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アンディ・じょーんず
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早朝のジネアの町はまだ眠りの中にあり、その中を俺は一人静かに歩いている。
シペアの家に着き扉をノックすると、まだ眠っていたと思われる眠そうなシペアの返事が返ってきた。
相変わらず立て付けの悪いドアがガタガタと音を鳴らしながら開いていくと、ドアの前に立っているのが俺だと気付いたシペアが目を見開いて辺りに響くほどの声を上げた。
「アンディ!お前どこ行ってたんだよ!あの後、他の奴らにお前のことをしつこく聞かれて大変だったんだぞ!」
「まあまあ、それに関しては済まないと思ってるって。とりあえず中に入れてくれないか?朝から騒ぐのもまずいだろ」
俺の言葉に自分が思いのほか大きな声で話していたことに気付いたシペアによって家の中に招き入れられた。
それから表彰式のこととザルモスのことを含めた、全体の顛末を教えてもらった。
結局ザルモスは町の法に基づいて死刑が決まり、現在は警備隊の詰め所地下にある牢に繋がれている。
さらに、ザルモスの悪事に加担した者の捜査が行われ、芋蔓式に捕まった人数は10人近くに上るそうだ。
シペアが本来相続するはずだったものは全て正規の手順で処理され、厩舎と本来の家に放牧地の所有権までが正式に引き継がれることになった。
とりあえずシペア自身の成人を待つ必要があるが、その間の後見として町長が名乗り出てくれたので悪いようにはならないだろう。
表彰式では優勝者が本来立つ場所にいるシペアに、参加者の中から疑念の声が吹きあがったが、町長からの説明と2位のオーゼルの証言により鎮静化し、式は無事に執り行われたという。
だが平穏だったのはそこまでで、その後は参加者と町のお偉方に俺のバイクについて質問の嵐に襲われ、切り抜けるのに苦労したのだそうだ。
「大体俺に聞かれたって分かんないっつーの。アンディに話を振ろうにも広場から姿を消してたしさ。本当、えらい目にあったよ」
「悪かったって。あの後急に具合が悪くなってな。宿で休んでたんだ。一晩寝たらすっかり良くなってたから大事にはならなくてよかったよ」
「むぅ、そういうことなら仕方ないか…」
流石に体調の悪かった俺に強く言うことはしないようで、小言を止めてくれた。
「んで、今日はどうしたんだ?依頼の報酬ならまだ時間がかかるけど」
気を取り直して来訪の理由を尋ねるシペアに、首を振って否定する。
シペアには依頼の報酬としてある物を用意してもらうことになっているのだが、物が物だけにすぐには無理だと俺も理解できるので急かすつもりはない。
「いや、それはまだいい。今日来たのは例のザルモスの隠してた遺跡の件についてだ」
「遺跡の?悪いけど俺、そういうのはさっぱりだよ。アンディの方が詳しいんじゃないのか?」
「俺だってそれほど詳しいわけじゃないさ。あそこの土地に関してはシペアが相続して所有権が認められるんだろう?だから先に話を通しておこうと思ってな」
恐らく町長あたりがペルケティアとアシャドルの両方に遺跡発見の報告と、調査依頼の申請を求める書簡を持たせた人間を使いに出したと思うのだが、地理的な要因を考えると先にペルケティアに報告が着き、それから調査隊が来ることになるはずなので、遺跡の調査に騒がしくなる前に一足先に遺跡を拝んでやろうと思ってシペアに話に来たのだ。
そのあたりのことを説明し、シペアから言質を取ることにしたのだが、本人はあまり理解できていないようで、終始首をかしげていた。
「うーん、でもそういうのって町長に話したほうがいいんじゃないか?一応俺の後見人ってことになってるし」
「もちろん、後で町長にも話は通すさ。けど、その前にお前に許可をもらっとこうと思ってな。こういうのは根回しが先に済んでる方が話がごちゃつかずに通りやすいんだ」
そんなもんかと呟きながら、しっかりと遺跡を見物するためにシペアの土地に立ち入る許可を口頭でだが貰い、その後付けになるが、正規の許可をもらうためにシペアと一緒に町長の家に向かった。
早速町長に面会を求めると、すぐに応接室らしき場所に通された。
さほど待つことなく現れた町長にさっきシペアに話したことをもう一度言って聞かせた。
「―というわけでして、シペアからも許可をもらったので今度は町長からも許可をもらいたいと思いまして」
俺の言葉に腕を組んで難しそうな顔をしている町長に、これは無理かと思っていると、重い口が開かれていく。
「許可を出すのは構わんのですが、まだペルケティアとアシャドルの両方に出した使いの者からの返事が無い状態で無暗に人を立ち入らせると後々騒がれるのが心配でしてな」
国の派遣した人員より先に冒険者の立ち入りを許可したとあっては確かに問題になりそうだ。
貴重な遺跡を冒険者に荒らされることを嫌うのも当然だろう。
「…ただ、シペアの知り合いが放牧地を訪れた時に偶然遺跡を見つけて、さらに偶然調査の手が入る前に遺跡に入ってしまったとしても、私にはどうしようもないことなので、くれぐれも気を付けて下さいね」
やはり難しいだろうと思い、こうなったらコッソリ行ってやろうかなと考えた時、町長が独り言を呟くようにして吐き出した言葉によって俺の行動が決まった。
町長としては何も言わないし聞いていないので勝手に遺跡を調べても構わないという風に副音声が込められている言葉にならい、好きに調べさせてもらうとしよう。
「なるほど、そうですね。気を付けます」
立ち上がって町長に握手を求めて右手を差し出す。
「ええ、そうして下さい。使いの者が調査隊を連れてくるのは早くて5日後でしょう。遺跡にはさらに1日置いてから調査に入ると思います」
つまりそれまでには遺跡から退去しておけということか。
裏の意味を汲み取り、お互いに意地の悪い笑みを浮かべてがっちりと握手を交わした。
「つまり町長は俺の行動に一切関与しないから好きに動けって言ってくれたんだよ」
町長の家を出た後で、シペアが先程の会話にどういう意味が込められていたのか知りたがったので説明してやった。
シペア自身、会話には加わらなかったが、どこか裏のある会話に違和感を感じていたようだ。
「はーそんな意味があったのか…。なんつーか、アンディって本当にすごいよな。大人とあんな難しいやり取りが出来るなんてさ」
そう言われても実際俺は普通の子供よりも精神年齢はずっと上だしな。
「まあ冒険者なんてのをやってるとそうなるもんだ」
シペアの言葉には曖昧な返事で済まし、早速遺跡を目指すとする。
放牧地の場所を聞こうとしたのだが、何故かシペアも一緒に行きたいと言い出したので、特に断る理由もないので一緒に行くことに決め、準備を整え次第、門の前で合流する約束を交わしていったん解散した。
殆どの荷物がバイクに積んだままだった俺はさほど準備に時間もかからず、すぐに町の門へと向かう。
門の前には初めてジネアの町に来た時に対応した門番の男が一人で立っていた。
「お、確かアンディだったか。随分早い出立だな。何かの依頼か?」
「いえ、シペアを待ってまして、これから少し遠出するんですよ」
それからシペアが来るまで門番と世間話程度の会話を楽しんでいたが、不意に真面目な顔になった彼から礼を言われた。
「本当はこういうのはあまりよくないんだが、ザルモスの件はこの町の浄化になったと俺は思っている。そのきっかけを作ってくれたお前には礼を言っておきたい。本当にありがとう」
突然の言葉に一瞬面食らってしまったが、男性が俺に礼を言うのもまたこの町を愛するがゆえに口を突いて出た気持ちだったと思う。
素直に感謝の言葉を受け取り、シペアがこちらに向かってくるのに気付いて話は切り上げられた。
「言われたとおり馬は置いて来たけど、よかったのか?」
最初は馬に乗って着いてくるつもりだったシペアに、馬は連れて来ず簡単な旅の装備だけで来いと言っておいたのだ。
「ああ、馬よりもバイクの方が早いし安全だ。荷物はこっちの箱の上にのせて紐でくくっておけ。準備が出来たら後ろのシートに乗れ」
「乗っていいのか!?やったー!いやー初めて見た時から乗ってみたかったんだよなぁ」
いそいそと荷物の固定をすましたシペアがシートに付き、準備が出来た所で門を出て町を後にした。
「うはー!すげー!こんな速いんだな、バイクって。それに全然揺れが無いから馬よりも乗り心地いいし、もう最高~!」
門を出てから少し行くと、シペアにバイクの気持ちよさを感じさせるために速度を徐々に上げていき、今は馬よりもずっと速いスピードで走っている。
快晴の下を暫く街道沿いに進むと、シペアが別れ道の存在を告げてくる。
「あそこの岩あるだろ。あの裏に細い道があるんだ。そこを辿っていけば放牧地に着けるよ」
100メートルほど先にある岩に近付くにつれて徐々に速度を落としていく。
俺から見て岩の裏手には確かに何かが通った跡があるが、かなり長い時間人の通りは無かったようで、草が生え放題でわずかに道らしき痕跡が窺える程度だ。
その荒れた道を進んでいくと、徐々に増え始めた木々が、遂には林を成すほどの厚みを持ち、そこへと続く道にバイクを走らせる。
シペアの指示に従い進んでいくと、不意に林の中に開けた場所が現れた。
東京ドームほどの広さがありそうなその場所は、草原や池に低めの崖などの狭い範囲に起伏の富んだ土地だ。
ここがシペアの父親の所有していた放牧地の様で、木で出来た1メートルほどの高さの柵がぐるりと囲んだその中はすっかり荒れ放題になっており、背の高い雑草が伸び放題で放置されている。
「随分荒れてるな」
「仕方ないさ。父さんが死んでから誰も手入れする人がいなかったし、ザルモスも管理まではしなかったらしいって聞いた。あ、そこから柵が開くから入れるよ」
ユックリと柵に沿って走っていると、シペアがとある一角を示したため、その場所へとバイクを近づける。
バイクから降りたシペアが柵に近付いていき、何やらごそごそとやると次第に柵の一部が入り口として開かれていき、中に進入できるようになったのでバイクごと中へと進入していった。
一旦適当な所にバイクを停めて改めて周りを見ると、既に自然に飲み込まれていると判断してもいいぐらいに人の手が加えられた形跡は存在しない。
それを見るシペアの目も物悲しげだ。
父親の残したものが荒れ放題に放置されているのを見るのは中々つらいのだろう。
思う所もあるだろうから暫くそっとしておこうと思い、少し周りを調査しようと思ったその時だった。
俺達の来た道を高速で駆け抜けてこちらに向かってくる影を視界の端に捉えた。
「シペア!何か来る!バイクの傍から離れるなよ!」
俺の警告の声に反応してバイクに隠れるようにして身を低くしたシペアを確認し、数歩前に出ていつでも迎撃できるように腰の剣を抜いて接近する影を待ち受ける。
かなりの速度でこちらに近付いてくるが、蹄鉄の音は聞こえてこないため、馬ではないはず。
となると狼などの生き物の線が考えられるが、それにしては見える影の体躯が大きいように思える。
剣だけで倒せるとは思えないので、今のうちにポケットの中に忍ばせてあった鉄鉱石の礫を幾つか握っておく。
これを電気で加速して打ち出せばいつかの釘を使った電磁投射砲もどきほどではないが、並みの生き物なら簡単に葬れる威力の攻撃ができる。
惜しむらくは射程距離が極端に短い点か。
今のうちにと剣にも電気を通して赤熱化させておく。
万が一接近された時に斬り結ぶことも考えての準備だ。
林の中を駆けていた影が俺の姿に気付いたようで、こちらに向きを変えて突進して来て、柵に当たる直前で大きく飛び越えて俺の目の前に着地する。
この時点で影の正体に気付き、戦闘態勢を解除した。
「驚かせないで下さいよ、オーゼルさん」
「あら、レースでは私の方が散々驚かされたのですから、これぐらいは大目に見て欲しいものですわね」
林を抜けてきた影はガイトゥナのジェクトに乗ったオーゼルだった。
今日はレースの時のローブ姿よりも軽装に思えるカーキ色の薄手のマントに、白で揃えた革製のハーフプレートにレギンスという格好だった。
「シペア、大丈夫だ。オーゼルさんだった」
バイクの方に声をかけるとひょこりと顔を覗かせたシペアにオーゼルが手を振って安全をアピールしていた。
ホッと一息ついてこちらに近付いてきたシペアがオーゼルに声をかける。
「驚かせんなよなぁ。んで?なんで姉ちゃんがこんなとこに来てんだ?あ、まさか…」
「そのまさかでしてよ。遺跡以外の目的で来る場所ではないでしょう」
フンスと鼻息荒く仰け反り、そう宣言するオーゼルに白い目を向けるシペアが、気になっていたことをを尋ねた。
「ここは俺の土地だし、アンディは町長に話を通してから来てんだぞ。勝手に来てもらいたくないんだけど」
「その点はご心配なく。私は町長から直々に頼まれてきてますの。ですので、いわばあなた方の保護者兼監督者といったところですわね」
恐らくオーゼルの言葉に嘘はない。
俺達だけで行かせるには多少の不安があった町長がオーゼルに頼んだのだろう。
彼女ならガイトゥナという脚もあるし俺に撒かれる心配もないと思えるし、何よりも彼女の身分がその考えに至らせたのではないかと思う。
オーゼルの立ち居振る舞いや言葉の端々から滲む教養の気配を考えるに、かなり高位の貴族の出だと推測できる。
万が一遺跡調査の前に勝手に遺跡に立ち入ったことが公になっても、彼女の身分を盾にすればいくらか非難も和らぐという打算もあるのだろう。
そういう考えが出来るあたり、やはり町の長という立場にいるだけあって中々強かなものだと感心させられる。
オーゼルの言葉にぐぬぬ顔になっているシペアを放置して、俺が話を進める。
「そういうことなら一緒に行動しますけど、あまり危ない真似はしないで下さいよ?遺跡には何があるかわからないんですから」
「ご心配なく。私の国では遺跡の危険性は子供の頃から嫌というほど聞かされますのよ」
そんな国あんのか?
だがまあ、これはチャンスだ。
オーゼルの出身を知るのに絶好の切っ掛けじゃないか?
「へぇ、面白いお国柄ですね。ちなみに出身はどちらで?」
「…あまり乙女の秘密を探ろうとするものではなくてよ?」
いや出身を聞くぐらいはいいだろう。
意外とノってこないようで、うっかり話すのを期待していただけに残念だ。
まあこれは仕方ない。
本人が語りたくないというのなら無理に聞くことはない。
とりあえず遺跡の場所を探すためにこの辺りを少し探し回ってみようかと思い、2人には適当に時間を潰してもらうことにした。
シペアには今の放牧地の光景と記憶の中にある光景で大きな差異が無いかを思い出してもらうことにして、オーゼルにはそのシペアの護衛を頼んでおいた。
特に渋られることなく承諾され、思い思いの場所へと散っていった。
ジェクトは放牧地に生えている草を食べるのに夢中だった。
そういえばそろそろ昼か。
ひと段落着いたら飯にしよかなと思いながら、少し軽くなった足取りで探索に移った。
シペアの家に着き扉をノックすると、まだ眠っていたと思われる眠そうなシペアの返事が返ってきた。
相変わらず立て付けの悪いドアがガタガタと音を鳴らしながら開いていくと、ドアの前に立っているのが俺だと気付いたシペアが目を見開いて辺りに響くほどの声を上げた。
「アンディ!お前どこ行ってたんだよ!あの後、他の奴らにお前のことをしつこく聞かれて大変だったんだぞ!」
「まあまあ、それに関しては済まないと思ってるって。とりあえず中に入れてくれないか?朝から騒ぐのもまずいだろ」
俺の言葉に自分が思いのほか大きな声で話していたことに気付いたシペアによって家の中に招き入れられた。
それから表彰式のこととザルモスのことを含めた、全体の顛末を教えてもらった。
結局ザルモスは町の法に基づいて死刑が決まり、現在は警備隊の詰め所地下にある牢に繋がれている。
さらに、ザルモスの悪事に加担した者の捜査が行われ、芋蔓式に捕まった人数は10人近くに上るそうだ。
シペアが本来相続するはずだったものは全て正規の手順で処理され、厩舎と本来の家に放牧地の所有権までが正式に引き継がれることになった。
とりあえずシペア自身の成人を待つ必要があるが、その間の後見として町長が名乗り出てくれたので悪いようにはならないだろう。
表彰式では優勝者が本来立つ場所にいるシペアに、参加者の中から疑念の声が吹きあがったが、町長からの説明と2位のオーゼルの証言により鎮静化し、式は無事に執り行われたという。
だが平穏だったのはそこまでで、その後は参加者と町のお偉方に俺のバイクについて質問の嵐に襲われ、切り抜けるのに苦労したのだそうだ。
「大体俺に聞かれたって分かんないっつーの。アンディに話を振ろうにも広場から姿を消してたしさ。本当、えらい目にあったよ」
「悪かったって。あの後急に具合が悪くなってな。宿で休んでたんだ。一晩寝たらすっかり良くなってたから大事にはならなくてよかったよ」
「むぅ、そういうことなら仕方ないか…」
流石に体調の悪かった俺に強く言うことはしないようで、小言を止めてくれた。
「んで、今日はどうしたんだ?依頼の報酬ならまだ時間がかかるけど」
気を取り直して来訪の理由を尋ねるシペアに、首を振って否定する。
シペアには依頼の報酬としてある物を用意してもらうことになっているのだが、物が物だけにすぐには無理だと俺も理解できるので急かすつもりはない。
「いや、それはまだいい。今日来たのは例のザルモスの隠してた遺跡の件についてだ」
「遺跡の?悪いけど俺、そういうのはさっぱりだよ。アンディの方が詳しいんじゃないのか?」
「俺だってそれほど詳しいわけじゃないさ。あそこの土地に関してはシペアが相続して所有権が認められるんだろう?だから先に話を通しておこうと思ってな」
恐らく町長あたりがペルケティアとアシャドルの両方に遺跡発見の報告と、調査依頼の申請を求める書簡を持たせた人間を使いに出したと思うのだが、地理的な要因を考えると先にペルケティアに報告が着き、それから調査隊が来ることになるはずなので、遺跡の調査に騒がしくなる前に一足先に遺跡を拝んでやろうと思ってシペアに話に来たのだ。
そのあたりのことを説明し、シペアから言質を取ることにしたのだが、本人はあまり理解できていないようで、終始首をかしげていた。
「うーん、でもそういうのって町長に話したほうがいいんじゃないか?一応俺の後見人ってことになってるし」
「もちろん、後で町長にも話は通すさ。けど、その前にお前に許可をもらっとこうと思ってな。こういうのは根回しが先に済んでる方が話がごちゃつかずに通りやすいんだ」
そんなもんかと呟きながら、しっかりと遺跡を見物するためにシペアの土地に立ち入る許可を口頭でだが貰い、その後付けになるが、正規の許可をもらうためにシペアと一緒に町長の家に向かった。
早速町長に面会を求めると、すぐに応接室らしき場所に通された。
さほど待つことなく現れた町長にさっきシペアに話したことをもう一度言って聞かせた。
「―というわけでして、シペアからも許可をもらったので今度は町長からも許可をもらいたいと思いまして」
俺の言葉に腕を組んで難しそうな顔をしている町長に、これは無理かと思っていると、重い口が開かれていく。
「許可を出すのは構わんのですが、まだペルケティアとアシャドルの両方に出した使いの者からの返事が無い状態で無暗に人を立ち入らせると後々騒がれるのが心配でしてな」
国の派遣した人員より先に冒険者の立ち入りを許可したとあっては確かに問題になりそうだ。
貴重な遺跡を冒険者に荒らされることを嫌うのも当然だろう。
「…ただ、シペアの知り合いが放牧地を訪れた時に偶然遺跡を見つけて、さらに偶然調査の手が入る前に遺跡に入ってしまったとしても、私にはどうしようもないことなので、くれぐれも気を付けて下さいね」
やはり難しいだろうと思い、こうなったらコッソリ行ってやろうかなと考えた時、町長が独り言を呟くようにして吐き出した言葉によって俺の行動が決まった。
町長としては何も言わないし聞いていないので勝手に遺跡を調べても構わないという風に副音声が込められている言葉にならい、好きに調べさせてもらうとしよう。
「なるほど、そうですね。気を付けます」
立ち上がって町長に握手を求めて右手を差し出す。
「ええ、そうして下さい。使いの者が調査隊を連れてくるのは早くて5日後でしょう。遺跡にはさらに1日置いてから調査に入ると思います」
つまりそれまでには遺跡から退去しておけということか。
裏の意味を汲み取り、お互いに意地の悪い笑みを浮かべてがっちりと握手を交わした。
「つまり町長は俺の行動に一切関与しないから好きに動けって言ってくれたんだよ」
町長の家を出た後で、シペアが先程の会話にどういう意味が込められていたのか知りたがったので説明してやった。
シペア自身、会話には加わらなかったが、どこか裏のある会話に違和感を感じていたようだ。
「はーそんな意味があったのか…。なんつーか、アンディって本当にすごいよな。大人とあんな難しいやり取りが出来るなんてさ」
そう言われても実際俺は普通の子供よりも精神年齢はずっと上だしな。
「まあ冒険者なんてのをやってるとそうなるもんだ」
シペアの言葉には曖昧な返事で済まし、早速遺跡を目指すとする。
放牧地の場所を聞こうとしたのだが、何故かシペアも一緒に行きたいと言い出したので、特に断る理由もないので一緒に行くことに決め、準備を整え次第、門の前で合流する約束を交わしていったん解散した。
殆どの荷物がバイクに積んだままだった俺はさほど準備に時間もかからず、すぐに町の門へと向かう。
門の前には初めてジネアの町に来た時に対応した門番の男が一人で立っていた。
「お、確かアンディだったか。随分早い出立だな。何かの依頼か?」
「いえ、シペアを待ってまして、これから少し遠出するんですよ」
それからシペアが来るまで門番と世間話程度の会話を楽しんでいたが、不意に真面目な顔になった彼から礼を言われた。
「本当はこういうのはあまりよくないんだが、ザルモスの件はこの町の浄化になったと俺は思っている。そのきっかけを作ってくれたお前には礼を言っておきたい。本当にありがとう」
突然の言葉に一瞬面食らってしまったが、男性が俺に礼を言うのもまたこの町を愛するがゆえに口を突いて出た気持ちだったと思う。
素直に感謝の言葉を受け取り、シペアがこちらに向かってくるのに気付いて話は切り上げられた。
「言われたとおり馬は置いて来たけど、よかったのか?」
最初は馬に乗って着いてくるつもりだったシペアに、馬は連れて来ず簡単な旅の装備だけで来いと言っておいたのだ。
「ああ、馬よりもバイクの方が早いし安全だ。荷物はこっちの箱の上にのせて紐でくくっておけ。準備が出来たら後ろのシートに乗れ」
「乗っていいのか!?やったー!いやー初めて見た時から乗ってみたかったんだよなぁ」
いそいそと荷物の固定をすましたシペアがシートに付き、準備が出来た所で門を出て町を後にした。
「うはー!すげー!こんな速いんだな、バイクって。それに全然揺れが無いから馬よりも乗り心地いいし、もう最高~!」
門を出てから少し行くと、シペアにバイクの気持ちよさを感じさせるために速度を徐々に上げていき、今は馬よりもずっと速いスピードで走っている。
快晴の下を暫く街道沿いに進むと、シペアが別れ道の存在を告げてくる。
「あそこの岩あるだろ。あの裏に細い道があるんだ。そこを辿っていけば放牧地に着けるよ」
100メートルほど先にある岩に近付くにつれて徐々に速度を落としていく。
俺から見て岩の裏手には確かに何かが通った跡があるが、かなり長い時間人の通りは無かったようで、草が生え放題でわずかに道らしき痕跡が窺える程度だ。
その荒れた道を進んでいくと、徐々に増え始めた木々が、遂には林を成すほどの厚みを持ち、そこへと続く道にバイクを走らせる。
シペアの指示に従い進んでいくと、不意に林の中に開けた場所が現れた。
東京ドームほどの広さがありそうなその場所は、草原や池に低めの崖などの狭い範囲に起伏の富んだ土地だ。
ここがシペアの父親の所有していた放牧地の様で、木で出来た1メートルほどの高さの柵がぐるりと囲んだその中はすっかり荒れ放題になっており、背の高い雑草が伸び放題で放置されている。
「随分荒れてるな」
「仕方ないさ。父さんが死んでから誰も手入れする人がいなかったし、ザルモスも管理まではしなかったらしいって聞いた。あ、そこから柵が開くから入れるよ」
ユックリと柵に沿って走っていると、シペアがとある一角を示したため、その場所へとバイクを近づける。
バイクから降りたシペアが柵に近付いていき、何やらごそごそとやると次第に柵の一部が入り口として開かれていき、中に進入できるようになったのでバイクごと中へと進入していった。
一旦適当な所にバイクを停めて改めて周りを見ると、既に自然に飲み込まれていると判断してもいいぐらいに人の手が加えられた形跡は存在しない。
それを見るシペアの目も物悲しげだ。
父親の残したものが荒れ放題に放置されているのを見るのは中々つらいのだろう。
思う所もあるだろうから暫くそっとしておこうと思い、少し周りを調査しようと思ったその時だった。
俺達の来た道を高速で駆け抜けてこちらに向かってくる影を視界の端に捉えた。
「シペア!何か来る!バイクの傍から離れるなよ!」
俺の警告の声に反応してバイクに隠れるようにして身を低くしたシペアを確認し、数歩前に出ていつでも迎撃できるように腰の剣を抜いて接近する影を待ち受ける。
かなりの速度でこちらに近付いてくるが、蹄鉄の音は聞こえてこないため、馬ではないはず。
となると狼などの生き物の線が考えられるが、それにしては見える影の体躯が大きいように思える。
剣だけで倒せるとは思えないので、今のうちにポケットの中に忍ばせてあった鉄鉱石の礫を幾つか握っておく。
これを電気で加速して打ち出せばいつかの釘を使った電磁投射砲もどきほどではないが、並みの生き物なら簡単に葬れる威力の攻撃ができる。
惜しむらくは射程距離が極端に短い点か。
今のうちにと剣にも電気を通して赤熱化させておく。
万が一接近された時に斬り結ぶことも考えての準備だ。
林の中を駆けていた影が俺の姿に気付いたようで、こちらに向きを変えて突進して来て、柵に当たる直前で大きく飛び越えて俺の目の前に着地する。
この時点で影の正体に気付き、戦闘態勢を解除した。
「驚かせないで下さいよ、オーゼルさん」
「あら、レースでは私の方が散々驚かされたのですから、これぐらいは大目に見て欲しいものですわね」
林を抜けてきた影はガイトゥナのジェクトに乗ったオーゼルだった。
今日はレースの時のローブ姿よりも軽装に思えるカーキ色の薄手のマントに、白で揃えた革製のハーフプレートにレギンスという格好だった。
「シペア、大丈夫だ。オーゼルさんだった」
バイクの方に声をかけるとひょこりと顔を覗かせたシペアにオーゼルが手を振って安全をアピールしていた。
ホッと一息ついてこちらに近付いてきたシペアがオーゼルに声をかける。
「驚かせんなよなぁ。んで?なんで姉ちゃんがこんなとこに来てんだ?あ、まさか…」
「そのまさかでしてよ。遺跡以外の目的で来る場所ではないでしょう」
フンスと鼻息荒く仰け反り、そう宣言するオーゼルに白い目を向けるシペアが、気になっていたことをを尋ねた。
「ここは俺の土地だし、アンディは町長に話を通してから来てんだぞ。勝手に来てもらいたくないんだけど」
「その点はご心配なく。私は町長から直々に頼まれてきてますの。ですので、いわばあなた方の保護者兼監督者といったところですわね」
恐らくオーゼルの言葉に嘘はない。
俺達だけで行かせるには多少の不安があった町長がオーゼルに頼んだのだろう。
彼女ならガイトゥナという脚もあるし俺に撒かれる心配もないと思えるし、何よりも彼女の身分がその考えに至らせたのではないかと思う。
オーゼルの立ち居振る舞いや言葉の端々から滲む教養の気配を考えるに、かなり高位の貴族の出だと推測できる。
万が一遺跡調査の前に勝手に遺跡に立ち入ったことが公になっても、彼女の身分を盾にすればいくらか非難も和らぐという打算もあるのだろう。
そういう考えが出来るあたり、やはり町の長という立場にいるだけあって中々強かなものだと感心させられる。
オーゼルの言葉にぐぬぬ顔になっているシペアを放置して、俺が話を進める。
「そういうことなら一緒に行動しますけど、あまり危ない真似はしないで下さいよ?遺跡には何があるかわからないんですから」
「ご心配なく。私の国では遺跡の危険性は子供の頃から嫌というほど聞かされますのよ」
そんな国あんのか?
だがまあ、これはチャンスだ。
オーゼルの出身を知るのに絶好の切っ掛けじゃないか?
「へぇ、面白いお国柄ですね。ちなみに出身はどちらで?」
「…あまり乙女の秘密を探ろうとするものではなくてよ?」
いや出身を聞くぐらいはいいだろう。
意外とノってこないようで、うっかり話すのを期待していただけに残念だ。
まあこれは仕方ない。
本人が語りたくないというのなら無理に聞くことはない。
とりあえず遺跡の場所を探すためにこの辺りを少し探し回ってみようかと思い、2人には適当に時間を潰してもらうことにした。
シペアには今の放牧地の光景と記憶の中にある光景で大きな差異が無いかを思い出してもらうことにして、オーゼルにはそのシペアの護衛を頼んでおいた。
特に渋られることなく承諾され、思い思いの場所へと散っていった。
ジェクトは放牧地に生えている草を食べるのに夢中だった。
そういえばそろそろ昼か。
ひと段落着いたら飯にしよかなと思いながら、少し軽くなった足取りで探索に移った。
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平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。
しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を――
※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
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気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
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