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パーティはまだまだ続く
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「では飛行距離に制限はほぼ無いということかね?」
「はい。もちろん一度に飛行可能な時間という意味で制限はありますが、動力を休ませれば再び飛べるようになるため、操縦者が活動している限り、飛空艇は移動を続けられることでしょう」
先程までどこか嗜好品としての飛空艇に対しての質問をしていた者達は、今はグバトリアの方へ流れており、俺の周りは国元で軍事に携わっている者ばかりが残っている。
そのせいか、質問内容は徐々に軍事目的へとシフトし始めた。
「ほう、馬や騎竜と違って餌を用意しなくていいのは羨ましいな。それで、飛空艇というのは一隻でどれほどの物資を運べるのだ?」
「荷物という点では、中型のものであれば荷馬車二台分は余裕で積めるでしょう。積み方を工夫して三台分、無理をすれば四台分ほどはいけるかと」
「ふぅむ、それほどとは…」
予想外に多い飛空艇の積載量に、俺の話に耳を傾けていた人達の顔色は一瞬で変わる。
地形を無視し、高速で物資を送り届けるというのは兵站としては破格だ。
しかも飛空艇は一隻ではない。
何隻もの輸送船が空を飛んで物資を運ぶというのは、たとえ軍事に疎い人間でもその有用性を理解できるだろう。
「気になったのだが、飛空艇の操縦者は一体どれほどの期間で育つのだろうか?」
中々難しい質問だ。
パイロット教育に関しては、俺は全くのノータッチなので答えにくい。
ラジコンのヘリや飛行機でも操縦した経験があれば、比較的短い期間に育つだろうが、この世界にはそんな人間はまずいないし、どれほどかかるのかは分からないとしか言えない
「アンディ様、その質問は機密に抵触する恐れがありますので…」
「あ、そうですか」
何と答えようかと迷っていると、傍に控えていた文官の男性が俺に耳打ちをしてきた。
この男性は飛空艇に関する機密を俺がうっかり喋らないようにとグバトリアが付けてくれた者で、ここまで何度かこういう風に言ってはいけないことにはストップをかけてくれている。
話せることと話せないことを正確に把握していない俺に、説明役を押し付けたグバトリアの適当さが改めてよく分かった。
飛空艇を動かすのに欠かせないパイロットの育成に関しては、やはりそれなりに機密が絡んでいるようで、こういう場では明かせないようだ。
そのことを周りに伝えると、残念そうにはしていたが納得はして引いてくれた。
「しかし知れば知るほど、飛空艇というのはどこまでも有用な乗り物だと分かるな。遺跡から発掘されるそうだが、我が国でも見つかるだろうか?」
「さあ、それはばかりは何とも。ただ、古代文明では飛空艇は数多く飛んでいたようなので、根気よく探せばあるいは、といったところでしょうか」
既にグバトリアが飛空艇を他国へと渡さないと明言している以上、自分達が手にするには発掘するしかないと考えるのは当然で、むしろ『殺してでも奪い取る』という発想に至らないあたりに、ソーマルガとの国力の差がうかがい知れる。
そんな彼らに対して、俺は頑張ってねとしか言う他はない。
現在見つかっている古代文明の遺跡で、飛空艇が発掘されたのはソーマルガの84号遺跡が初なのだ。
他の国にも同じようなのがないとは言わないが、そうそう簡単に見つかるとは思えない。
せめて俺のように、そういった飛空艇の保管場所なんかの情報を手に入れることが出来たら話は違うが、それも運が絡んでくるので難しいだろう。
なので、頑張れとしか贈る言葉がないのも理解してほしい。
「ご歓談中失礼いたします。アンディ様、火急の用向きで参った者が取次ぎを希望しておりますが、いかがいたしましょうか?」
正にそのご歓談中だった俺の下に、使用人の一人が近付いてきてそんなことを口にした。
その使用人の目には困惑の色が見て取れ、何か俺が行かなければ収まらない事態が発生したのかと訝しむ。
「俺に?急ぎの用とは、どんなものか聞いてますか?」
「いえ、そこまでは。ですが、この度のパーティに関わる重要なことだとだけ聞いております」
「…わかりました。その方はどちらに?」
「現在は広間の外で待っています」
何故外?
中に入ってこない理由があるのか、いや、もしかしたら身分が足りないのか。
まぁ行ってみればわかることだな。
その場にいた人達に断りを入れ、使用人に案内されて広間を出ると、扉の脇で待っていたのは昨日厨房で見た料理人達の一人だった。
「お、来たか。すまんな、急に呼び立てて」
俺の姿を見て、明らかに表情を明るくした男に迎えられ、使用人に礼を言って男の前へと行くと、早速用件を切り出す。
「それは別にいいんですが、用件は何ですか?なんでも重要なことだと聞いてますが」
「ああ、それがな、今パーティで出してる料理あるだろ?あれに関することでちょっと問題が起きてな」
「問題…まさか、食中毒ですか?」
料理人が問題などと口にすれば、食中毒をイメージするのは当然のことだ。
何せ、この世界では衛生観念が少々緩い傾向にあるからな。
「んなわけあるか!俺達がそんなへまするかよ!」
いや、食中毒は起きる時はあっさりと起きるのだが、心外だと息を荒らげて言う男の様子からはそっちの問題ではなさそうだ。
「今パーティに出してる昆布締めのことだ」
「あぁ、あれですか。中々よく出来てましたね。ちゃんと昆布の味が染みてましたし」
「そりゃあよかった。いやぁ俺達も自信はあったんだが、お前に試食させる暇がなかったからな。あれで完成なのか不安だったんだよ―ってそうじゃない。…いや、とにかく一緒に厨房まで来てくれ。詳しい話はそこで話す」
「はあ。まぁいいですけど」
丁度パーティでの質問漬けにも飽きていたところだし、気分転換というわけではないが、その問題とやらに少し首を突っ込んでみるとしよう。
何より、昆布締めが関わっているということは、俺もまったくの部外者ではないしな。
厨房へとやってくると、そこにあった光景は予想外ではあるが予想の範疇でもあるものだった。
「ですから、あれは私が考えた料理ではないんです。教えろと言われても、考案者の許可を得ないことには…」
「ではその考案者とやらにわしが直接話をつける!どこの何者だ!」
調理台を挟んで、バネッサと身形のいい老人が何やら言い合っており、あの様子だと老人の方が一方的にバネッサへと何かを尋ねているようだ。
恐らく老人のほうはパーティの参加者で、料理に関することで厨房に乗り込んできて、バネッサが対応しているとかなのだろう。
正直、かなり中の空気は悪いもので、ここに今から割って入るのは気が滅入る。
「どうか落ち着いて。今呼びに行かせて―」
「失礼します!料理長、アンディを連れてきました!」
「遅い!まったく…失礼、件の者が参りました。あそこにいるのが昆布締めという料理法を私達に伝授した者です。アンディ、こっちに」
内心ではかなりイライラしていたようで、一瞬鬼の形相に変わったバネッサに手招きされ、老人とバネッサの間に立たされた。
今バネッサが口走った言葉から、何故俺ば呼ばれたかは大体分かったが、目の前にいる老人が一体何者なのかはまだはっきりしない。
ややぽっちゃりした体形だが、厳めしい顔つきにはそれなりの身分を思わせる威厳がある。
先程までバネッサに向いていた鋭い視線が、今度は俺の方に向けられており、どう反応したらいいのか困っていると、おもむろに老人が口を開いた。
「まずはわしから名乗るとしよう。オーギュスト・ビス・ランダー侯爵である。ソーマルガ皇国第12戦術機動軍の軍団長を務めておる者だ」
侯爵とはこれまた大物だ。
いや、俺は国王や宰相、公爵なんかとは仲がいいのでそれらと比べると一段下がるが、それでも貴族という立場では公爵に次ぐ地位ということになる。
つまり、上から数えた方が早いぐらいには偉い人だ。
しかも一軍の長ということは、爵位以外にも軍での発言権も持ち合わせた、ソーマルガで怒らせてはいけない人間のトップ10に入ると見た。
まぁ軍人というには少々体型にだらしなさが見られるが、年齢的にも軍団の先頭に立って動き回るということはもうしないのだろう。
「侯爵閣下であらせられましたか。大変ご無礼仕りました。私はアンディと申しまして、しがない冒険者にございます」
「待て。貴様、どこかで…そうか、先年ダンガ勲章を得た者だな?その顔、受勲の時に見た覚えがある。…くっくっくっく、しがない冒険者とはまた吹いたものだな」
意外、ということでもないか。
ダンガ勲章の授与の際には、丁度上位貴族達が集まっていたタイミングで行われていたし、侯爵クラスならあの場に居合わせてもおかしくはない。
しかし参ったな。
てっきり俺なんかのことは覚えている貴族はいないだろうと思っていたのに、こうもしっかりと覚えられていたとは。
ただの冒険者として名乗ったのはまずかったかもしれない。
「…重ねてご無礼をお詫びいたします。決して身分を偽る意図は…」
「構わん。貴公はあくまでも冒険者だと言いたいのだろう?むしろダンガ勲章をひけらかさなかった殊勝さは褒めてやる」
許されたか。
どうもこのオーギュストという老人は、昔ながらの厳格な貴族そのものと言った感じだが、頭の固い融通の利かない老人というわけではなさそうだ。
「ちょっとアンディ!あんたダンガ勲章持ちだったの!?なんで黙ってたのよ!」
すっかり意識の外に置いていたバネッサが、金切り声でそう凄んできたのは、やはりダンガ勲章に関してのことだった。
オーギュストの前だというのにこの態度は、それほどショッキングだったというわけか。
「なんでって、聞かれませんでしたから」
「いやそりゃ聞かなかったけど、普通言うでしょ!?あんたダンガ勲章ってどんなのか分かってんの!?持ってるだけで貴族相当の地位を保証されてるのよ!」
「知ってますよ。というか、それならバネッサさんはダンガ勲章持ちの俺にそういう態度で接していいんですかね?」
「あ?……あ」
先程からバネッサの俺に対する口の利き方は貴族に対してのものとしては問題がある。
そのことを指摘すると、顔を一瞬にして青褪めさせてしまった。
ちょっと意地悪を言ったか。
「まぁ俺は別に気にしませんけど」
「え、あ、そ、そう?ならいいじゃない!」
露骨に安堵するバネッサだが、まるで少女のようにコロコロと変わる表情は可愛らしさがある。
意外とイジりやすい人なのかもしれない。
「そろそろよいかな?」
「は、これは失礼いたしました。それで、私に御用とのことですが、一体どういったものでしょうか」
放置していた形になったオーギュストの言葉に、厨房の空気は再びピンとしたものに変わる。
ただ、どこかイラついた感情が見えていたオーギュストも、俺とバネッサのやりとりで落ち着きを取り戻したのか、その態度には幾分柔らかさが感じられた。
「貴公にというか、用があるのは料理の方にでな。退屈なパーティの場で料理をつまむことだけが楽しみだったのだが、そのなかであの昆布締めとやらに手を出してみると、これがまたは実にうまい。一体どのような料理人が作ったのか気になってここまでやってきたのだが、聞けばあれの作り方を教えたのは貴公だそうだな」
おや、あれを食べたのか。
見た目から敬遠する人がほとんどだと思っていたのだが、こうしてここにやってくるまで気に入ってくれた人もいたようだ。
「ええ、確かにあの料理の作り方は私が教えました」
「うむ。それであの料理がどのようにすればわしの領でも食べられるかを考えてな、こうして作り方を聞きに来たのだが、考案者に断りを入れずには教えられないと言われたのだ」
「それで私がアンディを呼んだってわけ。で、どうなの?ランダー侯爵に教えてもいいのかしら?」
なるほど、それで先程見たあのやり合いがあったわけか。
材料以外は特別複雑でもないのに、わざわざ俺の許可を待つあたり、バネッサも義理堅い。
「教えるのは構いませんが、昆布の方はどうするんですか?あれがないと昆布締めは作れませんけど」
「あら、昆布はもうじきマルステル男爵領で売りに出されるんでしょ?それぐらいはランダー侯爵なら手に入れられるわよ。ではランダー侯爵、早速作り方を説明させていただきます」
「頼む」
そう言って昆布締めの作り方を説明していくバネッサだが、意外だったのはオーギュスト自身がそれをメモにまとめていることだ。
てっきり誰かに覚えさせるものとばかり思っていたのだが、まさか自ら覚えていこうとは、とても侯爵の地位にいる人間のすることとは思えなかった。
そんな思いを他の料理人に話すと、衝撃の事実が明かされる。
なんでもこのランダー侯爵というのは、国内外に食通として名が知られており、美味いものを求めてしょっちゅう国中に手の者を走り回らせているほどだという。
好きが高じて自分でも料理をするほどで、その腕前もかなりのものらしい。
誰が言いだしたか、ランダー侯爵を指して『美食候』という名前も有名なのだとか。
作り方を覚えたら自分で作って楽しもうというオーギュストの意欲が、今のあの光景を作り出していた。
時折俺も説明を求められながら、昆布締め料理の作り方を教えることしばし。
メモにもしっかりと残して、オーギュストへの昆布締め料理の伝授が終わった。
「…ふむ、作り方自体は複雑ではないが…この昆布とやらがないことには如何ともしがたいな」
「昆布はマルステル男爵領の特産品でして、遠くない内に物流には乗ると思いますが、それまではマルステル男爵から融通してもらうのがよろしいかと」
書きあがったメモを見直しながら、悩まし気な顔をして呟くオーギュストに俺がそう応える。
俺が知る限り、昆布はまだ世の中に大々的には出回っていないため、オーギュストが昆布を求めるならアイリーンに頼むのが一番手っ取り早い。
アイリーンが昆布を貴族連中にアピールしているが、その一環としてオーギュストにも回すぐらいは大した手間でもないだろう。
「であるか…。しかし、わしはマルステル男爵との縁が薄いゆえにな、どう切り出したものか」
「その点はご安心ください。昆布に関しましてはマルステル男爵閣下が貴族の方々に向けて宣伝中でありますので、すぐに―」
腕を組んで悩みだしたオーギュストに安心を提供しようとした時、厨房の外から何者かが立てるドタドタとした音が聞こえてきた。
明らかに只事ではない勢いと、それなりの人数がいると断定できるその足音に嫌な予感を覚える。
まさか無いはず、という思い込みを捨てて、今この場所にただならぬ事態を持ち込む人間が接近していると判断し、すぐにオーギュストとバネッサ達料理人に対して指示を飛ばす。
「…急なことと思われるでしょうが、今は何も言わず、皆さんはそちらの隅の方へと身を潜めてください」
「は?ちょっと何?急に」
「いいから、早く!」
「あ、ちょっ―」
俺の言葉に真っ先に反応したのはバネッサで、それはこの厨房が彼女の領域だという自負がそうさせたのだろう。
急に隠れろと言われて素直に従うなど、普通ならまずありえないことではあるが、今はとにかく最悪を避けるためにも、反論を無視してバネッサ達を厨房の隅に押しやる。
すると次の瞬間、明らかにソーマルガ号の乗組員ではない恰好をした男達が五人、厨房内へと駆け込んできた。
しかもその全員が完全に武装しており、抜き身の剣をそのままにして佇む姿は、とても穏やかな用事でやってきたとは思えない。
「おらぁ!全員動くな!まず酒だ!」
「それと食いもん……おい、誰もいねぇぞ」
「いや待て、あそこに一人いる。お前!ちょっとこっちに来な」
大声をあげて要求してきたのは、まるで山賊かのような内容だ。
しかし、料理人達は既に物陰へ身を潜めており、予想とは異なる閑散とした光景に一瞬呆気にとられたようだったが、すぐに俺の存在に気付くと脅すような口調で呼びつける。
粗暴な話し方で、身に着けている装備も荒事に備えたもの。
加えて、むきだしの剣にはまだ新しい血液が付着しており、それを使って何をしてきたのかは考えるまでもない。
どうやら船内では何か事件が起きているようだが、肝心の目の前の連中の正体や目的と言ったものが全く分からない以上、まずは情報収集から始めなくては。
差し当たって、丁度容疑者である男達が目の前にいることだし、こいつらから引き出せるだけの情報を手に入れよう。
「わ、分かった、今からそっちに行く!だから、危害は加えないでくれ」
恐怖に怯える一般市民という演技を心掛け、向こうに警戒心を抱かせないように卑屈な態度を全身で醸しだしながら近づいていく。
すると向こうもそんな俺を見て、明らかに剣を握る手から力が抜けていた。
これでいきなり斬られるということは無くなったし、こちらを侮っているならそれを逆手にとって情報を吐かせることが出来るだろう。
「いいから早く来い。下手な抵抗さえしなきゃなんもしねーよ。なあ?」
「そうそう。なんたって俺達ゃいい奴らだからな。ぎひひひひ」
到底いい人が上げるとは思えない下卑た笑い方をする男達の前へとやってきた俺は、まずは向こうの出方を見る。
「お?なんだ、お前料理人じゃねーのか。その服、パーティの参加者だろ。なんでこんなとこにいんだ?」
「その、厨房の方にちょっと用がありまして…。知り合いもこちらにいたもので」
俺の格好を見て、料理人ではないと判断したのか、訝しそうな顔を浮かべる男達にそれっぽい理由をオドオドと説明する。
仕立てのいい服を着た人間が厨房にいるのはさぞかし違和感を覚えることだと思うが、こればかりはタイミングが悪かった。
なんせ俺が呼び出されたのはパーティの真っ最中だったのだから。
「ふーん…まぁいい。それで、料理人連中はどこにいった?なんでお前しかいない?」
「隠れてんのか?おい!今すぐ出て来なきゃぶっ殺すぞ!」
「おい待てって。まだ殺すなよ。酒と食いもんが先だ」
姿の見えない料理人達がどこかにいると思い込んだのか、そこらに響く大声で凄む者と、それを宥める者とがいるのだが、そのどちらも穏便に済ますような態度には見えない。
というか、あの言いようじゃ酒と食い物さえ確保したら料理人は殺すだろう。
「先程何かの用事で一斉に出ていきました。私は彼らが戻ってくるのを待っていましたもので。…あの、皆さんはこちらにはどのような御用が?それにその、手に持っている剣についているのはもしかして…」
「あぁ、こいつか。本物の血さ。ここに来る途中、俺達の邪魔してきたやつがいたからよ、ちょっと剣で撫でてやったんだよ」
「ひぃっ」
切先を俺の目の前の高さまで上げて、ヌラリとした血を見せつけてきた。
本物の血なんて初めて見てビビってますといった感じを、足がすくんだようにのけぞることで表してみたが、果たして俺はちゃんと演じられているだろうか?
正直、今更こんなのを見て騒ぐような初心さは持ち合わせていないが、相手にそれを悟られるわけにはいかない。
「へへ、こいつビビってら。そう怖がるなって。何もしねぇよ…今は」
「おい、んなことより酒だって。…ちぇ、頭達はいいよなぁ。会場にはいい酒も美味い食い物も揃ってんだろ?俺もあっちに行きてぇよ」
「そうかぁ?あっちにいたってどうせ人質のお守りだろ。俺は貴族なんざと同じ空気は吸いたくねーな」
ベラベラとまぁよく喋ってくれるもんだ。
しかしこれでこの男達以外にも、武装した人間が船内に入り込んでいて、しかもパーティ会場となっている広間の方も、招待客を人質として抑えられているということも分かった。
加えて、こいつらのリーダーである人間も広間にいるようだ。
パーティ会場は勿論のこと、ソーマルガ号自体も警備が厳重なはずなのだが、こうやって目の前にいるこいつらのような危険な人間が入り込んでいるというのは随分とまずい事態だ。
海に浮かぶ船で、尚且つ機密の詰まったソーマルガ号を警備する人間の目を欺いたというよりも、警備の人間を殺してここまで推し通ったと考える方がしっくりくる以上、男達は殺しも厭わない手練れと考えた方がいいだろう。
「なるほど、ではそちらの目的は一体なんですか?誰かパーティ客に恨みでもあるとか?」
今ソーマルガ号でのパーティに参加しているのは、俺とパーラを除けば貴族ばかりだ。
多かれ少なかれ人から恨みを買いやすいのが貴族というもので、人質の誰かへの怨恨でこういうことをしでかしたというのなら、事態は一刻を争う。
「いや、俺達はここにある飛空艇を奪いに…ってなんでてめぇにそんなこと教えなきゃならねぇんだよ」
「おい、なんかこいつ急に雰囲気変わってねぇか?」
「ああ、恐怖で頭が一周したのかもな。ちっとばかしビビらせ過ぎたか」
おっと、演技を忘れて急に踏み込み過ぎたな。
でもまぁ、目的は分かった。
やはりというかなんというか、飛空艇を狙ってくる奴らだったか。
運用するにしろどこかへ売り払うにしろ、飛空艇というのは価値が非常に高いものだ。
恐らくこういう手合いは今までもいたはずだが、飛空艇を奪われたという話は聞いたことが無いので、上手くいった試しはないのだろう。
「…ま、こんなところでいいか。あんたら、随分とあくどい人間のようだな。おまけに他に仲間もいるんじゃゆっくりともしてられん。悪いが、さっさと片付けさせてもらうぞ」
これ以上こいつらから引き出せる情報はないと判断し、演技をする必要もなくなった。
ここから先は手早く制圧することだけを考えよう。
「へっ、どうやらそっちが本性みてぇだな」
「けど、自分の置かれてる立場は分かってねぇぜ?こっちは五人だ。武器もねーし、なんにも出来ねーって。あ~ぁ、生意気な口隠しときゃもうちょっとは生きてられたのによ」
態度も口調も変わったことで、向こうもこちらを警戒する姿勢を見せてきた。
ただ、まだ俺が貴族だと思い込んでいるようで、自分達の優位はまだ揺るがないと信じているらしい。
生憎、既にこいつらは全員が俺の射程距離内にいる。
つまり、お前らはもう、詰んでいる。
「それはそれは、お気遣いいただいたようで。けど、武器ならほら、ここに」
「あ?」
こちらに向けて切先を向けてきた男達に、こちらは余裕綽々に武器を見せびらかす。
武器と言っても、剣や銃などではない。
俺は魔術師だ。
近くの甕に溜められていた水を操り、体の周りへと蛇のように纏わりつかせると、その一部を鞭のように動かして見せる。
「こ、こいつ!魔術師だ!」
「クソが!固まるな!散らばれ!」
すぐにこちらを魔術師だと気付いた誰かの言葉で、狭い厨房内で精一杯に間隔を広げようと動き出した。
流石、こんなところを襲撃するだけあって切り替えが早い。
おまけに魔術師相手の戦い方も心得ている。
警戒と恐れが半々に混じった厳しい顔をする男達だが、その数の有利をまだ頼みとしているようだ。
おまけに彼我の距離は詠唱の間に剣で切りかかれるほどであり、まだ男達は十分勝ちの目が見込めている。
ただし、それは普通の魔術師の場合だ。
並の魔術師なら詠唱の間に切りかかればいいだろうが、生憎俺は魔術の発動速度にはそれなりの自信がある。
男達は、俺が詠唱無しで水を操ったことを気にしていないようだが、それこそを最も警戒するべきだった。
「合図で一斉に―」
飛び掛かれ、とでも言おうとしたのか。
だが最後まで言い切らせずに、俺は一番近くにいた男に飛び掛かった。
てっきり魔術が飛んでくるとばかり思いこんでいたのだろう。
いきな距離を詰めてきた俺に、驚愕の表情を浮かべて硬直させていたその体に、水を圧縮させて高速回転させる、あの螺旋玉を叩きこんだ。
「ごふぅっっ!」
ボン、という人体と水が接触しただけでは到底出せないはずの重低音を響かせ、螺旋玉を食らった男は、そのまま厨房の壁へと叩きつけられた。
相変わらずとてつもない衝撃力を誇る技だ。
手応えからして肋骨の3・4本は折ったので、確実に意識は失っているし、下手をすれば内臓に骨が刺さって死ぬかもしれない。
「野ろ―」
一瞬のうちに仲間がやられたことで、危機感と激昂を覚えた他の男達は、一斉に俺へと切りかかろうとする。
だが如何せん、男達の動きは一拍遅かった。
次に俺はすぐ近くにあったフライパンを掴み、剣を振り上げたばかりの男に向けて放り投げると、眼前に迫るフライパンに気を取られ、剣で撃ち落とそうとしたその隙を突いて、電撃魔術を発動させる。
「目ぎャン!」
「眩しあばばばばっ」
俺を支点にして放射状に放った電撃は、まず閃光で視界を奪い、そして次に襲い掛かる高威力の電撃によって、残る男達を一発で昏倒させることに成功した。
「……よし。もういいですよ。出てきても大丈夫です」
若干焦げた匂いが漂う厨房で、男達が起き上がってこないことを確認した俺は、隠れているバネッサ達に向けて言葉をかける。
すると若干何かを言い合うようにする気配があった後、バネッサを先頭にゾロゾロと俺の下へと全員が集まってきた。
「終わったの?うわ…なにこれ。もしかして死んでる?」
内心恐る恐るといった思いを隠しきれていないバネッサが、厨房の床に転がる男達を見て、少し引いたような口調で尋ねてきた。
「さて、一応原型は留めてますが、手加減はしないで魔術を打ちましたからね。もしかしたら何人かは死んだかもしれません」
俺はしれっとそう言い放つが、こいつらは確実に何人かは人を斬ってここに来ている。
怪我だけで済まさず、殺人も犯した人間に、手加減をする義理はない。
螺旋玉は体を破壊する勢いで使ったし、電撃も生命の保証を無視して確実に気絶させることを優先して放ったので、感電のショックで心臓が止まっている可能性もないわけではない。
「えー…?ちょっと勘弁して。ここ厨房よ?料理作るところで人が死んだりしたら、掃除も大変なんだから」
「…ふむ、見たところ三人ほど死にかけてはいるが、後は気絶しているだけだな」
倒れている男達の様子を観察していたオーギュストの言葉を聞き、露骨に安堵するバネッサ。
自分の管轄する厨房で人が死ぬことの方が面倒だというのを隠さないバネッサのその態度は、いっそ清々しい。
まぁこの世界の倫理観では、悪党に対しての態度としては一般的ではあるが。
とにかく、危機は去ったということで、この場所の片付けをバネッサ達に任せることにした。
倒れている男達の内、意識を取り戻したら暴れそうな程度に無事な人間は縛りあげ、残りの死にかけの奴は部屋の隅に放り投げるという乱暴な片付けだが、自分達の領域を侵された料理人達の怒りも理解できるので特に口出しはしない。
「それにしても、まさかこの船にこんな連中が潜り込んでいたとはな。警備の連中は何をやっとるんだ?」
片付けの様子を眺めていた俺の横に、オーギュストがやってきて話しかけてきた。
どうやらたった今の襲撃に思う所があるようで、手の空いている俺を話し相手に選んだようだ。
「恐らく、その警備の人間を殺してここまでやってきたのでしょう。武器に着いている血は新しいものでしたから」
「ぬぅ…しかし未だ騒ぎになっとらんのは何故だ?」
「死体を隠蔽処理してきたのか、あるいは他の所で騒ぎが起きてそれどころではないか。私の予想では後者と見ています」
「ほう、その理由は?」
「先程、賊連中から多少の情報を引き出しましたところ、パーティ会場に人質を取っているという旨の話が聞けました。こいつらは酒を求めてここに来ただけの下っ端で、本隊はあっちの方にいるのでしょう」
「なんだと!?まずい、会場には陛下もおられる。人質に取られるだけでも一大事だというのに、お怪我でもされたらっ!」
そう、現状は非常にまずい事態だ。
連中の狙いが飛空艇だというのなら、グバトリアが人質となっている今なら、その身柄と交換で簡単に手に入れることが出来る。
よしんば手に入れたところで飛空艇を操縦できるかどうかは分からないが、それでも目当てのものと逃走の手段が同じである以上、飛空艇を渡してしまうのもダメだし、人質に被害を出すのも当然あってはならない。
「…閣下、私はこの船に詰めている騎士の質については全く知らないのですが、仮に騎士達が陛下の救出に乗り出したとして、成功する目はどれほどありましょうか?」
国王が人質となっているのだ。
騎士が指を咥えて見ているだけとは思えず、きっと今も解決に向けて動いているに違いない。
この場では一番地位の高いオーギュストなら、騎士達がどれだけやれるのかを知っているかもしれないので、成功確率を尋ねてみる。
パーティ会場にはアイリーンとパーラもいるのだ。
あの二人なら多少の人数差があっても魔術で切り抜けられると思うが、他に人質を抱えている状態では下手な行動は起こせないはずだ。
二人の身の安全を考えると、早急に解決してほしいところである。
「難しいな。何せ、この手の事件はそうそうあるものではない。ソーマルガ号にいる騎士達もほとんどが若手ばかりだと聞く。これが若い騎士にとっては経験のない事態だけに、解決までの道のりを見出せる者がどれほどいることか…」
眉間に皺を寄せて険しい顔をするオーギュストだが、俺の方も同様に顔の強張りを覚える。
ここの騎士が人質救出のノウハウは皆無とは思わないが、それでも人質の数も数だし、捕らえられている場所も相当に悪い。
広間には窓もないし、出入りできる扉も少ない。
簡単に封鎖出来る場所だけに、突入は慎重に行う必要がある。
オーギュストの言葉の通りだとすれば、経験の足りていない騎士達に解決を委ねるのは酷かもしれない。
となると、仕方ないな。
ここは俺が一肌脱ぐしかないか。
幸い、こっちの世界での立て籠もり事件の解決という点なら実績はあるのだ。
何とか人質を怪我無く助けるよう努力し、最悪でも死人を最小限に抑えるように心掛けるとしよう。
「はい。もちろん一度に飛行可能な時間という意味で制限はありますが、動力を休ませれば再び飛べるようになるため、操縦者が活動している限り、飛空艇は移動を続けられることでしょう」
先程までどこか嗜好品としての飛空艇に対しての質問をしていた者達は、今はグバトリアの方へ流れており、俺の周りは国元で軍事に携わっている者ばかりが残っている。
そのせいか、質問内容は徐々に軍事目的へとシフトし始めた。
「ほう、馬や騎竜と違って餌を用意しなくていいのは羨ましいな。それで、飛空艇というのは一隻でどれほどの物資を運べるのだ?」
「荷物という点では、中型のものであれば荷馬車二台分は余裕で積めるでしょう。積み方を工夫して三台分、無理をすれば四台分ほどはいけるかと」
「ふぅむ、それほどとは…」
予想外に多い飛空艇の積載量に、俺の話に耳を傾けていた人達の顔色は一瞬で変わる。
地形を無視し、高速で物資を送り届けるというのは兵站としては破格だ。
しかも飛空艇は一隻ではない。
何隻もの輸送船が空を飛んで物資を運ぶというのは、たとえ軍事に疎い人間でもその有用性を理解できるだろう。
「気になったのだが、飛空艇の操縦者は一体どれほどの期間で育つのだろうか?」
中々難しい質問だ。
パイロット教育に関しては、俺は全くのノータッチなので答えにくい。
ラジコンのヘリや飛行機でも操縦した経験があれば、比較的短い期間に育つだろうが、この世界にはそんな人間はまずいないし、どれほどかかるのかは分からないとしか言えない
「アンディ様、その質問は機密に抵触する恐れがありますので…」
「あ、そうですか」
何と答えようかと迷っていると、傍に控えていた文官の男性が俺に耳打ちをしてきた。
この男性は飛空艇に関する機密を俺がうっかり喋らないようにとグバトリアが付けてくれた者で、ここまで何度かこういう風に言ってはいけないことにはストップをかけてくれている。
話せることと話せないことを正確に把握していない俺に、説明役を押し付けたグバトリアの適当さが改めてよく分かった。
飛空艇を動かすのに欠かせないパイロットの育成に関しては、やはりそれなりに機密が絡んでいるようで、こういう場では明かせないようだ。
そのことを周りに伝えると、残念そうにはしていたが納得はして引いてくれた。
「しかし知れば知るほど、飛空艇というのはどこまでも有用な乗り物だと分かるな。遺跡から発掘されるそうだが、我が国でも見つかるだろうか?」
「さあ、それはばかりは何とも。ただ、古代文明では飛空艇は数多く飛んでいたようなので、根気よく探せばあるいは、といったところでしょうか」
既にグバトリアが飛空艇を他国へと渡さないと明言している以上、自分達が手にするには発掘するしかないと考えるのは当然で、むしろ『殺してでも奪い取る』という発想に至らないあたりに、ソーマルガとの国力の差がうかがい知れる。
そんな彼らに対して、俺は頑張ってねとしか言う他はない。
現在見つかっている古代文明の遺跡で、飛空艇が発掘されたのはソーマルガの84号遺跡が初なのだ。
他の国にも同じようなのがないとは言わないが、そうそう簡単に見つかるとは思えない。
せめて俺のように、そういった飛空艇の保管場所なんかの情報を手に入れることが出来たら話は違うが、それも運が絡んでくるので難しいだろう。
なので、頑張れとしか贈る言葉がないのも理解してほしい。
「ご歓談中失礼いたします。アンディ様、火急の用向きで参った者が取次ぎを希望しておりますが、いかがいたしましょうか?」
正にそのご歓談中だった俺の下に、使用人の一人が近付いてきてそんなことを口にした。
その使用人の目には困惑の色が見て取れ、何か俺が行かなければ収まらない事態が発生したのかと訝しむ。
「俺に?急ぎの用とは、どんなものか聞いてますか?」
「いえ、そこまでは。ですが、この度のパーティに関わる重要なことだとだけ聞いております」
「…わかりました。その方はどちらに?」
「現在は広間の外で待っています」
何故外?
中に入ってこない理由があるのか、いや、もしかしたら身分が足りないのか。
まぁ行ってみればわかることだな。
その場にいた人達に断りを入れ、使用人に案内されて広間を出ると、扉の脇で待っていたのは昨日厨房で見た料理人達の一人だった。
「お、来たか。すまんな、急に呼び立てて」
俺の姿を見て、明らかに表情を明るくした男に迎えられ、使用人に礼を言って男の前へと行くと、早速用件を切り出す。
「それは別にいいんですが、用件は何ですか?なんでも重要なことだと聞いてますが」
「ああ、それがな、今パーティで出してる料理あるだろ?あれに関することでちょっと問題が起きてな」
「問題…まさか、食中毒ですか?」
料理人が問題などと口にすれば、食中毒をイメージするのは当然のことだ。
何せ、この世界では衛生観念が少々緩い傾向にあるからな。
「んなわけあるか!俺達がそんなへまするかよ!」
いや、食中毒は起きる時はあっさりと起きるのだが、心外だと息を荒らげて言う男の様子からはそっちの問題ではなさそうだ。
「今パーティに出してる昆布締めのことだ」
「あぁ、あれですか。中々よく出来てましたね。ちゃんと昆布の味が染みてましたし」
「そりゃあよかった。いやぁ俺達も自信はあったんだが、お前に試食させる暇がなかったからな。あれで完成なのか不安だったんだよ―ってそうじゃない。…いや、とにかく一緒に厨房まで来てくれ。詳しい話はそこで話す」
「はあ。まぁいいですけど」
丁度パーティでの質問漬けにも飽きていたところだし、気分転換というわけではないが、その問題とやらに少し首を突っ込んでみるとしよう。
何より、昆布締めが関わっているということは、俺もまったくの部外者ではないしな。
厨房へとやってくると、そこにあった光景は予想外ではあるが予想の範疇でもあるものだった。
「ですから、あれは私が考えた料理ではないんです。教えろと言われても、考案者の許可を得ないことには…」
「ではその考案者とやらにわしが直接話をつける!どこの何者だ!」
調理台を挟んで、バネッサと身形のいい老人が何やら言い合っており、あの様子だと老人の方が一方的にバネッサへと何かを尋ねているようだ。
恐らく老人のほうはパーティの参加者で、料理に関することで厨房に乗り込んできて、バネッサが対応しているとかなのだろう。
正直、かなり中の空気は悪いもので、ここに今から割って入るのは気が滅入る。
「どうか落ち着いて。今呼びに行かせて―」
「失礼します!料理長、アンディを連れてきました!」
「遅い!まったく…失礼、件の者が参りました。あそこにいるのが昆布締めという料理法を私達に伝授した者です。アンディ、こっちに」
内心ではかなりイライラしていたようで、一瞬鬼の形相に変わったバネッサに手招きされ、老人とバネッサの間に立たされた。
今バネッサが口走った言葉から、何故俺ば呼ばれたかは大体分かったが、目の前にいる老人が一体何者なのかはまだはっきりしない。
ややぽっちゃりした体形だが、厳めしい顔つきにはそれなりの身分を思わせる威厳がある。
先程までバネッサに向いていた鋭い視線が、今度は俺の方に向けられており、どう反応したらいいのか困っていると、おもむろに老人が口を開いた。
「まずはわしから名乗るとしよう。オーギュスト・ビス・ランダー侯爵である。ソーマルガ皇国第12戦術機動軍の軍団長を務めておる者だ」
侯爵とはこれまた大物だ。
いや、俺は国王や宰相、公爵なんかとは仲がいいのでそれらと比べると一段下がるが、それでも貴族という立場では公爵に次ぐ地位ということになる。
つまり、上から数えた方が早いぐらいには偉い人だ。
しかも一軍の長ということは、爵位以外にも軍での発言権も持ち合わせた、ソーマルガで怒らせてはいけない人間のトップ10に入ると見た。
まぁ軍人というには少々体型にだらしなさが見られるが、年齢的にも軍団の先頭に立って動き回るということはもうしないのだろう。
「侯爵閣下であらせられましたか。大変ご無礼仕りました。私はアンディと申しまして、しがない冒険者にございます」
「待て。貴様、どこかで…そうか、先年ダンガ勲章を得た者だな?その顔、受勲の時に見た覚えがある。…くっくっくっく、しがない冒険者とはまた吹いたものだな」
意外、ということでもないか。
ダンガ勲章の授与の際には、丁度上位貴族達が集まっていたタイミングで行われていたし、侯爵クラスならあの場に居合わせてもおかしくはない。
しかし参ったな。
てっきり俺なんかのことは覚えている貴族はいないだろうと思っていたのに、こうもしっかりと覚えられていたとは。
ただの冒険者として名乗ったのはまずかったかもしれない。
「…重ねてご無礼をお詫びいたします。決して身分を偽る意図は…」
「構わん。貴公はあくまでも冒険者だと言いたいのだろう?むしろダンガ勲章をひけらかさなかった殊勝さは褒めてやる」
許されたか。
どうもこのオーギュストという老人は、昔ながらの厳格な貴族そのものと言った感じだが、頭の固い融通の利かない老人というわけではなさそうだ。
「ちょっとアンディ!あんたダンガ勲章持ちだったの!?なんで黙ってたのよ!」
すっかり意識の外に置いていたバネッサが、金切り声でそう凄んできたのは、やはりダンガ勲章に関してのことだった。
オーギュストの前だというのにこの態度は、それほどショッキングだったというわけか。
「なんでって、聞かれませんでしたから」
「いやそりゃ聞かなかったけど、普通言うでしょ!?あんたダンガ勲章ってどんなのか分かってんの!?持ってるだけで貴族相当の地位を保証されてるのよ!」
「知ってますよ。というか、それならバネッサさんはダンガ勲章持ちの俺にそういう態度で接していいんですかね?」
「あ?……あ」
先程からバネッサの俺に対する口の利き方は貴族に対してのものとしては問題がある。
そのことを指摘すると、顔を一瞬にして青褪めさせてしまった。
ちょっと意地悪を言ったか。
「まぁ俺は別に気にしませんけど」
「え、あ、そ、そう?ならいいじゃない!」
露骨に安堵するバネッサだが、まるで少女のようにコロコロと変わる表情は可愛らしさがある。
意外とイジりやすい人なのかもしれない。
「そろそろよいかな?」
「は、これは失礼いたしました。それで、私に御用とのことですが、一体どういったものでしょうか」
放置していた形になったオーギュストの言葉に、厨房の空気は再びピンとしたものに変わる。
ただ、どこかイラついた感情が見えていたオーギュストも、俺とバネッサのやりとりで落ち着きを取り戻したのか、その態度には幾分柔らかさが感じられた。
「貴公にというか、用があるのは料理の方にでな。退屈なパーティの場で料理をつまむことだけが楽しみだったのだが、そのなかであの昆布締めとやらに手を出してみると、これがまたは実にうまい。一体どのような料理人が作ったのか気になってここまでやってきたのだが、聞けばあれの作り方を教えたのは貴公だそうだな」
おや、あれを食べたのか。
見た目から敬遠する人がほとんどだと思っていたのだが、こうしてここにやってくるまで気に入ってくれた人もいたようだ。
「ええ、確かにあの料理の作り方は私が教えました」
「うむ。それであの料理がどのようにすればわしの領でも食べられるかを考えてな、こうして作り方を聞きに来たのだが、考案者に断りを入れずには教えられないと言われたのだ」
「それで私がアンディを呼んだってわけ。で、どうなの?ランダー侯爵に教えてもいいのかしら?」
なるほど、それで先程見たあのやり合いがあったわけか。
材料以外は特別複雑でもないのに、わざわざ俺の許可を待つあたり、バネッサも義理堅い。
「教えるのは構いませんが、昆布の方はどうするんですか?あれがないと昆布締めは作れませんけど」
「あら、昆布はもうじきマルステル男爵領で売りに出されるんでしょ?それぐらいはランダー侯爵なら手に入れられるわよ。ではランダー侯爵、早速作り方を説明させていただきます」
「頼む」
そう言って昆布締めの作り方を説明していくバネッサだが、意外だったのはオーギュスト自身がそれをメモにまとめていることだ。
てっきり誰かに覚えさせるものとばかり思っていたのだが、まさか自ら覚えていこうとは、とても侯爵の地位にいる人間のすることとは思えなかった。
そんな思いを他の料理人に話すと、衝撃の事実が明かされる。
なんでもこのランダー侯爵というのは、国内外に食通として名が知られており、美味いものを求めてしょっちゅう国中に手の者を走り回らせているほどだという。
好きが高じて自分でも料理をするほどで、その腕前もかなりのものらしい。
誰が言いだしたか、ランダー侯爵を指して『美食候』という名前も有名なのだとか。
作り方を覚えたら自分で作って楽しもうというオーギュストの意欲が、今のあの光景を作り出していた。
時折俺も説明を求められながら、昆布締め料理の作り方を教えることしばし。
メモにもしっかりと残して、オーギュストへの昆布締め料理の伝授が終わった。
「…ふむ、作り方自体は複雑ではないが…この昆布とやらがないことには如何ともしがたいな」
「昆布はマルステル男爵領の特産品でして、遠くない内に物流には乗ると思いますが、それまではマルステル男爵から融通してもらうのがよろしいかと」
書きあがったメモを見直しながら、悩まし気な顔をして呟くオーギュストに俺がそう応える。
俺が知る限り、昆布はまだ世の中に大々的には出回っていないため、オーギュストが昆布を求めるならアイリーンに頼むのが一番手っ取り早い。
アイリーンが昆布を貴族連中にアピールしているが、その一環としてオーギュストにも回すぐらいは大した手間でもないだろう。
「であるか…。しかし、わしはマルステル男爵との縁が薄いゆえにな、どう切り出したものか」
「その点はご安心ください。昆布に関しましてはマルステル男爵閣下が貴族の方々に向けて宣伝中でありますので、すぐに―」
腕を組んで悩みだしたオーギュストに安心を提供しようとした時、厨房の外から何者かが立てるドタドタとした音が聞こえてきた。
明らかに只事ではない勢いと、それなりの人数がいると断定できるその足音に嫌な予感を覚える。
まさか無いはず、という思い込みを捨てて、今この場所にただならぬ事態を持ち込む人間が接近していると判断し、すぐにオーギュストとバネッサ達料理人に対して指示を飛ばす。
「…急なことと思われるでしょうが、今は何も言わず、皆さんはそちらの隅の方へと身を潜めてください」
「は?ちょっと何?急に」
「いいから、早く!」
「あ、ちょっ―」
俺の言葉に真っ先に反応したのはバネッサで、それはこの厨房が彼女の領域だという自負がそうさせたのだろう。
急に隠れろと言われて素直に従うなど、普通ならまずありえないことではあるが、今はとにかく最悪を避けるためにも、反論を無視してバネッサ達を厨房の隅に押しやる。
すると次の瞬間、明らかにソーマルガ号の乗組員ではない恰好をした男達が五人、厨房内へと駆け込んできた。
しかもその全員が完全に武装しており、抜き身の剣をそのままにして佇む姿は、とても穏やかな用事でやってきたとは思えない。
「おらぁ!全員動くな!まず酒だ!」
「それと食いもん……おい、誰もいねぇぞ」
「いや待て、あそこに一人いる。お前!ちょっとこっちに来な」
大声をあげて要求してきたのは、まるで山賊かのような内容だ。
しかし、料理人達は既に物陰へ身を潜めており、予想とは異なる閑散とした光景に一瞬呆気にとられたようだったが、すぐに俺の存在に気付くと脅すような口調で呼びつける。
粗暴な話し方で、身に着けている装備も荒事に備えたもの。
加えて、むきだしの剣にはまだ新しい血液が付着しており、それを使って何をしてきたのかは考えるまでもない。
どうやら船内では何か事件が起きているようだが、肝心の目の前の連中の正体や目的と言ったものが全く分からない以上、まずは情報収集から始めなくては。
差し当たって、丁度容疑者である男達が目の前にいることだし、こいつらから引き出せるだけの情報を手に入れよう。
「わ、分かった、今からそっちに行く!だから、危害は加えないでくれ」
恐怖に怯える一般市民という演技を心掛け、向こうに警戒心を抱かせないように卑屈な態度を全身で醸しだしながら近づいていく。
すると向こうもそんな俺を見て、明らかに剣を握る手から力が抜けていた。
これでいきなり斬られるということは無くなったし、こちらを侮っているならそれを逆手にとって情報を吐かせることが出来るだろう。
「いいから早く来い。下手な抵抗さえしなきゃなんもしねーよ。なあ?」
「そうそう。なんたって俺達ゃいい奴らだからな。ぎひひひひ」
到底いい人が上げるとは思えない下卑た笑い方をする男達の前へとやってきた俺は、まずは向こうの出方を見る。
「お?なんだ、お前料理人じゃねーのか。その服、パーティの参加者だろ。なんでこんなとこにいんだ?」
「その、厨房の方にちょっと用がありまして…。知り合いもこちらにいたもので」
俺の格好を見て、料理人ではないと判断したのか、訝しそうな顔を浮かべる男達にそれっぽい理由をオドオドと説明する。
仕立てのいい服を着た人間が厨房にいるのはさぞかし違和感を覚えることだと思うが、こればかりはタイミングが悪かった。
なんせ俺が呼び出されたのはパーティの真っ最中だったのだから。
「ふーん…まぁいい。それで、料理人連中はどこにいった?なんでお前しかいない?」
「隠れてんのか?おい!今すぐ出て来なきゃぶっ殺すぞ!」
「おい待てって。まだ殺すなよ。酒と食いもんが先だ」
姿の見えない料理人達がどこかにいると思い込んだのか、そこらに響く大声で凄む者と、それを宥める者とがいるのだが、そのどちらも穏便に済ますような態度には見えない。
というか、あの言いようじゃ酒と食い物さえ確保したら料理人は殺すだろう。
「先程何かの用事で一斉に出ていきました。私は彼らが戻ってくるのを待っていましたもので。…あの、皆さんはこちらにはどのような御用が?それにその、手に持っている剣についているのはもしかして…」
「あぁ、こいつか。本物の血さ。ここに来る途中、俺達の邪魔してきたやつがいたからよ、ちょっと剣で撫でてやったんだよ」
「ひぃっ」
切先を俺の目の前の高さまで上げて、ヌラリとした血を見せつけてきた。
本物の血なんて初めて見てビビってますといった感じを、足がすくんだようにのけぞることで表してみたが、果たして俺はちゃんと演じられているだろうか?
正直、今更こんなのを見て騒ぐような初心さは持ち合わせていないが、相手にそれを悟られるわけにはいかない。
「へへ、こいつビビってら。そう怖がるなって。何もしねぇよ…今は」
「おい、んなことより酒だって。…ちぇ、頭達はいいよなぁ。会場にはいい酒も美味い食い物も揃ってんだろ?俺もあっちに行きてぇよ」
「そうかぁ?あっちにいたってどうせ人質のお守りだろ。俺は貴族なんざと同じ空気は吸いたくねーな」
ベラベラとまぁよく喋ってくれるもんだ。
しかしこれでこの男達以外にも、武装した人間が船内に入り込んでいて、しかもパーティ会場となっている広間の方も、招待客を人質として抑えられているということも分かった。
加えて、こいつらのリーダーである人間も広間にいるようだ。
パーティ会場は勿論のこと、ソーマルガ号自体も警備が厳重なはずなのだが、こうやって目の前にいるこいつらのような危険な人間が入り込んでいるというのは随分とまずい事態だ。
海に浮かぶ船で、尚且つ機密の詰まったソーマルガ号を警備する人間の目を欺いたというよりも、警備の人間を殺してここまで推し通ったと考える方がしっくりくる以上、男達は殺しも厭わない手練れと考えた方がいいだろう。
「なるほど、ではそちらの目的は一体なんですか?誰かパーティ客に恨みでもあるとか?」
今ソーマルガ号でのパーティに参加しているのは、俺とパーラを除けば貴族ばかりだ。
多かれ少なかれ人から恨みを買いやすいのが貴族というもので、人質の誰かへの怨恨でこういうことをしでかしたというのなら、事態は一刻を争う。
「いや、俺達はここにある飛空艇を奪いに…ってなんでてめぇにそんなこと教えなきゃならねぇんだよ」
「おい、なんかこいつ急に雰囲気変わってねぇか?」
「ああ、恐怖で頭が一周したのかもな。ちっとばかしビビらせ過ぎたか」
おっと、演技を忘れて急に踏み込み過ぎたな。
でもまぁ、目的は分かった。
やはりというかなんというか、飛空艇を狙ってくる奴らだったか。
運用するにしろどこかへ売り払うにしろ、飛空艇というのは価値が非常に高いものだ。
恐らくこういう手合いは今までもいたはずだが、飛空艇を奪われたという話は聞いたことが無いので、上手くいった試しはないのだろう。
「…ま、こんなところでいいか。あんたら、随分とあくどい人間のようだな。おまけに他に仲間もいるんじゃゆっくりともしてられん。悪いが、さっさと片付けさせてもらうぞ」
これ以上こいつらから引き出せる情報はないと判断し、演技をする必要もなくなった。
ここから先は手早く制圧することだけを考えよう。
「へっ、どうやらそっちが本性みてぇだな」
「けど、自分の置かれてる立場は分かってねぇぜ?こっちは五人だ。武器もねーし、なんにも出来ねーって。あ~ぁ、生意気な口隠しときゃもうちょっとは生きてられたのによ」
態度も口調も変わったことで、向こうもこちらを警戒する姿勢を見せてきた。
ただ、まだ俺が貴族だと思い込んでいるようで、自分達の優位はまだ揺るがないと信じているらしい。
生憎、既にこいつらは全員が俺の射程距離内にいる。
つまり、お前らはもう、詰んでいる。
「それはそれは、お気遣いいただいたようで。けど、武器ならほら、ここに」
「あ?」
こちらに向けて切先を向けてきた男達に、こちらは余裕綽々に武器を見せびらかす。
武器と言っても、剣や銃などではない。
俺は魔術師だ。
近くの甕に溜められていた水を操り、体の周りへと蛇のように纏わりつかせると、その一部を鞭のように動かして見せる。
「こ、こいつ!魔術師だ!」
「クソが!固まるな!散らばれ!」
すぐにこちらを魔術師だと気付いた誰かの言葉で、狭い厨房内で精一杯に間隔を広げようと動き出した。
流石、こんなところを襲撃するだけあって切り替えが早い。
おまけに魔術師相手の戦い方も心得ている。
警戒と恐れが半々に混じった厳しい顔をする男達だが、その数の有利をまだ頼みとしているようだ。
おまけに彼我の距離は詠唱の間に剣で切りかかれるほどであり、まだ男達は十分勝ちの目が見込めている。
ただし、それは普通の魔術師の場合だ。
並の魔術師なら詠唱の間に切りかかればいいだろうが、生憎俺は魔術の発動速度にはそれなりの自信がある。
男達は、俺が詠唱無しで水を操ったことを気にしていないようだが、それこそを最も警戒するべきだった。
「合図で一斉に―」
飛び掛かれ、とでも言おうとしたのか。
だが最後まで言い切らせずに、俺は一番近くにいた男に飛び掛かった。
てっきり魔術が飛んでくるとばかり思いこんでいたのだろう。
いきな距離を詰めてきた俺に、驚愕の表情を浮かべて硬直させていたその体に、水を圧縮させて高速回転させる、あの螺旋玉を叩きこんだ。
「ごふぅっっ!」
ボン、という人体と水が接触しただけでは到底出せないはずの重低音を響かせ、螺旋玉を食らった男は、そのまま厨房の壁へと叩きつけられた。
相変わらずとてつもない衝撃力を誇る技だ。
手応えからして肋骨の3・4本は折ったので、確実に意識は失っているし、下手をすれば内臓に骨が刺さって死ぬかもしれない。
「野ろ―」
一瞬のうちに仲間がやられたことで、危機感と激昂を覚えた他の男達は、一斉に俺へと切りかかろうとする。
だが如何せん、男達の動きは一拍遅かった。
次に俺はすぐ近くにあったフライパンを掴み、剣を振り上げたばかりの男に向けて放り投げると、眼前に迫るフライパンに気を取られ、剣で撃ち落とそうとしたその隙を突いて、電撃魔術を発動させる。
「目ぎャン!」
「眩しあばばばばっ」
俺を支点にして放射状に放った電撃は、まず閃光で視界を奪い、そして次に襲い掛かる高威力の電撃によって、残る男達を一発で昏倒させることに成功した。
「……よし。もういいですよ。出てきても大丈夫です」
若干焦げた匂いが漂う厨房で、男達が起き上がってこないことを確認した俺は、隠れているバネッサ達に向けて言葉をかける。
すると若干何かを言い合うようにする気配があった後、バネッサを先頭にゾロゾロと俺の下へと全員が集まってきた。
「終わったの?うわ…なにこれ。もしかして死んでる?」
内心恐る恐るといった思いを隠しきれていないバネッサが、厨房の床に転がる男達を見て、少し引いたような口調で尋ねてきた。
「さて、一応原型は留めてますが、手加減はしないで魔術を打ちましたからね。もしかしたら何人かは死んだかもしれません」
俺はしれっとそう言い放つが、こいつらは確実に何人かは人を斬ってここに来ている。
怪我だけで済まさず、殺人も犯した人間に、手加減をする義理はない。
螺旋玉は体を破壊する勢いで使ったし、電撃も生命の保証を無視して確実に気絶させることを優先して放ったので、感電のショックで心臓が止まっている可能性もないわけではない。
「えー…?ちょっと勘弁して。ここ厨房よ?料理作るところで人が死んだりしたら、掃除も大変なんだから」
「…ふむ、見たところ三人ほど死にかけてはいるが、後は気絶しているだけだな」
倒れている男達の様子を観察していたオーギュストの言葉を聞き、露骨に安堵するバネッサ。
自分の管轄する厨房で人が死ぬことの方が面倒だというのを隠さないバネッサのその態度は、いっそ清々しい。
まぁこの世界の倫理観では、悪党に対しての態度としては一般的ではあるが。
とにかく、危機は去ったということで、この場所の片付けをバネッサ達に任せることにした。
倒れている男達の内、意識を取り戻したら暴れそうな程度に無事な人間は縛りあげ、残りの死にかけの奴は部屋の隅に放り投げるという乱暴な片付けだが、自分達の領域を侵された料理人達の怒りも理解できるので特に口出しはしない。
「それにしても、まさかこの船にこんな連中が潜り込んでいたとはな。警備の連中は何をやっとるんだ?」
片付けの様子を眺めていた俺の横に、オーギュストがやってきて話しかけてきた。
どうやらたった今の襲撃に思う所があるようで、手の空いている俺を話し相手に選んだようだ。
「恐らく、その警備の人間を殺してここまでやってきたのでしょう。武器に着いている血は新しいものでしたから」
「ぬぅ…しかし未だ騒ぎになっとらんのは何故だ?」
「死体を隠蔽処理してきたのか、あるいは他の所で騒ぎが起きてそれどころではないか。私の予想では後者と見ています」
「ほう、その理由は?」
「先程、賊連中から多少の情報を引き出しましたところ、パーティ会場に人質を取っているという旨の話が聞けました。こいつらは酒を求めてここに来ただけの下っ端で、本隊はあっちの方にいるのでしょう」
「なんだと!?まずい、会場には陛下もおられる。人質に取られるだけでも一大事だというのに、お怪我でもされたらっ!」
そう、現状は非常にまずい事態だ。
連中の狙いが飛空艇だというのなら、グバトリアが人質となっている今なら、その身柄と交換で簡単に手に入れることが出来る。
よしんば手に入れたところで飛空艇を操縦できるかどうかは分からないが、それでも目当てのものと逃走の手段が同じである以上、飛空艇を渡してしまうのもダメだし、人質に被害を出すのも当然あってはならない。
「…閣下、私はこの船に詰めている騎士の質については全く知らないのですが、仮に騎士達が陛下の救出に乗り出したとして、成功する目はどれほどありましょうか?」
国王が人質となっているのだ。
騎士が指を咥えて見ているだけとは思えず、きっと今も解決に向けて動いているに違いない。
この場では一番地位の高いオーギュストなら、騎士達がどれだけやれるのかを知っているかもしれないので、成功確率を尋ねてみる。
パーティ会場にはアイリーンとパーラもいるのだ。
あの二人なら多少の人数差があっても魔術で切り抜けられると思うが、他に人質を抱えている状態では下手な行動は起こせないはずだ。
二人の身の安全を考えると、早急に解決してほしいところである。
「難しいな。何せ、この手の事件はそうそうあるものではない。ソーマルガ号にいる騎士達もほとんどが若手ばかりだと聞く。これが若い騎士にとっては経験のない事態だけに、解決までの道のりを見出せる者がどれほどいることか…」
眉間に皺を寄せて険しい顔をするオーギュストだが、俺の方も同様に顔の強張りを覚える。
ここの騎士が人質救出のノウハウは皆無とは思わないが、それでも人質の数も数だし、捕らえられている場所も相当に悪い。
広間には窓もないし、出入りできる扉も少ない。
簡単に封鎖出来る場所だけに、突入は慎重に行う必要がある。
オーギュストの言葉の通りだとすれば、経験の足りていない騎士達に解決を委ねるのは酷かもしれない。
となると、仕方ないな。
ここは俺が一肌脱ぐしかないか。
幸い、こっちの世界での立て籠もり事件の解決という点なら実績はあるのだ。
何とか人質を怪我無く助けるよう努力し、最悪でも死人を最小限に抑えるように心掛けるとしよう。
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(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
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