世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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離陸、着陸、大墜落(未遂)

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おのぼりさんという言葉がある。
田舎から出てきて、都会の凄さに圧倒されている人のことを指す言葉だが、皇都に着いて早々、街へと入った時のロニがまさにそれだ。

林立する建物、きちんと整備された道、そして行きかう人の多さと、ヌワン村から一歩も出てこなかったロニにとって、目の前の光景はどれ一つをとっても驚きと興奮の材料として提供されているらしい。

ロニがヌワン村を出てからも、初めて乗った飛空艇から見る風景にはしゃいだり、これまた初めて乗るバイクでは流れる景色に見惚れてもいた。
子供ながらに、いや子供だからこそ新しいものに触れる感動をその身で表し、見ている俺達も微笑ましい気分になる。

「すごい…こんなに人が多いなんて。もしかして今日はお祭りでもあるの?」

「ふふっ、ここは大体いつもこんな感じ。まぁでも、今日はちょっと多い方かな?」

サイドカーから身を乗り出す勢いのロニを、俺の後ろに座るパーラが宥めるようにそう言う。
ほんの一日の移動であったが、飛空艇の中では互いに姉弟のように接していたロニとパーラは、しっかりと信頼関係を築いているようである。

「スンスン…なんか変な匂いする」

「あぁ、近くに香辛料と染色材を扱う店が集まる区画があるんだよ。ちょっと行ってみようか?」

「待て待て。まずはロニの身分証を作るのが先だ。今回は俺が特権で街に入れたけど、身分証がないとロニは街から出ることもできないんだぞ」

鼻をひくつかせるロニに、パーラが店へと誘導しようとするが、今俺達はそれよりも先にやっておくことがある。

ロニはまだ八歳で、身分証明になるものを作る前に両親がいなくなってしまった。
なので、村を出たらまずギルドカード的なものを作る必要がある。
今回は俺がダンガ勲章を使って身元を保証したが、いつまでも使える手ではないので、皇都にいる間に身分証を発行しようというわけだ。

身分証として代表的なのはやはりギルドカードだが、これはどこかのギルドに所属しないと手に入らないので、今の年齢でロニが手にすることはできない。
一応仮でギルドカードを発行することはできる。
所謂年齢制限付きのギルド登録というやつだ。

しかしこれをすると、ロニはそのギルドに紐づけられてしまい、定期的に依頼をこなさなくてはならなくなる。
商人にしろ冒険者にしろ、堅気とは言えない仕事をさせるにはまだまだロニは若い。
よって、それら以外での身分証の発行を考えている。

ギルドカード以外での身分証となると、国が発行する人記証にんきしょうというのがある。
これはある程度の地位にある人間が身元を保証しているというのが書かれており、登録すると四角い鉄貨のような形で証明書が手渡される。

ロニのように、田舎から出てきた人間が初めて皇都のような大都市へと入る際、大抵はどこそこの村の誰それの子という感じで身元を確認されるのだが、この時に身元を保証するのが出身の村の長などになる。

あくまでも都市に出入りする際の身分証明にしか使えないので、都市に長期滞在する時は住居の申請や税金を納める手続きなどをしなくてはならず、ギルドカードよりも利便性は大分落ちるため、都市に住み続けるのなら、成年に達した時にどこかのギルドに登録しなおすのがいいと言われている。

人記証の発行は公機関の定める場所で行われるため、俺達は門衛に聞いた場所へと赴く。
着いた先はやや大きめの一軒家という感じの建物だが、中はちゃんと役場として機能しており、雰囲気としては街に一件はある小さな郵便局という感じだ。

早速ロニの人記証を発行してもらうように頼んだが、俺達のように飛び入りだと、普通は保証人の身元を確認するのに時間はかかるのだが、そこはダンガ勲章が効力を発揮し、ほとんど待たされることなく人記証が手元へと届けられた。

改めて思うが、この国でのダンガ勲章の天下御免っぷりは半端ではない。
最初は厄介なものを貰ったと思っていたが、こうして役立つ場面がいくつもあると、いいものを貰ったと手のひらを返してしまう。

「ほれ、大事にしろよ」

「ふぁー…キラキラしてる。これ、僕が貰っていいの?」

「ああ。それがお前の身分を証明するものだから、大事に持つんだぞ。失くしたりしないようにな」

出来上がった人記証をロニに渡すと、鈍い光を放つそれを日の光にかざし、目を輝かせている姿は歳相応のものだ。
こういうメダル的なものに妙な興奮を覚えるのは、俺も子供の頃に通ってきた道だからよく分かる。

人記証にはストラップ穴のようなものが空いており、そこに紐を通してロニの首にかけてやる。
これでそうそう簡単に落としたりはしないはずだ。

人記証は最初の発行手数料はあまり高くはないのだが、再発行の時はびっくりするぐらい高い料金が発生する。
これは特殊な技術で個人認証がしっかりしているギルドカードと違い、人記証は普通の金属の板であるため、比較的悪用されやすいという側面に基づいた処置で、失くさないようにという警告の意味も込められていた。

なので、本人にもしっかりと言い含めておく必要がある。

ちなみに、今回の人記証の発行費用だが、実はヌワン村の村長から出ている。
というか、村を離れる際に、当面のロニの生活費として結構な額を預かっていた。

生贄にしようとした後ろめたさがあるのか、それとも村の一員として思っているロニの旅立ちの餞なのかは分からないが、そのまま放り出そうとしないだけの思いやりはあったようだ。

とにかくこれでロニの身分証は手に入ったので、次は依頼の報告にギルドへ向かった。
受付で報告を済ませると、俺とパーラに課せられていた強制依頼がこれで完了したと言われた。

「いいんですか?俺達はまだ一件しか依頼をこなしてませんけど」

強制依頼というのは大抵、二・三件は依頼を回されると聞いていただけに、一件だけで済んだのは有難くもあり、意外でもある。

「はい。…あまり大きい声では言えないんですけど、アンディさん達には強制依頼を早々に切り上げさせて欲しいって上から言われてるんですよ」

「上?っていうと政庁とかですか?」

「正確には飛空艇の研究所ですね。あそこは今、一番勢いがありますから、頼まれたらギルド側も断り辛いんですよ。なにか飛空艇関連でアンディさん達を使いたいのかもしれません」

コソコソと打ち明けられたのは、俺の知らない内に何やら権力が発動して、いい具合に便宜が図られていたことだった。

多分、これはダリアの仕業だな。
新造の飛空艇の試作機を俺達に操縦させるという例の話が、こうした圧力染みたことへと繋がっていたのだろう。

少々ズルをした気分ではあるが、とりあえずこの依頼の完了をもって俺達は晴れて自由の身となり、これでアイリーンのところへと向かうことが出来る。
用が済んだ受付を離れ、掲示板を眺めているパーラとロニに声を掛けた。

「なんかいい依頼あったか?」

「あ、報告終わった?ざっと見た感じだと、面白そうなのは無さそうだよ。そこの護衛依頼は結構割がよさそうだけど、拘束期間が長いのがちょっとね」

「まぁ俺達はアイリーンさんの所に行かなきゃならんから、拘束期間が長いのは困るな」

「アンディ達、そのアイリーンさんって人の所に行くの?僕は?」

俺達の何気ない会話に耳を傾けていたロニは、途端に不安そうな顔でそう尋ねてくる。
そう言えば俺達の今後の行き先についてあまり詳しく話していなかったな。
ロニの将来のことについては話し合った気になっていたが、今の俺達の会話だと、ロニを放ってアイリーンのところに行くと取れる節はあった。

「勿論、ロニも一緒だよ。アイリーンさんってのは私達の友達で、今ちょっとお世話になってるマルステル男爵家の当主なんだ」

「その人の領地が海に面しているから、ロニも海に行きたいなら丁度いいだろ」

「貴族様…そんな人に僕が会っても大丈夫かな」

下を向いてしまったロニの声には、貴族という存在に対する恐れというものが込められている。
普通に暮らしている平民にしたら、雲の上の存在である貴族と会うというのに何も感じずにはいられない。
俺達の交友関係が普通じゃないだけで、こういう反応が当たり前なのだ。

「大丈夫、アイリーンさんは優しいんだよ。ロニもあんまり気を張らなくていいって。ねぇ、アンディ」

「そうだな。あの人は心が広いんだ。ちょっとやそっとじゃ怒ったりしないから、安心して会うといい」

アイリーンは多少の無礼なんかは気にしない質だ。
子供が何かしたからと言って即処刑にするような狭量でもない。
だから安心して会わせてやりたい。
きっとアイリーンも、ロニの境遇には心を砕いて、色々協力してくれそうな気がするからな。

「…そうかな?」

「ああ。そう不安そうな顔をするな。大丈夫だって」

ようやく顔を上げたロニの不安に揺れる目に、大きく頷いてやる。
この子はこれまでの境遇からか、大人の反応というものを気にし過ぎる。
どうも自分のせいで俺達に迷惑をかけるのが怖いといった感じだ。
こういう時には大人が大丈夫と言ってやることが大事で、そうするだけで子供の不安は大分和らぐ。

「そろそろお昼だね。丁度用事も終わったことだし、何かおいしいものでも食べに行こっか」

そうして安堵の気配を見せたロニの肩をパーラが抱き、空気を変えるようにして一際高い声を出す。
こういう時のパーラは、雰囲気を変えるタイミングを見るのが上手くて助かる。

「だな。ロニ、何か食いたいものはあるか?」

「だったら僕、カレーが食べたい」

「カレーか。まぁいいけど、お前よくカレーを知ってたな」

村から出たことのないロニがカレーを知っていたのは意外だったが、もしかしたらヌワン村にまでその名前が知られるほどに、ソーマルガでは国民食化しているのだろうか。

「さっきパーラが教えてくれた。最近流行ってるって」

「なんだ、パーラ経由か。しかし流行ってるってのはちょっと言い過ぎだ。最近はカレーも大分下火らしいぞ」

いまだ人気の料理であることは変わりはないが、今では一時期よりは落ち着いてきているとダリアからは聞いている。
以前のようなそこら中の店で出されるぐらいのブームというほどではなくなったとか。

「ええ!嘘ぉ!?この前来た時はまだまだ大流行って謡ってたよ」

「まだまだって…誰が言ってたんだ?」

「料理屋のおっちゃんが」

「そりゃカレーを売る人間なら流行はまだ続いてるって言い張るだろ」

料理屋をやってる人間はブームが去ったからと言ってわざわざそこを強調することはしないが、それでもまだまだ流行ってると言い張るのは少し言い過ぎだな。
その料理屋のおっちゃんとやらの言葉はあまり鵜呑みにしないほうがいい。

とはいえ、逆にブームが下火になったおかげでカレーが美味い店は残ったということでもある。
この国での主流はスパイシーではあるが辛さはそれほどではないというタイプのカレーなので、子供の舌にも受け入れやすいはずだ。

余談ではあるが、俺はカレーは中辛以上になるとただ辛いだけの物体だと思っている。
辛さは味覚ではなく痛覚として感じるものであるため、辛口をおいしいと食っている人間はどうかしている。

そんなわけで、俺達はギルドを後にして、適当に見つけた店に入って昼食を摂ることにした。
勿論注文はカレーだ。
俺達も初めて入った店であるので、全くの未知ではあったが、出てきたカレーは辛くもなく甘くもない、極々ベーシックなキーマ(っぽい)カレーだった。

取り立てて凝った味付けもない普通のカレーだが、しっかりと基本に忠実な作りを心掛けているのか、癖もなく飽きずに食べていられる。

「……んまぁ~…カレーってこんなに美味しいんだぁ」

初めてのカレーを恍惚の表情で味わっているロニは、先程から一口食べるたびに感動を囁いていた。
目を蕩けさせている様子は歳相応のもので、やはり異世界でもカレーは子供の好きな食べ物として受け入れられるようだ。
まぁ辛さがかなり抑えられているというのが前提ではあるが。

昼食を食べ終え、市場を冷やかしていると時間はあっという間に過ぎ、皇都に来るたび恒例となっているダリアの家での飲み会へと場所は移っていた。

「しかし君達も物好きだな。よその儀式に首を突っ込むなんて」

「子供が生贄になるなんて馬鹿げてると思っただけですよ」

幾分酒が回ってきた頃、ダリアがヌワン村でのことを尋ねてきたので、一緒にいるロニのことも併せて話した。
そのロニは夕食を食べたらすぐに眠ってしまい、別の部屋で寝かせている今だからこそ、こういうセンシティブな話が出来ている。

「それでロニを引き取ったわけか。ちゃんと育てられるのかい?」

「別に俺達が親代わりをする必要はありませんよ。どこか養子の口があればそれでいいし、本人が希望するならどこかの職人か商人あたりの見習いにねじ込むぐらいはするつもりです」

「ふむ、まぁ私も子供が不幸になるのを見過ごせはしないから、何かできることがあったら言ってくれて構わんぞ」

ダリアも一人の大人としてロニのことを気にかけてくれるようで、彼女ほどの地位にいる人間が協力を申し出てくれるのは心強い。
特に養子の受け入れ先はこの国の人間であるダリアに頼るのも悪くないかもしれない。

話題が話題だっただけに、少し空気が重くなった感があるようなので、ここらで話題を変えるとしよう。

「そう言えば、例の試作機はどんな感じですか?って言っても、まだそう日は経ってませんけど、なんか変化とかは?」

「うむ、破損した試作機は一応修復は終わっている。事故原因の対策はまだ完全ではないが、実際に飛ばして原因を探っていくしかないな」

「それに俺達が乗ることはできるんですか?」

「まぁ構わんが、対策はまだ不十分だぞ?それでもいいなら…そうだな、明日にでも一機引っ張ってきて、試験飛行をしてみるか。メイエル、どうだろう?」

「へ?何の話ですか?」

それまでパーラと女子トークに花を咲かせていたメイエルは、急にダリアから話を振られてポカンとした顔だ。

「明日、アンディ君達に試作機を乗ってもらおうって話だ。急なことだが調整はできそうか?」

「本当に急ですね。んー…一号機の方はもう使えると思いますから、それならなんとか」

「よし、なら明日の昼までに計画書をでっちあげておいてくれ。承認印は私のを使え」

「ちょっと、ダリアさん。言い方に気を付けてくださいよぉ」

でっちあげるとはまた穏やかではないな。
ただ、メイエルのこの反応を見ると、普段もそれなりにやっているっぽい。
偉い人であるダリアがこうだと、下に就く人間も大変そうだ。






といわけで一晩経ち、俺は小型飛空艇に揺られて、飛行試験場に指定されている場所へとやってきた。
時刻は昼を少し回ったあたりで、少し風が強いのは気になるが、晴れの下では飛空艇を飛ばすのに不足はなさそうだ。

その場所では試作飛空艇と中型飛空艇が鎮座しており、その周りでは整備員らしき人達が忙しそうに動き回っている。
少し離れたところに日よけの天幕が張られており、そこにダリアの姿があった。

着陸した飛空艇から降りてすぐに、俺の姿に気付いたダリアの手招きに応じて天幕の下へと移動する。
気温は相変わらず高いものの、強い日差しを避けるだけでかなり過ごしやすくなるのは有難く、やっと一息付けた。

「どうも、お待たせしましたかね?」

「いや、丁度いい頃合いだよ。今船体の最終確認をしているところさ。それが終わったらすぐに飛べるぞ。…ロニとパーラ君は皇都見物だったね?」

「ええ。昼食だけは一緒に摂りましたけど、その後は皇都見物をするそうです。ロニはこっちの見物に来たがってましたが」

「仕方ないさ。子供とは言え国家の機密に触れるのは流石にな。いや、子供だからこそまだ早いと言えるか」

苦笑ぎみに言うダリアの意見には、俺も頷かざるを得ない。
ロニが機密をどこかに漏らすとかそう言う事ではなく、単純に知らないことで危険から遠ざけるという狙いがあるだけだ。

他国がソーマルガの飛空艇の情報を収集しようとした場合、その手がロニにまで伸びる可能性を考えると、知っているのと知らないのでは危険度が段違いだ。
知らないということはそれだけ安全であるため、ロニをここに連れてこなかったのにはそういう狙いもあった。

「失礼します。一号機の調整が完了しました」

「ご苦労。じゃあ行こうか、アンディ君」

整備員の声を受け、俺とダリアは天幕を出て試作飛空艇の下へと向かった。
こうして近付いて見ると、以前に見た組み立て済みの新造飛空艇とは若干の違いが見られる。

全体のフォルムは流線形ではあるが、所々が角ばっているのは、応急処置的に直された痕だろう。
一度事故を起こしてから、修理がまだ完全とは行かないのはダリアが急に使用を決めたせいかもしれない。
まぁちゃんと飛空艇の形を成しているので、直接性能に関わりがなさそうな見た目の差異はあまり気にしなくていいか。

早速飛空艇のコックピットへと乗り込み、シートに腰を下ろした俺は操縦桿をはじめとしたコンソール周りを確認していく。

「見たところ、一般的な飛空艇とそう違いはありませんね」

「そりゃそうさ。量産も視野にいれて作られているんだから。ただ、一つだけ追加されてる機能があるんだ。そっちの出力調整用のレバーが二本あるのがわかるかい?」

一緒にコックピットへ入ってきたダリアが指差す先には、確かにレバーが二本ある。
このスロットルレバーは出力の調整をするためのものだが、そこは本来一本だけのはずだ。
二本ある理由に関しては、俺もすぐにピンときた。

「なるほど、この飛空艇には動力を二つ積んでいるから、それに対応して二つのレバーが必要だったんですね」

「理解が早くて助かるよ。そういうわけで、青のレバーは離陸用の低出力の動力に、赤のレバーは高出力の動力をそれぞれ司っている。出力差が結構大きいから、慣れは必要だと思う」

俺の案をそのまま導入しているのなら、離着陸用と高速移動用の動力はこれで分けて操作することになる。

「ふむふむ、まぁそこは実際に飛ばしてみて感覚を掴みたいですね。じゃあ早速動かしたいんですがいいですか?」

「ああ、やってくれ」

ダリアが飛空艇から離れたのを確認し、動力を起動させて、青のレバーを動かして出力を徐々に上げていく。
しっかりと地に根を下ろしていた飛空艇が、一瞬ユラっと動くのを手応えにしてゆっくりと上昇させる。

上昇していく感じは普通の飛空艇と大差なく、ここはしっかりと再現されていると言っていい。
一定高度まで到達すると、次に赤いレバーを操作して、高速飛行へと移る。
まだ試作機だけあって速度はそれほどでもなく、小回りもあまり利かないが、安定した飛行が出来ているのは、飛空艇として十分機能を満たしているのではなかろうか。
古代文明の技術をここまで再現したことは驚嘆に値する。

やや重い操縦感覚に悩みながらも、そろそろ地上に降りようかとした時、事件は起きた。
離陸した場所へ戻ってきて、滞空しながら青いレバーを操作した瞬間、飛空艇の高度が一気に下がり始めたのだ。

俺の操縦を逸脱して降下していく飛空艇は、もはや墜落していると言っていい。
急いで持ちなおそうと高度を上げる操作を行うが、墜落のスピードは変わらない。

焦る気持ちの一方で、墜落の原因となった何かをコックピット中に走らせる目で探す。

ここまでの操縦でおかしなことはなかった。
着陸の操作もごく普通にこなしたつもりだ。

となると、原因は普通じゃない何かがあったということになるが、他の飛空艇とこの試作機との違いは…そう考えたところで視線は二本のスロットルレバーへと停まる。
もう原因はこれ以外にない、と俺の直感が囁く。

すぐに赤のスロットルレバーを絞り、青いレバーを思いっきり開ける操作を行う。
つまり、離陸した時の操作をもう一度行ったわけだ。

すると、それまで全く反応しなかった上昇の操作が見事に利きだし、地上激突十メートル手前で滞空することができた。

墜落の危機を脱し、安堵の息を吐くとともに、シートに背をもたれさせて顔を上向かせる。
この短時間に寿命を一気に消化した気分だが、しかしこれで今日までに起きた墜落事故の原因が解明されたことになる。

少し気持ちを落ち着かせたら、このことをダリアに話すとしよう。





「つまり、出力調整レバーが二つあることが問題だったと?」

地上に帰還し、血相を変えた整備員にコックピットから担ぎ出され、天幕で休んでいるところにやってきたダリアに先程起きたことを説明すると、腕を組んで暫く唸った後にそう口にした。

「いえ、正確には二つのレバーを一辺に空けてたのがまずかったんですよ」

あくまでも俺の感覚的な話になるが、動力を二つ積んでいながら魔力タンクは一つ、恐らく供給のラインも一本だけだったのだろう。
供給系は一本のみのところに、二つの動力が出力の解放と閉塞を同時に行い、機能的なバランスを崩したことにより、混乱に陥った飛空艇のシステムが操縦を受け付けなくなった、というのが俺の予想である。
コックピットは既存のものを移植しているため、新しく追加した装置の挙動はそもそも対応しておらず、安全装置が働いたというのも一因かもしれない。

他の飛空艇だと問題ない操作が試作機では問題になったのを考えると、やはり二つの動力が問題になったというのが妥当だろう。

「…一考の価値はある。そうか、動力を二つ積んだことによる機能的な混乱ね…。となると、もう少し調整が必要だろう。参ったな、試作機は当分飛行禁止にするしかないか」

両手で顔を覆ったダリアの姿には、深い疲労が滲みだしている。
国家プロジェクトである新造の飛空艇がようやく飛行までこぎつけたのに、欠陥が見つかって飛行禁止になるとは、責任者であるダリアにとっての無念はいかほどか。

普段から自信に溢れる様子のダリアが見せる落ち込んだ姿に、俺も見ていられなくなる。

「ダリアさん、一応安全策を考えてあるんですが」

「…聞かせてくれ」

「レバーをそれぞれ連動させるんです。上昇にレバーを使ったら、前進のレバーを動かしたときには元に戻る、停止して降下操作をしたら前進に使ったレバーが今度は元に戻る、と言った感じに」

パイロットにこのことを徹底的に周知させるというのも対策としてはありだが、二つあるレバーに互いの操作に連動してレバー位置をリセットする機構を組み込めば、慣れるまでのうっかり防止も見込める。
自動で切り替わることで操縦の負担も減るし、当座を凌ぐのに悪い案ではないはずだ。

そこまで話すと、ダリアもこの案に光明を見出したのか、先程とは打って変わって目を輝かせている。

「悪くない…というか、最良かもしれん。アンディ君、具体的にどうすればいいか教えてもらえるか?」

「具体的にと言われても、工作的なことは俺はからっきしですよ。まぁぼんやりとした感じであれば説明もできると思いますけど」

「いや、それでいい。じゃあすぐに…とはいかんな。君はもう少し体を休めていたまえ。私は試作機の所にいるから、落ち着いたら来てくれ」

活力を取り戻したダリアは早速天幕を飛び出していく。
多分俺の言った機構を他の人達と一緒に検討するのだろう。
レバーにスイッチングが出来るように手を加えるだけで済むはずなので、そう手間がかかるものではないはず。

まぁ俺も言いだした手前、後は知らんというわけにはいかないので、可能な限りの協力をしようと思う。
とりあえず、墜落寸前のショックが抜けきるまでもう少し休んでおこう。
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