世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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あの人の今に会うために、ただ二人飛空艇に乗ったの

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春先の過ごしやすかったものから、初夏に差し掛かって少しばかり汗ばむ陽気に変わった今日この頃。
冒険者としてほどほどに仕事をこなしながら過ごしていた俺の下に、懐かしい相手からの手紙が届いた。
ギルドで受け取ったその手紙に書かれていた差出人名はアイリーン・ラーノット・マルステル。

ミドルネームに見覚えはないが、名前と家名から思い当たる人物はただ一人。
ソーマルガ皇国はマルステル公爵家が令嬢、オーゼル改めアイリーンその人だ。
かつてレースで速さを競い合い、共に遺跡の探索を行い、遥々ソーマルガまでバイクで旅をした思い出は、まだまだ色褪せるものではなない。

男爵となってからは色々と忙しく、手紙のやりとりはほとんどなかったのだが、今回俺達宛てに送られてきた手紙には、ようやく領地経営も軌道に乗ったので、一度遊びに来いと書かれていた。
丁度仕事が一段落したこともあり、休暇がてらにアイリーンの所を訪れるのもいいかと思い、パーラとも相談してソーマルガを目指して飛び立った。





「そういえば、アイリーンさんに会うのも随分久しぶりだね。最後に会ったのって三年ぐらい前だっけ?」

飛空艇の操縦を引き受けていたパーラは、少し離れて窓の外を眺める俺に向けてそんなことを尋ねる。
どこかソワソワとした態度を見せるのは、やはりアイリーンとの再会を楽しみにしているからだろう。

「あぁ、もうそんぐらいになるか。たった三年と見るか、もう三年と見るか」
「私としては、あっという間って感じだね」
「だろうな。まぁ俺達も随分と濃密な時間を過ごしてきたという自覚はある」

冒険者としてはもちろん、それ以外にも色々と手を出しているせいで忙しさが続いた時期もそれなりにあったため、体感時間では酷く速いものに感じてしまっていた。
それこそ、アイリーンと別れたのがついこの間ぐらいの感覚で済んでしまうぐらいには、ここ何年かは怒涛のように過ぎていった気がする。

飛空艇はへスニルを発ってから暫くは南西へと進み、山の連なりが壁となっている所の切れ間にある、アシャドルとソーマルガの実質の国境へと近付いてきた。
前に来た時はバイクだったが、今は飛空艇から見下ろすこの景色には、やはり地上で見た時とは違う印象を抱かせる。

二国の間に横たわる険しい山だが、どこまでも続くと思われるその途中に、突然現れる真っ直ぐの綺麗な切れ込みという、明らかに自然の仕業とは思えないものだ。
アイリーンから教えてもらった話にあった、古代文明の兵器による傷跡という説も、これを見てしまうと妙に頷けてしまう。
それほどに人工的な跡を匂わせる亀裂として、俺の目には映っていた。

特に後ろ暗いことはないのだが、関所を通過するのにいちいち飛空艇を降ろして通関の手続きをするのも面倒なので、左右に広がる山肌に添わせるようにして飛空艇を寄せると、なるべく目立たないように通り抜けていく。

以前、ソーマルガからアシャドルに行く際に通ったルートだと、また飛竜に襲われる可能性があるため、今回は確実に飛竜の縄張りの範囲外であるこの関所を通ることにしていた。

多少高度があっても飛空艇の巨大さを考えれば、少しでも上に目線を向けられるだけで見つかりそうなものだが、角度的にも関所から見えるのは地上を行くものばかりで、特に騒がられることなく関所を抜けることができた。

やがて山の切れ間から飛び出した飛空艇の前に広がっていたのは、相変わらずのどこまでも続く砂の大地だった。
実のところ、俺にとってはこの光景を見るのはそう久しぶりというわけではない。
ソーマルガには香辛料をはじめとした嗜好品を買いにちょくちょく訪れていたからだ。

もっとも、パーラはそういった買い出しに付き合うことはなかったので、実際に三年ぶりとなるこの雄大な景色に、懐かしそうな顔をしていた。
そして、目の前にはこれまた懐かしきエーオシャンの街が見える。

アシャドルとソーマルガを繋ぐ国境最寄りの街であるこのエーオシャンも、たった三年程度ではその姿に大きな変化はなく、街へと入っていく人の列も流石の長さを見せていた。

「アンディ、エーオシャンには寄らないで真っ直ぐ皇都に行くんだよね?」
「ああ。別段寄っていくほどの用事もないし、このまま行っちまえ」

エーオシャンにはアイリーンを介したレジルという知り合いはいるが、俺自身はちょくちょく調味料の買い付けでエーオシャンに来た際にはレジルにも挨拶をしているので、今更改まって会いに行くことはない。
まぁパーラは久しぶりだから顔を出すぐらいはしてもいいのだが、それをすると今夜はレジルの所に泊まることになってしまう。

正直、飛空艇のような完璧に空調が効いた宿というわけではないので、飛空艇で寝泊まりがしたい身としては、ソーマルガを出る時に挨拶をするぐらいでいいだろうと思っている。
人間、楽を覚えるとこんなもんなのだ。

エーオシャンを通り過ぎ、一路ソーマルガ皇都へと飛空艇を向ける。
飛空艇の速さがあれば、今日の日暮れまでには着けるだろう。
皇都近郊で飛空艇を降ろして一泊し、次の朝には城の方へ宰相に面会の約束をとりついでもらわなければならない。

というのも、実はアイリーンの手紙には、ソーマルガ皇国の宰相であるハリムからの手紙も一緒に同封されていたからだ。
恐らくアイリーンの手紙をハリムが預かり、自分のものと合わせて送ることで配送の手間を請け負ったのかもしれない。

その内容は俺達の飛空艇を一時預かりたいというもので、詳しいことは直接話すと書かれていたため、アイリーンの領地の場所を尋ねがてらに、ハリムの用事も済ます。
形式上とはいえ、俺達の飛空艇はソーマルガ皇国から貸与されていることになっているので、宰相直々に要請されては断るのは難しい。

俺達の生命線と呼んでも差し支えない飛空艇に関する用事とは一体何なのか気になるが、これがもしこちらに不利益なことであれば、逃げ出すことも考えておく必要がある。
まぁハリムという人物を知っていれば、そうそう理不尽なことはしないと思うが、それでもこうして手紙で呼び出されるという事に多少の不安を抱いてしまうのは仕方ないだろう。

「アンディ、向こうから飛空艇っぽい影が近付いてくるよ」

しばし考え事をしていると、パーラからそんな報告が飛び出してきた。
言われてその指が指す方へ目線を向けると、俺達の進行方向よりやや左手側にズレた場所に小さな黒い点があった。
目を細めて注視すると、そのシルエットからソーマルガが保有する小型の飛空艇だと分かる。

「小型のヤツだな。エーオシャンを目指しているのか、それとも俺達と接触するつもりなのか」
「多分私達の方に来るつもりだよ。エーオシャンを目指すなら、もっと船体の移動にぶれがあるはずだし」

パーラの言う通り、こちらに近付いてくる船影は横への動きはなく、ただシルエットが大きくなっていくだけなのがわかる。
俺達の姿を捉えて、真っ直ぐに向かってきている証拠だ。

念のため、いざという時には全速力で振り切ることをパーラにも伝え、接近する小型飛空艇を見つめていると、その姿がハッキリと捉えられる距離まで近づいたところで、向こうが船体を反転させてこちらと並走させてきた。

ある程度距離を取ってはいるが、こちらからは操縦士の顔が見える距離を飛んでいるその飛空艇は、ガラス張りの操縦席からこちらを指さしていた。
以前見た小型飛空艇は一人乗りだったが、俺の知らない間に二人乗りに改造されたのか、縦に二人並ぶ形で搭乗しているのを見ると、複座の戦闘機のような印象を受ける。

どうやら同乗するもう一人に何やら指示を出していたようで、すぐに操縦士とは別の人間がこちらへと手にしたランプ型の発光機で信号を送ってきた。
発光信号は一定のパターンを繰り返しており、何かを言おうとしているのは分かる。
ただし、生憎俺もパーラも発光信号を完全に理解できてはいない。

そこで以前貰った信号の解読表を引っ張り出してきて、それをもとに向こうの信号を解読していく。

「えーと、同道する…あ、今終わったとこか。…貴船を、確認した…こちらは…ん?あぁ巡察か。巡察隊、指令に則り、これより、皇都へ来られたし、護衛を兼ねて、本船が同道する、と」

太陽があってもチカチカとハッキリ光る信号を解読した結果、どうやらこの小型飛空艇は俺達を迎えに来たものだと分かった。
随分タイミングよく俺達を迎えに来たものだと思ったが、巡察隊というのだから、日常的に飛び回っている彼らに対して、ハリム辺りが俺達を見かけたらエスコートしろと命令でも出していたようだ。
事実、指令に則って同道すると言っているのだから、きっとそうなのだろう。

「ってことは敵じゃないんだよね?」
「ああ、巡察隊ってのはソーマルガ皇国の正規部隊だろうな」

パーラの疑問に答えつつ、俺は操縦席に手を伸ばして投光器を操作し、今もこちらに向けて信号を送っている相手に向けて返事をする。
解読表を片手に、『指示に従う、案内を頼む』と送った。

それを受けて向こうが動きを見せ、俺達の前へと先行すると、一度だけ船体を揺らすように動かして速度を上げた。
追随する俺達も速度を合わせ、皇都を目指して二つの船影は空を引き裂いて飛んでいく。

何事もなく飛空艇は進み、予想通りに夕暮れに空が染まり始めた頃には皇都近郊へと到着する。
夕陽に染まる湖と皇都のコントラストは相変わらず見事なものだが、先行していた小型飛空艇はそれに全く感傷など抱いていないかのように進み続け、街から離れた場所にある飛空艇の保管施設へと真っ直ぐに向かっていく。

その保管施設は、飛空艇の試験飛行場だったものを整備しなおしたのだろう。
前に見た時のまだ作り始めだったものからは大分様変わりしており、ドーム状の巨大な屋根の下には多くの飛空艇が保管されているであろうことは予想に難くない。

他にも、街からのアクセスを考えてのことか、かなりしっかりとした街道で皇都と繋がれており、今の時間帯ではそこを行きかう人は皆無だが、日中ならきっと多くの人々が官民問わず動いていることだろう。

以前よりもかなり拡張されている施設周辺の変わりように驚きを隠せないでいると、エスコート役の飛空艇から発光信号が送られてきた。

「着陸だ。パーラ、あの飛空艇の隣に下せるか?」
「はいよーっと」

先に降り立った小型飛空艇の隣に俺達の飛空艇も着陸させると、どこから現れたのか多くの人間が周りに集まってきた。
以前来た時もそうだったが、彼らは俺達の飛空艇をメンテナンスするという仕事を与えられている。
空港における整備担当的なやつだ。

その中に知った顔を見つけた。

どこか気だるげな顔を浮かべながら、見えていないはずの操縦室へヒラヒラと手を振る女性は、かつて84号遺跡で共に探索を行ったダリアだ。
手つきが手招きに変わったことで、早速飛空艇を降りて彼女の下へ向かう。

「やあ、アンディ君。久しぶりだね。そっちの子は初めましてかな?」
「ご無沙汰してます」
「ども。アンディとパーティを組んでるパーラです」
「ほぅ、中々可愛い子じゃないか。君も隅に置けないな。私はダリアという。アンディ君とは少し前に遺跡の発掘で知り合った。君とも仲良くなれると嬉しいね」

そう言って柔らかい笑みを浮かべて見せるダリア。
そこらの女なら、その笑み一発で堕とせそうなほどのイケメンぶりよ。
だが女だ。

「前はみませんでしたけど、ダリアさんってここで働いてるんですか?」
「私だけではないさ。あの時の飛空艇発掘に携わった人間のほとんどはここで働いているんだ。メイエルもここで研究者として働いてるし、あのセドリック殿はこの施設の統括責任者に任命されているよ」

前にここを訪れた時にも、あの遺跡発掘で見た顔を何人か見ていたので、それは予想できている。
ただ、セドリックは遺跡発掘の功績で爵位を貰ったはずなので、てっきり自分の領地を構えて領主生活を送っているものだとばかり思っていた。

まぁソーマルガは国土の広さの割には貴族に分け与える十分な領地というのは足りていないので、アイリーンのように男爵になって即領地を貰えたというのは稀だとも聞いている。
こればかりは親が公爵であり、国王を伯父に持つアイリーンの方が恵まれていたとしか言いようがない。

立ち話もなんだからと、建物の中へと誘うダリアについていく。
じきに日が落ちるとはいえ、まだまだ辺りには熱い空気が漂っているので、その申し出には有難く乗らせてもらった。

保管施設へと向かう道すがら、この場所の説明をダリアからしてもらう。
ある意味妥当とでもいうべきか、ダリアはこの施設で研究者達のまとめ役を命じられており、そこそこ偉い地位にいるらしい。
なので、聞きたいことには何でも答えてくれた。
もちろん、答えられる範囲でと念を押された上でだ。

「へぇ、じゃああの博物館の遺跡を丸っとここに移したって感じですか」
「うん。あっちの大屋根の方には発掘した飛空艇をなるべく元の配置を再現して並べている。そっちのやや小さい方の建物では、稼働しない飛空艇が分解して研究されているぞ」

上空から見えた一際大きいドーム状の建物の方は予想していた通りだが、そこから少し離れた砂丘に溶け込むようにしてある屋根の低い建物は、中々先進的な試みが行われているようだ。
過去の遺物である飛空艇をただそのまま使うのではなく、原理を解明して再現しようとするあたりに、ソーマルガという国の遺跡や魔道具の技術にかける熱意の高さがうかがい知れる。

「…大保管場の方はまだ無理だが、こっちの研究棟なら今日は人もいないし、よかったら見てみるかね?」
「いいんですか?是非」

ダリアの提案に、一も二もなくうなずいた俺は、案内されるままに研究棟へと足を踏み入れた。
一歩屋根の内に入った瞬間から体感温度は明らかに下がっており、日陰であるということ以上に、何らかの魔道具の効果が快適な環境を生み出しているのかもしれない。

機密レベルの高い建物であることを示すかのような重厚さの感じられる門を潜った先では、武装した兵士が4人いた。
彼らはダリアの姿を見て敬礼の姿勢をとろうとして、俺とパーラの姿を見て一瞬険しい顔を浮かべる。
初めて見る人間が、研究棟という重要施設へといきなり現れればこのように警戒するのも当然だ。

「心配ない。彼らは大丈夫だ」
『は!』

言われてすぐに警戒を解き、通路の脇にどけるのを見届けて、歩き出すダリアに俺達も続く。

「厳重ですね」
「当然さ。飛空艇一つとっても国が管理を徹底しているのに、それを研究している場所ならこうした警戒はおかしいことではないよ」
「それにしては私達は普通に入れたけど」
「そこは私の信用が利いてるのさ。これでもこの研究棟じゃ一番偉いんだぞ?」

後姿だけでは分からないが、明らかにダリアが胸を張っていると分かる。
人のドヤ顔を見ないで済むのはなんにしてもいいものだ。

魔道具の明かりで暗さを全く感じない通路を進み、途中にある扉や分かれ道に逸れることなく真っ直ぐ歩いた先にあった両開きの扉を開くと、それまでとは打って変わった広大な空間が現れた。
天窓から差し込む夕日に照らされた室内は、恐らくちょっとしたフィギュアスケート会場ぐらいはありそうなほどの広さがある。

中央には一段高いステージのようなものがあり、そこには中型の飛空艇が骨組みだけとなった状態で置かれていた。
その周りには色々な機材や部品などが乱雑に散らばっており、そこだけを見れば映画やドラマなどで見かけるUFO研究所の格納庫と言えなくもない。

正に作りかけと言っても過言ではない飛空艇の骨組みにダリアが近付き、愛おしむようにして撫でるとその口を開いた。

「どうだい、美しいだろう?この骨組みは我が国でも腕っこきの鍛冶師が総出で一から作ったものなんだ」

骨組みだけではまだ何とも言えないが、大きさといいフォルムと言い、俺のイメージする中型飛空艇をほぼ完ぺきに再現できているのではないかと思わせる出来だ。
これで外装が取りつけられれば、見た目だけは立派な飛空艇が出来上がることだろう。

「今この研究棟では一から飛空艇を作ろうと動いていてね。ここは船体を組み立てる場所だが、他の所では動力部や操作機器の研究も行われているんだよ。…もっとも、これを作るだけでも二年かかってる。まだまだ先は長いよ」
「二年も、ですか。…っと、悪く言うつもりは」
「いや、いいんだ。正直、私も君と同じ気持ちさ。比較的技術水準が近いと思われる骨組みを作るのに、随分と時間をかけたものだ。ただ、言い訳をさせてもらうなら、あそこなんかの曲線を作るのにもそれなりの技術がいるし、強度を維持したまま加工するのも中々難しいものなのだよ」

自嘲するようにその顔に苦笑いを浮かべるダリアだが、言いたいことはなんとなく伝わってきた。
大掛かりで精密な加工機械が無いこの世界で、高度な古代文明の遺物を再現しようとすること自体が大変なことなのだ。
製図から加工、組み立てに至るまでをすべて人の手で行う必要があるため、たとえ骨組みだけであろうとも、飛空艇を作るとしたら、職人の中でも特に高い技術を持つ者が欠かせなかったに違いない。

「一から作ってみて、古代文明がいかに高度だったかを改めて思い知らされたよ。まったく、古代の職人は総じて技術力が優れていたとしか思えないね。これ一つを作るのにかかる時間を考えれば、あれだけの数を作るのに何百年かかることか」

俺の予想としては、これだけの文明なのだから、どこかに巨大な工場があって、そこで飛空艇が作られていたというのがまず考えられる。
流石に今の時代まで完璧な状態で残っている工場など、まぁ無いとは言わないが望みは薄いだろう。

「見たところ、出来上がってるのは骨組みだけですけど、動力部の方はどんな感じですか?」
「…そっちはあまり芳しくない。凡その原理は理解できるんだが、同じ様に作り上げるとなるとやはり技術力の差が出てくる」

車のエンジンでもそうだが、少し弄るのと一から組み立てるのでは、当然ながらその難易度は天地ほどの差がある。
ましてや最近になって見つかった飛空艇の動力ともなれば、魔道具技術では随一と謳われるソーマルガであっても作るのは相当難しいに違いない。

「だがそれも今日からは違う。アンディ君達の飛空艇があれば、研究は大きく進むことだろう。ありがとう、アンディ君!」
「……はい?何の話でしょう?」
「……ん?何のって、そのことでソーマルガに来たんじゃないのか?」
「え?」
「え?」
『……え?』

突然俺の方へと振り向くと、声高に感謝の言葉を吐くダリアだったが、それがなぜ俺に向けられたのかが理解できない。
どうやら、双方で状況の理解に祖語があるようだ。

その辺りをダリアに聞いてみると、どうも俺を皇都へと呼んだハリムの用事というのが、ダリアの言う研究に関してのことだったらしい。
飛空艇の動力に関しての研究が進んでいなかったダリア達は、ハリムに対して俺達の飛空艇を研究する機会を設けるように願い出たことで、今回の俺達が招聘されたことへと繋がったわけだ。

「元々アンディ君の飛空艇は特殊なものでね。前に検査をした時の情報から、今ここにある飛空艇とはかなり毛色の違う造りをしているとわかったんだ。確か、元々輸送船だったのを戦時徴用で改造されたんだったね?」
「ええ、飛空艇に残されてた情報ではそんな感じでした」
「恐らくそこそこ長い年代に渡って運用されていたのだろう。色々と手が加わったせいで技術水準がちぐはぐな飛空艇として存在していながら完璧に機能しているあたりに、古代文明が持つ脅威の技術力を垣間見えるというものだ」

ハリム辺りから聞かされていたのか、ダリアは俺達の飛空艇に関することを実に詳しく知っていた。
研究に必要になってから調べたのか、ソーマルガの把握している飛空艇に関することなら何でも知っているのか分からないが、先程作りかけの飛空艇を見ていたダリアの目を思い出すと、恐らく後者ではないかと考えてしまう。

「飛空艇に関する情報を纏めると、その発展性の系譜から大きく六つの世代に分けられるんだ。小型の飛空艇は第一から第二世代、中型は第二から第四世代までといった具合にな。ちなみにあの超大型飛空艇は第六世代に属すると見ているが、残念ながら第六世代に相当する飛空艇はあれ一つだけだから、古代にはその先の世代もあったかもしれないね。さて、アンディ君達の飛空艇はどの世代かというと…実は微妙なところだ」

一度言葉を区切り、視線を上に向けて説明に悩む仕草を見せたダリアだったが、それも一瞬だけ。
すぐにこちらへ視線を戻すと口を開く。

「君達の飛空艇は機能と性能の観点から、立派な第四世代型だろう。だが外見はどちらかというと第五世代型寄りで、私達は準五世代型ではないかと見ている。特にあの動力炉は他の飛空艇とは明らかに出来が違う!異なる世代の技術の調和というのか、例えるなら伝統の上より飛び立つ未来への跳躍!」
「あ、ダリアさん。そういうのいいんで、掻い摘みに頼みます」

徐々にヒートアップしてきたダリアをこのままにしておいても話は進みそうにないので、機先を制する形で釘をさしておく。
このままでは専門的な話を詩的な表現で延々と聞かされそうで、それはそれで興味はあるが今は一旦おいてもらおう。

俺の言葉に水を差されたのか、一瞬こちらを感情の失せた目で見てきたが、すぐに気を取り直して説明の続きをし始めた。

「…要するにだ、君達の飛空艇に積んである動力を調べさせてもらえれば、今停滞している動力部の研究が進むきっかけになるんじゃないかってことで、ハリム様にお骨折り頂いたのだよ」
「一気に要点が纏まりましたね。その方が助かりますよ。…なるほど、それでさっきのお礼の言葉につながるというわけですか」
「そういうことだよ。でだ、早速君の飛空艇をこっちで預からせてもらうが、いいだろう?」

まぁ元々飛空艇に関することで皇都へ来たのだから、メンテナンスで一旦預けるつもりではいた。
その間に勝手に研究するのはダリア達の自由だ。
壊されさえしなければ。

「構いませんよ。一応言っておきますけど、壊したりしないでくださいね」
「勿論。飛空艇の検査で私達も慣れているんだ。そんなへまはしないよ」
「まぁ以前も検査をお願いしてますから、そこは信用しますよ。ちなみにどれくらいの期間預ければいいんですか?二日ほどで?」

そうなると、しばらくは皇都で観光なんかをして過ごすのもいいか。
アイリーンの所に行くのが少しばかり延びるが、急ぐ用でもないし構わないだろう。

「はっはっは、まさか。たった二日で何が分かるというのかね。少なくともひと月はかかるだろうな」
「あ、じゃあお断りします」
「え」

いやぁ流石にひと月は長いっす。
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