世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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旅立ちの気配

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ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず

これは方丈記にある一節で、川の水は途絶えることなく続いて見えても、同じ水は流れの中で留まり続けることはないという意味だ。
要は世の中は常に変化しているということ。

何を言いたいかというと、ここ最近は俺の身の周りもかなり変化してきたのだ。
まず一つに、パーラの声が風魔術の補助を用いずに発声できるようになったこと。
半年近い時間をかけてようやくリハビリ効果が出たようで、先日遂に自分の声を完全に取り戻したパーラは、大喜びで俺に報告して来た。

リハビリにかかった時間を、たった半年と取るかやっと半年でと取るかは人それぞれだが、俺は随分早い方だと思っている。

実にめでたい事なのだが、正直パーラが風魔術の補助で声を出していたということを俺はすっかり忘れていた。
それだけ今までのパーラの話し方が自然だったということになるが、このことを知らないミルタとローキスにパーラが喜んでいる理由を説明すると、えらく驚かれた。
なにせ今まで普通に話が出来ていたパーラが、実は以前まで魔術の補助なしで話すことが出来なかったと知ったのだから。

パーラの全快を祝ってささやかなお祝いを開いたが、その際にパーラが魔術に目覚めたきっかけを二人にバラしてしまい、それなら自分もとミルタが俺に魔力の活性化を強くねだって来た。

身内であるミルタであれば別にいいかとその場で魔力の活性化を試みたが、残念ながらミルタには魔術を使う素養が無かったようで、気分が悪くなるだけで魔力の活性化は確認できなかった。
ついでにとローキスも名乗り出てきたので試してみたが、こちらもミルタと同じ結果となる。

どうもこのやり方で誰でも魔術が使えるようになるとは限らないようで、たまたまオーゼルとシペアとパーラに適性があったのを俺が目覚めさせただけだった。
とりあえず俺が自由気ままに魔術師の量産が出来ないことがわかったことだけでもいい収穫だろう。

そしてもう一つ、どちらかというとこちらの方がこの先を考えると重大な変化だと言えるかもしれない。
ここ最近、アシャドル王国では米が流通し始め、ヘスニルでも見かけるようになっていたのだ。
流通ルートとして、まずべスネー村で作られた米が王都へ運ばれ、それから各地へと売られ始めたのだが、同時に調理法も一緒に伝播していったようで、物珍しさもあってか意外と人気が出ているらしい。

ルドラマから聞いたのだが、どうも米の栽培を王国にもっと広めようとしている動きがあるらしい。
活動の中心人物は、あの小麦アレルギーの娘を持つパーバスだそうで、娘のためというのもあるが、それ以上に小麦が米よりも優れている点を正当に評価して活動しているとか。

米は味もさることながら、単位面積当たりの収量が麦よりも多いという点から、大々的に作られれば、それだけ王国としての税収が上がることも考えられるため、パーバスの説得を受けた各地の貴族も栽培を検討し始めているという。
王国でも一般的に栽培が始まれば、もっと気軽に食べれるようになるので、期待したいところだ。

ヘスニルにも米袋を積んだ荷馬車が訪れ、街の広場に運ばれてきた見知らぬ穀物に興味をそそられた商人達が調理法と共に少しだけ仕入れていく姿があった。

今回は普及を優先させる方針で最初の仕入れ時に国から補助金が出ているおかげで小麦と比べると重さ換算で安めであるため、試しに買って行くという人がそこそこの人数はいたが、それでも山と積まれた米袋を見ると、まだまだ在庫は余っていた。

そんな中、俺とエイントリア伯爵家の料理人だけは、その場にある分を全て買い上げていく。
割合としては俺と伯爵家が4:6で買い占めたが、これは伯爵家が使用人の分も含めると大量に必要になるのと、俺は米を使った料理を店で出そうと画策しているためだ。

今のところこの街では米の本当の価値を知るのは俺達だけなので、買い占める形になっても特に文句が出なかったのは幸いだった。

久しぶりに米が食えるということで俺とパーラは歓喜し、荷車で店の前に運んできた米の詰まった麻袋の山を見ると、思わず漏れる笑みが止められない。
遠目で見るミルタとローキスが訝し気な顔をしているが、そう遠くない内に俺達と同じ境地になる。

買い占めた分を含めて、将来的にある程度の米の供給の目途が立ったと思うので、新メニューに米料理を出すことをその場で話した。
初めて米を見るミルタとローキスにおいしさを力説するパーラだったが、実食してみないことにはその旨さは分からないだろうということで、とりあえずすぐに用意できるチャーハンを2人に振る舞い、これも絶賛の後に新メニューとして満場一致で承認された。

チャーハンの他に、卵が手に入ればオムライスを出すことも考えたが、こちらの世界では卵は安定供給とは程遠いため、あくまでも卵が仕入れられた日だけの限定メニューになる。
オムライスは女性受けがいいので、なるべく用意しておきたいものだ。
基本はチャーハン、極たまにオムライスといった感じで店に出していけばいい。

新作が2つともなると店はさらに忙しくなるだろうが、客が全くいないよりはましだし、それにこれは俺からの餞別のような物だ。
なにせ、これからこの店はミルタとローキスの2人でやっていくことになるのだから。





「そういうわけで、俺とパーラは近い内に旅に出るんで、店のことはローキスとミルタに任せることにしたから」
「…ちょっと何言ってるかわからないんだけど」
「旅に出るって…嘘でしょ?新メニューが出来てまだ十日も経ってないじゃん!これから忙しくなるかもしれないんだよ!?いや、絶対そうなるって!」
一日の営業が終わり、夕食も終えた席でそう宣言した俺の言葉に困惑するローキスとミルタが声を上げる。
とくにミルタは新メニューが出来たことで店が忙しくなることを思うと、声が自然と大きくなったようだ。

以前から俺はその内旅人の身に戻ることを密かに決めていたのだが、ミルタとローキスの2人でも問題なく店を回せることは分かっていたので、後は万が一トラブルが起きた際の対応だけが問題だった。
ミルタもローキスも荒事には向かないため、用心棒でも雇おうかと考えたぐらいだが、それも少し前に守備隊隊長のセドに頼み込んで、俺の店の周りを見回りのルートに含めてもらうことができたので安心できる。
その対価として貴族の従者への尋問を手伝わされたが、それぐらいで店の安全を担保できるのなら大した手間でもない。

ちなみにパーラには2人よりも先に身の振り方を聞いている。
ヘスニルに残って店をやるもよし、エイントリア伯爵家への養子話に乗るもよし、どちらにしてもパーラの意思は尊重するつもりだったが、パーラは旅への同行を即決した。
それを聞いた時はどこかホッとした自分がいて、なんやかんやでパーラとの旅に楽しさを覚えていたようだ。

「別に明日・明後日にいなくなるわけじゃないから、まだ暫くは店で働くさ。けど、2人とも商人ギルドに登録してるし、もう商人として活動してもいいだろう。その第一歩として、この店の経営をやってみたらいい」
少し前にミルタとローキスが一緒に商人ギルドに登録したので、本来ならどこかの店で下働きをして経験を積むのが普通なのだが、俺の店で先に働いていた経験もあるし、2人とも物覚えも悪くない上に読み書きと計算もできるのだから、普通よりもスタートダッシュがかけられるはずだ。
ただしローキスはともかく、ミルタは計算が少し怪しいので、まだまだ勉強は続けなくてはならない。

異例だとは思うが、別に禁止されているわけでもないので登録してすぐに店を持っても問題はない。
その内ランクアップしていけば見合うようになるはずなので、時間が解決してくれるだろう。

「ちなみにこの店の所有権だが、ギルドの仲介で俺からお前らへの貸与契約を結ぶ形になる。ただし、建物と土地を含めた評価額を全額支払った段階で、所有権は2人へと移る。以降はお前らの店としてギルドに認められるから、頑張れよ」
「ちょ、ちょっと待って。いっぺんに話さないでよ」
先のことについてまで一片に語ったせいで、ミルタは早々に思考を放棄してお茶を飲むことに没頭しているため、ローキスが俺の話を聞いていたが、展開の早さに着いて行けず、一旦息をつく暇を欲しがった。

一応この店の所有権はまだ俺にあるが、将来的にはミルタとローキスの2人の物になるように既に商人ギルドには話を通してある。
土地に関しては俺がルドラマから貰ったものなので、そちらに関してはルドラマに直接話した。
特に問題なく話は進み、これらの取り決めは正式な書類として俺と行政側にそれぞれ残されている。

俺に支払われる金に関しては、特に額は決めず、店の売り上げから月に出せる額をローキス達が勝手に決めればいい。
別に金が目当てなわけじゃなく、あくまでも店を2人に譲るための方便のような物だ。
タダで譲渡すると言ったら、この2人の性格上、店の経営権の譲渡を固辞すると思うし、そうなれば店は畳むしかなくなるのだが、それだけは嫌だった。

俺はできることなら、今この店の食事を楽しみに来てくれる人達を大事にしたい。
旅に出るとなっても、店を続けてくれるように2人には頼みたいのだ。
これは俺の我儘だ。
だから断られたとしたら、また別の方策を考えるしかない。
だが、ミルタもローキスもこの店が好きなのは知っているので、きっとこの話を受けてくれると信じている。

「お前らが嫌だっていうなら無理強いはしない。ただ、そんなに悪い話じゃないだろ?その年で店を持てるんだし」
俯いたせいで顔が見えないローキスだが、膝の上で握られた手が更に握りこまれたことで、何となく葛藤しているというのだけは分かる。

それもそうだろう。
こいつらを店の従業員として受け入れてまだ半年もたっていないのだ。
なのに店をいきなり任せると言われて、不安にならないはずがない。
ましてや、まだ子供だ。
色んな責任を背負うには若すぎる。

流石にまだ子供の2人をいきなり放るわけにはいかないので、競合店にして姉妹店という訳の分からない付き合いではあるが、信頼は出来るロメウスに俺がいなくなった後のことを頼んでおいた。
別に店の全部を面倒見ろというわけではなく、何かあった時に相談に乗るなど、それとなく目をかけておいてもらうだけでいいのだ。
礼代わりに米のおいしい炊き方を教えたおかげで快く引き受けてくれたので、そのことも2人に話しておいた。
ロメウスとは過去に思うところもあっただろうが、2人も今ではそれなりに信を置いているので、これを聞いて顔から険しさがいくらか和らいでいき、多少は不安が薄れたようだ。

「アンディ、この話なんだけど、明日まで待ってくれない?色々といきなり過ぎて、私とローキスで話したいこともあるし」
「…確かに急過ぎたな。わかった。俺とパーラは部屋に戻るから、2人でじっくりと話すといい」
まだ悩むローキスとは違い、幾分吹っ切れたような、何かしらの決意がこもった眼で見てくるミルタに、俺もその提案に乗った方がいいと思ったので、パーラと一緒に居間を後にする。
部屋に向かう俺の背後から聞こえてくるのは、どこかミルタがローキスを労わるような、励ますような声だった。

部屋に入ってベッドに腰かけると、思わずため息が漏れた。
少し性急に過ぎたかと反省している。

ローキスは真面目な性格に加えて慎重さも持っているせいで、こういった大きな変化を前にすると萎縮する傾向にあるようだ。
反対に、ミルタは一度そういう場面で立ち止まることはあっても、すぐに自分の立ち位置と動き方を見極める柔軟さがある。
先程のミルタの目を見た感じでは、彼女が躊躇するローキスの尻を叩く役目を負ってくれるだろう。

「大丈夫。あの2人ならやってけるよ。だからきっと店のことも引き受けてくれるって」
「そうだな…。俺もそう思ってる―ってパーラ!お前いつ部屋に入ったんだよ!」
普通に受け答えしたが、俺の隣に腰かけるパーラの存在にたった今気付いて驚いた。
ここは俺の部屋で、パーラの部屋ではない。
勝手に入らずに、用があるならドアをノックして欲しい。

「いつって一緒に入ってきたじゃん。まあ、なんかアンディの顔が強張ってたから気付かないだろうなぁとは思ったけど。本当にこういう時って注意力が足りなくなるよね」
「むっ…確かに、少し考え事してたけど…」
まさか俺と一緒に部屋に入っていたことに気付かなかったとは。

「…俺だってローキス達なら問題ないと思ってる。ほら、少し前にハンバーグにトッピングを加えるのを提案したのはミルタだったろ?あれで俺は2人に店を任せる気になったんだ」
今店で出ているハンバーグにはソースと付け合わせが付いている程度だが、それにバリエーションを加えることを進言してきたのがミルタだ。

手始めにチーズと大根っぽい野菜をすりおろしたものを試してみた。
こっちの世界でチーズといえば牛ではなく、山羊の乳を使ったものが一般的なのだが、この癖の強いチーズがハンバーグとマッチするのは意外な発見だった。
大根っぽい野菜の見た目は俺が良く知る青首大根よりも、どちらかと言えば長さもあるし練馬大根のような印象を受ける。

本来、大根の旬は冬なのだが、この大根っぽい野菜に関しては夏に収穫されるという、俺の常識とはすこし季節のずれがあった。
とはいえ、おろしにすればまさに大根そのものといった味のため、ハンバーグに乗せてソースを掛けるだけで、和風ハンバーグの風情を楽しめる。
普通に店で買った時も大根で通じていたので、大根と呼んでも差し支えないだろう。

早速店ではこれらのトッピングを始めてみたが、聞こえてくる評判は上々だ。
チーズは女性や若い人達に受けて、大根おろしは歳をとってあっさりした味を好みだした人達に好まれている。

ハンバーグにトッピングを付けるのは前世だと一般的だが、この世界でハンバーグを知らなかったミルタの口からそれが出た時には衝撃だった。
俺が手助けすることなく、より良いものを作り出そうとしたことに一種の感動すら覚えたぐらいだ。

「あの時、俺は2人が店を切り盛りするのを明確に想像できたんだ。ミルタが奔放に考え、それをローキスが支える。どうだ、いいと思わないか?」
「まあね。その辺りも切っ掛けになったのを明日ちゃんと説明した方がいいよ。どうもアンディは言葉が足りない時があるんだから」
そうは言うが俺も別に完全に胸の内を明かして話しているわけじゃないし、どうしても伝わらないことだってある。

パーラの忠告は素直に受け取るとして、あの2人が明日どんな結論を出すか…。
まあ多分受けてくれるとは思うが、それでも人の心はどういう風に動くかは完全にわからない。
断られることに対する極僅かな不安を抱いたままこの日は眠りにつく。




翌日、目の下に隈を作ったミルタとローキスが朝食の場で店を引き継ぐことを宣言した。
どうやら一晩悩みに悩んだ上で話し合ったようで、見ていて気の毒になるぐらいひどい寝不足でフラついているのを見るにあまりに忍びなく、この日の営業は俺とパーラでやることにして、2人は休ませることにした。
気合で朝食だけは食べたようだが、居間のソファに揃って身を預けた瞬間に寝落ちしてしまっていた。

なんだか子供にする仕打ちとは思えないぐらいのストレスを掛けた気もするが、それでも2人が自分の意思で答えを出したのなら問題ないだろう。

旅に出るための準備は以前からしていたが、この店をローキス達に任せるのを最後の仕上げと考えていたため、これで俺達が旅に出るための心残りは無くなったと言える。

せっかく建てた家も1年経たずに手放すのは少々勿体ない気はするが、店をやりたがったのはパーラだったわけで、そのパーラも俺と一緒に旅に出るのだから、必要とする人間に使ってもらった方がいい。
別にローキス達に譲ったからといって俺達がここにもどってきてはならないわけでもないのだから、旅に出たとしても機会があればここに戻ってくるし、旅先から手紙を出すのもいいかもしれない。

そんなことを考えていると、パーラが声をかけてきた。
「アンディ、そろそろ店を開けなきゃ」
「ん…そうだな。今日は俺達だけだから客が少ないといいんだけど」
「何言ってんの?今日は冷製茶漬けを出すって前から宣伝してたじゃない。お客さんはいつもより増えるに決まってるでしょ」
「……あっ!」
しまった、忘れてた。

そう言えば今日は夏季限定メニューとして、米料理のバリエーションで冷製茶漬けを出すって少し前に大々的な宣伝を打ったっけ。
チャーハンとオムレツだけだと暑い季節は厳しいだろうから、塩蔵の川魚を具にした丼飯に麦茶をぶっかけた冷製茶漬けを用意していた。

試食したパーラとミルタは無言で貪り食っておかわりまでしていたから、味の方は自信があるし、まだ米がそれほど高騰していない今は原価率が他の料理と比べてかなり優秀なので、かなり大勢に宣伝したのが今日に限っては裏目に出た。

よりにもよってミルタとローキスを書いた状態で忙しくなるのが決まっている日を迎えるとは…。
昨日の俺を殴ってやりたい。
「ほらほら、急いでよ。普段だったらもうとっくに店は開いてる頃なんだから」
「わかってるって。とりあえず、最初はパーラも厨房に入ってくれ。下準備だけやっちまえば後は俺が調理するから」

ドタドタと階段を下る俺達だったが、この忙しい日もきっと懐かしく思う時が来るのかもしれない。
そんな風に考えながら、微かに笑みが浮かんだ口元を引き締める。
とりあえず今日確実に来る忙しい波を乗り越えることを考えよう。

「もぅ…。この忙しくなる日に2人を寝不足にしたのはアンディのせいだからね。反省して」
「面目ねぇ」
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