世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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転真体

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 唐突だが、妖精と森の組み合わせは実にいい絵だと、今俺は改めて感じている。

「ほうほう、中々育ってるいい森じゃあねぇか。こりゃ妖精がいてもおかしくないな、うん」

 落ちたる種と呼ぶ例の狼が生息する森へ再びやってくると、真っ先に飛空艇から飛び出したリッカが、森の木に手を触れてしきりに頷いていた。
 ああすることで森の状態を調べたようだが、その様子はまさしく妖精といっていい神秘的なものがあり、ついさっきの山賊のような勢いで朝食を摂っていた姿とは大違いだ。

「へぇ、妖精ってやっぱりそういうの分かるんだ?」

 リッカが呟いた言葉にパーラが反応し、興味深そうな目を向けて尋ねる。
 パーラがやっぱりというのだから、妖精が森の木と話をするとかの伝承でもあるのかもしれない。
 地球でも、そういったおとぎ話はあったしな。

「まぁな。あたいは木から森のちょっとしたことが分かる程度だけど、郷の爺様の中には木と対話ができるってのもいるぞ」

 なんと言うか、かなり妖精らしい能力だと思う。
 まだまだ謎の多い妖精族だが、人間と比べても種族としてやれることの多さはかなりのものだ。
 その木との対話自体、魔術とかではなく妖精族が生まれながらに持つ能力の一つなのだろう。

「んじゃま、ちょっくら森の中を探してみるか。お前ら!あたいに続けー!」

「あ!ちょっと待ってよリッカ!私らは飛べないんだから、そんな急がないで!」

 そう言って、森の中へと飛び込んでいくリッカを追い、俺とパーラも藪をかき分けて歩いていく。

 妙にテンションの高いリッカだが、一応俺達を気遣いはしつつ、落ちたる種を探すという目的のために、スイスイと木々をかき分けて飛んで回っている。
 噴射装置を使えば地形はある程度無視できるが、今は痕跡を探す目的もあるため、俺達は徒歩での移動を選んでいた。

 森の中という障害物の多い場所でも、ああもチョ〇Q並みに小回りの利く跳び方が出来るのは流石妖精と言いたいところだ。

「それにしても、まさかリッカがこうまで協力してくれるなんてね。よっぽど昨日のドライカレーが気に入ったのかな?」

「カレーじゃなくて、お前の歌の方だろ。リッカの奴、すげぇ楽しそうだったし」

 冗談めかしたパーラの言葉に、俺は呆れ気味にそう返し、昨夜のことを思い出す。




「待った待った。そこはもうちょっと溜めたほうがいいな。パーラの歌よりマンドリンが先行しちまうのはまずい」

「なるほど、こうか?」

 リッカの声で演奏を止め、指摘された箇所を修正してもう一度演奏してみる。
 焚火を囲んでパーラと俺はリッカから歌の指導を受けているが、一度手本としてリッカが歌ったのをなぞるパーラと違い、俺の方は歌に合わせてマンドリンを演奏するしかなく、中々厳しい修正が続いている。

 どこから持ってきたのか、木の枝を指揮棒代わりにする姿は音楽の指導者っぽさはあるものの、そのサイズ感からか子供が背伸びしているのを見ている気分で微笑ましい。

「だから違うって。それじゃトントンタタトンだろ。もっとこう、トントーンタタンって感じだ」

 擬音交じりのリッカの説明だが、これで意外に感覚と理論が上手く両立しているもので、一度で理解出来なければ切り口を変えてくる指導法には、ストンと腑に落ちてくるものを感じる。

「あぁなるほど、そういうことね。完全に理解した」

「ほんとか?じゃあもう一回やってみろ」

「おう。こうだろ」

 言われたことを意識して、曲の溜めと繋ぎを変えて演奏してみると、明らかに先程よりも仕上がりのいい演奏となり、リッカの狙い通りの出来になったと思う。

「……どうだ?」

「…うん、合ってる。そう、それでいいんだよ」

 お墨付きを貰えたことで密かに胸を撫で下ろし、再びパーラの歌を加えた練習に戻る。

 マンドリンで奏でるブルースのような不思議さがあるこの曲は、とてもついさっき歌詞をつけた即興のものとは思えない完成度で、先にリッカが歌ったのを魅了されたように聞き入ってしまったほどだ。
 こうして手ほどきを受けているのも、落ちたる種へ向けての対話が目的ではあるが、効果を期待せずにはいられない何かを感じた。

 そうして暫く練習を続け、リッカから合格を貰ったところで一息入れる時間を設けることにした。
 この後はリッカを飛空艇に乗せての遊覧飛行が控えているため、その前のティータイムでもある。

 それぞれが手にしたカップの麦茶を啜りながら、先程までの賑やかな時間から一転して訪れた焚火を囲む静かな夜に身を浸していた。

「…なぁ、お前らいつ向こうに行くんだ?」

 何も考えずに焚火を見つめていると、葉っぱで作った即席の妖精用カップを弄んでいたリッカがポツリと呟く。
 向こうというのは、例のタミン村の近くにある森のことだろう。

 一言も発していなければ聞き逃していたかもしれないほどの大きさのそれに、俺もパーラもリッカの方へと視線を向けた。
 炎の灯りに照らされるリッカの表情は、これまで見たことが無いほどに真剣なもので、なにやら思い詰めているのではないかと心配してしまう

「いつって、明日にでもって思ってたが、なんでだ?」

「いや、ちょっとな。それさ、あたいもついてっていいかな?」

 おずおずと言うリッカだが、何をそんなに遠慮しているのだろうか。

「リッカも?私はいいと思うけど…アンディ?」

「ああ、構わねぇよ。むしろ心強いぐらいだ」

 何となくだが、妖精は手助けはしてくれるが直接関与しなさそうだと思い込んでいただけに、このリッカの申し出は僅かな驚きと共に、喜びも齎してくれた。
 なにせ、一応習得したとは言え、やはり曲を作った本人が行動を共にしてくれるのは心強い。
 今回は相手が相手だけに、妖精が持つ何かしらの不思議パワーにも密かに期待しているところはあるしな。

「それにしても、なんで急に同行する気になったの?なんかリッカの言い様だと、妖精はあんまり積極的に協力はしないって感じだったのに」

「別に協力しないなんて言った覚えはねぇけど、あんまり乗り気じゃなかったのは確かだな。面倒くさそうだったし」

「そういう理由かよ」

 パーラの言うとおり、直接口に出しはしないものの、口振りと態度からリッカの協力は最低限のものしか期待できないと思い込んでいた。
 だがこうして同行するということは、協力することが妖精族の禁忌的なものに当たるとかではないようだ。

「面倒ならやらない、妖精ってのはそういう生き物だ」

 果たしてそうだろうか?
 俺にはリッカだからという風にしか思えないのだが。
 他の妖精を知らないため、本人がそうだと言い張れば信じるしかないのが希少な種族の強みだな。

「けど、お前らに歌を教えてたら、ちょっと気が変わってよ。人間が落ちたる種と歌で対話するってのには、なんか興味が出てきたんだ。だから見届けてみたくなったってわけだ」

「ほー、心境の変化ってやつか?」

「まぁそう思ってくれていい」

 元々着いてきてくれとも頼んですらいなかったので、心境の変化もくそもないのだが、歓迎する気持ちに違いはない。

 これまで発生数自体が極端に少ない落ちたる種だが、人間が意思疎通を試みること自体、俺達が最初となる。
 妖精の助けを借りてではあるが、人間がどこまでやれるのかを見届けるというのは、リッカも好奇心以上に妖精としての義務のようなものをどこかで覚えているのかもしれない。

「あ、ならさ、私じゃなくてリッカが歌ったらいいんじゃない?練習しておいてなんだけど、どうせなら妖精の方が向こうも聞いてくれるんでしょ?」

 名案だとパーラが口にした言葉に俺も頷きかけたが、当のリッカが首を振って否定する。

「そりゃダメだ。確かにあたいがやった方が落ちたる種に伝わりやすい。そういうもんだからな。けど、それじゃ意味がない」

「なんで?私達の頼みをリッカが代弁するだけだよ?」

「まぁ普通ならそれでいいさ。けど、そいつには人間との共存を提案してぇんだろ?だったら妖精が直接関わると色々まずい。この手のは妖精が頼むのと、人間が自分の意思で伝えるってのには大きな違いがあるんだ」

 妖精が歌で意思を伝えるのは、落ちたる種にとっては確かに分かりやすい。
 だが今回のように、人間の事情を通そうとするなら、妖精を仲立ちにするよりも、人間が頑張って歌で意思を伝えたと言う形を取るのが大事なのだそうだ。

 落ちたる種というのは実体と霊体の中間的存在で、そういう存在は得てして感覚を重視するため、少し俗っぽい言い方になるが、そういった誠意的なものを見せた方がいいと、リッカの話を纏めるとそんな感じになる。

「だからあたいは着いて行くけど、直接歌ったりとかはしねぇ。お前ら、特にパーラの歌にかかってるのは変わらんから、頑張ってくれよな」

 それを聞いて、ちょっぴり残念そうにするパーラだったが、元々リッカ抜きでやるつもりだったのだ。
 改めてそうする理由が分かり、心機一転とでも言うべきか、パーラの目に宿る力も増したように感じられた。




 そういったことがあって今、こうしてリッカは俺達と共にいるわけだが、やはり妖精と一緒に歩いているせいか、森の中で遭遇する魔物や動物の数は極端に少ない。

 これは妖精が持つ特性の一つで、魔物や動物は妖精に危害を加えないという法則のようなもののせいだ。
 勿論、まったく襲わないわけではないが、その頻度は普通の生き物よりずっと低い。

 それによって、この森に生息する魔物は勿論、普段なら人を襲うことのある動物も、今の所姿を見せることが無い。
 精々見かけるのは小動物程度であるが、特に近付いてくることもしないため、俺達は順調に森の奥へと進んでいく。

「~♪」

 念のために周囲を警戒している俺とパーラだが、最前列を飛ぶリッカといえば歌を口ずさむほどのリラックスぶりで、妖精にとって森は畏れるものではないホームグラウンドだと、その様子からよく分かる。

「ご機嫌だねぇ、リッカ」

 つられて嬉しいのか、パーラも楽しげにリッカへと声を掛ける。

「まぁな。実はあたいさ、郷の周りとその近くの森ぐらいしか知らないから、こういう遠く離れた他の森とか見るの初めてなんだ。森なんてどこも同じだと思ってたけど、こうして見ると色々違ってて面白い!」

 ピクニック気分と言ってもいいほど楽し気なリッカは、俺達人間には分からない森の違いというのを感じているのだろう。
 落ちたる種を探すのを怠ってはいないだろうが、キョロキョロと木々を見る目から溢れる好奇心を読み取れる。

 それにしても、その言葉から、リッカ達の郷はあの湖の周りのどこかにあるのかもしれないと予想できるが、あの辺りはそこらの森などとは比べ物にならないほどに森が深いため、妖精の郷を見つけるのは至難の業だというのは分かる。
 仮に見つけたとしても、妖精以外は出入りできない結界が張られているらしいし、人間の俺には探す意義を感じない。

「そうなの?私なんか森の違いなんてよく分からないけど」

「そこは妖精と人間の感覚の違いだ。お前らは木を見て森を何となく感じてるだろ?あたいらは木々が放っているある種の波を羽で受けて―」

 不意に、リッカが息を呑むようにして言葉を止めた。
 同時にフヨフヨと浮いていた動きもやめ、その場でホバリングするだけという、妖精なりの硬直した姿というのがこの状態なのだろう。

「アンディッッ…!」

「ああ、分かってる」

 パーラの押し殺した声に、俺はそう返すだけしかできない。

 様子が変わったリッカを不審に思いつつ、何かあったと判断した俺達は、リッカの見つめる先を目で追って、その原因を見つけてしまった。

 ある意味予想通りと言うべきか、20メートルほど先には仄白く光る狼が木々の間からこちらを見ており、いつぞやと同様、観察でもしているような感情の見えない目と視線が合うと、早速あの強烈なプレッシャーがのしかかるようにして襲ってきた。

 探していたとはいえ、何の脈絡もなく現れると心臓に悪い。
 リッカも驚いているのか、身動き一つせずに落ちたる種を見つめるばかりで、その様子から強い緊張感を抱いているのが伝わってくる。

 このリッカの反応は気になるところだが、これはチャンスでもある。
 俺達は落ちたる種との対話を望み、遭遇するべくこうして森を歩いていたのだ。
 向こうから姿を見せたのは、手間が省けたというもの。

 プレッシャーからか若干顔色が悪い状態のパーラに目で合図を出し、リッカに習った曲で意思疎通を試みようと荷物の中からマンドリンを取り出したところで、それまで押し黙っていたリッカが口を開く。

「待て、アンディ。まだ弾くな。ここは一旦仕切り直す。下がるぞ」

「…何言ってんだよ、リッカ。落ちたる種が目の前にいるんだぞ?」

「そうだよ。相変わらず重圧は凄いけど、大丈夫。しっかり歌ってみせるから」

「いいから!下がれ!…頼む」

「お、おう。わかった」

 ここまで来た目的を否定するようなことを言いだしたリッカに、俺もパーラも反論はしたが、その後の切羽詰まったリッカの声でそれも飲み込む。
 困惑するパーラと頷き合い、リッカの指示に従うべく行動を開始した。

「…リッカ、このまま私達は下がっても大丈夫なの?背中を向けた途端にあの狼が襲ってきたりしない?」

 不安気なパーラが危惧するのは、やはり後退する際に狼が襲ってくることだ。
 正直、これは俺も思っていた。

 今まで遭遇した時は、いずれも向こうから立ち去るのをジッと待っていたわけだが、普通の狼とは違うと分かっていても、背中を見せたら襲ってくる習性がないとは言い切れない。

「それは大丈夫だ。あれはそこまで獣としての習性は残ってないはず。でも刺激しないように、前を向いたままゆっくり下がるぞ」

「わ、わかったわ」

「とりあえずお前の言う通りにするが、後でちゃんと説明しろよ」

「ああ、ちゃんとするって。ほら、行くぞ」

 熊と遭遇した時のように、狼から視線を切らず、摺り足の要領で少しずつ後ろへ下がっていき、狼の姿が木々の間に隠れるぐらいに十分距離を取ったところで、足早に森の外へ向けて走り出す。
 後退すると決めた以上、あんなのがいる森の中ではなく、飛空艇を置いている森の外縁まで下がるべきだろう。

 森の中では分かりにくいが、恐らく今はまだ昼前だろうし、今から森の外へ出る頃には昼食に丁度いい時間になる。
 色々とリッカには言いたいことと聞きたいことがあるため、昼食を摂りながらその辺りを追及するとしよう。




 狼が追ってくることもなく、無事に森の外へと出た俺達は、飛空艇まで戻ってまずは昼食を済ますことにした。
 元々森の中で昼食を摂るつもりであったため、用意していた弁当をそのまま飛空艇の中で食べつつ、先程の森の中でのことをリッカへと尋ねていく。

 あの時はとりあえずという形でリッカの言葉に従ったが、説明の内容によってはこの後に用意しているデザートの提供も考えなおさせてもらう。

「まぁお前らの気持ちもわかるけどよ、ありゃやべーわ。あの狼が落ちたる種だってのはすぐに分かったんだけど、まさかあそこまでのやつだったとは予想外だ。あたいの気持ちの整理のためにもちょっと仕切り直させてもらいたくってさ。悪かったな」

 そう言うリッカは、今朝方森に入った時の呑気さはもう完全になくなっており、これまでで初めて見るぐらいに真剣な顔をしている。

 確かにあの狼がとんでもない存在だというのは俺達も分かるが、ここまで心境を変えてしまうとは、どうやらリッカにとっても想定以上の相手だったようだ。
 反論を許さない勢いで後退を指示したのも、その辺りに原因があるのだろう。

「リッカがそこまで言うってことは、もしかしてあの狼って相当ヤバい奴?歌でどうにかできそうもない相手とか?」

 リッカのその様子に、パーラが危惧して口に出したのは、それだけの相手に果たして当初の予定通りに歌で意思疎通を試みてもいいものか不安になったからだ。
 今の所、俺達の中で落ちたる種に関して一番詳しいのはリッカだ。
 そのリッカがこういった反応を見せたことで、俺達、特にパーラは歌が意味をなさないということを想像してしまう。

「いや、そんなこたぁねぇよ。大丈夫、ちゃんと歌は通じるさ。ちょっと相手が想像を超えすぎてて、あたいがビビっちまっただけだ」

 照れくさそうに、しかし堂々と言い放つリッカは、あの狼に対する恐れのようなものはないようで、この様子なら、昼食後に森へ入るのにも問題はなさそうだ。

「はぁ…、こんなとこで転真体てんしんたいかよ」

 何に向けてだろうか。
 気だるく呟いたリッカの言葉が耳に届き、つい気になってしまう。

「なんだ?その転真体ってのは」

 口振りからあの落ちたる種のことを指しているのだろうが、全く耳なじみのないワードだけに、妖精だけが知っている何かかと当たりをつける。
 滅多にお目にかかれるものではないというのも、なんとなくわかる。

「ん?あぁ……転真体ってのは、落ちたる種の中でも、生まれつき魂の位階が高い特別な個体のことを言うんだ。さっきの狼がそれな。恐らく、存在を確認できたのが今回で三例目になるか」

 落ちたる種自体、そう発生頻度は高くないが、転真体はそれ以上に稀ということか。

「私達からすれば落ちたる種も十分特別だけど、どう違うの?」

 そもそも落ちたる種自体、あの狼しか知らない俺達からすれば、あれよりも位階とやらが低い存在など想像しにくい。

「発生の仕組み自体は、落ちたる種も転真体も同じだ。けど、発生の段階で、なにかしらの要因が幽星体の位階を引き上げると、生まれながらに強力な力を持って出現するのさ。正直、口さがない奴だと妖精のなりそこないと呼ぶ落ちたる種だけど、転真体は別だ。ありゃあ妖精よりもずっと位階が上の存在になる」

「確かにあの存在感はとんでもないもんな。幽星体ってのはあれだろ、魂がもつ本来の姿っていう」

 幽星体という言葉自体、耳にするのは俺も初めてではないが、パーラはそうではないようで首を傾げており、説明を要求するような視線に答えて、リッカが簡単に説明をしてくれた。

「お、流石アンディ、知ってたか。その通り、どんな生き物でももつ、その存在を形作る本来のものってな。普通は知覚できないが、神や精霊なんかもこの幽星体で存在してるってんだから、魂の根源と言ってもいい。そんで、特に位階の高い幽星体が肉の体を持つと、ああいうのになるってわけ」

 感心したように言うリッカだが、理の外どうのってのは俺も知らない言い回しなので、妖精族が持つ概念に沿った表現だと思われる。

「へぇ~。…その転真体ってのが凄い力を持ってるってのは何となくわかったけど、落ちたる種とどう見分けるの?外見的な特徴は一緒なんでしょ?」

 パーラの言う通り、俺達はリッカにあの狼の外見をリッカに伝えることで、落ちたる種だと断定したわけだが、直接対面して転真体だとリッカが判断した材料は一体何だったのか。

「羽だよ、羽。妖精は羽で大体のことを察知するんだ。その感覚からして、あの狼は落ちたる種にしては強力すぎる存在だ。それに、あたいの妖精としての何かがそう語りかけた気がしたってのも根拠の一つになるかな」

 妖精だけが持つ勘と呼べるものだろうか。
 そういうのはズルいな。
 人間にはない器官を根拠にされると、否定できないしする気にもならない。

「強力すぎるって、精霊よりもか?」

 思わずリッカにそう言ってしまったのは、精霊と対面したことのある俺のちょっとした好奇心からだ。
 同じ幽星体同士、強さを比べるのならやはり精霊より上か下かを知りたい。

「流石に精霊ほどじゃねーよ。けど、この世界に存在する生き物の中だと、精霊に最も近いだろうな。それぐらい、とんでもねぇ存在だ」

 内包する力が精霊並みだったらどうしたものかと一瞬考えたが、別に敵対するわけでも無し、リッカもそこまでではないと言うので一先ず安心した。
 多少気が楽な程度ではあるが。

「それと、あの転真体はここの森で発生したのは確かだろうが、多分生まれてまだ十年経ってねぇ個体だと思う。赤ん坊みたいなもんだ」

 十年は人間にしたら結構なものだが、そこは妖精とは感覚が違うせいか。

「なんでそう思う?それも妖精としての勘か?」

「いや、単純にこの森が普通だからだよ。もし転真体がもっと前からいたとしたら、生息する動物やら植生やらも色々と特殊な感じになってたはずだ。転真体ってのは、長くいるとその土地に強く影響を及ぼす存在なのさ。望むと望まざるに拘わらずな」

 思い返してみると、確かにあの森はごくごく普通の植生だったし、遭遇する動物もよく見かけるものばかりだ。
 唯一、オークが異常と言えばそうだが、あれはどこかから流れてきて森に居ついたタイプだという見解だから、転真体とは関係ないはず。

 リッカの言う特殊がどこまでを指すのかは分からないが、十年かそこらで植生がまるっと変わるほど森も弱くないので、発生して十年という見立てには説得力がある。

「確かに、タミン村の人間があの狼を目撃した時期を考えれば、昔からいたというのは無いか」

「あ、そっか。流石にもっと前からあんなのがいたら、今頃の騒ぎで収まってるわけがないもんね」

 狼を目撃したタミン村の人間も、今回が初めての遭遇だといった感じだったし、もしかしたら発生が一・二年以内ということもあり得るだろう。

「ま、あんな奴だけど歌には普通に反応するだろうし、当初の予定通りにやりゃあいいさ。…さて、昼も食い終わったし、もう一回森に行こうや。今度は途中で後退したりしないから安心してくれよな!」

 まだ気にしていたのか、リッカが改めてもう一度森へ挑む意気込みを示す。
 まぁ食事はとっくに済んでいるし、行くというのなら否は無い。
 転真体という相手のこともある程度わかったし、ここからは手早く物事を進めたい。

 今にも森へ飛んでいきそうなリッカを押し止め、装備を整え直したら、再び俺達は落ちたる種との遭遇を目指して行動を開始した。




「そう言えば、さっきはやけに早く落ちたる種…転真体か。それと遭遇したけど、なんでだろ?」

 歩き出してすぐに、今朝方の森に入ってすぐに遭遇したことが不思議に思えたのか、パーラがそんなことを口にする。
 言われてみれば、さっきはまるで俺達に会いに来たかのような遭遇だったが、何か理由でもあったのだろうか。

「そりゃあ多分、あたいが歌ってたからだろ。…歌ってたんだよな?」

 自分のことだろうに、なぜ不安気な顔をする?

「ああ。…なんだお前、自分で気付かないで歌ってたのか?」

「いやぁ、あん時は森を見るのが楽しくて、無意識だったみたいで。だからまぁ、その歌に誘われてやってきたんだろうな」

「歌っつーか、鼻歌みたいなもんだったが?」

「ちゃんとした歌じゃなくても、そういう効果はあるんだよ。何せ妖精だからな。神秘の存在、妖精だからな!」

 二度言うほど大事なことか?

「そ、そうか。んじゃさっさと会えるように、また歌いながら探そうぜ」

 エンカウント率を上げる方法があるのなら、使わないのは勿体ない。
 ここはひとつ、リッカに囮もとい、誘引装置となってもらうとしよう。

「あ、それはダメだ。なんか気が乗らねぇ」

 そうシレっと言い放ったリッカの顔は、妙にむかつくものだった。
 こいつ、急に芸術家っぷりをだしてきやがる。

 仕方ない。
 リッカの性格から、強制してもいいことはないので、地道に足で探すしかないか。
 まぁどうせその内またテンションが上がって、鼻歌でも歌い始めるだろうし、その時を待とう。
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