世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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欧米ではゾンビものが流行りがち

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洞窟のような狭い場所での戦闘において、大事なのは自分の位置取りだと言われている。
縦横無尽に動き回れるだけのスペースに余裕がなく、敵対行動を取る相手が目の前にいる場合、勝って進むか後方に逃げるかの選択を迫られ、賢い人間は戦いを避けて逃げる方を選びがちだ。

ただし、これは自分一人だった場合の話で、撤退する味方の殿しんがりを務めるという今の俺にはその賢い選択を取れないのが辛いところだ。

たった一合刃を交えただけで彼我の実力差を知らしめられ、正直すぐにでもこの場を去りたいところだが、パーラだけならまだしも、ダルカンを抱えての移動は速度もかなり遅くなるだろうから、もう少し時間を稼ぐ必要がある。

剣では確実に劣る俺としては、やはり魔術での攻撃を仕掛けるのが妥当だろう。
見たところ、あの分厚そうな鎧を撃ち抜くには水魔術は洞窟という環境のせいで使える水の少なさから除外、土魔術はいけそうな気もするが、弾丸として使う手頃な大きさの石ころがパッと見て周りにないためこれも選べない。

となればやはり雷魔術が選択肢に残るのだが、溜めのあるレールガンもどきは使えないので、高出力の電撃で鎧ごと焼き殺すという方法がよさそうだ。
発動すれば少々残酷な死に方となるであろう鎧の主に、無駄だとはわかっているが一応降伏を促してみる。

「おい、これから俺はある特別な魔術であんたを攻撃する。食らったらあんたは生きたまま焼かれて死ぬだろう。人の目に追えるものではないから避けれるとは思うなよ。そうなる前に武器を捨てて降伏しろ。ダルカン殿下を狙ったのはどうしようもないが、無駄な手間を取らせなかったことを口添えしてやるぞ」

こうは言ってみたものの、どんな攻撃か想像もできない状況では降伏するとは思えず、案の定向こうも剣を下ろす気配がない。
そして、再び前傾姿勢をとった刺客が襲い掛かってくる仕草を見せた瞬間、俺は空いている左手を刺客の方へと向け、出せるだけの出力で電撃を投射した。

発動速度を優先したせいで出だしは糸のような細い電撃からだったが、追いかけるように魔力をつぎ込んでいって電撃を太いものへと成長させていく。
既に先行放電は鎧を捉えており、ほんの一瞬だけ遅れて目標へと到達した電撃は、仄暗い洞窟内で壁を明るく染め上げる程に電光を迸らせて敵を責め立てる。

こと生物に対して電撃というのは非常に有効な攻撃だ。
感電によって筋肉を弛緩させて動きを止め、継続的にダメージを与え続けることで、大抵の相手は気絶か死ぬかで戦闘が終わる。

時間にして数秒間、放ち続けた電撃は確実に生物としての生命維持に致命的な攻撃だと自負できるだけの手応えがあり、倒したと判断して攻撃の手を止める。
殺すつもりで放った電撃に晒された刺客は、鎧の所々から残留している電気を放出しながら静かにただずんでいた。

『やったか』というフラグ満載の言葉をつい口走りそうになるのをグッとこらえ、しかしそれでも確実に倒したと確信できる先程の攻撃に、どうしようもないことだが俺は気が緩んでいたようだ。

なんと、動くはずがないと思い込んでいた刺客が、突然大きく踏み込むと同時に横薙ぎの剣を振るってきた。
相応に魔力を消費した反動で気怠さを覚えたこともあり、やや気の抜けた状態で立っていた俺は、迫る剣への反応に一瞬遅れてしまい、どう動いても自分の体に剣が触れる軌道から逃れられないと悟ってしまう。

果たして致命傷になるかどうかを考える間もないまま、自然と体は後ろへと飛び退ろうとするが、ワンテンポ遅れたおかげで剣の殺傷範囲から完全に逃れることはできそうにない。
このままだと確実にあの剣は俺の腹を切り裂き、溢れ出る臓物が地面へと撒き散らされる未来が待っていることだろう。

こうなってはこの剣から逃れる方法は一つだけ、レールガンもどきと並んで、俺の奥の手として名高い雷化だ。
そう考えた瞬間から実行までのタイムラグはほぼなかった。
日頃の修行を怠らなかったおかげで、俺の体はすぐに実体から雷で構成されるエネルギー体と呼べる状態へと移行し、見事剣が脇腹のあった辺りを通過していく。

その際、電気が剣に巻き付くようにして散らされる光景は、致命の危機であったにも関わらず、実に美しいと見惚れてしまった。
当然、実体ではないので俺にダメージはなく、危機を脱したわけだが、攻撃を仕掛けた側もまた手応えが異なったものだと気付いたらしく、振り抜かれた剣が再び返されようとする動きを見せ始めた。

さて、俺達の今の状況を語ると、向こうにとっては勝機を逸したようなものだが、俺にとっては逆にチャンスだ。
鎧の構造上、いくつかある弱点の一つである脇の下が、丁度剣を振り抜いた後の体勢のおかげで丸見えとなっている。
可動域を確保するために隙間を大きくしているそこが、絶好の攻めどころとなって存在を主張していた。

(勝機チャンス!)

すぐさま目の前に見える鎧の隙間へと剣をねじ込むようにして突き入れた一撃は、肉を貫き肋骨をすり抜け、心臓へと到達した。

―かに思われた

だが、剣を通して感じられる手応えは、とても肉を裂いたものとは程遠い。
まるで何もないがらんどうの虚を突いたかのようだ。
いや、微かに剣に擦れる手応えには、軽くて硬いものを叩くかのような感触だけはある。
それはまるで骨のような…そんな感じだった。

まさか鎧の中身は空っぽなのかと思った瞬間、眼の前にいる鎧の正体に一つの予想が頭をよぎる。
鎧の中に異物を押し込まれたことに対して反応したのか、こちらを向いた兜越しの目が赤く煌めいたのが見えた。
灼銀鉱の放つ光が反射したのではなく、明らかに目から放たれる赤い光は、たったひとつの事実を俺に明かしてくれた。

体を撚るようにして剣を鎧から抜きつつ後ろへと逃れる俺は、しかし目の前の鎧から意識を外すことはせず、不格好であってもとにかく距離を取ることには成功した。
離れたことで鎧の全体像を再び見ることができる位置に来たのだが、改めてこうしてみると、なるほど俺の予想を裏付ける要素が立ち姿のそこかしこに散見される。

呼吸による体の揺らぎが感じられない立ち方、赤く光を放つ目、不自然なまでに細く縊れて見える、そして極め付きは肉体の存在しない鎧の中身。
これだけの条件が揃えば正体は自ずと知れる。
まず間違いなく、こいつはアンデッド、不死者と呼ばれる存在だろう。





この世界におけるアンデッドとは、死してなお生者に害を与えるためにさまよい歩き、あらゆる生物を憎み、襲い続けるというもの。
発生する頻度はそれほど高くなく、現在までの研究によって立てられた仮説によれば、強烈な悔いと周囲に漂う魔力の量と濃度が作用し、死後も遺体が魔術的な活性化をしてアンデッドになると言われている。
このため、アンデッドの多くは無念の内に死んでいった人間が元になることが大半なのだとか。

アンデッド化した人間は理性を失うため対話はできず、また元に戻す方法もなく、完全に燃やし尽くすのが唯一の対処法だ。
アンデッドとそれ以外を見分ける方法は三つ。
まず呼吸の有無、そして肉体の腐敗、最後に目に宿る赤黒い光という、この三つの条件が揃えば間違いなくそうであるといえる。
この目に宿る赤黒い光自体は眼球から放たれるものではなく、たとえ骨だけになろうと目の部分には残り続けるため、赤い光を放つ目をもってアンデッドと見分ける事が多く、その上で対話ができないと分かった時点で攻撃を仕掛けるのが鉄則だ。

そんなアンデッドだが、脅威度を設定するとなればピンキリだ。
死んだ時点で武装していればそれを使って襲ってくるし、生前身につけた剣術などはアンデッドとなっても残っているケースはあると聞く。
一般人のアンデッドはそれなりに危険ではあるが、心構えと武器を揃えて臨めば対処はさほど難しくはない。

だが、生前冒険者や騎士といった経験を長く積んでいるアンデッドの場合、身につけた技術を使って人を殺すための動きを繰り出してくる危険さがある。
アンデッド自体は決して知能は高くないが、それでも個人としてのスペックで見れば剣術を修めているという一点だけで脅威度は跳ね上がる。

一部の例外を除いてアンデッドが魔術を使うことがないのは救いではあるが、既に一度死んでいるおかげで肉体的な損壊では動きを止め辛く、しかも恐怖を覚えずに襲い掛かってくる敵に生理的な嫌悪と恐怖を抱くため、冒険者の間ではできれば相手にしたくない敵として上位にランクインしているそうだ。
また、倒しても手に入る素材がなく、身に着けている武具も傷んでいることが多いことから、リスクとリターンが見合っていないというのも理由として大きい。






何パターンかあるとされるアンデッドの特徴に当てはめると、この鎧は騎士がアンデッド化したものと断定でき、かつて青楓洞穴に送り込まれた調査隊の何某かであろうとは思われるのだが、見たところで鎧の質と剣の腕からすると騎士としてもかなり高位の人間が元になっていると考えられる。

どうりで電撃が効かないわけだ。
肉の体を持たず、痛みも恐怖もない上に、身に着けている防具も恐らくは多少の魔力的防御が施されている逸品なのかもしれない。

なるほど、最初に感じた感情の希薄さはアンデッドだったからということで説明がつく。
そして、こいつが俺達の想定していた刺客であるという線はなくなった。
途中のノルドオオカミをやったのはこいつである可能性は高いが、ダルカンの命を狙って送り込まれたということはあり得ない。

確実にダルカンを狙うとは限らないアンデッドを刺客に使うなど、全く効率的ではない。
加えて、これだけ剣の腕の立つ危険なものをここまで連れてくる手間を考えると、他の手段を取ったほうが利口だろう。

刺客の存在は杞憂だったということで不安材料は一つ減ったが、それでも今戦っている敵としての脅威度は依然高いままだ。

多少距離を取りはしたが、未だ一足二足と詰めれば十分剣の間合いと呼べる位置で相対している敵。
正体も分かったことだし、呼称を彷徨う鎧としよう。

完全に交渉や説得が不可能な相手だと分かったわけだが、逆に考えると心置きなく倒せる相手だということでもある。
まぁ倒せればの話ではあるが。

俺の目的は時間稼ぎなので、別に倒す必要はないし、基本的に人が立ち入ることのない青風洞穴内であればこの彷徨う鎧を放置してもいいだろう。
ダルカンから城に危険なアンデッドの存在を報告させれば、そこからチャスリウス全域に危険情報の通達が行われ、青風洞穴への盗掘者も多少は減りそうな気もしないこともない。
代償として次回からチャスリウス公国主導での調査隊を送り込むのが難しくなるが、それは偉い人達が対処を考えてほしい。

さて、この屋彷徨う鎧がアンデッドが相手と分かった以上、逃げの一手を取るのに幾分か気が楽になる。
というのも、知性のないアンデッドであれば生きた人間ほど柔軟な対応が取れないため、逃げの痕跡を隠すのが大雑把になっても逃げ切れる可能性が高い。

彼我の距離を考えるとこのまま背中を見せて逃げるのは危険なので、あと一度は確実に打ち合う必要があるが、それを上手くいなせたら俺はこの場を逃げることにしよう。
幸い、手元には水の入った水筒が3人分残してある。
この中身を水魔術で霧にして辺りに散布すれば、視界を一瞬でも奪えるだろう。
その隙をついて全力で逃げればパーラ達に追いつけるはずだ。

そう判断すると、まずは腰元に括りつけてある水筒の蓋をコッソリと緩め、水魔術での発動に備える。
初手からずっと向こうからの攻撃を受ける形となっていたが、今度はこちらから攻めかかっていく。

魔術で集中的に強化した脚力で強烈な踏み込みを行い、すぐさま背中と腕の筋肉に強化を集中させて彷徨う鎧の頭めがけて強烈な振り下ろしを仕掛けた。
当然、鎧も俺の動きに反応して振り下ろされる剣を防ぐ―…などということはせず、むしろ俺の剣など気にも留めず、宙に躍り出ている俺目がけて胴薙ぎを狙ってきた。

アンデッドである彷徨う鎧にとって、防御という行為はさほど重要ではないらしく、俺を殺すことを優先したその攻撃は相変わらずの鋭い軌跡を描いて迫ってくる。
だがこちらもそういう反応をするというのは十分予想していた。

先程は雷化で躱したが、今度は違う。
水筒の水を魔術で取り出して球体にし、丁度俺の胴体を覆えるだけの大きさを保ったそれを高速で循環させながら迫る剣の軌道上へと置く。
すると水球に飛び込んだ形になった剣先はその運動エネルギーのほとんどを水に吸収され、必殺の勢いを一気に失いつつ水球に揺蕩うようにして止まった。

再び訪れた勝機、向こうの剣は殺傷能力を発揮するまでの猶予を大きく強いられ、俺の方はもう兜に剣が叩きつけられる。
しかしながら敵もさるもので、体を前に傾ける勢いで突きを放ってきた。

知性はなくとも肉体に宿る経験のなせる業か、とてもアンデッドとは思えない対処能力の高さに舌を巻くが、残念ながら水魔術による防御はまだ生きている。

水の膜を剣が突き抜けるよりも早く、回転する水球がその突きの軌道を僅かに逸らせた。
向こうの体勢と俺のいる位置が幸いして、彷徨う鎧の放った剣は俺の体の中心を捉えることはなかったが、それでも完全に受け流せはしなかったようで、運悪く装甲がない脇腹部分に剣閃は走り、決して浅くない傷を負ってしまった。

久しくなかった深い傷に、痛みと熱さを傷口から感じるが、それに意識を取られるのが煩わしいほどに俺の意識は今、振り下ろさんとしているこの剣に集中していた。
脳天を叩き割る気概で振るいつつその実、狙いは剣による決着ではない。

俺の剣は鋼鉄の鎧を斬ったところでその防御を抜けるほどの技術も重さもないため、やはり一番使い慣れた魔術での攻撃が一番確実だ。
それなりの勢いで兜を叩いた剣は重さの伴う甲高い音を辺りに響かせ、しかし重厚な鋼の防御によって受け止められてしまう。

だが、本命はここからだ。
俺の体を雷化させ、彷徨う鎧へと向けて巻き付くようにして纏わりつく。
同時に、雷の一部を壁にも放ち、鎧と岩肌が電光で繋がるような光景を生み出した。
すると鎧はまるで錆びたようにその動きをぎこちなくさせ、尚も動こうと身をよじった次の瞬間、すぐそばの壁に吸い寄せられるようにして叩きつけられてしまう。

胴体から手足に至るまでの全てが壁に張り付いてしまい、動こうともがくもそれが許されない。
こうして見事に彷徨う鎧は青風洞穴の壁に捕らわれることとなった。

これを引き起こしたの当然ながら俺の魔術で、雷魔術を使った磁力で金属である鎧へと干渉した結果だ。

ここいらの岩肌には磁石になる金属が含まれた箇所があるのには最初の雷化で気づいていた。
そこで俺は鎧と壁を磁石化させ、くっつけることで縫い留めることに成功した。
魔力の消費を度外視して出力を限界まで上げたそれは、鎧越しに内部へのダメージを見越してのものではなく、強力な電力によって作り出される強力な磁力が本来の目的だ。

幸い、最初の交差で鎧の方も磁石の影響が及ぶ素材だと分かったために用いられた策となったわけだ。
磁力を保つため壁に魔力は残したまま体の雷化を解くと、鎧の傍に降り立った瞬間、軽く膝をついてしまう。

短時間で魔力を大量に消費すると立ち眩みに襲われるのだが、これは何度やっても慣れないものだ。
できればこういうこととは無縁でいたいのだが、状況がそれを許さなかった俺自身の運の悪さを嘆くことで、精神の安定を図っておこう。

アンデッドの本能からか、磁石化している鎧の体を岩肌から引き剥がして俺に襲い掛かろうともがく姿を横目に、軽く息を整える。
今はまだ俺の魔力が強く残っているおかげで磁力は強さを保っているが、俺がこの場を立ち去るとそう時間を置かずに自由を取り戻すことだろう。

いっそこの場で鎧の中に油を流し込んで燃やしちまおうかとも思ったが、生憎と手元にある分では量が心許ないため、やはり放置するほうがよさそうだ。
そう思いその場を後にしようとすると、パーラ達が引き返した先から足音が聞こえてきた。

まさかパーラ達が引き返してきたのか?
何故と思うのとほぼ同時に、曲がり角となっている道の先から転がるようにしてダルカンを背中にかばったパーラが姿を見せた。

洞窟内での使用を控えさせていた銃を構え、通路の先を睨みつけるパーラが一瞬だけ俺を見る。
その目は切羽詰まった時のものであり、壁際に押さえつけられるようになっている鎧を見て微かに笑みを浮かべると、すぐにダルカンを手で押して俺の方へと追いやった。

一応動きを封じてはいるが、あまりダルカンを彷徨う鎧に近付けたくなかったため、俺の方からダルカンへと駆け寄り、声をかける。

「殿下!何事ですか!」
「あぁ、アンディ!それが、僕達が逃げてた先から何かが襲い掛かってきて、それでパーラがあの武器で攻撃して!それで―」

取り乱しているダルカンの説明ではそのほとんどが要領を得ないものだったが、要点だけはつかめた。
つまり、パーラ達の撤退中に、退路で魔物と交戦してここまで後退してきたということか。

迂闊だった。
逃げる際に通る道はすでに俺達が一度通ってきたものであるため、危険はないと思い込んでいた。
だが、洞窟内は魔物の闊歩する領域。
一度安全と見做した道に、別のところから来た魔物が姿を見せることは十分あり得るだけに、その可能性を考え付かなかった自分に腹が立つ。

いや、反省はしても後悔は無しだ。
今はパーラが意識を向けている先にいるであろう魔物の対処を考えるべきだ。

「殿下、もう大丈夫です。後は俺達でやりますので、殿下は壁際へ行ってください。あぁ、あの鎧の方へは近付かないように。そっちの反対側の方で伏せていてください」

ダルカンを彷徨う鎧とは離れた場所へと避難させ、パーラの隣に立って情報を引き出す。
跳弾の危険性を理解してなおパーラが銃を使わざるを得ない敵だ。
得られる情報はとにかく何でも欲しい。

「パーラ、相手はどんなのだ」
「逃げてる途中に奇襲を受けてランプを破壊されたから姿は完全に見てない。でも壁に当たる弾丸の火花で少しは見えた。…多分、ノルドオオカミ」

一難去ってまた一難、いや彷徨う鎧は動けないだけだからまだ去ってはいないが、こんな状況でノルドオオカミなどという強敵との接敵とは、今日は厄日だな。

「チッ…こんな狭い場所で、最悪だな。まさかとは思うがあの死んでたやつの仲間か?」
「もしかしたらだけど、一瞬見た大きさから子供を殺された親かも。こっちの奴は結構大きかった」
「あの死んでたやつも十分でかかったぞ?あれよりもか?」
「あれよりもだよ」

ノルドオオカミと言えど動物である以上、群れは作らずとも子連れで動くというのはおかしい話ではない。
子狼が一瞬はぐれたところを彷徨う鎧にやられたとすれば、親が敵討ちにでも来たというのか。
子供の死体を見つけ、あの場の匂いを辿るとすれば、ここまで追ってくるのも当然だ。
手負いの獣は手強いとよく言うが、子供を殺された親もまたそうだろうと俺は思う。

ただでさえ強いノルドオオカミが復讐心でさらに強くなっているのだから、彷徨う鎧との対峙とさして変わらない緊張感が俺を苛む。
いつあの曲がり角から牙をむいて襲い掛かってくるか、見えない分だけよけいにプレッシャーが圧し掛かってくる。

「…そろそろ来るよ。私がまず撃つから、アンディは魔術で続いて」
「無理だ」
「へ?」
「今俺はあの鎧の動きを封じるのに雷魔術を使ってる。強化魔術以外は使えん」

この世界における魔術のルールとして、一人の人間が複数の属性魔術を扱えても異なる属性の魔術をいっぺんに使うことは出来ない。
必ず一つの魔術で一つの効果という縛りがある。
今の俺は雷魔術を常時発動維持している状態であり、他の属性の魔術を使えないため、脇腹を裂かれた傷跡も水魔術での治癒が出来ないでいる。

例外として、体内で魔力を循環させて強化する強化魔術だけは同時に使えるが、それでも強化魔術の精度は幾分か落ちてしまう。
ただ、そんな強化魔術でも傷口周辺の筋肉組織を重点的に強化することで簡易的な止血効果は発揮できていた。

これらのことから、俺が攻撃に魔術を使おうするなら、彷徨う鎧の拘束を解いてからということになるが、あんな危険なのを野放しにして、ノルドオオカミとも戦うなど到底できない。

「もうっ当てが外れた!これじゃあ私が銃で仕留めるしかないじゃない」
「まぁ俺も剣はあるし、近付くのを妨害するぐらいはできるさ。…つーか、ノルドオオカミが生きてるってことはまだ一発も撃ってないのか?」
「今装填してる弾倉の半分は使った。けど、向こうの動きが凄くて全っ然当たんない!おまけに風魔術での攻撃はまるで見えてるみたいに躱される。…アンディ、あれヤバイよ」

暗い洞窟内、跳弾を恐れてとはいえパーラが当てられないというのはかなりのものだ。
距離が近く、後退していたという状況があったとしても、異世界のゴ〇ゴの異名をとるパーラが外すのを想像できない身としては、よっぽどノルドオオカミの動きが素早いのだろう。
そうなると、果たして俺の剣がどれほど通じるのかという不安はある。
……よし、ここは逆に考えよう。

「パーラ、俺が銃を使う。お前は魔術だ」
「…まぁそれがいいか。一応弾倉は新しいのにしとくよ。いい?当てることを考えないで。跳弾しないように壁までの角度に気を付けてとにかく連射して」

まるで軍隊の上官かのようなアドバイスをしながら銃を手渡してくるパーラに、思わずイエッサーと返したくなってしまうのを堪え、立ち位置を入れ替えて銃を構える。
随分久しぶりな気がする銃の重さに、自然と顔は引き締まっていく。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるをまさに体現すべく、連射で銃口が跳ね上がらないように制御することだけを考えて銃身に添えた腕に意識を集中させる。

「もうすぐ、もうすぐだよ……来た!撃って!」

音でノルドオオカミの接近を察知したパーラの合図で、引き金を絞るようにして引く。
相変わらず銃というには似つかわしくない音の小ささで弾を発射し、通路の曲がり角から飛び出してきた影を目がけて連射された弾丸は殺到していく。

影の主はやはりノルドオオカミで、淡く光るこの場所の明るさに照らし出された姿は、先程死体で見たノルドオオカミよりも二回りは大きいものだ。
そんな巨大な狼が剣歯をむき出しにしながら姿を見せ、さらには迫る弾丸の雨に向けて咆哮を放った。

ドンッという音としか聞こえない咆哮は音の壁が圧力を伴って迫ってきたかのようで、弾丸の威力をほとんど殺すとともに、俺とパーラを叩く風圧となって襲う。
思わず踏ん張ってしまうことで銃を撃つことを中断させられ、その隙をつくかのようにノルドオオカミが飛び掛かってきた。

今まさに俺を目がけて噛みつかんと宙にいるノルドオオカミは、その巨体のせいで開いた口も俺の頭を丸々齧れる程度に大きい。
そして動きも想像より何倍も早く、目の前に迫る顎から覗く歯列がはっきり見えるぐらいに俺とノルドオオカミの距離は近付いていた。

体勢を崩していることと、魔術も使えないことも相まって、回避の手段はほとんどない。
いつぞやのように膝を抜くことで倒れる動作を回避に使う動きも、すでにタイミングが悪すぎる。
こうなっては腕の一本をくれてやるしかないかと覚悟したその時、ノルドオオカミが見えない力で上から抑え込まれるようにして地面へと叩きつけられた。

「アンディ!銃を!」

ノルドオオカミを地面へと押し付けている力は、どうやらパーラの風魔術に拠るもののようだ。
余波としてこちらにも相応の強風が吹きつけてくることからそう判断した。
俺に集中していたせいで、ノルドオオカミもそれには気付けなかったようだ。

パーラの声に従い、足元へと銃口を向けると、ノルドオオカミの頭部目がけて引き金を引く。
これだけ近くで撃つのだ、確実に殺ったと思える弾丸は、しかしながらノルドオオカミの頭部を捉えず、地面を跳ねてどこかへと飛んで行った。

ノルドオオカミは予想以上に身体能力が高いようで、パーラの風魔術による押さえつけを逃れると全身バネのようにして俺達の後方へと降り立った。
丁度俺達と彷徨う鎧の間、ダルカンが身を寄せる壁際に近い位置に着地したノルドオオカミは、俺達へと向けていた敵意をすぐ傍に見つけたダルカンへと移した。

「まずい!パーラ!」
「わかってる!」

護衛対象として背中側に置いていたダルカンの目の前に、まさかノルドオオカミが丁度良く移動するとは予想外だ。
食い殺そうと牙をむく姿に、ダルカンも剣を抜いて抵抗の姿勢を見せるが、予想以上の迫力に剣先が震えている。
俺の場所から銃で狙うにはダルカンに当たる恐れがある。
位置的に一番近いパーラが向かうが、間に合うかどうか。

一気に焦る気持ちが膨れ上がる中、ふと視線の端に引っかかったものに、一か八かを試すという選択肢が頭に浮かぶ。
頭の中で次々とよぎっていく思いはリスクの過多を訴えて来るが、他に手が思いつかない以上、それを試すしかない。

胸の内に沸いた迷いは瞬きの一瞬にも満たない時間で霧散し、俺は彷徨う鎧の拘束を解くべく、壁へと吸引している磁力への干渉を行った。
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