世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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必殺魔術炸裂、相手は死ぬ(嘘)

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今、村に迫る魔物の群れは昆虫系統の魔物で構成されているのだが、その大きさに関してはまちまちだ。
小さいものだと50センチほどだが、巨大なものだと3メートル近いものもいる。
ただ昆虫の特徴をそのまま引き継いで魔物となっているおかげか、どれも体高自体はそれほどでもないため、この村を囲う壁でも軽々と乗り越えられるということがないのは救いだ。

仮に壁に取り付かれたとしても、すぐに外壁の上から攻撃をすればすぐに撃退できるため、今のところ村の中に魔物の侵入を許すことなく一方的に攻撃を加えていた。

この魔物の群れが門側からしか襲撃を加えて来ないのには理由がある。
村の周囲には空堀のような深い亀裂が無数に走っており、その亀裂のおかげで魔物の集団も村の入り口からしか攻め寄せることが出来ないというわけだ。

虫なら垂直の壁も上って来れそうなものだが、どうも虫も巨大化すると壁を上るのが難しくなるようで、今のところ正面以外で虫が姿を見せる気配はないそうだ。

先程弓の一斉射で葬った魔物が、後から現れた魔物の餌となっている間の僅かな猶予の間に、外壁の上にいる人達は次の攻撃の準備にと動き回っている。
そんな中、俺とパーラとチコニアの三人は、村の門の真上に当たる位置に立ち、魔物の様子を窺っている。

「もうそろそろ連中の食事も終わって攻撃も再開されるはずだから、まずは私とパーラで一発かますわね。そのあとアンディも続いて。私達の攻撃に合わせてもいいし、魔術の終わりに繋げる形で攻撃してくれてもいいわ」
「わかりました」
この場の指揮は回復した村長が執っているのだが、俺達魔術師組は要請がない限りは独自に動くことが許されていた。
なので俺達の指揮はチコニアに託し、俺とパーラは一砲台としての役割に徹することにした。

チコニアとパーラは俺よりも先にここでの防衛線を経験しているので、どんな攻撃をするのかをまずはお手並み拝見といこう。

同胞と言っていいのかわからないが、死んだ魔物の死骸が生きた魔物の腹に全て収まった頃、再び魔物の侵攻がはじまった。
先程と同様、矢が襲い掛かるが、今度は魔物の移動速度の方が勝っており、矢の雨を潜り抜けた虫共はあっと言う間に門の前へと到達する。

そこに先程まで詠唱を行っていたチコニアの魔術が発動し、外壁に沿うようにして炎の壁が噴き上がる。
外壁に取り付こうとした魔物は炎の壁に弾かれながら焼かれ、突進の勢いを殺せなかった魔物はそのまま炎の壁に飲まれて火だるまとなる。

これだけの炎の壁で守られているのなら余裕で攻勢を凌げるのではと思った矢先に、炎の壁は勢いを無くして周囲に火の玉を散らすと、その形を崩してしまった。
どうやら炎の壁は長い時間維持するのに向かないようで、周囲に散らばった火の玉はまだ勢いを失っていないが、もういちど同じ魔術を使うのはチコニアの消耗具合によっては難しいかもしれない。

だが魔物の群れは炎の壁が無くなったのを好機と見たのか、燃えカスとなった魔物の死骸を踏み閉めながら再び外壁へと取り付こうと動く。
すると今度は辺りの空気が渦を巻いて小さな竜巻が生まれ、それが再び外壁に迫る魔物へと牙を剥く。
先程の炎の壁とは違い、ただ吹き飛ばすだけの竜巻では甲殻に守られた魔物にどれほどダメージを与えるのか不安になった次の瞬間、竜巻がチコニアの魔術で辺りに飛び散っていた火の玉を吸収していき、ただの竜巻から熱波をまき散らす高熱の暴風へと姿を変えた。

その姿はいわゆるファイアストーム、火災旋風と呼ばれるそれで、前世でのテレビなどで見ることはあったが、こうして実物を間近で体感するとその恐ろしさに身震いを覚える。
規模こそ小さいものの、発せられる輻射熱はかなり離れているはずの俺達にも呼吸を難しくさせるほどの威力を示している。

火災旋風の恐ろしさは発生している中心よりも、撒き散らされる高温のガスによる周囲への被害の規模にある。
実際、今目の前では竜巻に触れてもいないはずの魔物が脚を内側へ丸めるようにして引っ込めると、そのまま動かなくなる。
辺りに放たれる熱風だけで、魔物を倒せてしまう。
火災旋風とはこれほどに恐ろしい自然現象なのかと思い知らされる。

小さな竜巻でありながら、門前に押し寄せる魔物のほぼすべてが原型を保ちながら生きてはいられない、そんな広範囲に渡る殲滅を成し遂げたのが、たった二人の魔術師なのだからこの世界の魔術は恐ろしいものだ。

このチコニアとパーラの合体技ともいえる攻撃だが、チコニアの発案なのかそれとも戦闘の最中に偶然見つけたのかわからないが、いずれにしろこれほどの魔術を操って見せたパーラの成長に、思わず目頭を押さえそうになる。
「アンディ!ただ突っ立ってないで攻撃の準備して!そろそろ魔術が切れるよ!」
「あぁ、はいはい。わかったよ」
パーラの怒鳴る声に尻を叩かれ、頭を低くして外壁へと近付く。

外壁の向こうから吹き上げる熱風を気にしながら、そっと壁の向こう側へと視線を向けると、もうかなりの魔物が死骸となって門の前に散らばっていた。
しかしその死骸の山の向こうには蠢く魔物の姿がまだまだ見えている。

パーラの操作する炎の竜巻は最初と比べてかなり勢いが減っており、もうじき霧散してしまうのを簡単に想像できる。
「パーラ、魔術が切れるまであとどれくらいだ?」
「もうそろそろ。あと10も数えないで消えそう」
となると10秒も持たないで炎の竜巻は消え、それまで熱風によって足踏みをしていた魔物の群れが再び攻撃を仕掛けてくることだろう。

意外と時間がないことに焦りそうになる心をグッと抑え、用意していたものを両手に握りこむ。
「アンディ!竜巻が消える!後はお願い!」
「おう、任された」
火炎旋風が勢いを完全に失い、辺りに最後の熱波を振りまいたのを合図にパーラが一歩下がったのと入れ替わる形で俺が外壁の縁ギリギリに立ち上がる。

脅威であった熱風が無くなったことで再び魔物の群れはこちらへと殺到してくるが、相も変わらず一本道は一度に通れる魔物の数を制限してくれているため、上手い具合に一列での侵攻となっている。
俺にとってはその陣列が非常にやりやすい形なので、思わず口元に笑みも浮かぶというもの。

再びの侵攻に村人達が放つ矢に遅れること数秒、俺は両手に握る鉄釘を雷魔術による超高速での射出する。
超高速の物体が空気の壁を破ったことで発生した音と風によって、ドンという音と共に、外壁に居並ぶ人達を空気の振動が襲う。

釘全体に高電圧が一気にかかったことで、高温化による気流の発生と磁力を利用した発射体は、飛び出した前方にある空気を圧縮していき、弾体周囲へ高温の膜を生み出す。

傍目には閃光を放つ物体が飛び出したことで、ビーム状の攻撃のように見えたことだろう。
音を置き去りにするほどのその一撃は、一瞬遅れて辺りに爆音を轟かせて進み、一本道から村の門へと扇状に展開したばかりの魔物を一瞬にして溶かし、貫き、吹き飛ばしていった。

先程の火炎旋風の時と違い、強力な外力によって葬られた魔物の死骸は、どれも筆舌に尽くしがたい損傷を受けている。
だが多少なりとも形が残っているのは攻撃の範囲から僅かに外れた所にいた魔物ばかりで、大半の魔物は欠片を残すことなく消滅してしまっていた。

レールガンもどきと比べて射程はかなり短いが、その分太い帯状の広範囲に威力を発揮するこの技は、魔力も相応に消費はするが、面制圧力はレールガンもどきなどとは桁違いだ。
今の俺の魔力なら6・7発も撃てば魔力はほぼ空になってしまうが、防衛戦で使うことによって立て籠もる側への士気高揚はかなり望める。

現に今、外壁に居並ぶ面々は一人の例外も無く、目の前で起きた熱と光の暴虐による惨状に口を開けて呆けてしまっていた。
しかしすぐに彼らは意識を取り戻したように雄叫びにも似た歓声を上げる。

先程のチコニアとパーラによる魔術も凄いものなのだが、村人達はここ数日の間に多少見慣れてしまっていたのだろう。
閃光と轟音を生み出して敵を蹂躙する俺の魔術は、彼らにとってある種の新鮮さをもたらし、新しく加わった魔術師の存在をはっきりと感じることで、この戦いに勝利する新たな希望の一つとなったのかもしれない。

「ひゃぁー…すんごい魔術だったわねぇ」
「ですねぇ~。でもアンディならあのぐらいはやっちゃうんですよ。なんたってアンディですから!」
背後では俺の魔術に驚くチコニアと、何故か俺以上に得意満面といった様子の口調のパーラがいる。
見るまでもなくドヤ顔であろうと分かるぐらいに上機嫌な声が聞こえてくる。

とりあえずの脅威である魔物を一掃出来たとはいえ、まだまだ後続の魔物が来る可能性は残っている。
それを分かっている村人も決してその場を離れず、弓矢を下ろしはしても手放すことは無い。
そしてその予想通り、再び魔物の群れが一本道の下に姿を見せ始める。

「まったく、どれだけいるのかしら」
「私とチコニアさんでここ数日に倒したのも結構な数だと思ったけど、なんかまだまだいそうなんだよね」
門の前を掃除し終え、眼下へと目を向けるチコニアとパーラが更に姿を現し賜物に対してうんざりとした口調で呟く。

「一匹見たら百匹はいると思え、ってのは大袈裟かね?」
俺が言うのはゴキブリの話だが、虫という意味ではそう的外れではないだろう。
どこからか現れて群れを成し、倒しても倒しても次から次へと押し寄せるのだから、ゴキブリなんかよりもたちが悪い。
いや、日本人の感覚としてはゴキブリともどっこいどっこいなのか?

「さて、それじゃあ次の攻撃を準備した方がいいけど、二人共、魔力は大丈夫ですか?」
「んー…私は問題ないけど、ここはアンディがやったほうがいいんじゃない?」
「私もチコニアさんの意見に賛成。多分他の人達はアンディの魔術をもっと見たがると思うしさ」
確かにパーラの言う通り、この場にいる人達が先程見せた反応を思えば、派手な魔術を見た方がやる気が出ることだろう。
ある意味、エンターテインメント性も込められているので、俺が引き続き攻撃をした方がいいかもしれない。

「まぁそれなら次も俺がやったほうがいいか。じゃあ二人共、下がってて」
『はーい』
そう仲良く返して下がる二人を見ることなく、再び迫る魔物の群れに対して攻撃を開始すべく備える。

だが今回は魔物の歩みがずいぶん遅く、目で数えることが出来る程度の数がノロノロと迫るだけだ。
そんな状況であれば恐れることも無く、村人が放つ矢は的確に魔物を捉えていき、門前にたどり着くことが出来たのは数体の魔物だけだった。
流石にこの数だと先程の魔術は効率が悪いため、近付いて来た魔物には電撃の一撃を食らわしてやることにする。

狙いを定めた目標に掌を向け、細く長い雷撃を放とうと魔力を込めていき、手全体が帯電を始めた所で異変が起きた。
なんと狙っていた魔物が俺の手から逃れるようにして後退し始めたのだ。

巨大化しているとはいえ、虫があの短時間で学習するのかと一瞬驚いたが、よく見ると後退しているのは俺の手が向いている魔物だけで、他の魔物は普通に外壁に取り付いて投石と矢の餌食になっている。
となると俺の攻撃を避けようとして動くあの魔物だけが特殊なのだろうか?

そんなことを考え、魔術を放つことなく手を下ろすと、先ほど後退した魔物は再び前進し始め、真っ直ぐ俺のいる外壁の部分に取り付く。

俺の魔術を恐れて後退したかと思えば、手を下ろした途端、普通に外壁に取り付こうとするその行動は、単に俺の手から魔術が飛び出すのを知っていての行動というのは些か不自然だ。
虫が学習したのなら俺をターゲットにして向かってくるのは妙だし、逆に魔術を警戒していないと先程の動きは有り得ない。

一体どういうことなのか首を傾げるが、今は眼下にいる魔物を処理することを考え、再び雷魔術を使おうと手のひらを向けると、再び魔物は素早く後退していく。
その姿に俺の頭に眠っていた記憶が呼び起こされた。

魔物が下がっていく姿が、まるで虫除け剤に触れた虫のように見えたのは、前世での農家として働いていた時の記憶からだった。
もしやと思い、再び掌に雷魔術を発動待機の状態にさせたまま、手を外壁に取り付いている他の魔物に向けてみると、こちらを見てもいないのに急に遠くへと逃げるようにして移動し始めた。
突然の魔物達の動きに警戒と不審の感情を顔に浮かべた村人達は、同時に呆気にとられた様子も持ち合わせながら立ち去る魔物を見送っていた。

これで確証が得られた。
どうやらこの虫型の魔物達は俺の雷魔術が待機状態にあるときに発生するある種の電磁波のようなものを極端に嫌う傾向にあるらしい。

鳥や魚は意外と電磁波に敏感な生き物なのだが、虫までもそうなのかは定かではないにしろ、この世界の魔物型の昆虫であれば、この感触の電磁波であれば追い払うだけの効果が期待できるようだ。

「……どこか行っちゃったわね。この後も侵攻がないなら今日は休めるからその方がいいけど」
「でも何で急に?今までこんなことってなかったのに」
チコニアとパーラもやはり急に引き上げていった魔物の行動に首を傾げるが、それは他の人達も共有する感情だ。
とはいえ、波が引くようにいなくなった魔物に不気味さを覚える人もいたが、ほとんどは戦いが終わったことに安堵の息を吐いている。

「チコニアさん、そのことに関してちょっと話すことがあるんですけど、村長さんを交えて説明する場を設けてもらえますか?」
「ってことは今の魔物の動きはアンディがなんかしたってことね?わかったわ。後で人を呼びに行かせるからあなた達は先に休んでなさい。飛空艇にいるのよね?」
「ええ、人を寄越すならそちらにお願いします」

「チコニアさん、戦闘終了は私が村に伝えちゃっていい?」
「そうね。今日は襲撃もあれで終わりだと思うから、村の人にそう言っちゃって構わないわ」
「了解~。アンディ、行こ」
「ああ。…ではチコニアさん、また後で」
ヒラヒラと手を振るチコニアと分かれ、俺とパーラは外壁を降りていく。
その際、迎撃に加わっていた村人達からお礼と賛辞の言葉を受けながら、俺達は飛空艇へと帰っていく。

途中でパーラが他の村人達に戦闘終了を言って回ると言って別れたので、俺は一人で飛空艇へと戻ると、この非常事態ともいえる状況で必要な物を考え、備蓄として積んである食料等を村に提供することを思い付く。
これもギルドの緊急条項で補填される物資の対象なので、しばらく世話になる村のためにも気前よく振る舞おう。

幸いここに来るまでの間に立ち寄った町村で興味を引かれて買い漁ってた食材もある。
傷みやすい食材も冷蔵庫で保存してあるため、この村程度の人口であれば当分は賄えるだろう。
早速貨物室に食材を運び出し、後で持ち出しやすいようにまとめておこうかね。









「……するとアンディ殿の魔術であの魔物の群れは追い払うことが出来ると?こう言っては何だが、それが本当ならもっと早く教えてもらいたかったものだな」
若干の不機嫌さが込められたその言葉は村長のものだ。

現在俺は村長宅に訪れており、そこには俺とチコニアと村長の三人が同じテーブルに着いている。
そこで俺が話したのは、先程の戦闘で雷魔術によって発生した電磁波が虫型の魔物に対して追い払う効果があるということをかいつまんでの説明だった。

この世界の人間に電磁波の説明をしたとして、枝葉で広がるだろう他の説明の手間を考え、そういう効果があると言うだけに留めた。
俺の使う詠唱を必要としない意識発動型の魔術というのは、その運用や効果はほぼ個人技の域にあるため、虫型の魔物に効果のある魔術というのはなかなか説明が難しい。

「それに関しては自分の魔術にそういう効果があると知ったのはあの戦いの最中でしたから、別に効果を隠していたというわけではありませんので」
「いや、それはわかっているのだが、それでもあの戦いでの労力を考えると言わずにはいられんかっただけよ。ただの愚痴だ。許されよ」
村長にしてみたら、戦闘が始まる前にそれを知っていたら作戦の内容ももう少し考え直せたかもしれないと思うものがあったのだろう。

「まあまあ。村長さんの気持ちも分かるけど、あの魔物達を追い払うのに有効な手段が見つかったのを素直に喜びましょう。アンディ、あなたのその…電磁波?ってので防衛は楽になるのよね?」
「ええ、ほぼ間違いないでしょう。投石や弓矢と違って、必要なのは俺一人なので、今防衛に出ている人達を休ませる時間は十分とれると思います。聞けば、ここ数日、交代で休めてはいても疲労は溜まっているとか?」
「うむ。わしは怪我の間に幾分休めたともいえるが、他の者達は大分参っているだろうな。それがアンディ殿が言うように休息を与える機会を設けられるなら、村に漂う閉塞感も幾分和らげるかもしれん」

村長が言うように、今現在の村は防衛戦という状況に加え、男手が村の外壁に集められているせいで、家族の身を案じた村の女性や子供達の不安が集落に漂っている。
村の防衛に回る人手をいくらか家族の元へ戻せるなら、この暗い空気も多少は晴れるといいのだが。

「しかしアンディ殿の魔術を防衛に頼るとしても、村の責任者としては多少の戦力は外壁に残す必要がある」
いかに俺の魔術が効果的だとしても、万事全てを任せるのは流石に不安なようで、何かあった時のために村人も交代で外壁に詰めることが決まる。
それでも常時村の戦力全てが外壁に集まるよりもずっと少ない人数で済むはずなので、休める人間もそれなりに多くなることだろう。

引き換えに俺はずっと外壁に張り付くことになるだろうが、それでも電磁波攻撃を使用すれば身の危険もグッと少なくなるし、魔力の消費以外は疲れもさほどのものにはならないはずだ。
一応魔物の襲撃も24時間常にというわけではないので、適度な休息は期待しておこう。

まずは外壁に詰める最初の人員の選定と、弓矢を始めとした物資の振り分けをチコニアと村長が話し合うのを俺はただ見守るだけの時間を過ごし、諸々の細かい調整を済ませたところで話は俺が先程提供した食材の話になった。

「それにしてもアンディ殿が提供してくれた食材は非常にありがたいものだった。村の備蓄もそれなりにあったとはいえ、正直心許ない量でな。あれだけの量を頂けるとは、重ね重ね感謝の言葉もない」
既に村長からは感謝の言葉は何度も貰っているが、それでも言い足りないのか、テーブルの上で揃えられた拳に乗せる形で軽く額を付ける。
ギルナテア族ではこのポーズが最大級の礼を送る仕草だそうだ。

村に立て籠もるにあたり、食料の確認は真っ先に行われている。
水は村にあるいくつかの井戸のおかげで心配はないが、食料に関しては保存食が意外と少なく、また村で育てていた作物も収穫にはまだ遠いため、いざとなったら決死の覚悟で食料を外に探しに行くことも話に上がっていたらしい。
そんなわけで、矢だけではなく食糧までも提供した俺に対して、村長が最大級の礼を示すのも当然だと言える。

「お礼の言葉はもう何度もいただいてますから、どうか頭を上げて下さい。それにあれも後で補填されるはずなので、どうかお気になさらず。ですよね?」
確認の意味も込めてチコニアに水を向ける。
「もちろんよ。食料は緊急条項が適用される最たるものだから、申請には何の問題ないわ」

緊急条項で補填される物資でまず最初に上げられるのは食料で、次いで防衛陣地の構築などに使用される資材、そして武具という順番で申請処理の優先度が決められている。
その点では俺が提供した矢よりも、食料の方が申請の際に通りやすいのだそうだ。
もちろん、今のこの村のような状況では大概の補填申請は通りやすいのだが、そこはギルドも役所仕事なので、処理する手間から食料の方が補填は早いとのこと。

ちなみにその食料だが、パーラがバイクを使って村の倉庫へと運び入れており、潤沢な食材の姿に村人も明るい笑顔を見せていることだろう。
差し当たりまずは足の早い食材を調理し、ちょっとした宴を開こうという話になっている。
当然俺もそこには呼ばれているが、提供した食材で一体どんな料理が出て来るのか、実は結構楽しみだ。

今夜は村人達のリフレッシュも兼ねた宴となるのだが、一応俺の歓迎の意味も多少は含まれている。
村で不足している物資の提供に加え、怪我人の治療と外壁での迎撃戦に加わったこともあって、村人達にはかなり好意的に迎え入れられるはずだ。

「それでは暫く俺が一人で外壁に詰めて、監視と連絡の人手以外は村に戻すということでよろしいですか?」
「うむ。ここの者も肉体的にも精神的にも大分疲れておる。アンディ殿には頼り切りとなるが、せめて彼らの疲れが癒えるだけの時間は欲しいのだ。どうかよろしく頼む」
「一応私も万一に備えてアンディと一緒にいてあげるわ。もしかしたらその追い払う魔術が効かない魔物もいるかもしれないしね」

チコニアの言う通り、もしも電磁波を無視してくる魔物に備えて、俺以外にも魔術師が一人いるというのは確かに心強い。
パーラとチコニアが交代で俺に着くということで話はまとまり、宴会の準備が出来たことで呼びに来た村人の案内で、俺達は村長宅を後にした。

宴は村人が集会所に使っている屋根だけの建物で行われるようで、そこには既に村中の人が集まっており、そこで俺の紹介も行うという。
漂う匂いは用意されている料理の物らしく、既に日が落ちていた中で集会所から漏れる焚火の明かりと相まって、ちょっとしたキャンプでのバーベキューを思い起こさせる。

食欲をそそる匂いに足が誘われそうになるが、先に村人へ演説らしきものを行っていた村長が俺を呼ぶ声に、料理はいったんお預けとなる。
呼ばれて村長の隣に立った俺に、村人達の視線が集まる。

「この少年が先程紹介したアンディ殿だ。村の窮地に駆けつけ、惜しむことなく物資の提供を申し出てくれただけでなく、あのおぞましい魔物の群れへ共に立ち向かった戦友である」
村長が俺を語り、それに応えるようにして村人も拍手をする。
こうして見る村人達の雰囲気からは、非常に友好的な手応えが感じられる。

「さらに、彼は今我らを攻める魔物の群れに対する有効な魔術を持つ偉大な魔術師だ。チコニア殿とパーラ殿と共にこの村を守ってくれる彼の歓迎も兼ねて、この宴を盛大なものにしようではないか。皆、器は持ったか?…では、アンディ殿もこちらをどうぞ」
そう言って手渡された器を手にし、その中を見てみると濁った液体が入っているのが分かる。
もしかしなくてもこれは酒だろう。
一応子供の俺にこんなものを渡すのはどうかと思うのだが、彼らの好意と場の雰囲気からとりあえず何も言わずにおく。

村人達も大人から子供まで全員が器を手にし、こちらを見ているのを確認した村長が口を開いた。
「では、…今日の糧に感謝を。天と地に満ちる精霊へ感謝の杯を!」
『天と地に満ちる精霊へ感謝の杯を!』
村長の上げた声に村日達も応え、手にした杯を一斉に空ける。
先程のは乾杯の音頭だったようで、一拍遅れて俺も杯の中身を飲み干す。

口に含んですぐに分かったが、やはりこれは酒の様で、酸味と共にアルコール特有の喉を熱くさせるものを感じながら胃袋へと流し込む。
思ったよりもアルコール度数は高くないようで、以前フィンディで冒険者たちと飲んだ酒よりも大分飲みやすい。
子供の俺に配慮して軽いものにしてくれたのだろうか。

チビチビと飲む分には甘さもあって悪くないそれを味わっていると、乾杯で開けた器に再び酒を満たした村人達が俺に群がってきた。
皆口々に感謝の言葉を口にするが、意外にも魔物を追い払ったことへ対するお礼よりも、食材を提供してくれたことに対するお礼の方が多かった。

「あんたが提供してくれた食料は本当にありがたいよ。なんせ限られた食料をやりくりして10日は持たせなきゃならないって聞いた時には頭を抱えたんだからね」
「本当にね~。ウチも食べ盛りを二人も抱えてるもんだからどうしたもんかって悩んでたんだ」
村に籠ることになって最初に村中に通達されたのはやはり食料の節約だったらしく、それが村の女性達に重大な課題となって伸し掛かっていたのだが、そこに俺が現れて食料を提供してくれたおかげで一気にその悩みも解消され、こうして俺に直接お礼を言いたくなったようだ。

そんな風にお礼の言葉を受け取りつつ、勧められるままに料理を口にし、宴は賑やかなままに夜遅くまで続いた。
こんな時間にもなると流石にポツポツと人がいなくなり始め、自然と宴会もお開きとなっていく。

食べ過ぎと酒のせいでまともに動けなくなったパーラを背負い、俺達は飛空艇へと戻っていく。
「でゅへへへへへへぇ…、アンディの背中ってなんだか逆さまになってる。変なの…」
「バカ、そりゃお前が酔い過ぎてんだ」
「そ~なのぉ?そっか、これが酔っぱらうってことなんだ…おもしろいねぇ」
こいつ、酔っぱらうとこんな感じになるのか。

初めて見るパーラの姿に、少し新鮮な驚きを覚える。
俺の知らない間にかなり酒を飲んでいたようで、完全に酔っぱらってしまったパーラは俺の背中でグニャグニャとした動きをするので実に背負いにくい。
俺自身も多少酔いは感じているが、足がふらつくほとではないので、こうしてパーラを背負いながらようやく我が家へと帰って来れた。

今日からはパーラも飛空艇で寝泊まりすることになったため、こうして俺と一緒に戻ってきたわけだが、生憎まだパーラの部屋は用意できていないので、今日の所は俺の部屋にパーラを寝かせ、俺自身は適当なソファーをベッドに使う。
ソファーに横になると、暗い室内に差し込む窓からの月明りについつい目がいく。
軽い酔いで少し意識がフワフワとした心地良さを感じながら、明日からのことを考えようとするが、酒の力が引き起こす眠気がこれまた強烈なもので、瞼がその重さを増していくのを感じながらも、ただただ微睡むままにまかせてしまった。
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