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第二十七話
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「さーて、そろそろかな~」
身体を解しながらシオンが離宮の窓から外を見れば、空はもうすっかり暗くなっていた。
前世とあまり変わらぬ月を見上げながら、彼は先ほどまでの騒動を思い起こす。
「大変だったなー。遊びに来たクロノが、ノクトの事でまた色々騒いで」
ついでに言えば、既に受け入れていたはずのシェーラとツクミに関しても、頭の髪飾りが増えている事に気付いて色々と騒がしかった。
シオンは苦笑する。つい数ヶ月前までとは違う、騒がしくて温かいこの離宮が、今は好きだった。
「だから行かなきゃね。この場所、この騒がしさを守るためにも」
「本気なのですか? シオン王子」
呟きに答えを返したのは、控えていたメイド長だ。
彼女は怒り、ではなく純粋な心配の感情を乗せて言葉を紡ぐ。
「何をする気なのかは聞きました。しかし失礼ながら、正気とは思えません」
「本当にはっきり言うね。でもそうしないとノクトは救えないよ? やられっぱなしになっちゃうし」
「それは、そうかもしれませんが。もっと方法は無いのですか? 王に掛け合うとか」
「無理だよ。証拠が無い。仮に僕へのこれ以上の蛮行は防げても、ノクトを救う事は出来ないよ」
「ならば、せめてこの老婆も共にお連れ下さい。そんな……お一人で、ゼオン王子の下に乗り込むなどと!」
この日一番の声が離宮に響く。
しー、っと寝静まる皆を起こさないよう、シオンは唇に指を立て注意した。
「あの子達を連れて行く訳にはいかないでしょ? かといってこの離宮の兵を連れて言ったって、何時裏切られて兄上に付かれるか分からないし。それにもしもの時に備えて、メイド長には皆を守ってもらいたいんだ」
この『皆』とは、シェーラ達四人の少女の事である。
万が一、入れ違いに兄の刺客がこの離宮にやって来たら。ノクトは別にしても、まだ未熟な少女達を守り、任せられるのはメイド長しか居ないと、シオンはそう思っていた。
彼の言い分を理解し、しかしメイド長は食い下がる。
「ですが、王子。これまでのチンピラや木っ端商人の時とは状況が違います。幾ら貴方でも――」
「お願い、メイド長。僕は大丈夫だから。だから、皆をお願い」
初めて見たかもしれない。そうメイド長が思う程、真剣な表情だった。
「皆の居る所が、僕の帰る場所なんだ。やっと作れた、僕の居場所なんだ。だからお願い。皆に何かあったら、幾ら頑張っても意味がなくなっちゃうよ」
「王子……」
目を瞑り、メイド長は暫く考え込む。
苦渋を滲ませながら結論を出した。
「――分かりました。あの子達の事はお任せください」
「良かった。ありがとう、メイド長「ただし!」?」
「必ず無事帰って来ること。これが条件です」
嗜めるように言うメイド長に、シオンは目を見開く。
そうして柔らかく笑った。
「うん。必ず帰って来る。約束!」
彼がメイド長公認で離宮を抜け出したのは、この直後の事である。
~~~~~~
ゼオン・ジグルラグ・カント・デ・スルトは、王都郊外にある別荘で上機嫌に酒を飲んでいた。
静かで、周囲に人気も無いこの別荘は、王宮に嫌気が差した時に彼が良く使う場所だ。また、悪巧みをする時に使う事も多かった。
そんな巨大な別荘の自室で、彼はまた一口酒を煽る。
「ふふ、暗殺に失敗したのは腹立たしいが、まぁいい。また刺客を送り込めば良いだけの話だ。それよりも諦めて去って行くあいつの背中。くくく、こんなに愉快な事もそうあるまい」
怨敵をやり込めた事に満足し、柔らかなソファーに身を沈める。
今夜は気持ちよく眠れそうだ、と彼が思った時だった。
「っ、な、何だ!?」
突如、ずぅんと腹の底に響くような音と共に、屋敷中に衝撃が走る。
地震かと思い狼狽するゼオンだったが、揺れは一瞬で収まった。轟音の事も考えれば、まず地震ではないだろう。
「今の音、エントランスの方からか? くそっ、どうなっている?」
悪態を吐きながらグラスを投げ捨て、ゼオンは自室から出る。
そうして扉前に控えていた衛兵達に問いただした。
「おい、何があった?」
「わ、分かりません。ただ、正面玄関の方から轟音と衝撃か……」
「そんな事は分かっている! ちっ、全く使えない。付いて来い!」
端的に言って、ゼオンは小走りに駆けだした。
衛兵達が慌てて続く。彼等が一路目指すのは、問題の原因であろうエントランス。この別荘の正面玄関だ。
制止する衛兵達にも耳を貸さず、ゼオンは走った。せっかく上機嫌で酒を飲んでいた所を邪魔されたのだ。原因が何にせよ、自身の目で確かめて文句の一つも言ってやらねば気がすまない。
酔いのせいもあるのだろう。少々短絡的に思考して、ゼオンはエントランスまで辿り着き、
「どういう事だ。襲撃か、これは?」
目を見開いた。
二階に居る彼が見下ろす先には、広い広いエントランスがある。
赤い絨毯の敷かれた一階部分から、左右に大きな階段が弧を描いて伸びるこの場所は、屋敷の顔となる部分だけあって絢爛豪華だ。
幾つもの調度品が並べられ、常に塵一つ無いよう保たれている。この別荘の中で最も荘厳で、最も美しい場所……のはずだった。
それが今は、見る影もない。ぶち破られたのだろう、大きく硬い扉はひしゃげ、エントランスの床を砕いて奥の壁に突き刺さっている。
美しい室内は塵や土ぼこりで汚れ放題だ。あまりに理想とかけ離れた姿に、ゼオンの酔いが一気に覚めていく。
「衛兵! 何をやっている!」
怒声に遅れるようにそこら中からわらわらと、湧き出るように兵が現れる。
三十人は居るだろうか。頑強な全身鎧を身に付け、武器を手にする彼等は警戒しつつ、正面入り口を窺う。
直後。小さな足音と共に、それは姿を現した。
「な……」
絶句する。衛兵も、ゼオンも。
そんな彼を見上げて、この事態を引き起こした襲撃者は、何時も通りの平淡な表情で衆目に告げる。
「こんばんは兄上。力尽くで、認めさせに来たよ」
五指から糸を伸ばし、神力を全身に滾らせながら、シオンは堂々と正面玄関から敵地へと乗り込んだ。
身体を解しながらシオンが離宮の窓から外を見れば、空はもうすっかり暗くなっていた。
前世とあまり変わらぬ月を見上げながら、彼は先ほどまでの騒動を思い起こす。
「大変だったなー。遊びに来たクロノが、ノクトの事でまた色々騒いで」
ついでに言えば、既に受け入れていたはずのシェーラとツクミに関しても、頭の髪飾りが増えている事に気付いて色々と騒がしかった。
シオンは苦笑する。つい数ヶ月前までとは違う、騒がしくて温かいこの離宮が、今は好きだった。
「だから行かなきゃね。この場所、この騒がしさを守るためにも」
「本気なのですか? シオン王子」
呟きに答えを返したのは、控えていたメイド長だ。
彼女は怒り、ではなく純粋な心配の感情を乗せて言葉を紡ぐ。
「何をする気なのかは聞きました。しかし失礼ながら、正気とは思えません」
「本当にはっきり言うね。でもそうしないとノクトは救えないよ? やられっぱなしになっちゃうし」
「それは、そうかもしれませんが。もっと方法は無いのですか? 王に掛け合うとか」
「無理だよ。証拠が無い。仮に僕へのこれ以上の蛮行は防げても、ノクトを救う事は出来ないよ」
「ならば、せめてこの老婆も共にお連れ下さい。そんな……お一人で、ゼオン王子の下に乗り込むなどと!」
この日一番の声が離宮に響く。
しー、っと寝静まる皆を起こさないよう、シオンは唇に指を立て注意した。
「あの子達を連れて行く訳にはいかないでしょ? かといってこの離宮の兵を連れて言ったって、何時裏切られて兄上に付かれるか分からないし。それにもしもの時に備えて、メイド長には皆を守ってもらいたいんだ」
この『皆』とは、シェーラ達四人の少女の事である。
万が一、入れ違いに兄の刺客がこの離宮にやって来たら。ノクトは別にしても、まだ未熟な少女達を守り、任せられるのはメイド長しか居ないと、シオンはそう思っていた。
彼の言い分を理解し、しかしメイド長は食い下がる。
「ですが、王子。これまでのチンピラや木っ端商人の時とは状況が違います。幾ら貴方でも――」
「お願い、メイド長。僕は大丈夫だから。だから、皆をお願い」
初めて見たかもしれない。そうメイド長が思う程、真剣な表情だった。
「皆の居る所が、僕の帰る場所なんだ。やっと作れた、僕の居場所なんだ。だからお願い。皆に何かあったら、幾ら頑張っても意味がなくなっちゃうよ」
「王子……」
目を瞑り、メイド長は暫く考え込む。
苦渋を滲ませながら結論を出した。
「――分かりました。あの子達の事はお任せください」
「良かった。ありがとう、メイド長「ただし!」?」
「必ず無事帰って来ること。これが条件です」
嗜めるように言うメイド長に、シオンは目を見開く。
そうして柔らかく笑った。
「うん。必ず帰って来る。約束!」
彼がメイド長公認で離宮を抜け出したのは、この直後の事である。
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ゼオン・ジグルラグ・カント・デ・スルトは、王都郊外にある別荘で上機嫌に酒を飲んでいた。
静かで、周囲に人気も無いこの別荘は、王宮に嫌気が差した時に彼が良く使う場所だ。また、悪巧みをする時に使う事も多かった。
そんな巨大な別荘の自室で、彼はまた一口酒を煽る。
「ふふ、暗殺に失敗したのは腹立たしいが、まぁいい。また刺客を送り込めば良いだけの話だ。それよりも諦めて去って行くあいつの背中。くくく、こんなに愉快な事もそうあるまい」
怨敵をやり込めた事に満足し、柔らかなソファーに身を沈める。
今夜は気持ちよく眠れそうだ、と彼が思った時だった。
「っ、な、何だ!?」
突如、ずぅんと腹の底に響くような音と共に、屋敷中に衝撃が走る。
地震かと思い狼狽するゼオンだったが、揺れは一瞬で収まった。轟音の事も考えれば、まず地震ではないだろう。
「今の音、エントランスの方からか? くそっ、どうなっている?」
悪態を吐きながらグラスを投げ捨て、ゼオンは自室から出る。
そうして扉前に控えていた衛兵達に問いただした。
「おい、何があった?」
「わ、分かりません。ただ、正面玄関の方から轟音と衝撃か……」
「そんな事は分かっている! ちっ、全く使えない。付いて来い!」
端的に言って、ゼオンは小走りに駆けだした。
衛兵達が慌てて続く。彼等が一路目指すのは、問題の原因であろうエントランス。この別荘の正面玄関だ。
制止する衛兵達にも耳を貸さず、ゼオンは走った。せっかく上機嫌で酒を飲んでいた所を邪魔されたのだ。原因が何にせよ、自身の目で確かめて文句の一つも言ってやらねば気がすまない。
酔いのせいもあるのだろう。少々短絡的に思考して、ゼオンはエントランスまで辿り着き、
「どういう事だ。襲撃か、これは?」
目を見開いた。
二階に居る彼が見下ろす先には、広い広いエントランスがある。
赤い絨毯の敷かれた一階部分から、左右に大きな階段が弧を描いて伸びるこの場所は、屋敷の顔となる部分だけあって絢爛豪華だ。
幾つもの調度品が並べられ、常に塵一つ無いよう保たれている。この別荘の中で最も荘厳で、最も美しい場所……のはずだった。
それが今は、見る影もない。ぶち破られたのだろう、大きく硬い扉はひしゃげ、エントランスの床を砕いて奥の壁に突き刺さっている。
美しい室内は塵や土ぼこりで汚れ放題だ。あまりに理想とかけ離れた姿に、ゼオンの酔いが一気に覚めていく。
「衛兵! 何をやっている!」
怒声に遅れるようにそこら中からわらわらと、湧き出るように兵が現れる。
三十人は居るだろうか。頑強な全身鎧を身に付け、武器を手にする彼等は警戒しつつ、正面入り口を窺う。
直後。小さな足音と共に、それは姿を現した。
「な……」
絶句する。衛兵も、ゼオンも。
そんな彼を見上げて、この事態を引き起こした襲撃者は、何時も通りの平淡な表情で衆目に告げる。
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