異世界の王族に転生したので、女の子を囲ってみた

キミト

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第二十四話

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 離宮の朝は早い。
 数多の使用人達が各々の職務を果たす為、早朝から仕事に汗を流し精を出す。

 朝食の用意もその一つだ。各使用人や騎士達。そして勿論この離宮の主たる少年の分も含め、多数の食事が巨大な厨房で作られていく。
 そんな努力の末用意された朝食を、シオンは専用の丸テーブルに着いて堪能していた。同じ卓に三人の少女を座らせて。

「それでシオンくん。この人は誰なのかな?」

 その一人、ツクミが苦笑いして問いかけた。
 視線の先には手足を糸で括られた褐色の少女が居る。色々あって、早朝からお風呂に入り、メイド長の用意した簡素な衣服に着替えたノクトだ。
 白い袖なしのシャツと紫のスカートを身に着けた彼女は、じ~っと目の前の食事を見詰めている。口の端から涎が垂れていた。

「ん、彼女はノクト。昨日、僕の寝室に忍び込んで来た暗殺者だよ」
「暗殺者……? って、あの?」

 残る一人の少女、シェーラがきょとんとした顔で反芻する。
 そうして理解すると共に、反射的に食事用のナイフを逆手に持った。

「シェーラ怖い顔。大丈夫だよ、そんなに警戒しなくても。一応話は付いてるから」
「でも……」
「ふふふ、そんなシェーラも可愛い~」

 隣に座る少女にシオンが抱きつく。
 慌ててナイフをテーブルに置き、シェーラは顔を赤くした。殺気立っていた心が落ち着き、年相応の少女のものに戻っていく。

 相変わらずお熱い二人にくすりと笑い、ツクミはトーストを口に運ぶ。

「んぐ。それでシオンくん、この子どうするの?」

 シオンの気質を大体理解しているツクミは、今更彼の破天荒な対応に苦言を呈するつもりはない。
 ただ、流石に今後については気になった。何となく予想はついているが。

「ノクトにはね。暗殺者をやめて、僕の護衛役になってもらいたいな~、って考えてるよ」

 料理を間近で睨んでいたノクトが弾けたように顔を上げる。

「初耳」
「うん。言ってなかったし。でも良いでしょ? 暗殺依頼を取り下げてもらったら、僕が君を雇う。そういうのもさ」

 予想外の展開に、ノクトは渋い顔をする。
 別段、シオンに雇われるのが嫌なわけでは無い。そういう『依頼』ならば、きちんと役目を果たす為努力しよう。
 だが。

「護衛、したこと無い」
「だろうね。でも大丈夫、君はその身隠しの魔法と技術を上手く使って、こっそり僕の近くに控えて守ってくれれば良いんだ。それだけの仕事だよ」

 昨夜、彼女が見せた陰業は見事なものであった。
 シオンのあらゆる知覚にほとんど引っ掛からず、神眼ですら見る事は敵わない。これほど見事なステルス性を持つ者は国内……いや、この世界全土を探してもそうは居ないだろう。
 ならばその力は暗殺だけではなく、隠れた護衛としても活かせる筈だ。そうシオンは考えていた。

「でも」
「駄目なら、朝食は食べさせてあげないよ?」

 卑怯な取引だ。ノクトは鋭い目でシオンを睨む。
 しかしその視線は、ちらちらと目の前の料理に注がれていた。お腹が鳴り、漂ってくる美味しそうな匂いにまた涎が垂れそうになる。

 陥落寸前のノクトを煽るように、シオンは蒸し焼きにされた魚をほぐすと、その身を一切れフォークに刺して目の前に持っていく。

「ほーらほーら」
「…………」

 素っ気無い顔をしながらも、目がフォークを追っていた。
 ノクトのお腹がまた催促音を鳴らす。我慢しきれず身を乗り出し、噛み付き……一瞬早くフォークが離れる。

「酷い」

 恨めしげな目を向けられ、シオンは平淡な顔で自らの口を開いた。

「要らないなら食べちゃおっかなー」
「……卑怯」
「いやいや。欲しいなら、うん、と頷いてくれるだけで良いんだよ?」

 声だけで笑う彼に、ノクトは悩む。
 彼女は生まれてこの方、ずっと暗殺者として育てられてきた。護衛に関する教えなど受けた例がないし、そんな依頼を本当に受けていいのかも分からない。
 だが、自分はあくまでも依頼を受け、それを遂行する存在である。そう自分を定義している少女は、最終的には首肯する事で意思を示した。
 断じて食事に釣られた訳では無い。断じて。

「分かった。受ける」
「じゃあ、その時が来たらよろしくね。はい、約束の報酬」

 フォークが目の前に突き出される。
 ノクトは迷わず口を開け、噛り付いた。身を奪い取りもしゃもしゃと咀嚼する。

「美味い。もっと」
「はい、じゃあ次ね」

 シオンがまた一切れ、料理をノクトの口元に運ぶ。
 満足そうな少女と、楽しげな少年。だがその光景は、後の二人にはあまり面白いものでは無い。
 特に先日、クロノと共に『あ~ん』に失敗したシェーラは不機嫌全開の有様だ。シオンとノクトがしているのはそんな甘い物ではなく、餌付けといった方が正しい行為だったが。

 とにかく。この状況が気に入らない少女達は、揃って料理をフォークに刺し、シオンに突き出した。

「シオンくん。食べさせてばかりじゃ食事が終わらないよ。はい、どうぞ」
「シオンさん。私のも」

 シオンの眉が微かに歪んだ。
 先日の『口内突き刺し事件』を思い出したのだ。美少女に食事を食べさせて貰えるのは結構だが、痛い思いは勘弁である。
 やや躊躇いながら、彼は口を開く。ヒートアップしていない今なら大丈夫だろう、という判断だった。

「うん、美味しい。二人共ありがとう」

 無事食事を遂行し、満足そうに微笑む二人を眺めながら、シオンは自らも料理を突き刺し口に運ぶ。

(あ。これって間接キスって奴?)

 思う彼だが、三人の少女達は誰もその事実に気付いていないようだった。
 間接キスというものは、幼いか大人になると余り気にしなくなるものだが、彼女達はどうやら前者らしい。
 無邪気な少女達に頬を緩め、シオンはまた料理をノクトの口元に運ぶ。

 この日の朝食は、普段に倍して時間が掛かった。

 ~~~~~~

「それじゃあ早速、兄上の下へ行ってみよー」

 おー、と腕を突き上げるシオンの様子を、ノクトは灰色の瞳でじっと見詰める。

 朝食を追え、彼等は早速交渉をしに王宮までやって来ていた。

 衛兵達の間を顔パスで抜け、シオンは歩く。その後ろに追随するノクトは、今は何の拘束もされていない。
 人目につく場所なのだから当然だが、同時にその無用心さには、ノクトをして呆れるしかなかった。ナイフは取り上げられているが、彼女の武器はそれだけではない。体術だって充分に扱える。
 そんな自分に対し、前を行く少年は無防備に背中を見せているのだ。本来ならば何時殺されてもおかしくない状況である。

(私を、信じてる? あんな、口先だけの約束で?)

 ノクトからすれば、律儀に依頼の取り下げを待つ必要は無い。
 この場で殺してしまえば良いのだ。無事暗殺を完遂すれば、自分が死ぬ必要はなくなる。それで万事解決だ。

(けど、それは駄目)

 自然とノクトはそう思っていた。
 思った後に、どうして? と思考する。そうして考えて、考えて、答えにたどり着く。

(私、殺したくないと思ってる? 彼を?)

 何故だろうか。理由が分からず、ノクトは自問した。
 ふと思い出す。

「鼓動……」

 それは、昨晩彼に抱きしめられ眠った時、感じたものだった。
 心臓の鼓動。自分では無い他者の、生きている証。
 その時初めて、少女は命に――生命というものに触れた気がしたのだ。

(だから、殺したくないと思っている? 奪っちゃいけないと思っている?)

 これまでの、師からの教えでは無い。
 人間としての本能で、彼女は感じていた。彼を殺してはいけない、と。彼を殺したくない、と。
 だから歩く。殺そうともせず、ただ後を付いて。

 心の何処かで、依頼が取り下げられる事を願いながら。

「着いたよ。この先に兄上は居るはずだ」

 はっとした様子でノクトは顔を上げた。
 見れば、堅く高級そうな扉が目の前に佇んでいる。両脇には警備の兵が直立不動で立っていた。
 その兵達と二・三言葉を交わし、シオンは少女に右手を差し出す。

「さ、行こう」

 自然と、ノクトはその手を握る。
 自分では無い誰かの体温を感じながら、彼等は部屋に踏み込んだ。
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