22 / 34
第二十二話
しおりを挟む
真っ暗な離宮の中を、窓から差し込んだ月光が僅かに照らす。
暗い廊下をシオンは一人、歩いていた。抜け出そうというのでは無い。ただトイレに行った帰りだ。
ツクミに関する騒動から、既に数日が経っていた。今日は居ないが、クロノを含めた彼等四人は、ずっとじゃれ合うような日々を送っている。
そんな日々を思い出し、シオンは頬を緩める。そうして寝室の扉をゆっくりと開け放った。
そこそこ広い空間に、大きなベッドと幾つかの家具が置いてあるだけの部屋だ。前世の感覚の残る彼は、無駄に寝室を飾り立てるのが嫌いだった。
「ん~。早く寝よ」
欠伸と共にベッドに近づく。
寝間着姿の彼は、そのままベッドに飛び込もうとして、
「――」
何気なく、少し夜空でも見ようか、と窓へと進路を変更した。
直後。ベッドと彼の間の床が、トス、と微かな音と共に抉れる。
それはあのままベッドに向かっていれば、丁度シオンが居たはずの場所で。目の端にその光景を捉えると同時、咄嗟に彼は全身に神力を漲らせた。
「……誰かな? こんな夜中に」
警戒しながら周囲を窺う。
だが薄暗い部屋の中には、自分以外の人影は見えない。耳を澄ませてみても、物音一つ聞こえなかった。
「それなら――」
呟き、シオンは神眼を発動させる。
隠れている者が居るなら、これで才覚が表示されるはずだ。何処に居ようともこの目から逃れる事など出来はしない。
だが、
「誰も居ない……?」
神眼には、何も表示されなかった。
首を傾げるシオンだが警戒は解かない。床に刻まれた傷は明らかに自然現象からは遠かった。おそらくは刃物、それも短めのナイフ、と当たりを付ける。
(一体、どうやって)
疑問に思った瞬間、彼の強化された聴力が消え入りそうな風音を捉える。
反射的に身を伏せる。浮き上がった髪の先が数ミリ、斬られて飛んだ。
敵が居る、と判断し、シオンは素早く五指から神糸を出す。そうして自分の周囲をめちゃくちゃに切り刻んでみるが、手応えは無い。
(分からない、何処に居るのか。空間を繋げて直接攻撃している? でも、さっきの風音。必ず敵手は此処に居るはず)
耳を済ませるシオンだが、運が悪いのか。
先ほどまで無風だった外に風が吹き始めた。木々が揺れ、窓が鳴り、室内の微かな音は掻き消されてしまう。
(このままじゃ無理だ。なら――)
静かに、シオンは手を降ろし、糸を伸ばす。
じっとりと肌に汗が滲んだ。間違いなく命懸けの状況。理解し、しかし彼の表情は変わらない。
平淡な顔のまま自分の感覚に身を任せ、
「――っ」
軽くバックステップ。振るわれた見えない刃をかわしてみせる。
シオンの口元が僅かに上がった。
「無駄だよ。かくれんぼが得意みたいだけど……もう、僕には通じない」
続けて振るわれた刃をも、シオンはかわす。
そうして繰り出した蹴りは、確かに何かを捉えた。
脚から伝わる感触と、床を転げるような音に、シオンは自分の感覚が正しい事を確信する。
目線は自然とその『見えない何か』を追いかけていた。
「やるなら最初の一撃で確実に仕留めるべきだったね。君はもう、捉えた」
――シオンが目に見えない『何か』を把握できているのは、神糸のおかげだった。
彼は、細く伸ばした糸を無数に部屋中に張って、その切れる感覚で敵の位置や動きを把握しているのだ。これならば敵の姿が見えなくても関係ない。
そしてもう一つ。シオンはある重要な情報を入手していた。
(感じる敵の形。これって、もしかして――)
思考する間に、また糸が切れる。
部屋中をめちゃくちゃに跳び回るように、姿の見えない襲撃者は動いていた。恐らく相手もシオンの張った糸に気付いたのだろう。全て切ってやろうという魂胆なのだ。
「そう上手くは行かないよ」
だが、シオンの神糸を紡ぐスピードはそれにも負けない。
切られた傍から、彼はあっという間に部屋中に糸を再配置する。完全にいたちごっこだった。
襲撃者も察したのだろう。動きが変わる。ただ跳び回るだけの動きから、獲物に隙を作り出す撹乱へと。
来る――シオンは悟った。一本、小指の先から伸ばした糸を宙に遊ばせ、襲撃に備える。
ドン、と天井から激しい音。
(いや、これはフェイク)
天井を蹴り、上から襲撃を掛けてくる。普通ならそう思うかもしれない。
しかし、神糸を張っているシオンには分かった。襲撃者が勢い良く、しかし無音で目の前に着地し、下からナイフを振るってくる事が。
見事な技だった。その身のこなしも。合わせて神糸を振るった、シオンも。
「捕まえた……!」
小指の先の一本。それで、喉元まで突き出された刃を絡めとり、シオンは宣言する。
糸越しに伝わる驚愕。微かな感情の隙に、彼はナイフを引き寄せる。
襲撃者が咄嗟にナイフを手放す。持ち手の居なくなった凶器を部屋の隅に放りだし、シオンは一気に畳み掛ける。
「逃がさないよ」
部屋の中を無数の糸が走った。
今度は探査だけではない。攻撃の為の糸。
正確に己を狙ってくる糸に、堪らず襲撃者は後退する。予備のナイフで糸を切り払いながら、目指すのは扉。この部屋からの脱出。
「逃がさないって言った」
襲撃者が扉を蹴破った瞬間。
扉に付いた糸が、空中に扉を固定する。襲撃者を逃がさぬように、邪魔をするように。
「教えてもらうよ。君の正体を。そして、誰の仕業かも」
五指だけではなく背や腕からも神糸を出し、シオンは詰めにかかる。
襲い掛かる何十という糸。幾ら身のこなしが軽くても、限られた部屋の中では逃れきる事は不可能だった。
間も無く、見えない脚を糸が捕らえる。そこからは一瞬だった。四方八方から糸が殺到し、切り払う間も無く襲撃者を包み込む。
「出来上がり」
佇むシオンの前には、人型の糸の塊が、宙に浮くように存在していた。
その形を見て、シオンは疑念を確信に変える。
「それにしても。やっぱり、女の子だったんだね」
きつく締められた糸は、如実に中の人間の形を浮き彫りにする。
まず目に付くのは胸部だろう。まるく大きな胸。それは、襲撃者が女性である何よりの証明に他ならない。
全身のラインを見ても女性である事は明らかだった。身長はシオンより頭一つ分大きい位だろうか。線は細く、いかにも身軽そうな体型だ。
糸から逃れようともがく彼女を観察しながら、シオンは考える。
(どうしようか。素直に話してくれるかな?)
身のこなしから、彼女が手練の暗殺者である事は想像が付く。
ならば容易には口を割らないだろう。しかしだからといって、拷問のような真似をするのは、シオンは嫌だった。
女性だからでは無い。そういう行為自体が単純に嫌いなのだ。
(とりあえず、お話してみようか)
方針を定め、糸達磨に近づく。
「こんにちは。いやこんばんは?」
そんなずれた挨拶から、尋問は始まった。
「こうして君を捕らえた訳だけど。僕としては、あんまり手荒な真似はしたくないんだ。大人しくしてくれないかな?」
襲撃者は無言で抵抗を続ける。
「駄目かぁ。君の正体や君を差し向けた人についても、話すつもりはない?」
返答は、やはり無言での抵抗だった。
どうしたものか、とシオンは腕を組む。
「このままだと君を軍に突き出して、尋問……いや、拷問してもらうしかなくなるんだけど。そうなったら君は最後、間違いなく処刑されるだろうし。そう成らない為にも少し、僕とお話しない?」
僅かに襲撃者の動きが鈍る。
言われた通りの未来を予見したのだろう。シオンとしては、操り人形のような自我の無いパターンも想定していた為、これは好反応だった。
交渉の余地はある、と判断する。
「もしかしたら僕にも君にも。そして君を差し向けた人にも、良い道があるかもしれない。それを探す為にも、まずはお話しよう?」
じっと、シオンは襲撃者の返答を待った。
と、予想外の場所から声がする。
「な、何ですこれは!? 無事ですか王子!」
メイド長の声だった。
出所は廊下から。恐らく戦闘音を聞きつけてやってきたのだろう。そうして宙に浮く扉に驚いているのだ。
シオンが扉から糸を外す。落ちた扉の向こうから、メイド長が現れた。
「シオン王子! ご無事で!?」
「こんばんはメイド長。うん、この通り無傷だよ。部屋は多少傷付いちゃったけど」
「ああ、そんな事は良いのです。それにしても……もしかして、これが?」
糸達磨を指差すメイド長に、シオンは頷く。
「うん。僕を襲って来た襲撃者。姿の見えない人でね、ちょっと苦労したよ」
あっけらかんと言う彼に、メイド長は何とも言えない顔をする。
しかし直ぐに自分達の至らなさを嘆き、謝罪した。
「申し訳ありません、王子。この離宮に、そしてシオン王子の寝室にまで、侵入を許すとは」
「しょうがないよ。僕の神眼でさえ分からないほどの陰業だもの。自分も皆も、そう責めないで?」
「そうは行きません。私も含め、警備の皆の給金は暫く減額とします。それで王子。この襲撃者に関しては……」
「真面目だね~、メイド長は。彼女に関しては、何とか話をしようとしてるんだけど……どうにも口が堅くて」
「そうですか。分かりました、ならば私が」
言って、メイド長は一歩前に出る。
その顔は怪しく影が差し、背後からは異様なオーラが立ち昇っていた。
シオンの頬が引く付く。
「襲撃者さん。早めに決断した方が良いよ。メイド長、かなりお怒りみたい。下手しなくても廃人になるかも?」
「ご心配なく。壊れる前に、あらゆる手段を使って情報を引き出します」
一切冗談の無い声音だった。
メイド長の目が月光を反射しギラリと輝く。彼女とて王族付きのメイド長、尋常では無いのだ。
近づいて来る悪鬼のオーラを感じ取ったのだろう。襲撃者が、慌てた様子で首を上下する。
「メイド長。彼女、話してくれる気になったって」
「そうですか……。残念です」
メイド長が肩を落とす。
シオンは触れず、さっさと話し合いに移った。
「それじゃあ、とりあえず顔の部分だけ解放するよ。姿を見せてくれるかな?」
言葉と共に、首から上の糸が解ける。
相変わらずそこには何も無かったが、ややあって、ぼやけるように人の姿が浮かび上がってきた。
現れたのは、褐色の肌に灰色のショートヘアを揺らした、シオンより少し年上の女の子。
髪と同じ色の瞳と目が合う。シオンに見詰められる少女の顔は、感情など無いかのように無表情だった。
「まずは自己紹介から始めようか。知っていると思うけど、僕はシオン・オルデゥラデュ・ビスィー・デ・スルト。君の名前は?」
「…………。ノクト。名前、それだけ」
少女が短く答える。
夜はまだ、長そうだ。
暗い廊下をシオンは一人、歩いていた。抜け出そうというのでは無い。ただトイレに行った帰りだ。
ツクミに関する騒動から、既に数日が経っていた。今日は居ないが、クロノを含めた彼等四人は、ずっとじゃれ合うような日々を送っている。
そんな日々を思い出し、シオンは頬を緩める。そうして寝室の扉をゆっくりと開け放った。
そこそこ広い空間に、大きなベッドと幾つかの家具が置いてあるだけの部屋だ。前世の感覚の残る彼は、無駄に寝室を飾り立てるのが嫌いだった。
「ん~。早く寝よ」
欠伸と共にベッドに近づく。
寝間着姿の彼は、そのままベッドに飛び込もうとして、
「――」
何気なく、少し夜空でも見ようか、と窓へと進路を変更した。
直後。ベッドと彼の間の床が、トス、と微かな音と共に抉れる。
それはあのままベッドに向かっていれば、丁度シオンが居たはずの場所で。目の端にその光景を捉えると同時、咄嗟に彼は全身に神力を漲らせた。
「……誰かな? こんな夜中に」
警戒しながら周囲を窺う。
だが薄暗い部屋の中には、自分以外の人影は見えない。耳を澄ませてみても、物音一つ聞こえなかった。
「それなら――」
呟き、シオンは神眼を発動させる。
隠れている者が居るなら、これで才覚が表示されるはずだ。何処に居ようともこの目から逃れる事など出来はしない。
だが、
「誰も居ない……?」
神眼には、何も表示されなかった。
首を傾げるシオンだが警戒は解かない。床に刻まれた傷は明らかに自然現象からは遠かった。おそらくは刃物、それも短めのナイフ、と当たりを付ける。
(一体、どうやって)
疑問に思った瞬間、彼の強化された聴力が消え入りそうな風音を捉える。
反射的に身を伏せる。浮き上がった髪の先が数ミリ、斬られて飛んだ。
敵が居る、と判断し、シオンは素早く五指から神糸を出す。そうして自分の周囲をめちゃくちゃに切り刻んでみるが、手応えは無い。
(分からない、何処に居るのか。空間を繋げて直接攻撃している? でも、さっきの風音。必ず敵手は此処に居るはず)
耳を済ませるシオンだが、運が悪いのか。
先ほどまで無風だった外に風が吹き始めた。木々が揺れ、窓が鳴り、室内の微かな音は掻き消されてしまう。
(このままじゃ無理だ。なら――)
静かに、シオンは手を降ろし、糸を伸ばす。
じっとりと肌に汗が滲んだ。間違いなく命懸けの状況。理解し、しかし彼の表情は変わらない。
平淡な顔のまま自分の感覚に身を任せ、
「――っ」
軽くバックステップ。振るわれた見えない刃をかわしてみせる。
シオンの口元が僅かに上がった。
「無駄だよ。かくれんぼが得意みたいだけど……もう、僕には通じない」
続けて振るわれた刃をも、シオンはかわす。
そうして繰り出した蹴りは、確かに何かを捉えた。
脚から伝わる感触と、床を転げるような音に、シオンは自分の感覚が正しい事を確信する。
目線は自然とその『見えない何か』を追いかけていた。
「やるなら最初の一撃で確実に仕留めるべきだったね。君はもう、捉えた」
――シオンが目に見えない『何か』を把握できているのは、神糸のおかげだった。
彼は、細く伸ばした糸を無数に部屋中に張って、その切れる感覚で敵の位置や動きを把握しているのだ。これならば敵の姿が見えなくても関係ない。
そしてもう一つ。シオンはある重要な情報を入手していた。
(感じる敵の形。これって、もしかして――)
思考する間に、また糸が切れる。
部屋中をめちゃくちゃに跳び回るように、姿の見えない襲撃者は動いていた。恐らく相手もシオンの張った糸に気付いたのだろう。全て切ってやろうという魂胆なのだ。
「そう上手くは行かないよ」
だが、シオンの神糸を紡ぐスピードはそれにも負けない。
切られた傍から、彼はあっという間に部屋中に糸を再配置する。完全にいたちごっこだった。
襲撃者も察したのだろう。動きが変わる。ただ跳び回るだけの動きから、獲物に隙を作り出す撹乱へと。
来る――シオンは悟った。一本、小指の先から伸ばした糸を宙に遊ばせ、襲撃に備える。
ドン、と天井から激しい音。
(いや、これはフェイク)
天井を蹴り、上から襲撃を掛けてくる。普通ならそう思うかもしれない。
しかし、神糸を張っているシオンには分かった。襲撃者が勢い良く、しかし無音で目の前に着地し、下からナイフを振るってくる事が。
見事な技だった。その身のこなしも。合わせて神糸を振るった、シオンも。
「捕まえた……!」
小指の先の一本。それで、喉元まで突き出された刃を絡めとり、シオンは宣言する。
糸越しに伝わる驚愕。微かな感情の隙に、彼はナイフを引き寄せる。
襲撃者が咄嗟にナイフを手放す。持ち手の居なくなった凶器を部屋の隅に放りだし、シオンは一気に畳み掛ける。
「逃がさないよ」
部屋の中を無数の糸が走った。
今度は探査だけではない。攻撃の為の糸。
正確に己を狙ってくる糸に、堪らず襲撃者は後退する。予備のナイフで糸を切り払いながら、目指すのは扉。この部屋からの脱出。
「逃がさないって言った」
襲撃者が扉を蹴破った瞬間。
扉に付いた糸が、空中に扉を固定する。襲撃者を逃がさぬように、邪魔をするように。
「教えてもらうよ。君の正体を。そして、誰の仕業かも」
五指だけではなく背や腕からも神糸を出し、シオンは詰めにかかる。
襲い掛かる何十という糸。幾ら身のこなしが軽くても、限られた部屋の中では逃れきる事は不可能だった。
間も無く、見えない脚を糸が捕らえる。そこからは一瞬だった。四方八方から糸が殺到し、切り払う間も無く襲撃者を包み込む。
「出来上がり」
佇むシオンの前には、人型の糸の塊が、宙に浮くように存在していた。
その形を見て、シオンは疑念を確信に変える。
「それにしても。やっぱり、女の子だったんだね」
きつく締められた糸は、如実に中の人間の形を浮き彫りにする。
まず目に付くのは胸部だろう。まるく大きな胸。それは、襲撃者が女性である何よりの証明に他ならない。
全身のラインを見ても女性である事は明らかだった。身長はシオンより頭一つ分大きい位だろうか。線は細く、いかにも身軽そうな体型だ。
糸から逃れようともがく彼女を観察しながら、シオンは考える。
(どうしようか。素直に話してくれるかな?)
身のこなしから、彼女が手練の暗殺者である事は想像が付く。
ならば容易には口を割らないだろう。しかしだからといって、拷問のような真似をするのは、シオンは嫌だった。
女性だからでは無い。そういう行為自体が単純に嫌いなのだ。
(とりあえず、お話してみようか)
方針を定め、糸達磨に近づく。
「こんにちは。いやこんばんは?」
そんなずれた挨拶から、尋問は始まった。
「こうして君を捕らえた訳だけど。僕としては、あんまり手荒な真似はしたくないんだ。大人しくしてくれないかな?」
襲撃者は無言で抵抗を続ける。
「駄目かぁ。君の正体や君を差し向けた人についても、話すつもりはない?」
返答は、やはり無言での抵抗だった。
どうしたものか、とシオンは腕を組む。
「このままだと君を軍に突き出して、尋問……いや、拷問してもらうしかなくなるんだけど。そうなったら君は最後、間違いなく処刑されるだろうし。そう成らない為にも少し、僕とお話しない?」
僅かに襲撃者の動きが鈍る。
言われた通りの未来を予見したのだろう。シオンとしては、操り人形のような自我の無いパターンも想定していた為、これは好反応だった。
交渉の余地はある、と判断する。
「もしかしたら僕にも君にも。そして君を差し向けた人にも、良い道があるかもしれない。それを探す為にも、まずはお話しよう?」
じっと、シオンは襲撃者の返答を待った。
と、予想外の場所から声がする。
「な、何ですこれは!? 無事ですか王子!」
メイド長の声だった。
出所は廊下から。恐らく戦闘音を聞きつけてやってきたのだろう。そうして宙に浮く扉に驚いているのだ。
シオンが扉から糸を外す。落ちた扉の向こうから、メイド長が現れた。
「シオン王子! ご無事で!?」
「こんばんはメイド長。うん、この通り無傷だよ。部屋は多少傷付いちゃったけど」
「ああ、そんな事は良いのです。それにしても……もしかして、これが?」
糸達磨を指差すメイド長に、シオンは頷く。
「うん。僕を襲って来た襲撃者。姿の見えない人でね、ちょっと苦労したよ」
あっけらかんと言う彼に、メイド長は何とも言えない顔をする。
しかし直ぐに自分達の至らなさを嘆き、謝罪した。
「申し訳ありません、王子。この離宮に、そしてシオン王子の寝室にまで、侵入を許すとは」
「しょうがないよ。僕の神眼でさえ分からないほどの陰業だもの。自分も皆も、そう責めないで?」
「そうは行きません。私も含め、警備の皆の給金は暫く減額とします。それで王子。この襲撃者に関しては……」
「真面目だね~、メイド長は。彼女に関しては、何とか話をしようとしてるんだけど……どうにも口が堅くて」
「そうですか。分かりました、ならば私が」
言って、メイド長は一歩前に出る。
その顔は怪しく影が差し、背後からは異様なオーラが立ち昇っていた。
シオンの頬が引く付く。
「襲撃者さん。早めに決断した方が良いよ。メイド長、かなりお怒りみたい。下手しなくても廃人になるかも?」
「ご心配なく。壊れる前に、あらゆる手段を使って情報を引き出します」
一切冗談の無い声音だった。
メイド長の目が月光を反射しギラリと輝く。彼女とて王族付きのメイド長、尋常では無いのだ。
近づいて来る悪鬼のオーラを感じ取ったのだろう。襲撃者が、慌てた様子で首を上下する。
「メイド長。彼女、話してくれる気になったって」
「そうですか……。残念です」
メイド長が肩を落とす。
シオンは触れず、さっさと話し合いに移った。
「それじゃあ、とりあえず顔の部分だけ解放するよ。姿を見せてくれるかな?」
言葉と共に、首から上の糸が解ける。
相変わらずそこには何も無かったが、ややあって、ぼやけるように人の姿が浮かび上がってきた。
現れたのは、褐色の肌に灰色のショートヘアを揺らした、シオンより少し年上の女の子。
髪と同じ色の瞳と目が合う。シオンに見詰められる少女の顔は、感情など無いかのように無表情だった。
「まずは自己紹介から始めようか。知っていると思うけど、僕はシオン・オルデゥラデュ・ビスィー・デ・スルト。君の名前は?」
「…………。ノクト。名前、それだけ」
少女が短く答える。
夜はまだ、長そうだ。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛
タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。
しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。
前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。
魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる