世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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また精霊様が言うことにゃ

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 城での会議が俺の関与するレベルを超えたあたりで、ハリム達に断りを入れて抜け出し、俺はその足で郊外の格納庫へと向かった。
 途中でパーラを拾おうと思ったが、城で受けたダリアからの伝言では、どうやら俺の行き先にいるそうなので丁度いい。

 昼と夕暮れ、丁度その間の時間は気だるげな空気を生みやすいものだが、格納庫の周りに限ってはそれと無縁で、大勢の人間が作業を行っていて実に賑やかだ。
 先程の会議で決まったこととして、俺の飛空艇に対して何かの準備作業が行われるようで、白一色の機体に接続用のアダプターと思われる器具がいくつか接続されていくのが見えている。

 元々飛空艇には、後付けのオプションパーツを想定したと思われる接続器具が機体各所に存在しており、今手が入れられているのも、そういった連結用のアタッチメント部分にだった。

「だからちょっと待ってって!今アンディ探して来るから、それまで作業を止めてくれるだけでいいんだってば!」

「バーロー!こっちは明日の朝まで作業を終わらせなきゃいけねぇんだ!手を休めてる暇なんかあるかよ!」

 飛空艇に近づくと、喧騒の中でもさらに際立って聞こえる声で騒ぐパーラの姿があった。
 現場の責任者と思われる、作業員の中でもひと際体が大きく、貫禄があふれ出ているに食って掛かっている。

「そんなの私聞いてないもん!とにかく、この飛空艇は私達のものなんだから、勝手にいじるのは禁止!」

 パーラにしてみたら、自分達の持ちものが勝手にいじられているのが見逃せず、作業員の方は時間に追われていることもあって手を止められないため、ああして衝突したのだろう。
 どうも連絡が遅れたのが、揉めている原因のようだ。

「パーラ!」

「あ、アンディ!いいところに!聞いてよもー、なんかこの人達が飛空艇を勝手にさー」

 とりあえず言い争いを止めるべく、パーラに声をかけると、天の助けとばかりに安心した顔を見せた。
 まぁ大勢の人間が一斉に飛空艇に群がってくるのを見たら、不安にもなろう。

「いいんだ、作業は俺も許可してある。そっちの方、お騒がせしました。どうぞ、続けてください。パーラ、お前はちょっとこっちに」

「おう、任せとけ」

「え?なに?どういうこと?」

 飛空艇の方は引き続き任せ、俺は首をかしげるパーラの腕を引き、飛空艇から離れた場所へと連れていく。
 腕を解放すると、不機嫌そうに唇を尖らせ、パーラが恨めし気な目を俺に向けてくる。

「ちょっとアンディ、なんなのさ、あれを許可してるって。説明してくれるんでしょうね」

「ああ、ちゃんと全部話すよ。一応聞くが、あの人達がハリム様の指示で来たって言ってたりしなかったか?」

「言ってたね。けど、許可書やら指示書とかも持ってなかったし、そのままさっさと作業に入っちゃったから怪しくって。確認するまで待ってって言ったんだけど聞いてくれなくてさ」

 ちゃんとハリムからの正式な命令で作業員はやってきたが、急なことで正式な書類が後回しになったのだろう。
 それがないのをパーラは怪しんで、何とか止めようとしたわけか。
 現場に居合わせた判断としては、決して間違いじゃない。
 仮でもいいから指示書なりを用意しなかったハリムが悪い。




「…巨人?なにそれ、そんなのが出たの?ほんとに?」

「ほんともほんと、ギルドが泡食って救援要請を出したぐらいだ」

 アシャドル王国で起きている事件に、先程城で決まったことをパーラに話すと、半信半疑といった反応が返ってきた。
 そりゃあいきなりこんな話をされれば誰だってそうなる。
 とはいえ、完全に疑っているわけではないあたり、ギルドの救援要請が伊達ではないということだろう。

 パーラにもイアソー山麓に向かうことを伝え、同行するか尋ねると、二つ返事での了承だった。
 やはりこいつも向こうにいる知り合いの安否は気になるようだ。

「んで、その先遣隊を運ぶってんで飛空艇を改造するって?大丈夫なんでしょうね?変な風にされたりしない?」

「流石に大丈夫だろ。これでも飛空艇の技術に関してはソーマルガが最先端だし、その追加装備とやらも自信あり気だったぞ」

「そりゃソーマルガの技術力は認めるけどさ。肝心の追加装備ってのはどこにあるのよ。まさか、あの薄い取っ手みたいなのにみんなでぶら下がったまま飛ぶわけじゃないでしょ」

「いや、多分あれは接続用の器具かなんかだろ。大勢の人が入る箱でもつくんじゃねぇかな」

 アタッチメントは機体の上と左右の突き出た部分の下の三か所に設けられている。
 それなりの大きさのものでも吊り下げたまま飛べる俺達の飛空艇だが、果たしてどんなものが取り付けられるのかちょっぴり不安でもあり楽しみでもある。

「重機が来るぞー!道を開けろー!」

 そんな風に話していると、突然何者かが大声をあげながら格納庫へと駆けこんできた。
 それを受け、入り口から飛空艇までの間にいた人間が一斉に壁際へと移動したのに倣い、俺とパーラも同じように動く。

 すぐに重量物が地面を噛み締めるような耳障りな連続音が聞こえてきて、コンテナを抱えた大型のフォークリフトが格納尾へと侵入してきた。
 大勢の人間が感嘆の声で迎えたそれらに、俺とパーラは見覚えがあった。

「アンディ、あれって…」

「ああ、ヘイムダル号に積んでた重機と、荷物の入ってたコンテナだな。なるほど、あのコンテナを飛空艇に付けるのか」

 コンテナ自体はかなりの容量があるので、飛空艇に取り付けられれば輸送能力の底上げは十分に期待できる。
 運び込まれたコンテナに作業員が群がり、そちらにも接続用のアダプターを取り付ける作業が行われている様子から、あれが増設されて客室となるのは間違いない。

 フォークリフトがガントリーの代わりをし、飛空艇の上部にコンテナが一つ仮付けで据えられると、仕事を終えた重機が一度出ていって、また次のコンテナが運ばれてくる。
 そこからさらに二つが飛空艇の左右に付けば、気分はミサイルポッドを取り付けられた攻撃機といったところか。

「…なんかゴテゴテして見栄えが悪いね」

 元の飛空艇の姿は、全体が柔らかなラインを描くシルエットで、その見た目を美しいと俺もパーラも評していたほどだが、今の姿は実用性を追求して無骨さに飲み込まれたようなもので、パーラが言う通りにちょっと見栄えはよくない。
 だが俺個人としては、この急造感丸出しなのは意外と好きだ。

「ねぇアンディ、これってかなり重さも増えたんじゃない?それにここにあと二百人の人間と荷物が加わるんだよね?ちゃんと飛べるのかな…」

「まぁ確かに重さはかなり増えるし、重心の位置も変わるだろうな。けど、元々この飛空艇は出力に余裕があったし、飛べないことは無いはずだ。それと、積む荷物の方は最低限だから気にしなくていい」

 先遣隊が持ち込む荷物は最低限の食糧と武器、野営用の装備や備品ぐらいで、他の物資に関しては後から本隊と共に来るのを当てにさせてもらうことになっている。
 とはいえ、搭乗人数は多いので重さは相当なものとなり、速度はかなり落ちそうだ。

「やあやあ、久しぶりだね」

 作業を見守っていた俺とパーラに、突然横合いから声がかかる。
 見てみると、声の主は作業員の一人で、他の人達が忙しく動き回っているのに、彼だけはその世界から切り離されたようにのんびりとしており、微かな違和感を覚える。
 親し気に声をかけてきたわりにその顔に見覚えはなく、パーラの知り合いかと目で尋ねてみるも首を振られてしまう。

「あれ?なんか反応が……あ、そうだった。この顔じゃ初対面か。僕だよ僕、ヌワン村で会った精霊…ってこれここで言っていいんだっけ?まぁいいか」

 特に勿体ぶることもなく言われた突拍子もない言葉に、ギョっとしてしまう。

「はぁ~?精霊って…ちょっと、この人何言ってんの?」

 パーラの方はその言葉を信じられず、なにか可哀そうな人を見るような目を向けている。
 確かに、いきなり声をかけてきて『私は精霊だ』なんてのは、頭のおかしい人間に見えてしまう。
 何も心当たりがなければ誰だってそう思う、俺だってそう思う。

 ただ、目の前のこの男は気になるワードを一つ放った。
 精霊とヌワン村、俺以外でこの二つを口にする存在は限られている。
 パーラも知らないこの情報を知っているということは、まさか本当に…?

「いや、待てパーラ。…あんた、ほんとうにあの時の精霊なのか?」

「アンディ信じる気!?」

「お前は知らないだろうけど、前にヌワン村で俺は精霊と会ってる。それを知っているのは、俺とあの時の精霊だけだ。それに、こいつから感じる気配も、あの時のものを微かに感じさせる」

「…そう言えば、前に精霊と話したとか言ってたっけ。もしかしてその時?」

「ああ、お前が俺の頭を疑った時な」

 ヌワン村で依頼を終えた後、パーラにはちゃんと精霊と話をしたと言ったのだが、一蹴されてしまった。
 あの時は当然の反応だと俺は気にしていなかいが、パーラの方はどうやら俺が嘘を言っていなかったと知り、少しバツの悪そうな顔を見せる。

「一応そうだという前提で話をするが、その精霊様が俺達に何の用だ?まさか久しぶりに姿を見たから声をかけたとかじゃあるまい」

 前に話した時は、軽々しく人間に姿を見せないしきたりがあるとか言ってたが、あれから一・二年しか経っていないのにもう現れるとは。
 俺の中じゃ、精霊のレア度が駄々下がりしているほどだ。

「まぁねぇ。実は君に話があって来たんだ。…ここじゃなんだし、とりあえず場所を移そうか」

 神妙な顔と声でそう促してきた男に、俺達も逆らう理由もなく、大人しく従って格納庫の外へ出た。
 いつの間にか日が落ちていたようで、空は遠くに薄い赤みを滲ませる程度まで暗くなっており、肌で感じる暑さも昼間の灼熱の時間よりは幾分過ごしやすい。

 格納庫の影となっている部分で、俺達は男と向き合う。
 改めて思うが、目の前にいる男の姿が仮初のものだというのは前にも聞いているが、あの時は子供の姿だったのに今は成人男性となっているのはなんだか変な気分だ。

「それで?話ってのは何だ?世界の危機で救世主になれとかじゃないよな」

「救世主ぅ!?なにそれ、アンディってそうなの?」

「違うって。前にこの精霊様に、次に会うとすれば、その時はそういう立場になるかもって言われたんだよ」

 自分で言っておいてないなとは思うが、パーラには十分な驚きを齎したようで、慌てて付け足しておいた。
 救世主云々というのは、この精霊の口から出たものなのだから。

「あはははは、前に言った言葉で警戒させちゃったか。あれは少し大げさだったかもしれないけど大丈夫、世界の危機とかじゃないよ……一国の危機ではあるけど」

 朗らかに言い放った精霊だったが、最後にボソリと呟かれた言葉には反応せずにはいられなかった。

「一国のって…まさかソーマルガの?」

 男の正体が精霊だと知ってなお、まだどこか疑わし気な目を向けていたパーラだったが、国の危機と聞いて背が伸びたようだ。
 返した言葉も、少し硬い。

「あぁ、いや、そうじゃない。けど、この国も無関係とは言えないな。アンディ、今日君が城で参加していた会議なんだが、実はあれ、僕もその場にいたんだ。といっても、存在を察知されないようにしていたから、盗み聞きみたいなものだね」

 会議というのは、アシャドル王国へ援軍を送るのを決めた例の会議のことだろうが、居合わせたのは全く気付かなかった。
 とはいえ、特に驚くことでもない。

 精霊は人間とあまり関わらないと言われているが、そうだとしても人間のことをよく理解している節があった。
 それは恐らく、今言ったように、人間の社会のことをコッソリと見聞きしているからだと想像できる。

 人間に存在を感知させないようにしながら、会議室の様子を窺っていたのだろうが、一体なぜそんなことをという疑問を覚える。
 国王が参加したとはいえ、精霊からしたら大したものではないはずだ。

「そこで話題になってた例の巨人、あれについて少し僕の話を聞いてほしい」

 それまでの穏やかだった雰囲気が、その一言によって霧散し、見えない泥がまとわりつくような嫌な感触が俺の体を襲う。
 これは目の前の存在が放つ気配のせいだとは思うが、今から話すことがそれだけ精霊に重要なことだということの現われでもあるのだろう。




 精霊というのは人間がまだ森の奥でウホウホ言っていた時代から存在していた、最古の知恵ある者だと謳われている。
 様々な伝承や文献で語られる彼らは、自然界に存在するあらゆる物質・現象に宿り司る、超常の存在であるというのが大抵の認識だ。

 人間がバレないように悪いことをしても、精霊はそれを知っていて罰を下す、などと言う脅しは子供の躾によく使われるほどで、そのことからどこにでもいてどこにもいない、ある種幽霊と似たような印象を持っている人間も少なくない。

 俺達の目の前にいる精霊は、広義には大地の精霊という呼び方をされることが多いそうだが、他にも風や火、水などといった属性を根幹とする精霊が他にも数体はいるそうだ。
 力のある精霊はそれ自体、神と変わりないほどの存在として扱われ、『原初の二精霊』と呼ばれる光と霧の精霊などは、太古の昔には信仰の対象となっていたほどだった。

「光はともかく…霧?闇じゃなくて?」

 ゲーム脳的には、二大精霊と言えば光と闇だと思うのだが、こっちの世界は違うのか?

「あぁ、そこはよく誤解されるけど、闇の精霊はその二精霊より大分後に誕生したんだ。ここに受け持つ領域の深さとかも関係してくるんだけど…まぁ今はこれはいいか。とにかく、闇の精霊は格だけなら僕と同じぐらいさ。二精霊とは比べるまでもないよ」

 よくわからない単語も混ざっていたが、精霊の格というのが彼らにもあり、それによって闇の精霊は光と対をなす存在ではないようだ。
 神秘というのは積み重ねた歴史によってその力が大きく変わってくるため、先に生まれていたその二精霊が他より格上になるのはおかしくはない。
 正直、目の前の精霊の力を一片とは言え知っている俺としては、これのさらに格上となると想像もできないが。

「そんなもんか。それで、その二精霊の話を今してる理由は?さっきの言いようだと、巨人と関係がないわけじゃないんだろ」

 わざわざ巨人についての話をすると前振りをして、精霊についての解説をしたのだ。
 二つが全く無関係とは思えない。

「うん…実は今言った二精霊、霧の精霊はもうこっちには存在しない。ずいぶん昔に天へと戻っていったからね」

 悠久を生きるとされる精霊のずいぶん昔となると、人間の感覚とはかなり離れたものになるだろう。
 それこそ、何千年単位ぐらいに。

「そういや、精霊といえど長く生きればいつかは星の意思に吸収されるって言ってたな。てことは、光の精霊も?」

「光の精霊はまだこの世界に存在している。ただ、僕達の知る精霊としてではないけどね」

「…どういう意味だ?」

「古代魔導文明、その最盛期には精霊を資源として捉え、捕獲して自分達の文明の礎として利用しようという研究があったんだ」

 急に何の話を、と思ったが、話の流れから薄々何を言うのか分かってしまう。
 高度な古代文明の残滓に触れている身としては、あり得ないという感情とあるいはという想像がせめぎ合っている。

「長い研究と犠牲の上、ついに精霊を魔力資源へと変換する技術を確立させた魔導文明は、長く高く栄華を極めていった」

 淡々と語られるが、その内容は聞いている側の眉を顰めさせるのに十分なものだ。
 恐ろしい力を持ってはいるが、大抵は理性的に対話のできる精霊をエネルギーとして使おうなどと、その古代文明の人間は倫理観をどこに置き忘れたというのか。

「一応聞くが、その精霊を資源としなければならないほど、その魔導文明は切羽詰まってたりするのか?」

「うーん、そういう感じではなかったね。確かにマナを大量に使う技術はあったけど、それで人間が苦しんでたってわけじゃないし。単純に、発展のための魔力資源が欲しかったってところだと思う」

 追い詰められた末、禁忌に手を出してというのなら話は違ったが、自らの欲のために生命と見做せる精霊に無道をしたとすれば、到底許されることではない。
 同じ人間がしたこととして、目の前の精霊から非難されたとしても、きっと俺は何も言い返せないだろう。

「あぁ、言っておくけど、僕らはそのことに対して特に思うところがあるわけじゃあないから。精霊には死という概念もないんだ。存在を保てなくなったとしても、星の一部に戻っただけで、犠牲になった精霊は一体もいなかったと理解してる。むしろ、実験に関わった人間の方が犠牲は多かったしね」

 俺とパーラが纏った暗い空気を読んでか、フォローを入れてくる精霊の言葉に少しだけ胃のムカつきが治まる。
 考えてみれば、人間が精霊を殺そうとするよりも、精霊が人間を滅ぼす方が簡単なのだ。
 その実験もどちらかといえば、精霊の力をいかに抑えて制御するかに焦点があったのではなかろうか。

「まぁその時は人間にしては大したもんだと思ったし、いつかその力で自滅するってのも予想してたから放っておいたんだけど、それがまずかった。最初は力の弱い精霊を捕まえるのがせいぜいだったのに、技術は発展していき、ついには―」

 そこまで言い、自分を落ち着かせるためか、精霊が一度だけ天を仰いでから再び口を開いた。

「…ついには光の精霊を捕らえてしまった」

「え、光の精霊って…さっきの話だと凄い強いんじゃないの?そんなのを人間が捕まえたっての?」

 驚愕からか、震えが滲む声でパーラが言う言葉に、俺も同意の頷きをする。
 いかに古代魔導文明が高度だとは言え、上位の存在と言える光の精霊をどうやって捕まえることができたのだろうか。

「僕らも驚いたよ。まさかあの光の精霊がってね。けど、その時の古代文明はそれが出来るぐらいに極まっていたんだ。ただし、捕らえることは出来ても制御は出来なかったみたいだけど」

 どこか嘲るような口調から、人間の愚かさを憐れんでもいるように感じた。
 実際、そういう意味が籠っていた。

「その言いようだと、光の精霊の力が暴走でもしたか?」

「お、鋭いねアンディ。正解だ。光の精霊から魔力を生み出そうとした時、その文明が扱える範囲を超えた力が溢れ出して、隣接していた国家や地域の随分と広い範囲が丸ごと消し飛んだよ」

 仮に精霊をエネルギーに換算してみるとすれば、どれほど低く見積もっても人知を超える力だ。
 針の穴を通すような精密さでようやくと言われても納得できる。
 制御を誤って、地上に核の炎でも生み出したのかと、そんな光景を想像した。

「なるほど、それで文明が滅んだ、と」

 地球でも、俺の生まれた時点で『人類にはまだ早い火』として核が恐れられていた。
 それと全く同じとは言わないが、膨大なエネルギーが暴れまわって地球におけるアメリカやロシアに相当する国家を滅ぼしたとするなら、やはり光の精霊に手を出したのは愚かだったと言わざるを得ない。

「まぁきっかけではあっただろね。けど、実際にはその後のことが魔導文明にとどめを刺したんじゃないかな」

「その後?光の精霊の魔力が暴走した後に何があったの?」

 クリっと首をかしげるパーラに、精霊が遠くを眺めながら答える。

「巨人さ。光の精霊を閉じ込めるために作った器が、巨人の姿となって人類を攻撃して回ったんだ」

「……おい、ちょっと待て。その巨人って、まさか今アシャドルで暴れてるっていうあれか!?」

「そうだよ。あの巨人は古代魔導文明が、光の精霊を捕獲…いや、もう封印といった方がいいかな。そのために作った器の成れの果てなんだ」

 今日何度目かの驚愕の事実、今国家が協力して立ち向かおうとしている件の巨人が、まさか光の精霊が封印されたものだったとは。
 精霊が語った以上、嘘はないとしてもにわかには信じがたい。

「そんなはずない!アンディから聞いた話だと、あの巨人は迷宮の底で眠ってたって話よ。古代文明を滅ぼしたんだとすれば、どうして今までそんなとこにいたのさ!」

「あの迷宮は元々、魔導文明が吐き出す魔術性廃棄物の最終処分場として、山をくりぬいて作られたものだったんだ。巨人によって追い詰められた古代文明の人間は、多大な犠牲と引き換えにあの迷宮の底に巨人を封印したのさ。その後、蓋をするように階層が重ねられた結果が、今の迷宮としての姿を作った。いわば、あそこは巨人のための墓場だね」

 あの迷宮の探索では、見つかるものは謎の物体も多かった。
 今の文明レベルでは正体が分からないだけだと思っていたが、そもそも捨てたものだから使い道がないという可能性が高い。
 それでも、現代では希少で有用なものはそれなりにあったことから、古代文明のレベルの高さがうかがい知れる。

 どこの世界も臭いものには蓋をという精神は同じか。
 あの巨人も、そんな感じで迷宮に封じ込められたんだな。

「…今の人間がそれを知らないのは、その迷宮への巨人の封印を最後に、件の文明の人間が滅んだからか?」

「そういうこと。幸いというか、その文明に関わらないでいた人間がそれなりにいたおかげで、人間という種は滅びなかったけど、数を大きく減らしはしたね」

 あの迷宮を発見した時、多くの人間は宝の山でも掘り当てたように喜んだ。
 だが実際は、その奥底にとんでもないものを封じ込めていた恐ろしい場所たったわけだ。

「ねぇ、もしかしてあそこの迷宮で阻導石がよく見つかるのもそのせい?」

 ボソリと呟かれたパーラの言葉に、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
 そうだ、魔術を阻害する効果がある阻導石が大量にあるのは、その下にいる巨人の力を封じ込めるためだった可能性はないのか?

 阻導石は分かっていることよりも、分からないことの方が多い物質だと聞く。
 もしも巨人対策に効果があるとしたら、あの迷宮だけ妙に阻導石が多く見つかるのもそのせいかもしれない。

「パーラはいいところに目をつけるね。その通り、阻導石は巨人の動きをある程度鈍らせる効果があったんだ。巨人を地下には押し込めたけど、それだけじゃ不安だったんだろう。わずかに生き残ってた魔導文明の人間は、手元にあった阻導石を全て件の迷宮へと運び込んだってわけさ」

「しかし、ある程度鈍らせる程度のもので、巨人を押し込んでおけるものか?」

 言葉のニュアンスとしては巨人相手だと、虫除けバンド的な効果しかないように思えるんだが。

「当時は巨人を迷宮に追い詰めた時点で、かなり弱っていたらしいね。光の精霊を取り込んだからか、脅威的な回復力も備えてたそうだし、回復しないように阻導石で囲ったんだろう。つい最近まで目覚めなかったのも、阻導石で体の修復が阻害されていたからじゃないかな」

 そう言えば、阻導石が大量にあった部屋の下に巨人は眠ってたんだったな。
 巨人の回復を妨げていた阻導石を外へ持ち出したから、再び動き出したとうわけか。
 阻導石で封じたのも人間なら、目覚めさせたのも人間とは、なんとも空しいものだ。

「阻導石が効果あるんだったら、これから行く俺達も阻導石で巨人を囲ったら動きを止められるのか?」

「それは難しいね。阻導石で囲うっていっても、それを巨人は黙ってみちゃないよ。何かしようとしたら、絶対妨害に出るね。それに、阻導石は量で効果が決まるんだから、巨人をおとなしくさせるなら大量に必要だ。阻導石は需要があるから、イアソー山から大分運び出してるし、またイアソー山に集めるのも手間と時間がとんでもなくかかるよ、きっと」

 巨人に効果的ないい案だと思ったが、そううまくはいかないか。
 地道に対処していくしかないというのは、なんともつらいものだ。

「さて、ここまで話してきて、勘のいい君達はそろそろ気付いただろうね。僕はね、その光の精霊が封印されている巨人について、君達にお願いがあるんだ」

 どれが本題だったかといえば、全部だとも言えるが、精霊が真剣な雰囲気に変わったのをきっかけに、こいつが何を言いたいのかも理解した。

「巨人を…光の精霊を解放しろ、ってとこか?」

「いや違う」

 違ったようだ。

 今の話の流れだと、巨人の中に封印されている光の精霊を救い出して欲しいとか、人間に利用されているだけだから見逃してやれとか、なんかそんな感じのを言われるんじゃないかと思ったんだが…。

「…じゃあ何をお願いするんだ」

「光の精霊を、あの巨人を確実に殺して欲しい」

「……は?」

 精霊の口から飛び出た予想外の言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。

「殺すって…光の精霊を?でも精霊は死なないってさっき…」

 そうだ、パーラの言う通り、その願いを叶えるのは難しいだろう。

「その通り、精霊は死なない、それは確かだ。けど、あの巨人は別だ。あれは精霊じゃなく、精霊をその身に取り込んだ器に過ぎない。あれは殺せる」

「そうは言うが…」

 そもそも俺達はその巨人を直接見てはいない。
 実際の大きさも姿も知らない状態で、引き受けていいものか。

「光の精霊はもうあの器と同一の存在として星に認識されている。もしあのまま眠り続けていたなら僕らはそれでいいと思ってたんだ。けど目覚めてしまった。なら殺してやらないといけない」

「いやその理屈はおかしい。あなた達は同じ精霊なんでしょ?なら目覚めたなら器から解放してあげようって思わない?普通」

「パーラの言う通りだな。殺すんじゃなくて解放って方向でなら協力しないこともないが…」

「あぁ、ごめんごめん。説明が足りなかったね。これは必要なことなんだ。実は光の精霊ってあの巨人になってから、色々と悪い形で星に影響を与えちゃっててさ。今肉体を持ってるってのもちょっとまずい。それで、僕らより遥かに位階が高い光の精霊ともなれば、生物的に一度死ぬっていう過程を経てもらわなければ、星に吸収されないんだ。だから、殺す必要があるのさ」

 確か精霊にとっての死が、星の意思とやらに吸収されることだったか。
 なら結局は殺すんじゃないかという結論になりそうだが、どうもこの話の感じだと、何かで汚染された光の精霊を、一旦綺麗にしてからじゃないと星の意思は吸収しないという仕組みのようだ。

 死や殺すという概念が人間とは大分かけ離れている精霊だけに、俺には真の意味で理解するというのは難しいが、それが光の精霊を開放するのに必要なプロセスだというのだけは何となくわかった。

「なんだかよく分からないけど、必要なことなんだよね?光の精霊を解放するのには」

 小難しく考える俺よりも、感覚を優先するパーラは光の精霊を助けるという方向だけは理解しているようで、意外と前向きに答えを出しそうだ。

「けど、そういうことならグバトリア陛下とかにも話をした方が良くないか?俺達以外にも協力してもらおうぜ」

「それはダメだ」

 ことがことだけに、国家を巻き込んだ方が良さそうだと思ってそう言ってみたが、見事に精霊が一刀両断してしまった。

「なんでだよ。光の精霊を内包した巨人だろ?事情を知らせれば戦力をもっと出してくれるかもしれないぞ」

「最初に言ったじゃあないか。僕たち精霊は基本、人と関わってはいけないって。僕が王に話なんかしちゃったら、それこそ大騒ぎになっちゃうよ。君とパーラの二人に頼み事をしただけでも、僕も結構ギリギリなんだから」

 そういやそんな制約があったな。
 確かにグバトリアに頼めば、国を挙げての作戦とかに発展して、人間と関わりどころか神輿にでもなってしまいそうだ。

 となると、巨人を倒すというミッションは、俺とパーラの二人で臨むしかなくなるわけか。
 もっとも、アシャドル王国と救援を求められた近隣諸国の兵も対処に集まるだろうから、俺たち二人だけが剣を振るうわけではないが。

 実際に見てもいない巨人を過度に恐れることはしないが、かといって侮る理由もない。
 魔術師としてはそこそこやれるという自負がある俺達だが、果たして巨人相手にどれだけやれるだろうか。

「私達にそれ頼むのはいいけどさ、あなた達精霊が自分で光の精霊を助けようとか思わなかったの?力だって人間よりずっと強いんだから、その気になったら簡単に巨人も倒せたりしない?」

 パーラの言うことには一理ある。
 はっきり言って、俺と目の前の妖精では、ライターと火炎放射器ぐらいの力の差だ。
 わざわざ力の劣る俺達に頼まずとも、こいつらならずっと楽に解決できそうなのに。

「そこも色々あってね。光の精霊は僕達よりも格上だってのはさっき言ったけど、下位の精霊は上位の精霊を害せないんだ。あれはもう巨人っていう別物とも言えるけど、それでも存在が存在だ。僕を含めて、今いる精霊は誰も手を出せない。出しちゃいけないんだ」

「なんだ、また仕来りってやつか?」

「まぁそんなものだ。とにかく、これは人間に頼むしかないんだけど、精霊は人とあまり関われないだろう?だから、直近に僕と話したことがあるアンディを選んだというわけだ。それに、巨人の下に討伐隊と共に向かうって話も丁度良かったしね」

 そんな理由で俺を選んだわけか。
 魔術師としての腕を見込んでという訳じゃないのは少し癪だが、納得はできる。
 既に一度関りを持ってしまった人間が相手なら、精霊独自の仕来りにも回避する余地があるのだろう。
 仕来りという言葉の通り、そこまで強制力のあるものではなさそうだ。

「パーラ、一応聞くがこれ、どうする?断るって選択肢もあるにはあるが」

「いや、これどっちみち断れないじゃん。私らはどうせ巨人のとこに行くんだし、倒せなかったら国がひとつ滅ぶんでしょ?」

 その通り。
 持ちかけられた時点で、最初から俺達に断るという選択肢はない案件だった。
 というわけで、俺達はこの精霊の頼みを引き受けることになってしまった。

 まぁどうせ巨人のところには向かうし、場合のよっては戦闘に参加することも考えていたぐらいだ。
 色々と知ってしまった以上、少し前の俺達とは挑む気概が変わっているが、やる気にはなっている。

「あ、そうそう。僕らが人間に関わるのはダメだけど、君達が僕から聞いた話を他の人にするのは自由だから。王にこのことを話して、より一層の助力を求めるのもアリかもね」

「…そういうのは先に言えよ」

 俺とパーラだけが使命を帯びたかのような気分だったが、そいうことなら事情は変わる。

 しかし言われてみれば、そのやり方なら精霊側の仕来りにも抵触しないな。
 精霊から聞いたという体で説明をして、果たしてどれだけ信じてもらえるかは分からないが、やらないよりはましだろう。

 確か今日はグバトリア達も夜通しで会議を続けると言っていたし、今から押しかけてみようか。
 精霊の方もそろそろ顕現してられる時間が無くなるだろうから、その後にでも城へ行くとしよう。

 明日に備えて今夜はもうは体を休めようかと思っていたが、ちょっと難しそうだな。
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ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
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前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
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 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

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ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

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