世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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敵を追って三千里

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移動の合間にパーラと試合を重ねていくと、最初の頃は搦め手に翻弄されてまともな試合にはならなかったが、徐々に相手の手の内を警戒して慎重に戦うスタイルが身に付き始め、即応能力は格段に上がったと言っていい。
特に落とし穴関連にはトラウマと言っていいほど敏感になっており、地面の微妙な変化に気付くと大袈裟な位に回避する姿には少しやりすぎたかと思ってしまうほどだ。

ペルケティアを目指す俺達には必ずしも王都を通る必要はないのだが、王都に近付くにつれてソワソワし始めたパーラの様子から、セレンに会うのが楽しみなことに気付き、特に急ぎの旅でもないことだし寄っていくことにした。
そのことを告げられたパーラは嬉しそうな顔で頷き、その顔を見たら多少の遠回りも悪くないという気持ちになる。

エイントリア伯爵邸に着くとセレンが出迎えてくれて、パーラと抱擁を交わして再会を喜んでいた。
ルドラマが城から一時帰宅していたのだが、俺達の到着と入れ違いになる形で再び城へ戻ってしまった為、挨拶が出来なかった。
主にパーラが熱い歓迎を受けて屋敷へと招き入れられた俺達だが、俺としてはサティウがいつ襲撃してくるかびくびくしていた。
その様子に気付いたセレンからルドラマに付いて城に向かったと教えられて胸をなでおろす。

中庭に置かれたテーブルでお茶を貰いながらセレンに求められるまま、バスラン男爵領での出来事をかいつまんで話した。
「…実の息子の処刑を見届けるのはさぞ辛かったでしょうね。けどバスラン男爵は人の上に立つものとして正しい判断を下したのはすごく立派なことだと思うわ」
「それは俺も同感です」
小さな地域で領主をしていると、なあなあで終わらせることもあると思うが、今回はアレイトスが実の息子とはいえ確固たる処断を下したことで領民からはさらなる信頼を得ることが出来たのが唯一の救いだろう。

同じ子を持つ親として思う所があるのだろうセレンは庭の花を見ながら何かを思っているようで、物憂げな顔を浮かべている様子にパーラがそっとセレンの手を握ると、それに気づいたセレンが微笑みながらその手を握り返していた。
「今はペルケティアとは特に敵対してるわけじゃないけど、特別良好というわけでもないからその商人の引き渡しは難しいでしょうね。一応夫に頼んでみましょうか?」
「いえ、それには及びません。これも俺達で解決しようと思ってますので」
「あらそう?まあパーラちゃんもそのつもりみたいだし、それなら私からは何もすることはないわね」
そういうとセレンは目が合ったパーラと笑い合い、和やかな茶会は過ぎていく。

王都での滞在中にクレイルズの所へと顔を出すのがなんとなく癖になりつつあるのだが、工房に着いてみると前は入り口付近に大量にあった素材の山がかなり減っており、心なしか片付いているように感じた。
中に入ろうとしたのだが、ドアに鍵が掛かっていて開きそうになく、仕方なくドアの前で暫く待ってみたのだが一向に帰って来ず、そうこうしている内に日が暮れ始める時間になってしまった為に屋敷へと戻ることにした。

屋敷前にいる門番に聞いてみたところ、最近クレイルズが魔道具の保守点検業を始めた所、見事に評判となって忙しくしているのだそうだ。
まだ他の業者が台頭していない今のうちは忙しいのは当然のことだろうと思い、今回は車検を見送ることにした。


しばしの休息の日を終え、再び旅の空に戻った俺達は順調に進み続け、べスネー村へと戻って来た。
およそ1カ月ほど空けていたことになるのだが、ポツポツと田んぼが形になり始めており、村の周りにあるものだと既に水が引かれている場所もある。
街道を進む俺達を見つけた村人に手を振られるのをパーラが振り返して村へ着くと、早速村長の家を訪ねてみた。

テーブルについてグエンのこととウルカルムのこととを明かすと、村長も気になってはいたようで、一応の決着に安堵のため息を漏らしていた。
「そうか…無事にヘクターの仇を討てたのなら何よりだ。その商人を追ってペルケティアに行くのだな?」
「ええ、今回の裏にいる人物が分かった以上は追わないわけにはいきませんから」
俺の言葉にパーラも頷きで同意することで村長に覚悟は伝わった。
まだ暫くはべスネー村に落ち着くことは出来ないことを詫びるとともに、今やっている米作りの試験栽培の進展を聞いて、とくに問題も無いためそのまま村人たちの手で続行してもらうことにした。

「そういえばここに来る途中に見たんですけど、村の中に池が出来てませんでしたか?」
話の流れで少し気になったことを村長に尋ねてみる。
村の通りを走った時に見えたのだが、村の中を走る川のそばに池としか思えない水が溜まった場所が出来ていた。
「あぁ、あれは風呂だ。少し前にシペアがアンディを訪ねてきたんだが、丁度いない時で暫く宿泊していた時に風呂を作ると言い出してな。村人も手伝って1週間で作り上げたのがあれじゃ」
なにやってんだ、あいつ。
すっかり風呂の味を覚えてしまったシペアがべスネー村に作った露天風呂だが、普段は3日に一回ぐらいの頻度で川の水を引いて熱した石を湯船に放り込んで沸かして入っているらしく、村人もお湯に浸かるという習慣にすっかり馴染んでしまっているようだった。

「あれが出来てから体の調子が良くてな。村の年寄り連中も体が軽いと喜んどるわ」
「はぁ、それはよかったですね。…それで、シペアが俺を訪ねてきた理由はわかりますか?」
俺としては風呂が出来たことよりも、それを作ったシペアが何の用でわざわざ長い時間をかけてべスネー村に来たのかを知りたい。
「いや、それはアンディに直接話すと言って聞いとらんな。ただ、急ぎというわけではなく、とりあえず相談したいような雰囲気じゃったと思う」
そうなるとシペアに会うためにジネアの町に寄る必要が出てくるな。

ペルケティアに向かう街道を進むだけならジネアの町は寄る必要はないのだが、シペアの相談事が気になってしまった以上はスルーできない。
パーラにも寄り道をすることを話して、ジネアの町に寄ることに決めた。

念の為に村長にウルカルムと思しき商人が村に立ち寄らなかったか聞いてみたが、4人組の冒険者が一度だけ村に立ち寄っただけで、商人らしい人物は来ていないと言われた。
べスネー村は別に街道の中継地として適している立地ではないし、そもそも湿地帯が広がるこの辺りは野営に適していないため、早々に通り抜けるか多少迂回した所にある宿場町を利用するのが普通なのだそうだ。
恐らくウルカルムもここではなく、その宿場町を通ったのだろう。
俺達のようにべスネー村に用があるというわけではないので、そのルートを使うのも頷ける。
だが、次に立ち寄ると思われるのがジネアの町となれば、俺達も向かうことにしていることから、そちらで何か情報を得られると期待しよう。

村の周りに広がる水田の中、俺が試験栽培に使っている場所では数人の村人が様子を見守っており、その中のトマという男が代表して経過報告をしてくれた。
「このところ少し夜が冷えていたから、アンディに言われていた通りに水を深く張っておいた」
「そうですね、これぐらいあれば少し寒くても生育には問題はないでしょう」
目の前の田んぼに入り、根の付き具合や葉の色を見てみたが、特に何か手を加えることなくこのまま経過を見守る方針で決まった。
村長から提供されている紙を紐で纏めただけの簡単なノートにはトマ達が書いた観察日誌のようなものが出来上がっており、このまま情報が蓄積されていけばいずれは米作りのバイブルになるかもしれない。

田んぼを見終わると他の作物の様子を見に行くが、以前俺が話したコンパニオンプランツの話がしっかりと根付いているようで、色んな所に花やハーブが作物の近くに一緒に植えられており、こちらも組み合わせを実験しているのだそうだ。
いくつか俺の知らない、恐らくこちらの世界独自の植物なのだろうと思われるものがコンパニオンプランツに採用されているようだが、その辺はこちらの世界で長年畑を作って来た先達の意見が生かされているのだろう。

聞いてみたところ、生育速度に大きな違いはないのだが、害虫の付き具合がかなり違う様で、今一番効果を発揮しているのが水ミラと呼ばれている植物なのだが、見た目は完全に俺の知っているニラそのものなのに発する匂いがハッカのようなものに似ており、ほとんど害虫が寄り付かないのだそうだ。
名前に水と付くぐらいに頻繁な水やりが必要なのだが、この匂いが一番強く出るのが土中に水分の足りていない時だそうで、匂いが出るのに最適な水分量や持続性等、その辺りを調べて実践するのが今後の課題となりそうだ。

夕食時になると、ヘクターの敵討ちと俺達の無事の帰還を喜び、村人たちの手によってささやかながら祝いの席が設けられた。
流石に米はもうふんだんに使うことが出来る量が無いため、村の猟師が捕まえてきた七面鳥のような巨大な鳥の丸焼きや、川魚を大量のハーブと一緒に蒸した魚の香草蒸しなどといった様々な物が用意された。
どれも初めて食べる物ばかりで目と舌で楽しみ、ズラリと並べられたテーブルの上の料理をつまみつつ、作物の話で村人たちとおおいに騒ぎ合った。

べスネー村には2日ほど滞在し、朝に大勢の村人に見送られての出発となった。
村の女性たちと抱き合って別れの挨拶をしているが、俺は村の男性達と田んぼの管理について幾つか言葉を交わす程度だ。
村を出て走っていると、街道から見える田畑にも作業している村人はいるので、俺達に気付いて手を振ってくるのでパーラに振り返すのを任せて一路街道を駆けていく。
ジネアの町を目指すのだが、シペアの相談事も気になるので、若干走る速度が上がってしまう。
村長から聞かされたシペアの様子は切羽詰まったものではないと思うのだが、わざわざ俺を訪ねてきたくらいだ、一体どんなトラブルに巻き込まれたのかと心配になってしまうのも仕方ないだろう。
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