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恐怖!巨大動物が潜む暗闇!人喰い洞窟は実在した!

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一夜明け、朝食を済ませた俺達は洞窟へと潜入する時間を迎えた。
装備を整え、洞窟内で使う物資を載せた荷車を脇に置いて、俺達はネイ達の見送りを受けていた。

「ダルカン様、くれぐれもお気をつけて。洞窟内ではアンディ君達から離れませぬよう心掛けて下さい」
「分かってる。ネイ達も気をつけてね。洞窟から出てくる魔物もいるそうだから」

ダルカンの言う通り、この辺に出没する魔物というのは、ほとんどが青風洞穴から出て来たものだ。
大抵は荒野地帯を彷徨って餓死するが、今のネイ達は洞窟前に陣を張っているため、洞窟から出てくる魔物から真っ先に狙われる。
だがこの数の騎士が揃っていれば早々やられることはないだろう。

「心得ております。…二人共、ダルカン様をしっかりお守りするのだぞ」
「ええ、殿下は必ず無事にお返しします」
「任せて。私が二人をちゃんと守るよ!」
「ははは、パーラ君がそう言うなら安心だな。では、ダルカン様。ご武運を」

胸を張ってそう言い放つパーラの姿が面白かったようで、笑いながらネイが立ち去るのと入れ替えに、マティカがこちらへと声をかけてきた。

「殿下、こちらをご用意しております。お持ちください」

そう言ってダルカンの前に恭しく差し出されたのは、全体が短めでありながら刃幅の太い剣だった。
装飾もなく実用性一辺倒といった感じのそれは、ダルカンの体格に合わせた長さと、剣身を盾として使うのに十分な形状が特徴的だ。
確か盾甲剣じゅんかんけんという種類だときく。

「なんだか不格好な剣だね」
「これは防御を主眼に置いて使われる剣ですから、殿下のよく知る剣とは違います。今日まで剣を盾とする使い方を教えてきたのも、この剣を使いこなすためのものだったのです」

洞窟内という狭所での戦いにおいて、盾というのは非常に有効な防御手段だ。
主に正面と背後から襲い掛かる敵に対し、面での防御を張れる盾があると、一人が攻撃を受け止め、残りがその隙に攻撃をするという戦い方が生きる。

そういう意味では盾にも使える剣ではなく、盾自体を持っていけばいいのだが、ここでも試練のルールが邪魔をしてきた。
なんと、この手の試練に赴く人間は盾を持って行ってはいけないというのだ。

過去に盾を使うことで試練の達成が容易になったケースでもあったのだろうか。
なぜそんなピンポイントなルールがあるのかわからないが、今の俺達には面倒な制約であることには変わりない。
そんなわけで、盾は無理だが盾としての性能を有している剣というこの抜け道的な剣が今回のダルカンに持たされることとなった。

鞘に納まったままで軽く素振りをしてから腰に剣を吊るし、ダルカンの装備は整った。
そしてこちらを振り返ったダルカンと頷きあい、洞窟へと向けて歩き出す。
ダルカンを先頭にパーラが続き、一番後ろで荷車を曳いた俺が着いて行く。

すると俺達から洞窟までの間に騎士達が並びだし、あっという間に見送りの人間による道が出来上がっていった。
並ぶ人達の顔ぶれから、なんとなく俺達から見て右手側にはダルカン陣営の人間が、対面してヘンドリクスとナスターシャの陣営の人間が並んでいるのは何らかの意図があるのかと考えてしまう。

多くの視線に見守られながら進み、洞窟の入り口に一番近い位置に立つネイから向けられた目線に頷きを返し、数多の命を平らげてきた青風洞穴へと俺達もまた飲み込まれるようにして侵入していった。








ダルカンを先頭にして洞窟へと入った俺達だが、それはあくまでもダルカンが試練に臨む本人であることを周りに示すためのものだ。
暫く進んだ辺りで、打ち合わせていた通りに隊列はパーラを先頭にダルカン、俺という順番に入れ替えた。

護衛対象であるダルカンが真ん中になるのは当然で、探知能力に優れたパーラは先頭でいち早く危険を察知して対処、後方からの襲撃には最後尾の俺が対処するという役割分担となっている。
前方を警戒するパーラは身軽でなくてはならず、ダルカンにこのクソ思い荷車を曳かせるわけにはいかないので、自動的に荷車を曳くのは俺の仕事になった。

洞窟内の広さはまちまちで、馬車が丸々通れそうなところもあれば、大人が屈まなければ通れないような狭い場所もいくつかある。
今のところは大人が4人は楽に並んで立てるぐらいの広さを歩いているが、地図によるとこの先いくつかで道幅の増減は避けえない。
おまけに肌寒い洞窟内を行くのだから、体力の消耗度合いは地上よりも厳しいものになりそうだ。

そんな場所で魔物の襲撃も警戒する必要があるのだから、ぶっちゃけ3人だけで洞窟を進むのは無謀と言われてもおかしくはない。

ただ、こうした閉所であるおかげでパーラの風魔術を応用した音の探知はかなり遠くまで効く。
随行人数が少ないおかげで、自分達から発生する音も少なく、かなり遠くまで音を探れるのは利点だとパーラは言う。

今俺が曳いている荷車も、音の反響で魔物をおびき寄せるという可能性を危惧し、各パーツで布や毛皮などを使った防音処置を施し、完全とは言えないものの発生する音はかなり抑えることに成功している。
普段ならガラガラと音を鳴らして回る車輪も、ゴムに似た性質を持つ魔物由来の素材で覆っているおかげで、ほとんど音が気にならない。

欠点として曳く際の負荷が増えたのと耐久性が問題となっているが、この試練の間だけと考えれば目をつむれる。

洞窟内は光源が存在せず、ランプだけが頼りとなるのだが、この明かりは洞窟内にいる魔物達のターゲットにもなりかねないので、先頭を行くパーラだけがランプを持つことになっている。
この中で誰よりも先に探知能力に優れ、真っ先に危険を知る立場にあるパーラだからこそ囮となり得る明かりを持つ役目も与えられるわけだ。

この世界の基準からは多少逸脱した使い方をする魔術のおかげか、先行するパーラからの合図で時折現れる危険をやり過ごし、思いの外早いペースで洞窟内を踏破する俺達だったが、暫くしてその歩みは一端止められることになる。
先頭を行くパーラがランプを頭上に掲げ、何度か揺らすことで合図をこちらへと示した。
どうやら少し先に何かがあるのを見つけたらしい。

その場に荷車を残し、先を進んでいるパーラの下へとダルカンと一緒に近づく。
ランプを地面に置き、曲がりくねった通路の先を窺うように目を閉じて耳を澄ましているパーラに小声で話しかける。

「どうした、何かあったか」
「……変な音が聞こえる。多分争ってるんだと思う。羽音と何か重いものが擦れる音が交互に。片方はコウモリだと思うけど、もう片方がわかんない」

確かに曲がり角の方からはザッザッという音は聞こえてくるが、俺にはその音で向こうの状況は分からない。
それを羽音と擦過音に分解して、戦っているという状況を読み取れるのは流石パーラと言ったところか。

「コウモリの方は剣歯けんしコウモリだな。ここにコウモリはその一種だけしかいない。重いものが擦れる音ってのは岩敷き蛇かランドオオトカゲのどっちかか」
「どうする?聞いてる感じだとどっちもまだまだ元気だよ。無視して別の道を使う?」

探索中は無暗に戦闘を引き起こさないというのが冒険者の鉄則で、それに加えて今の俺達は警護対象を抱えている。
パーラの提案は至極当然のものだが、残念ながらこれに俺は首を振らざるを得ない。

「だめだ。俺達の目指す灼銀鉱の鉱脈はここを通らずには行けない。向こうの戦いに決着がついたら俺が突入して残りを片付ける」
「了解。じゃあ殿下の護衛は私が」
「頼む。…では殿下、少しの間パーラとここでお待ちください。すぐに戻りますので」
「うん。気を付けてね」

普通なら戦いを避けて別のルートを選ぶところだが、生憎俺達には目的地があり、そこに向かう道も限られている。
もし向こうの方で行われている戦いが終わり、残った方がこちらに来たら戦闘は避けえない。
仮にこちらには来なかったとしても、通路の奥に引っ込まれるとどのみち進んだ先で戦闘になる。

それなら戦いを終えて消耗しているところを襲った方が倒しやすいし、心配事も一つ減る。
俺の予想なら、まず間違いなく剣歯コウモリがやられるはずなので、蛇かトカゲのどちらかを相手取ることになるだろう。
そのことを考えていると、パーラが戦いの終結を告げてきた。

「静かになった。羽音が聞こえないけど、何か水音は聞こえる。血が滴ってるのかな?」
「よし、頃合いだな。俺が単独で向こうに突っ込むから、パーラはここで殿下を守れ」
「一人で大丈夫?私なら殿下を守りながらでも援護は出来るよ?」
「いや、この先にいる3種はどれも俺なら楽に倒せる。むしろ心配なのは残すこっちに魔物の襲撃がないかだ。もし何かあったら俺のところに逃げてこい。決着にはそう時間はかからんしな」

それだけを言って、俺はその場から静かに歩み出る。
曲がり角を一つ過ぎただけで、先程まであった明かりは失われ、俺の視界は完全に暗闇の支配下へと置かれる。

普通、明るい場所から暗い所へと飛び込むと目は闇に慣れるまでの時間、完全に見えなくなるのだが、俺にはちょっとした裏技がある。
先に地図で確認していた通り、曲がり角を抜けた先にはやや広くなっている通路があり、パーラの意見でもそこに魔物がいると分かった。

手探り気味に歩き続けると、目の前の空間から微かに水音が聞こえてくる。
なるほど、これがパーラの言っていた血の滴る音というわけだ。

それ以外に何かが身じろぐような気配も感じられ、どうやら俺の目当ての相手はすぐそこにいるのだと察した。
明かりがあれば魔物に先手必勝で攻撃を仕掛けるのだが、真っ暗闇の中ではどこに何がいるのか分からない。

手元にある明かりと言えばランプなのだが、この手のランプはまず弱い光から始まって徐々に明るさを増していくタイプなので、この場で使ってしまうと魔物に俺の存在を知らせることになる。
パーラなら音を頼りに攻撃を仕掛けることは出来るのだろうが、生憎俺には音で分かるのはおおよその位置だけだ。

下手に攻撃をしてこちらを狙われては厄介だ。
そこでまず俺は雷魔術による放電を一瞬だけ前方斜め上へと向けて放った。

稲光を明かり代わりにするわけだが、長時間放電しないのは襲い掛かってきたらすぐに攻撃へと移るためだ。
バチッバチッという音と共に、ごくわずかな時間ではあるが雷光によって照らされた周囲は、短時間ではあるが目標とする魔物の位置とその姿を俺に知らせることを成功させる。

だが光に照らされて浮かび上がった魔物の姿は、俺の想像とは少し違うものとなっていた。
そこにいるのは予想していた通り、確かに剣歯コウモリとランドオオトカゲなのだが、捕食されているのがコウモリではなく、トカゲの方だったのは意外だ。

剣歯コウモリは決して弱い魔物ではないが、それでも先に述べた岩敷き蛇とランドオオトカゲには大きく劣る生き物だ。
一瞬見えた姿は意外と巨大なものだったが、魔物であればこのぐらいの大きさのコウモリがいてもおかしくはない。
そんなのが今、仰向けにひっくり返ったトカゲの腹に乗っかって肉を啄んでいるのだから、一体どんな戦いが繰り広げられたというのか。

―ギィッ!ギィィイイイッ!
「おわ!うっるせ!」

閃光が走ったことで俺という存在に気付いたのか、耳を貫いて脳に突き刺さるような鳴き声を上げた剣歯コウモリが、暗闇の中で羽を広げたのが空気の動く気配で分かった。

コウモリというのは超音波で暗闇の中でも正確な飛行が出来る生き物で有名だが、異世界に存在するコウモリ型の魔物にもこの特性は当てはまるようで、羽ばたく音がほとんど聞こえないままにこちらへと正確に向かってきているのはなんとなく気付いている。

これで別の方向へと向かって動いているのなら戦闘を回避できるかと思うところだが、こちらへと迫る気配を感じている限りでは激突は免れない。
気配を感じてはいるが、実際目に見えていない敵を迎撃するのは難しい。
手持ちの攻撃手段には接近する敵に対抗する面での攻撃方法もあるにはある。

しかしそれらは魔力の消費が激しく、そうそう気軽に使うわけにはいかない。
それに、今はもっと有効な攻撃方法がある。

洞窟という閉所での戦闘を考え、音を使った攻撃を一つは持っておこうと思い、編み出したのが剣と手甲を素早く擦って音を発生させるという技だ。
本来は日本刀を使った技で、鉄拵えの鞘に高速で納刀することで高周波の刃鳴りを発生させるというものが俺の記憶にはあった。

生憎日本刀はないが、要は金属同士を高速で擦り合わせるということが大事なので、身に着けている武具で再現は出来ないかと思い、身体強化を頼りにやってみると、発生した甲高い音に多少気配の動きに乱れは生じたものの、突っ込んでくる勢いは弱まっていない。
迎撃に失敗したと判断して転がるようにその場を動くと、ついさっきまで俺の立っていた場所を何かが通過していくのを空気の流れで感じた。

どうにか回避は成功したようだが、再び剣歯コウモリが鳴き声を鳴らすのを聞き、俺の位置を掴んで次の攻撃に移ったことを知る。
剣歯コウモリと相対していた先程とは違い、大きく動いてしまったせいで次にどこから襲い掛かってくるのか予想できない。

ただ、俺の方も先の攻撃から得るものはあった。
閉所で迫るコウモリに対してはやはり音による攻撃は効果的だと分かり、次は手甲に当てる刃の角度と速度を変えて、先程よりも高速での金属音を発生させる。

すると明らかに最初のものよりも俺の鼓膜にかかる振動は負荷を増したように感じられ、それは剣歯コウモリにはより顕著に影響を及ぼし、俺の目の前に激しく転がってきた剣歯コウモリと思しき物体がのたうつ姿が音攻撃の威力を物語っていた。

音を受発信する器官が発達していると聞くコウモリにとって、やはり音を武器にして攻撃されるのはたまらないのだろう。
再び飛び立とうとする動きをせずにいる辺り、回復までまだしばらく時間がかかると見た。

こちらへ敵意を持って攻撃してきた相手に、わざわざ回復を待つ時間を与える必要もないので、すぐにバタバタと音を立てている場所めがけ、とどめとして強めの電撃を飛ばす。
光を伴って直進した雷は見事に剣歯コウモリを捉え、断末魔の鳴き声を残してその命を奪った。

完全に動きを止めた剣歯コウモリの様子を窺うために、明かりを用意してその姿を明らかにしてみる。
羽を広げた大きさが1メートルほどという、流石異世界と思わせる巨大なコウモリだが、体の各パーツや顔つきなどは地球のそれと似通ったものを見つけられた。

念のために剣の先で突き、首のあたりにそのまま剣を押し込んでいくが当然反応はない。
死亡確認。

そして少し離れた場所にあるランドオオトカゲの死体の方へと明かりを向けると、剣歯コウモリはまだ食べ始めたところで俺に襲い掛かってきたようで、致命傷となったと思われる頭の傷と多少脇腹のあたりが食われている以外は綺麗なものだ。

ランドオオトカゲは青風洞穴内では人間が口にできる数少ない加食動物であり、目の前に転がる2メートルを超える大きさのトカゲはありがたく食料にさせてもらおう。
細菌や寄生虫が怖いので調理時に十分過熱はするが、この場でも処理できることはしておきたいので、ランドオオトカゲの体に数秒間、高出力の電撃を流しておく。
完全には無理でも、寄生虫の類はこれである程度死滅するはずだ。

電気によって筋肉が痙攣する動きで、ランドオオトカゲは中々にエキセントリックな姿を見せるが、若干肉の焼ける匂いがしてきたところで電撃を止め、尻尾の方を持ってパーラ達と合流すべく来た道を戻っていく。
剣歯コウモリの方は食用としては向いていないので、このまま放置して洞窟内の食物連鎖に飲み込まれてもらうとしよう。

戻ってくるとまだランプの明かりが壁を照らしていたので、どうやら何かに襲われたということはないようだ。
ズリズリとランドオオトカゲを引き摺る音が意外と辺りに響くので、俺が近づいていることはパーラには気付かれているはずなのだが、意外なことに俺を最初に出迎えたのはダルカンだった。

「アンディ!よかったぁ~。無事だったんだね」
「無論です。あのような魔物、俺の敵ではありません……っと、何かありましたか?」
「そ、そうなんだよ!さっき急にパーラがひっくり返っちゃって!なんだか目を回したみたいなんだけど…」

慌てるダルカンの横には、目を回しているパーラが座っており、肩をゆすられても意識は朧に彷徨ったままだ。
一体何があったというのか。

「おいパーラ、しっかりしろ。おーい」
「あへぇ~…?」

パーラの肩を揺すって呼び掛けてみるが、どうにも反応は鈍いものだ。
これはだめだ。
一応意識があって怪我らしきものは見当たらない以上、自然に回復するのを待つしかない。

俺が周囲の警戒をしつつ、ランドオオトカゲの解体をすることにして、ダルカンにはパーラの傍についてもらうことにした。
護衛のお守を護衛対象に頼むのは本末転倒な気もするが、ダルカンが快諾してくれたので良しとしよう。

ランプの明かりで照らされるランドオオトカゲの死体は、灰色の皮膚をしている以外はこの世界でよく見かけるオオトカゲと見た目はほぼ同じだ。
暗い洞窟に適応するために若干目が大きく発達しているぐらいしか外見的な違いはない。

まず血抜きをしてから皮膚を剥ぎ、内臓と骨を取り除いていく。
骨格は今まで解体したことのあるトカゲとかけ離れたものではないため手こずることはないが、問題は内臓の方だ。
解体時には内臓の匂いというのは中々に強烈で、考えなしに腹を捌くと辺りに臓物をまき散らすことになってしまう。
こういう匂いに誘われて集まってくる動物というのもいるため、閉所での匂いには特に気を付けなくてはならない。

内臓を取り出す際には、腹膜という臓器を保護している膜で包んだ状態のまま、筋肉や骨から切り離すという手順をとると匂いを抑えて作業ができる。
このランドオオトカゲは皮下脂肪が厚く、腹膜と内臓を抱き合わせるようにして切り開いていくと、上手く一塊でとれる。
匂いも大分抑えられており、これなら他の魔物を呼び寄せるということはないはずだ。
ランドオオトカゲの内臓は食べられないそうなので、剥がした皮膚で包み捨てる。

解体作業を終えて残るのは20キロほどの重さになる肉の塊だ。
味も絶品というわけではないが、魚のような淡泊な味わいはクセになる人間も多いとか。
これは夕食に回すとして、どんな料理にしようかと考え込んでいると、ダルカンが声をかけてきた。

「アンディ、パーラの意識がはっきりしてきたみたいだよ」
「そうですか。申し訳ありません、殿下。パーラの世話をお任せしてしまって」
「いいんだ。これは僕の試練なんだし、アンディ達には戦いを任せてるんだからこれぐらいはさせてよ」

俺達しかいないこの状況ではパーラをダルカンに任せるのは仕方のないことだが、文句一つ言わずにいてくれるダルカンの寛容さが今はありがたい。

「パーラ、意識はハッキリしてるか?ほら、この指は何本に見える?」
「んぁー…3本、ちゃんと見えてるよ。あ゛ぁ゛~…頭がクラクラするぅ」

左右に二・三度頭を振りながらも、目の前で立てる俺の指とパーラの口から出る数字は合っているので、どうやら完全に意識は元に戻ったようだ。

「んで?何があった?」
「何って、私達がアンディの帰りを待ってる間、一応何かあった時のためにアンディの行った先の音を探ってたら、なんかすごい音が聞こえてきたんだよ。一回目はただ大きい音だったんだけど、二回目の音はもう耳が避けたんじゃないかってぐらい酷かったんだから」

…なるほど、どうやらパーラが目を回した原因は俺にあったようだ。
剣歯コウモリを倒すために使った音が、たまたまこちらの様子を窺っていたパーラの耳を直撃したらしい。

パーラは風魔術の使い手だが、音というジャンルに特化した運用が可能なタイプだ。
かなりの距離まで音を拾い、分析までこなすパーラにとって、あの音攻撃は剣歯コウモリと同様のダメージを負わされるもののようだ。

「やばいよ、アンディ。あんな音を出す魔物がいるなんてネイさんも言ってなかった。もしかしたら、新しく強力な魔物が生息してるかもしれないよ。どうしよう、あんなのが頻繁にあったら、音を頼りに洞窟を進むのは危険かも…」
「すまん、あれ俺だ」
「……は?」
「いやだから、あの音を出したのは魔物なんかじゃなくて俺だったんだよ。ほれ、剣歯コウモリっているだろ?あれを倒すのに、な」

真剣な顔で悩みだしたパーラに、なるべく早く俺の仕業だと明かした方が怒られないかもしれないと思いそう打ち明けたが、その告白に一瞬呆けた顔を見せたパーラだったが、次の瞬間には怒りで顔を赤くして俺へと詰め寄ってきた。

「もー!なんであんなクソ以下のゲロみたいな音をこんなところで出すのさ!洞窟内ってただでさえ音の反響があるんだし、耳がおかしくなったらどうすんの!」

随分汚い表現をするが、音に敏感なパーラからしたら、あの金属音はそう表現出来るものだったのだろう。

「いや!だから、コウモリって音に弱いからさ!暗闇で戦うにはあれが一番効果的だったんだって!」
「分かってるわよ!私は他にやりようはなかったかって言いたいの!」
「悪かったって!けどよー」
「ふ、二人共落ち着いて」

暫くパーラとのやり取りがギャーギャーと続いたが、オロオロするダルカンの姿を見て次第に頭の冷えていった俺達は、言い合いをやめて情報の交換を行うことにした。
と言っても、主に話すのは俺の方で、先程の戦闘のことに関してだ。

剣歯コウモリとランドオオトカゲのことを話し、すでに解体を終えたランドオオトカゲの肉もダルカンとパーラの目の前にドンと置く。
こういうのを見るとやったった感というか、目に見えてわかる達成感を覚える。

「おー、結構大きいじゃん」
「僕、肉をこんな感じの塊で見るの初めてだよ」

ペチペチと肉を叩くパーラと、指先で肉を突っつくダルカンを見るに、塊肉によって与えられるインパクトは結構大きいようだ。
衛生的な面からあんまり触らないでほしいのだがな。

「とりあえず血抜きと簡単にだが寄生虫の対策はしてある。今夜はこれで作る何かうまいものを作る予定なのでご期待を。それでは出発したいと思います。各自、忘れ物のないように気を付けてくださーい」
『はーい!』

旅の間、すっかり俺の料理に舌が飼いならされたダルカンもパーラと一緒になって期待の声を上げる。
厳しい試練だからこそ、こういう食べ物で士気を維持するのが大事なもので、今夜のメインになるランドオオトカゲの肉を目にしたパーラ達は、出発の準備も手際よく済ませ、目的地目指して再び歩き始めた。

地図にある灼銀鉱の鉱脈までの道のりはまだまだ遠い。
さっきは避けえない戦いだったが、この先は魔物と遭遇しないで進めることを祈って、荷車を曳いて歩く。
再び緊張感を取り戻した移動となったが、前を歩くダルカンの足取りが当初よりもわずかに軽やかに見えるのは、夕食への期待の表れだろうか。

だとするなら、子供らしい反応を見せるだけの余裕がある今のダルカンの精神状態を歓迎しつつ、期待に応えるために今夜の献立を今の内から考えておくとしよう。
人の心を豊かにする食はやはり偉大であると思った今日この頃。
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