僕とそう歳も変わらないのにまるで大人みたいに…ううん、僕の知るどの大人よりも物事をよく知っている気がしてるんだ。それに、姉上も迷うことがあればアンディに聞き、道を示してもらうといいって、手紙で書いてたから」

おいおいおいおいおい、シブイねぇ。
ナスターシャの奴、まったくシブイぜ。

訥々と語るダルカンの言葉を耳に素通りさせながら、ここにはいないはずなのにダルカンの動きを見事にコントロールしているかのようなナスターシャに歯を剥きたい気分だ。
よくもまぁダルカンに宛てた手紙で、変に俺を持ち上げて書いてくれたものだな。

一冒険者の俺に、次代の王になりうる少年を導けというのか。
王でも貴族でもない俺が、ダルカンにできる助言なんてあるだろうか?いやない。
俺ができるのはせいぜい農業指導か、科学技術をちょいとパクってこの世界で楽をするぐらいだ。

…よし、ここはきっぱり『知ラネ』と慇懃に告げるとしよう。
下手なアドバイスなんかして、将来あるダルカンの性格が捻じ曲がるのもまずいしな。

べ、別に変なことを吹き込んでネイに怒られるのが怖いとかじゃないんだからね!……ほんとだよ?

さあ、それじゃあここいらで『そんなことより生麦生米生卵って言えます?』という話題で話を逸ら―…すのは無理か。
期待の籠った視線が俺を捉えている。
この少年の純真100%の目で見られると、見た目は子供、中身はおっさんの身としては無碍には出来ない。

「申し上げておきますが、俺はただの冒険者です。貴族でもない俺には、殿下の期待に応えられるような言葉は持ち合わせておりませんよ」
「それでもいいよ。僕はアンディの考えを聞きたいだけだから」
「そ、そうですか…」

そう言ってダルカンは再び純真そのものといった目で俺を見てくるものだから、変なことは口にできない。
俺の考える王と言われても、そもそも日本には王がいないわけだが、まぁ天皇がその位置に当たる存在だとして、こっちの世界の王とはその在り方がかなり異なる。
何かそれっぽいことを言おうとするなら、歴史上か創作の存在が当てになるぐらいだ。

それにダルカンが描いているのは、勇者に小銭を与えて魔王を倒してこいとパシらせるような王ではなく、正しく国を治め、人の上に立つ王の姿のはずだ。
あまりそのイメージからかけ離れた存在を言っても、響くことはないだろう。
となれば、俺が言えるのは―

「―王は迷ってはならない。民衆を導く王自身が、己の行いを迷っては民もまた迷い、発展への道を進めなくなる。―王は間違ってはならない。武力、権力、信頼を集める王は、自らが振るうあらゆる力が多くの民衆に幸福と不幸のどちらを与えるのか常に考え続ける必要がある。―王は躊躇ってはならない。時として、非情な決断を強いられることもある。それが自分の望みに沿うものではないとしても、国と民を思って決断を躊躇ってはならない」
「…アンディ、君は―」
「まぁ俺は貴族でもありませんし、王族との交流も…ないことはないですが、多くはありません。そんな俺が王というものを語るのは些か不遜かもしれませんが、とりあえず俺なりに思う王というものに対する認識を話してみました」

今のところ、この世界で出会った王と言えばソーマルガのグバトリアぐらいで、彼は外面はともかく、内面は王らしいとは言い難い性格をしているため、ダルカンに行って聞かせる王の手本には向かないと思っている。
なので、自然と地球の歴史上に語られる王や指導者を手本にして、とりあえず間違いはないだろうと思おう王としての姿を話したわけだが、こんなものでよかっただろうか?

チラリと横目でダルカンの顔を窺うと、驚きで目を見開いてはいるようだが、俺の言葉に感じ入るものがあったように見受けられる。

これは…どっちだ?
俺の行ったことはダルカンに胸にうまく響いたのか、それとも年齢的に少し難しかったか。
大穴で人生の転換点になるほどの感動を与えられたというのも考えられるが、まぁ無いな。

「…殿下はまだまだこれから多くを学んでいくことになります。ネイさんを始めとして、殿下の周りには導き手となる人間が多くいますから、俺の話したことは異なる見方の一つだと頭の隅に置いておくだけでよろしいかと。…罠が動いたような気がしますので、少し見てきます。殿下、俺が戻ってくるまでここから動かないように」
「あ、うん。いってらっしゃい。気を付けて」

そう言ってその場を離れるが、別に罠に反応があったわけではなく、単に恥ずかしいセリフを言ってしまったことで居心地の悪さを俺が覚えただけだ。
とはいえ、外に出た以上は一応罠の確認はするがね。







SIDE:ダルカン


何故か急ぐようにして出ていったアンディの背中を見送り、手に持つカップからすっかり冷めてしまったお茶を喉へと流し込む。

今回、試しの儀に臨むことになったことに対して、思うことはたくさんある。
兄上や姉上が僕を王にさせないために色々と動いているとはネイからも聞いていたし、色んな人達が支えてくれていることも知っていた。

そのせいか、少し前から兄上達とは疎遠になってしまい、王になるということがこんなにもつらいことなのかとずっと考えている。
いつからか、僕が王になることは本当にこの国のためになるのかと思うようになり、試練の達成に迷いを覚える日が続いた。

何度かネイにそれとなくこの悩みを話してみたが、胸にある靄が晴れることはなかった。
そんな状態のまま臨んだ試練の儀の最中、アンディから渡された姉上の手紙は僕の胸にのしかかる重みを幾らか和らげてくれた。

あの晩餐会の日に、姉上の本当の気持ちに触れることができたし、アンディがネイに話した姉上の苦悩と努力を、コッソリとだが聞いてしまった。
姉上は僕の敵ではない、ただその一つの事実だけで試練へと向かう足は軽さを取り戻せた。

さらに、姉上の手紙には僕の抱える悩みを指摘するものもあり、その解決策として、アンディにその悩みを打ち明けることを勧められる。
あのお茶会以降、なんだか姉上はアンディを信頼しているように感じ、それは手紙を読んで改めて思う。

僕から見て姉上は頭もいいし、美人だし、振る舞いも優雅で、全てを手本にしたくなるぐらいに王族らしい生き方をしている。
そんな姉上が僕ではなく、アンディの方に信頼を寄せている気がするのはなんだか変な気持ちになる。
僕もアンディのように、姉上に認められたいと思っているのかな。

まぁそれはともかく、不意に目が覚めた僕はアンディと二人で話せる機会を得ることができ、抱えていた悩みを打ち明けてみた。
不思議なことに、ネイやマティカに話した時よりも、アンディには驚くほどあっさりと胸の内を明かせたのは一体なぜなのか。

アンディが聞き上手だから?
いや、多分同姓で年が近いアンディだからこそ、そうできたのだろう。

ただ、正直僕はアンディの答えにはあまり期待していなかった。
本人も言っていたが、やはり貴族ではない人間には王族の悩みというのは分かってもらえるとは思っていないからだ。
別にアンディがどうのこうのではなく、生き方が違うからだとは分かっていた。

しかしその考えは見事に打ち砕かれた。
目の前に座っているのは貴族としての考えに揉まれて生きてきたはずのない人間だ。
そんなアンディが口にした『王とは』という考えに、僕は全身を貫く衝撃を覚える。

僕と歳のそう離れていないアンディの口から飛び出した、王が正しく歩むべき道というものに関して、一体どれだけの貴族が言葉にできるだろうか。

王族として生まれた僕なんかより、冒険者として生きているアンディの方が王というものを理解しているのではないかと、そう思わせられた。
自然と胸の鼓動が早まり、吐く息も熱くなってきた。

これだ、これだったのだ。
手紙で姉上が、アンディを導く者として見ろと僕に言ったことの真意は。

今まで僕の教師役として付いたどんな貴族も、これほどに心を揺さぶる言葉をくれることはなかった。
もちろん、尊敬すべき人間も大勢いるとは分かっている。
しかし、今僕の目の前にいるアンディこそを導き手としたいと思うのは、やはり今彼が纏っている空気のせいだ。

そんなはずはないとわかっているが、まるで多くの王の姿を知っているかのように実感の伴った言葉を吐くアンディに、得体のしれない恐ろしさと同時に、憧れに似た感情を覚える。
あれだけの考えを持つアンディが、もし仮に王となったとしたら、きっと僕や兄上などよりもよっぽど優れた存在になるかもしれない。
並ぶ者として姉上が考えられるが、それでもさっきのアンディには姉上にはない凄みのようなものがあった。

ネイが何度か惜しむように口にしていた、アンディがチャスリウスに生まれていればという言葉が、今の僕には実感を伴って沁み込んできていた。
僕が王となった時を想像してみたら、傍にネイ達の他にもアンディ達が居てくれたのならどんなに心強いだろう。

だがネイも姉上も、アンディは仕官を望まないだろうと口は違えど同じ意見を言っていた。
本人の資質云々よりも、生き方の問題だとネイは言っていたが、僕にはよくわからない。
でもネイと姉上がそういうのならきっとそうなのだろう。

この試練の儀を見事果たした時、僕は王への道を歩き出すことになると最近のマティカはよく口にしていた。
もしそうなったとして、アンディ達とは今の関係を保ちたいと思うのは我儘なのかな?

王としてあるべき姿をアンディから教えられ、悩みのいくつかは消え去ったはずなのだが、また新しい悩みが出来たことで、頭に宿る実体のない重さは増したような気がする。
今は試練の儀に集中するべきなのは分かってるが、それでも頭の中に残り続けるこの悩みがいつか晴れる日を願いたい。



SIDE:END
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