世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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竜候祭開宴

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 ―ドラゴン―

 それはこの世界においてあらゆる生物の頂点に立ち、たった一匹でも暴れさせれば、国一つは確実に滅ぶと言われている危険な存在だ。

 全身を堅い鱗に覆われ、背中には翼を備え、口からはブレスと呼ばれる攻撃性の息を吐く。
 翼は空を飛ぶ際の補助にしか使わず、実際はドラグロアと総称されるドラゴン独自の魔術によって自在に空を飛ぶらしい。

 見た目を恐竜で例えると、T‐レックスとプテラノドンが融合したような凶悪さとシャープさを兼ね備えた生物と言えばわかりやすい。
 もしくはド〇クエに出てくるあれみたいな感じ。

 サイズとしては下位に分類される飛竜は十メートルそこそこ、上位種とされている正統竜と呼ばれるものは三十メートルを超えるかどうかといったところか。
 さらに上の存在として、炎や水といった属性を特徴とした色が付く属性竜というのがおり、それらは軒並み全長が五十メートルを超えるそうだ。

 ただ、過去には二十メートルに満たない属性竜や、三十メートル超えの飛竜も確認されているため、こちらの生物学的には、サイズによる分類を過信しないという風潮らしい。

 寿命は下位のドラゴンでも百年単位、正統竜では千年以上生きるのもざらで、属性竜に至っては寿命はないと言われている。
 長い寿命を持つがゆえに、積み重ねられた経験と知識で高い知性を持つドラゴンという存在は、その全ての考えを人が推し量るのも難しい相手だ。

 さらに力と年月を重ねたドラゴンは人の姿へ自在に変化できると言われ、過去には人間社会に溶け込んでいたという話もあり、時には人間を助け、時には自ら災害となってあらゆるものを破壊したりと、よく分からない関係性が今日まで続いていた。

 そもそもドラゴンという種族は個体数もあまり多くなく、またそのほとんどが人も寄り付かない厳しい環境を住処としているため、普通に生活している人間がお目にかかることはまずない。

 理由は定かではないが、元々ドラゴンの中でも知性のあるタイプは意図的に人間と係わることを避ける傾向にあるらしく、人間側から接触して対話できたケースというのは実は稀だ。
 例えドラゴンの気紛れであっても、スワラッド商国が直接縄張りを通る交渉が出来たこと自体、歴史に残る偉業だと言われるのもこのためだ。

 さて、このスワラッド商国にやってくるドラゴンだが、生息域がそうであるからか、海棲タイプのドラゴンに相応しく、蛇のようなひょろ長く青っぽい体をしており、地球でいう所の東洋の龍に姿は近い。
 羽こそ持たないが、魔力で空を泳ぐように飛び、天候を自在に操ることから、伝承によっては嵐の神として謳われることも多いとか。

 そして、当然ながら名前がある。
 といっても本名ではない。
 本来のドラゴンの名前は人間には発音が難しいらしく、呼びやすい名前を人間からつけさせているそうだ。

 与えられた名前であるディースラを名乗り、毎年ビシュマにやってきては商国に試練を課すと、それが達成されるもされないにも関係なく、十日程は祭りを楽しんではまた海に帰っていく。

 そのディースラは今、人の姿をとってルディの船の上で仁王立ちをし、その目の前で正座をする一人の男に対し、火を吐く勢いで罵倒の言葉をぶつけていた。




「まったく!ようもやってくれたものよな!我はただ、海面に顔を出そうとしただけというのに、まさかいきなり顔面に雷を降らされるとは!」

 もうかれこれ何十分経っただろうか。
 俺が彼女にしたことをひたすらなじられ、正座している脚の痺れも無視できないレベルになっていても、こうして大人しくしているのは、概ね俺が悪かったと自覚しているからだ。

「それについては、誠に申し訳なく…。けど、あの時は船が攻撃されると思ってしたわけでして…」

「言い訳無用!」

 言葉が圧力を伴うかのように、俺の体に叩きつけられる。

 少女の姿をしているとはいえ、やはりドラゴンだけあって、口を開くたびにこちらへと向けられるプレッシャーはかなりのものだ。
 仮に今俺の膀胱が満タンだったら、漏らしていたことを約束できる、そんな剣幕だ。

 既にディースラという名前を知っているように、俺の目の前に立つ少女がスワラッド商国と契約を結んでいるという例のドラゴンだということは、ドラゴンから人に姿を変える瞬間をこの目で見たため、疑う余地はない。
 ルディからもそうだと確認が取れている。

 反省しているというのを態度で示しつつ、チラリと視線をディースラへと向けて、その様子を窺う。

 ドラゴンとしての年齢はともかく、ディースラの人間形態は十五歳程度の少女といったところか。
 無造作に腰まで伸ばされた海のように暗い青の髪は、光を浴びて海面のように揺らめく様子に妖しい美しさを感じる。

 顔立ちも恐ろしく整っており、あまりにも美形なために、それが人間であることを疑わせる要素の一つとなっていた。
 どこから持ってきたのか、唐装漢服に似た白い服を身に纏っており、ゆったりとした服装からは体形を計ることが難しい。

 人の姿はこれでも、ドラゴン形態の時は凶悪な面構えと長大な体躯を誇り、しかも俺の最大出力の雷魔術でもかすり傷一つ負わせられないのだから、生物としての格が違うというのも実感している。

 総評して、美しくあるがゆえに恐ろしさも感じさせ、人の姿をしていても、ちょっと勘の働く奴ならドラゴンと知らなくとも関わろうとはしないだろうというのが俺の感想だ。

「あの…ディースラ様?もう港に大分近づいてますが」

「ぬ、左様か。…うぬにはまだまだ言いたいことはあるが、仕方ない。ここまでで終いとしよう」

 未だ怒りを鎮めていないディースラだが、ルディに声をかけられると渋々ではあるが説教を切り上げるような気配を見せた。
 ようやくこの正座地獄から解放される時が来たようだ。
 痺れがひどい足をさすりながら、遠くに見えたビシュマの港に、ホッと息を吐く。

 他の冒険者や船乗り達も、ようやく帰ってこれたという実感に表情を明るくする。
 それは同時に、ディースラと同乗する恐怖からの解放をも意味し、どちらかというと後者の理由での安どだというのは空気で分かる。

「世話になった、船長。いきなり攻撃されたときは船ごと沈めてやろうかとも思うたが、こうして楽をできたのなら生かしておいた甲斐もあったというものよ」

 何の気なしに怖いことを言われて、俺を含めて船にいる誰もが顔を青くする。
 どうも祭りに来ることで機嫌がよかったのか、ディースラに攻撃を仕掛けても船を沈められなかったのは運が良かっただけのようだ。
 あの瞬間に何かが違っていれば、今頃俺達は海の藻屑と化していただろう。

 冒険者の中には、俺がドラゴンに攻撃したことを非難するような目で見てくる者もいるが、ディースラの説教に割って入る度胸はないようで、苦い顔を見せるにとどめている。

「いえ、こちらこそディースラ様のお力で時化の海を穏やかにしていただいて、助かりました」

 今俺達がいる海域は、少し前までの嵐が嘘のように穏やかで、多少風は強いが転覆するような心配がないほどの天候に変わっていた。
 ルディが恭しく頭を垂れて礼を言ったことからわかるように、この天候の変化をもたらしたのはディースラだ。

 俺が攻撃したことで、説教をくれてやろうと船に乗り込んできたディースラだったが、船に乗った途端に激しい揺れが邪魔だと言い、その力を一振りして天候を変えてしまった。
 おかげで安心して海を行くことができるが、同時にそれだけの力を示したドラゴンへ、誰もが畏怖を隠し切れない。

 俺を責めるのと嵐を天秤にかけて、嵐の方を消してしまうとはなんとも傲慢だとも思うが、それができるからこそのドラゴンであり、この価値観の違いは強大な力を持った存在特有のものだとも言えよう。

「気にするな、運んでもらった船賃替わりよ。船旅というのも存外悪くはなかったぞ。…アンディと言ったな。今日の所はこれぐらいで勘弁してやるが、次にまた同じことを我にすればその命、ないものと心得よ。ではな」

 鋭い目で最後に一つ釘を刺し、船の縁から海へと足を踏み出したディースラが、その体をドラゴンのものへと戻しながら海に潜っていく。
 尻尾の端が完全に海中へと入ったところで、船の上に残された全員の肩から力が抜けたのがわかった。
 やはりドラゴンとあれだけ近い場所にいると、緊張はぬぐえないのだろう。

「はぁー…やっといなくなられたか。アンディ、大丈夫か?」

 完全に姿と気配がなくなったところで、ルディが俺を気遣うような言葉をかけてきた。
 相手が相手だけに仕方なかったとはいえ、ディースラがいる間、俺をかばうことすらできなかったことの罪悪感が声に滲んでいる。

「ええ、まぁ。足の痺れは酷いですが、結局最後まで説教だけでしたし」

 長い時間の正座で、足の感覚がどこかに遊びに行った状態のこの体だ。
 殴られるなどの直接的な危害を加えられているわけでもないし、心配は無用と言いたい。
 まぁ脚の痺れがひどいので、しばらくは立ち上がれそうにないが。

 船倉に収まりきらず、甲板にも積み上げられている大剣魚の切り身にもたれかかり、足の回復を待つ。
 あぁ、背中がひんやりして気持ちいい…生臭いけど。

「しかし、なんでここで別れたんですか?どうせなら一緒に港に行けばよかったと思うんですが」

 そうしていてふと気になったのは、ディースラが俺達と共に港に入らず、わざわざビシュマの近海でドラゴンの姿に戻って、海から姿を見せながら近づくことについてだ。

「なんでって…あぁ、そうか、そういえばお前はスワラッドの出じゃないんだったな。じゃあ一から教えてやんねぇとな。まず簡単に言うと、この祭りはドラゴンとしての姿のディースラ様を見ないと始まらんってことさ」

 生まれも育ちもビシュマのルディにとっては当たり前のことでも、外から来た俺にはわからないこともある。
 特に、その土地に根付いた独自の祭りに関係してはなおさらだ。

 どこか自慢するように語ったルディの言葉をまとめると、海からやってくるドラゴン形態のディースラがビシュマの湾内にその雄大な姿を見せることで祭りがスタートとなるため、登場はド派手に行う必要がある。

 祭りの始まりは盛大に行うべきだというのをディースラも理解しているため、人間形態で港に降り立つのをよしとせず、海からドラゴンが現れるというイベントを率先して行おうとしているのだ。
 娯楽の少ないこの世界で、怪獣のように海から現れるドラゴンを見物するのは、さぞやいいアトラクションになるだろう。

 そんな説明を聞いていると、遠くに見えるビシュマの湾内で巨大な影が屹立するのが見えた。
 影の正体は言うまでもなく、ドラゴン形態のディースラだ。
 誰かが知らせたのか、港には大勢の人間が集まっているのが遠目にも分かり、歓声でも上げて騒いでいるような様子が窺える。

「…なるほど、あれが到着にも娯楽性を出すってことですか」

「そういうことだ。あれを楽しみにしている人間が多いもんだから、祭りが始まる前には専門の監視員を雇うんだ。海から来るディースラ様の姿を見つけやすいように海を監視する役と、見つけたらすぐに街の人間に知らせる役でな」

 監視員が、泳いで近づいてくるディースラの姿を見つけて街の人間に知らせたから、ああして大勢が集まっているわけか。
 アトラクションを見逃したくないという情熱が、人を集めさせたと言っていい。

「もしかして、湾内にディースラ…様がいるから、他の船は外で待ってるんですか?」

 呼び捨てにしかけたのをギリギリで回避し、俺達のほかにも港に入らずに待機している船のことを尋ねてみる。
 俺達の乗る船も、先程ディースラが降りた時からずっと、帆を閉じた停船状態だ。
 ぐるりと周りを見渡してみれば、大小様々な船が帆を畳んで海上で待機しており、示し合わせたようにディースラに近づこうとしないのは、何かそういう取り決めがあるとしか思えない。

「おう、その通りよ。別にそうしろと言われてはいないんだが、ディースラ様がああして港で姿を見せたら、邪魔をしないように船は一旦入港をやめるってのがビシュマの船乗りの慣例になってるんだ」

「へえ、誰に言われたわけでもないのに、ですか」

「まぁ俺は親父からそうするんだって教えられたし、親父はさらに親からってな。他の連中もそんな風に育ってきたから、自然とよ」

 偉い人から言われたのならともかく、海の男が自発的にディースラを優先するというところに、ディースラに対する敬意が感じられる。
 海に生きる者として、やはり海棲のドラゴンにはいいも悪いも、色々な感情があるようだ。

 決してズブズブに友好的というわけではなく、物理的にも精神的にも距離を保つことで、尊重と畏怖が互いに丁度いい具合で共生が成り立っているような、そんな不思議な関係にも思える。

「お、ディースラ様が港に上がったようだな。多分今頃はお偉いさんが出迎えてるぐらいか」

 気が付くと、港の方ではディースラの巨体が消えていた。
 流石にいつまでもああして見世物でいるわけではなく、人間形態になって出迎えに来たその偉い人の歓待でも受けるのだろう。

 ここからは距離がありすぎて細かいところまでは分からないが、目立つ髪と服の女は何とか見つけられた。

「偉い人というと、国王とかですか?」

「まさか。国王は来ねぇよ」

「…何故ですか?相手はドラゴンですよ?しかも契約まで結んでいる。国王が出向いて、友好の言葉を口にすることの意義は相当なものだと思うんですが」

 正気とは思えないな。
 意思疎通ができているドラゴンに、国王が挨拶をすることの利益は計り知れない。
 実態はどうであれ、他国にはドラゴンとの友好をアピールできるし、国民にも国威を示せる。

 ある程度の地位にいある貴族でも代わりは務まらないこともないが、よっぽどバカな王でもなければ自分で足を運ぶことを何よりも優先しそうなものだが。

「そりゃあそうだろうけどよ、来れないんだから仕方ない。国王は今、療養中だからな」

「療養中?それならまぁ、自分では来れないか。…危ないんですか?」

 最悪の場合、俺とパーラはスワラッド商国に長く滞在することもありうるので、国王が死んで混乱する国に居続けるというのは御免だ。
 場合によっては他の土地に移ることも考え、国王の病状を知っておきたい。

「いや、そうでもない。噂で聞いただけだが、伏せってる理由は腰を痛めたかららしい。王様も若くねぇし、まぁそういうこともあらぁな」

 腰痛か。
 大袈裟な…とも言いにくい。
 この世界では移動手段の関係上、腰に異常を抱えている人間はハッキリ言って静養するに限る。
 命に関わるとまでは言わないが、今後健康的に自分の足で歩きたいのなら、無理は禁物だ。

「一応名代として、なんとかって偉い貴族様が来てるらしいが…まぁ俺達には関係ない話さ。さて、もう少ししたら港に入るぞ。それまでに足の痺れがなんとかなるといいな」

「そうですね、そう願います」

 周りにいる船も帆を張り始めたのに合わせ、俺達の船も入港のために動き出す。
 脚の痺れは大分ましになっているが、不安定な船の上で立つにはもう少し回復を待ちたい。





 ディースラが去ってから、港に入るために競争気味で船が詰めかけた…ということもなく、常識的に順番を守って俺達の船も桟橋へ着けられ、荷揚げのために雇われている人足達によって船から大剣魚の切り身が次々と運び出されていく。

 本来なら俺も作業の手伝いをするのだが、何故か他の冒険者達に止められた。
 それも結構な剣幕でだ。
 まぁ魂胆は薄々気付いている。

 要するに、ここまでいい働きのなかった冒険者達が、陸に上がって体調も回復したことで、マイナス分を取り戻そうと躍起になっているのだろう。

 船の上ではほとんど役に立たず、大剣魚を仕留めるのすら漁師と俺がやったのだ。
 ここらで幾分かでも働いて、ルディからギルドに行く査定がいいものとなるのを期待しているわけだ。

 まぁ俺は漁にも参加したし、報酬にマイナスがつくようなことは…ディースラのことを除けばしていないので、やりたいというのなら任せるとしよう。
 ルディにもそのあたりを確認したところ、俺の仕事はもう十分果たしたとのことで、今日はもう帰っていいことになった。

 俺達以外にも港に入ってきた船も多く、それらで賑わっている港を進みつつ、ふと空を見上げれば太陽の傾きはもう昼を大分過ぎたものだ。
 船の上で軽く昼食は取ったが、まだ胃袋には若干の余裕があるので、何か食べたい気分だ。

 この漁における報酬は、ルディによる冒険者達の査定もあるため、時間をおいて冒険者ギルドで受け取ることになるので、今の手持ちだけで食べれるものを頭の中でピックアップしていく。

 そうしているといつの間にかビシュマの街の広場に着いていたようで、そこにできていた人の群れに思わず足が止まる。
 ここ数日の中で最も人混みが出来上がっている広場に、思わずため息が漏れるが、その中に見知った背中を見つけた。

「おーい、パーラ!お前帰ってきてたのか?」

「あ、お帰りアンディ。そっち、今日は風が凄かったらしいじゃないの。無事に帰ってこれてよかったね」

「おう、ちょっと予想外のこともあったが、かなりの大物を獲ってきたぞ。そっちはどうだった?」

「こっちも大物を捕まえたよ。とんでもなくでかい鹿とトカゲ。どっちも初めて見る魔物だったんだけど、怪我人は多くても死人は出なかったね」

「でかいってどれぐらいだ?」

「鹿の方は角抜きの頭の高さが五メートルぐらい。トカゲは…大体あの船ぐらいかな。尻尾抜きでね」

 パーラが指さす先には港があり、今ここから見える船と言えば目測で長さが十メートルほどの小型に分類される船となる。
 小型と言っても船としてはの話で、あのサイズのトカゲとなれば人間を丸呑みにできそうだ。

 高さ五メートルの鹿も相当だが、トカゲの方は怪獣と言っていいサイズで、仮に俺が遭遇したとして、倒すことよりも逃げることを選択したくなる怖さだ。

「…そりゃまた……大物だな。肉としては美味いのか?」

「うん、どっちも食肉としては上等な部類に入るんだって。危険すぎて倒すのも躊躇うから、希少性でも凄いって、一緒にいた人達も興奮してた」

「ほう、そんなにか。どうやって倒したんだ?お前がやったのか?」

「ううん、私は見つけただけ。みんなで罠を仕掛けて、動けなくなったところをこう、ヤーッ!って、地道にね」

 槍を突くような仕草を見せるパーラだが、俺達は剣は持っていても槍はないので、恐らく一緒にいた誰かから借りたのだろう。
 でかいのを相手にするなら、やはり槍は便利だからな。

「ところでお前、こんなところで何やってんだ?買い物か?」

「違うよ。本当はアンディが帰ってくるのを港で迎えようと思ったんだ」

 ほう、俺の乗った船が戻るのを待つ気だったと。
 パーラの方の狩りが早く終わったからにしても、そういう行動をしてくれると嬉しいものだ。
 ただ、今パーラは港ではなく、この広場にいるのだからあくまでも思っただけで終わったわけだ。

「しかし今は広場にいるが?」

「それは…まぁ、色々あって」

 バツの悪そうな顔をしているが、別に約束を破ったわけではないので気にすることはないだろうに。
 とはいえ、やろうと思ったことを途中で断念する、特に俺が絡むこととなれば、パーラも意外と気にするからな。

「その色々はいいとして、この広場は何でこんなに混んでるんだ?お前もこの群れの一部なら、なんか知ってるんだろ?」

「そうそう、それで私港に行けなかったんだよ!なんかさ、ここで祭りの開始と試練の内容発表を一緒にやるらしいのよ。だからこの人だかりで足止めされちゃったの」

 祭りの開始はいいとして、試練の内容まで一般に知らせる必要があるのかも疑問だが、それがこの街の流儀なら俺がどうこう言っても始まらん。

「足止めねぇ。どっちかっていうと、興味を惹かれて自発的に足を止めたってところじゃないか?」

「え?…えへへへ、まぁそういう見方もあるかもね」

 さも人の群れで進めなかった風に言うが、こうして見た限りではそこまでの混雑ではなく、周りの店では普通に買い物をしている人も見られることから、単なる野次馬根性だったのだろう。
 せっかくだし、パーラと一緒にその発表の瞬間に立ち会うとしよう。

 広場に詰めかけている人の多さから、この発表もイベントとしてはそれなりのもののようだが、周りにある店や職人なんかは手を止めているわけでもないので、暇な人間が集まっているといった感じだ。

 そうしてしばらく待っていると、偉そうな人間で作られた集団が広場に入ってきて、人の波をかき分けて進んでいく。
 集団の中には人間形態のディースラの姿もあり、彼女も試練の発表には立ち会うようだ。

 集まっている人達は彼らが何者かを理解しており、自発的に道を作ると、目の前をディースラが通り過ぎる際には首を垂れる。

 ここの広場では一段高くなっている場所があり、ディースラ達がそこに上がって何やら打ち合わせのようなものを始める。
 どうやらあそこで発表が行われるらしい。

 身なりからして貴族といった者が多い中、最上位者と思しき一際豪奢な服をまとった老人が恭しくディースラに何かを囁く。
 するとディースラが大きく一度頷き、広場にいる大勢の人達に向き直り、大きく息を吸うのに合わせるようにして、辺りにあった喧噪も静まっていき、聴衆は次に吐き出される声を待つ。

「第っ!……何回であったか?」

「293回でございます」

「で、あるか」

 高いところにいるおかげで、よく通る声で言いかけたが、何かを確認するようにして隣に立つ老人に尋ね、答えが返ってくると二度ほど頷き、再び大きく息を吸って、大声を吐きだした。

「第293回チキチキ!ディースラによる試練の発表、並びに竜候祭開催ぃー!」

 ガ〇使かよ。

 何故異世界でこんな言い回しを耳にするのか疑問を覚えるが、それは俺だけの気持ちであり、ディースラの声に応えるようにして広場の人間達が歓声を上げた。
 あのふざけた宣言で本当に竜候祭が始まるようで、早速周りの店では祝いの酒を用意するように、店先に並んでいた酒樽が次々と割られていく。

 ビシュマは港町だけあって、様々な土地からの産物が集まるため、酒も多種にわたって用意されているようだ。
 俺の近くでも、開けられた酒樽から漂うアルコールのいい匂いが漂い、思わず喉がなってしまう。
 あれが振る舞い酒だとしたら、俺も一杯もらえるのだろうか。

 そんなことを考えている間もディースラの話は続き、次は試練の内容について明かされた。

「前回はなんであったか…おぉ、そうだそうだ。確かランプの火を十二日間絶やさぬというやつか。では今回のはもう少し変えようぞ。よし、今年の試練は…痛みだ!何を使ってもいい、一撃だけで我に明確な痛みを感じさせてみよ!それをもって試練の合格とする!」

 効果音がつきそうなぐらいに胸を反り、そう言い放つディースラは不敵な笑みを浮かべる。
 対してそれを受けた人間側はというと、皆一様に渋い顔だ。

 無理もない。
 一見すると痛みぐらいどうとでもなりそうだが、あそこで少女の姿に偽っているのは強大なドラゴンなのだ。
 ちょっとの武器では傷をつけることすらできず、痛みを与えることがいかにハードルの高いことか誰もが分かっている。

 魔術ならあるいはという希望はあるが、今の俺が制御できないレベルの威力で放った電撃ですら、ディースラにはかすり傷一つを負わせられなかったのを考えると、高等魔術に分類されるものでも果たして効果があるか疑問だ。

 実際、周りにいる人達の口からは、今年は試練の失敗が決まったかのような言葉がチラホラと漏れ出ている。
 これは海を渡るのを目的としている俺達にとっても、大きな障害だとも言えなくもない。

「武器や魔術、あらゆるものの使用を認める!力自慢に大魔術師を名乗る者達よ!その全てを用いて、我に挑むがよい!場所は例年通りここ!試練に挑めるのは明日より十五日間、陽が昇ってから中天に差し掛かるまでの間のみとする!試練以外の時間は我、祭りを楽しみたいのでな!」

 煽りと場所・時間設定を告げた後、なんとも俗物的な言葉で締めくくるが、祭りを楽しみたいというのは間違いなくディースラの本音だ。
 船で本人が言っていたしな。

 その言葉を予想していたのか、聞いていた誰もが小さく笑っているあたり、ディースラもこれは毎年言っているのだろう。

 さて、これから十五日間、日の出から昼までのおよそ六時間が試練の開催時間となるわけか。
 ビシュマに何人の力自慢がいるかはわからないが、仮に百人だとして一人一撃与えるのに五分もかからないだろうから、失敗にしろ成功にしろ一日で結果が出そうな気もする。

 しかし、ディースラはあえて十五日間という、長い期間を設けている。
 なるべく長く祭りを楽しみたいからか、あるいは別の狙いがあるのかはわからないが、あの言いようだと誰でも挑戦できるようではあるので、タイミングが合えば俺もやってみたいものだ。

 ただ、魔術は通じないと分かっているし、普通の武器はなおさらなので、何か他の手を考えてみる必要がある。
 差し当たり、まずは明日、試練に挑戦する誰かの様子を見てからだな。

 もしかしたら、意外と一人目で試練達成となるかもしれんし。
 まぁないだろうけど。
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