異世界の王族に転生したので、女の子を囲ってみた

キミト

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第二十二話

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 真っ暗な離宮の中を、窓から差し込んだ月光が僅かに照らす。
 暗い廊下をシオンは一人、歩いていた。抜け出そうというのでは無い。ただトイレに行った帰りだ。

 ツクミに関する騒動から、既に数日が経っていた。今日は居ないが、クロノを含めた彼等四人は、ずっとじゃれ合うような日々を送っている。

 そんな日々を思い出し、シオンは頬を緩める。そうして寝室の扉をゆっくりと開け放った。
 そこそこ広い空間に、大きなベッドと幾つかの家具が置いてあるだけの部屋だ。前世の感覚の残る彼は、無駄に寝室を飾り立てるのが嫌いだった。

「ん~。早く寝よ」

 欠伸と共にベッドに近づく。
 寝間着姿の彼は、そのままベッドに飛び込もうとして、

「――」

 何気なく、少し夜空でも見ようか、と窓へと進路を変更した。

 直後。ベッドと彼の間の床が、トス、と微かな音と共に抉れる。

 それはあのままベッドに向かっていれば、丁度シオンが居たはずの場所で。目の端にその光景を捉えると同時、咄嗟に彼は全身に神力を漲らせた。

「……誰かな? こんな夜中に」

 警戒しながら周囲を窺う。
 だが薄暗い部屋の中には、自分以外の人影は見えない。耳を澄ませてみても、物音一つ聞こえなかった。

「それなら――」

 呟き、シオンは神眼を発動させる。
 隠れている者が居るなら、これで才覚が表示されるはずだ。何処に居ようともこの目から逃れる事など出来はしない。
 だが、

「誰も居ない……?」

 神眼には、何も表示されなかった。
 首を傾げるシオンだが警戒は解かない。床に刻まれた傷は明らかに自然現象からは遠かった。おそらくは刃物、それも短めのナイフ、と当たりを付ける。

(一体、どうやって)

 疑問に思った瞬間、彼の強化された聴力が消え入りそうな風音を捉える。
 反射的に身を伏せる。浮き上がった髪の先が数ミリ、斬られて飛んだ。
 敵が居る、と判断し、シオンは素早く五指から神糸を出す。そうして自分の周囲をめちゃくちゃに切り刻んでみるが、手応えは無い。

(分からない、何処に居るのか。空間を繋げて直接攻撃している? でも、さっきの風音。必ず敵手は此処に居るはず)

 耳を済ませるシオンだが、運が悪いのか。
 先ほどまで無風だった外に風が吹き始めた。木々が揺れ、窓が鳴り、室内の微かな音は掻き消されてしまう。

(このままじゃ無理だ。なら――)

 静かに、シオンは手を降ろし、糸を伸ばす。
 じっとりと肌に汗が滲んだ。間違いなく命懸けの状況。理解し、しかし彼の表情は変わらない。
 平淡な顔のまま自分の感覚に身を任せ、

「――っ」

 軽くバックステップ。振るわれた見えない刃をかわしてみせる。
 シオンの口元が僅かに上がった。

「無駄だよ。かくれんぼが得意みたいだけど……もう、僕には通じない」

 続けて振るわれた刃をも、シオンはかわす。
 そうして繰り出した蹴りは、確かに何かを捉えた。
 脚から伝わる感触と、床を転げるような音に、シオンは自分の感覚が正しい事を確信する。
 目線は自然とその『見えない何か』を追いかけていた。

「やるなら最初の一撃で確実に仕留めるべきだったね。君はもう、捉えた」

 ――シオンが目に見えない『何か』を把握できているのは、神糸のおかげだった。

 彼は、細く伸ばした糸を無数に部屋中に張って、その切れる感覚で敵の位置や動きを把握しているのだ。これならば敵の姿が見えなくても関係ない。
 そしてもう一つ。シオンはある重要な情報を入手していた。

(感じる敵の形。これって、もしかして――)

 思考する間に、また糸が切れる。
 部屋中をめちゃくちゃに跳び回るように、姿の見えない襲撃者は動いていた。恐らく相手もシオンの張った糸に気付いたのだろう。全て切ってやろうという魂胆なのだ。

「そう上手くは行かないよ」

 だが、シオンの神糸を紡ぐスピードはそれにも負けない。
 切られた傍から、彼はあっという間に部屋中に糸を再配置する。完全にいたちごっこだった。
 襲撃者も察したのだろう。動きが変わる。ただ跳び回るだけの動きから、獲物に隙を作り出す撹乱へと。

 来る――シオンは悟った。一本、小指の先から伸ばした糸を宙に遊ばせ、襲撃に備える。

 ドン、と天井から激しい音。

(いや、これはフェイク)

 天井を蹴り、上から襲撃を掛けてくる。普通ならそう思うかもしれない。
 しかし、神糸を張っているシオンには分かった。襲撃者が勢い良く、しかし無音で目の前に着地し、下からナイフを振るってくる事が。
 見事な技だった。その身のこなしも。合わせて神糸を振るった、シオンも。

「捕まえた……!」

 小指の先の一本。それで、喉元まで突き出された刃を絡めとり、シオンは宣言する。
 糸越しに伝わる驚愕。微かな感情の隙に、彼はナイフを引き寄せる。
 襲撃者が咄嗟にナイフを手放す。持ち手の居なくなった凶器を部屋の隅に放りだし、シオンは一気に畳み掛ける。

「逃がさないよ」

 部屋の中を無数の糸が走った。
 今度は探査だけではない。攻撃の為の糸。
 正確に己を狙ってくる糸に、堪らず襲撃者は後退する。予備のナイフで糸を切り払いながら、目指すのは扉。この部屋からの脱出。

「逃がさないって言った」

 襲撃者が扉を蹴破った瞬間。
 扉に付いた糸が、空中に扉を固定する。襲撃者を逃がさぬように、邪魔をするように。

「教えてもらうよ。君の正体を。そして、誰の仕業かも」

 五指だけではなく背や腕からも神糸を出し、シオンは詰めにかかる。
 襲い掛かる何十という糸。幾ら身のこなしが軽くても、限られた部屋の中では逃れきる事は不可能だった。
 間も無く、見えない脚を糸が捕らえる。そこからは一瞬だった。四方八方から糸が殺到し、切り払う間も無く襲撃者を包み込む。

「出来上がり」

 佇むシオンの前には、人型の糸の塊が、宙に浮くように存在していた。
 その形を見て、シオンは疑念を確信に変える。

「それにしても。やっぱり、女の子だったんだね」

 きつく締められた糸は、如実に中の人間の形を浮き彫りにする。
 まず目に付くのは胸部だろう。まるく大きな胸。それは、襲撃者が女性である何よりの証明に他ならない。
 全身のラインを見ても女性である事は明らかだった。身長はシオンより頭一つ分大きい位だろうか。線は細く、いかにも身軽そうな体型だ。
 糸から逃れようともがく彼女を観察しながら、シオンは考える。

(どうしようか。素直に話してくれるかな?)

 身のこなしから、彼女が手練の暗殺者である事は想像が付く。
 ならば容易には口を割らないだろう。しかしだからといって、拷問のような真似をするのは、シオンは嫌だった。
 女性だからでは無い。そういう行為自体が単純に嫌いなのだ。

(とりあえず、お話してみようか)

 方針を定め、糸達磨に近づく。

「こんにちは。いやこんばんは?」

 そんなずれた挨拶から、尋問は始まった。

「こうして君を捕らえた訳だけど。僕としては、あんまり手荒な真似はしたくないんだ。大人しくしてくれないかな?」

 襲撃者は無言で抵抗を続ける。

「駄目かぁ。君の正体や君を差し向けた人についても、話すつもりはない?」

 返答は、やはり無言での抵抗だった。
 どうしたものか、とシオンは腕を組む。

「このままだと君を軍に突き出して、尋問……いや、拷問してもらうしかなくなるんだけど。そうなったら君は最後、間違いなく処刑されるだろうし。そう成らない為にも少し、僕とお話しない?」

 僅かに襲撃者の動きが鈍る。
 言われた通りの未来を予見したのだろう。シオンとしては、操り人形のような自我の無いパターンも想定していた為、これは好反応だった。
 交渉の余地はある、と判断する。

「もしかしたら僕にも君にも。そして君を差し向けた人にも、良い道があるかもしれない。それを探す為にも、まずはお話しよう?」

 じっと、シオンは襲撃者の返答を待った。
 と、予想外の場所から声がする。

「な、何ですこれは!? 無事ですか王子!」

 メイド長の声だった。
 出所は廊下から。恐らく戦闘音を聞きつけてやってきたのだろう。そうして宙に浮く扉に驚いているのだ。
 シオンが扉から糸を外す。落ちた扉の向こうから、メイド長が現れた。

「シオン王子! ご無事で!?」
「こんばんはメイド長。うん、この通り無傷だよ。部屋は多少傷付いちゃったけど」
「ああ、そんな事は良いのです。それにしても……もしかして、これが?」

 糸達磨を指差すメイド長に、シオンは頷く。

「うん。僕を襲って来た襲撃者。姿の見えない人でね、ちょっと苦労したよ」

 あっけらかんと言う彼に、メイド長は何とも言えない顔をする。
 しかし直ぐに自分達の至らなさを嘆き、謝罪した。

「申し訳ありません、王子。この離宮に、そしてシオン王子の寝室にまで、侵入を許すとは」
「しょうがないよ。僕の神眼でさえ分からないほどの陰業だもの。自分も皆も、そう責めないで?」
「そうは行きません。私も含め、警備の皆の給金は暫く減額とします。それで王子。この襲撃者に関しては……」
「真面目だね~、メイド長は。彼女に関しては、何とか話をしようとしてるんだけど……どうにも口が堅くて」
「そうですか。分かりました、ならば私が」

 言って、メイド長は一歩前に出る。
 その顔は怪しく影が差し、背後からは異様なオーラが立ち昇っていた。
 シオンの頬が引く付く。

「襲撃者さん。早めに決断した方が良いよ。メイド長、かなりお怒りみたい。下手しなくても廃人になるかも?」
「ご心配なく。壊れる前に、あらゆる手段を使って情報を引き出します」

 一切冗談の無い声音だった。
 メイド長の目が月光を反射しギラリと輝く。彼女とて王族付きのメイド長、尋常では無いのだ。

 近づいて来る悪鬼のオーラを感じ取ったのだろう。襲撃者が、慌てた様子で首を上下する。

「メイド長。彼女、話してくれる気になったって」
「そうですか……。残念です」

 メイド長が肩を落とす。
 シオンは触れず、さっさと話し合いに移った。

「それじゃあ、とりあえず顔の部分だけ解放するよ。姿を見せてくれるかな?」

 言葉と共に、首から上の糸が解ける。
 相変わらずそこには何も無かったが、ややあって、ぼやけるように人の姿が浮かび上がってきた。
 現れたのは、褐色の肌に灰色のショートヘアを揺らした、シオンより少し年上の女の子。
 髪と同じ色の瞳と目が合う。シオンに見詰められる少女の顔は、感情など無いかのように無表情だった。

「まずは自己紹介から始めようか。知っていると思うけど、僕はシオン・オルデゥラデュ・ビスィー・デ・スルト。君の名前は?」
「…………。ノクト。名前、それだけ」

 少女が短く答える。
 夜はまだ、長そうだ。
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