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14.月蝕
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そして、月蝕が起きた。敵に気取られることなく全軍が用意万端を整え、あとは撤退の号令を待つばかりとなったまさにその夜であった。ニキアスは、いや十分な知識もなく迷信ぶかい者らはみな、言いようのない怖気を感じることになった。
陰暦のつき終わりごろに太陽が暗くなる現象※1は、それが月の運動のせいだということも含めて、一般庶民の間でさえよく知られていた。しかし月そのものが欠けること、それもあの大きな満月がなぜ突然光を失い、不気味に色を変えるのかまではこの時代の人々には理解の及ばぬものだった。彼らはこの怪異を、神がひどく不吉な災厄を暗示したものに違いないと断じてしまったのである。
月という天体が太陽から光を浴び、影をつくる有り様を誰よりも早く、また正確に、信念をもって書き記した人物は、アナクサゴラスだといっていい。しかし彼はまだ駆け出しの研究者であり、その主張も知名度は低かった。学問とというよりはむしろカルト的な密儀のように、警戒半分信用半分といった体でごく僅かな人々の関心を集めていたに過ぎない。
当時“天上世界の理屈屋”などと呼ばれていた自然哲学家たちは、かならずしも喜ばれる存在ではなかった。彼らは自然現象を神の意思であり御業であるとせず、宗教的にはまるで無意味、無価値な“原因”やら“必然の及ぼす物理法則”やらに求めることで神の権威を貶めようとしている、と考えられていた。
それゆえプロタゴラスは追放刑を受け、アナクサゴラスは獄に繋がれて、ペリクレスの力添えを得るまで出ることが叶わなかった。ソクラテスに至っては、この種の学問にはひとつも手を染めていないにもかかわらず、哲学をやっているというだけで死刑に処された。
かような誤解に基づく非難や迷妄が取り払われたのは、つぎのプラトンの代になってからである。彼はその生涯をつうじて自然のもつ必然性・再現性と神々の摂理との橋渡しに勤めて名声を博したため、自然哲学はあらゆる人々に開かれた教養となった。
げんに彼の友人のディオンはデュオニュシオス打倒のためザキュントスを出航しようとする際に月蝕に遭遇したが、いささかも動揺せずシラクサへ進軍をつづけ、この僭主を追い落とすことに成功している※2。
ニキアスにとって不運だったのは、頼りになる占い師がいなかったことである。身辺ちかくにたえず侍り、事あるごとに彼の不安や混乱を和らげていた予言者スティルビデスは少し前に没してこの世のひとではない。
これはフィロコロスも述べているのだが、実のところ月蝕は逃げようとする者には不吉どころかむしろ好都合な現象だった。恐怖に浮き足立つなかでことを隠密に行わねばならぬ以上、光は敵だからである。
アウトクレイデスの著作によれば、3日を超えて太陽や月について異変の有る無しを観察することじたい稀であるという。ところがニキアスは影を生じた月がつぎの日同じ場所をとおるだけでは再び清められたとは信じられず、天の軌道を一周、つまりひと月も待つのが良いと感じたようでさかんに周囲を説いて回った。
彼は全ての仕事をかなぐり捨てて、神に赦しを願う生贄の儀式に明け暮れたが、こうしてぐずぐずする間に敵軍が迫り、歩兵は味方の塁壁と陣営を、艦隊は港を包囲してしまった。
敵は総がかりの構えで、年長の者は三段櫂船に、年端のいかぬ者は釣り船に乗りアテナイ勢のそばまで漕ぎつけて挑戦し、悪罵を浴びせるのだった。その中にヘラクレイデスという若公達がおり、功をはやって飛び出したところをアテナイの船に追いすがられ、あわや虜におちる寸前、という様をさらした。
叔父のポリコスは身内の危機と見るや任された10隻の軍船を率いて駆けつけ、周りの船もポリコスを討たすな、とばかりに雪崩をうって繰りだし……結果、両軍入り乱れての激しい海戦となったが、この戦もシラクサ人が制して、エウリュメドンはじめ数多の将士を殺した。
勝利をえたシラクサ勢は、ただちに湾の入り口を封鎖した。進退きわまったアテナイ兵は将校らに向かって、「ここには居るのはもう耐えられない、陸づたいに逃げよう!」と大声をあげた。ニキアスらは首を縦に振らなかった。大量の荷船と200隻にせまる軍艦を置き去りにするなど、恥辱以外のなにものでもない。
そこで歩兵と投槍兵のうち精鋭だけを乗せ、110隻の三段櫂船を満たした。櫂がすべての船にいき渡らなかったのである。残りの兵隊は浜辺に配置し、本営とヘラクレス神殿を結ぶ塁壁は放棄することにした。シラクサ勢はもう長いことヘラクレスに日々の生贄を捧げていなかったから、喜びいさんで祭司や将官を遣わし、ただちに祭礼を奉じさせた。
シラクサの兵士らは三段櫂船に乗りこみ、お告げを待って出航することにした。占い師は先ほどの生贄を調べて、「攻撃をあせらず守勢にまわる限り勝利は間違いなし」との予言を下した。というのもヘラクレスは“まず相手に攻めさせ、しかるのち守り勝つ”という横綱相撲で敵をことごとく平らげたからである。
艦隊戦はこれまでに類を見ないほどの激闘となった。あまりに短い時間に戦況が予期せぬほうへさまざまに揺れ動いたので、浜辺で戦のぜんたいを俯瞰できた者は、あるいは命のやり取りをする当人たちよりも一層感情をかき立てられたかも知れない。
アテナイ人は敵はおろか、自らの装備にも苦しめられていた。帰りの荷物を満載した鈍重な船で、四方八方から押しよせる軽快機敏な船と戦う羽目になったのである。向こうからは雨あられと石を投げ込まれるいっぽう、味方は投槍と弓矢で反撃するほかなかったが、こちらは石とはちがい船のゆらぎで狙いが定まらず、標的目がけてまっすぐ撃つことさえ難しかった。この投石戦法をシラクサに伝えたのはコリントスの艦長アリストンだが、彼もまた勇戦し、戦局が味方の圧倒的優勢にかたむくのを見届けながら、命を落としたのだった。
アテナイ勢はあまりにも厖大な人命を失い、ついには海から血路をひらくことも叶わぬと悟ったが、さりとて陸上の安全もいつ破られるか分からなかった。彼らはもう、目の前で味方の船が拿捕され曳かれてゆくのを阻むことも、戦死者の引き渡しを求めることもしなかった。同胞の亡き骸を野ざらしで放っておくより、傷病者を残して逃げることのほうが彼らの心を深くえぐっていた。
しかし、何にも増して惨めなのは、これからの自分たち自身ではないかと気づいた――さらに苦しみ、さらにもがき続けた挙句、結局は先に死んだ者たちとおなじ運命を辿ることになるのだろうから――
※1:日蝕のこと。つまり紀元前5世紀のギリシャ人は日蝕のメカニズムを知りながら、月蝕のそれを知らなかったことになる
※2:ペロポネソス戦争の約50年後にシチリアで起こった政争。プルタルコスはディオンの伝記も書いている
陰暦のつき終わりごろに太陽が暗くなる現象※1は、それが月の運動のせいだということも含めて、一般庶民の間でさえよく知られていた。しかし月そのものが欠けること、それもあの大きな満月がなぜ突然光を失い、不気味に色を変えるのかまではこの時代の人々には理解の及ばぬものだった。彼らはこの怪異を、神がひどく不吉な災厄を暗示したものに違いないと断じてしまったのである。
月という天体が太陽から光を浴び、影をつくる有り様を誰よりも早く、また正確に、信念をもって書き記した人物は、アナクサゴラスだといっていい。しかし彼はまだ駆け出しの研究者であり、その主張も知名度は低かった。学問とというよりはむしろカルト的な密儀のように、警戒半分信用半分といった体でごく僅かな人々の関心を集めていたに過ぎない。
当時“天上世界の理屈屋”などと呼ばれていた自然哲学家たちは、かならずしも喜ばれる存在ではなかった。彼らは自然現象を神の意思であり御業であるとせず、宗教的にはまるで無意味、無価値な“原因”やら“必然の及ぼす物理法則”やらに求めることで神の権威を貶めようとしている、と考えられていた。
それゆえプロタゴラスは追放刑を受け、アナクサゴラスは獄に繋がれて、ペリクレスの力添えを得るまで出ることが叶わなかった。ソクラテスに至っては、この種の学問にはひとつも手を染めていないにもかかわらず、哲学をやっているというだけで死刑に処された。
かような誤解に基づく非難や迷妄が取り払われたのは、つぎのプラトンの代になってからである。彼はその生涯をつうじて自然のもつ必然性・再現性と神々の摂理との橋渡しに勤めて名声を博したため、自然哲学はあらゆる人々に開かれた教養となった。
げんに彼の友人のディオンはデュオニュシオス打倒のためザキュントスを出航しようとする際に月蝕に遭遇したが、いささかも動揺せずシラクサへ進軍をつづけ、この僭主を追い落とすことに成功している※2。
ニキアスにとって不運だったのは、頼りになる占い師がいなかったことである。身辺ちかくにたえず侍り、事あるごとに彼の不安や混乱を和らげていた予言者スティルビデスは少し前に没してこの世のひとではない。
これはフィロコロスも述べているのだが、実のところ月蝕は逃げようとする者には不吉どころかむしろ好都合な現象だった。恐怖に浮き足立つなかでことを隠密に行わねばならぬ以上、光は敵だからである。
アウトクレイデスの著作によれば、3日を超えて太陽や月について異変の有る無しを観察することじたい稀であるという。ところがニキアスは影を生じた月がつぎの日同じ場所をとおるだけでは再び清められたとは信じられず、天の軌道を一周、つまりひと月も待つのが良いと感じたようでさかんに周囲を説いて回った。
彼は全ての仕事をかなぐり捨てて、神に赦しを願う生贄の儀式に明け暮れたが、こうしてぐずぐずする間に敵軍が迫り、歩兵は味方の塁壁と陣営を、艦隊は港を包囲してしまった。
敵は総がかりの構えで、年長の者は三段櫂船に、年端のいかぬ者は釣り船に乗りアテナイ勢のそばまで漕ぎつけて挑戦し、悪罵を浴びせるのだった。その中にヘラクレイデスという若公達がおり、功をはやって飛び出したところをアテナイの船に追いすがられ、あわや虜におちる寸前、という様をさらした。
叔父のポリコスは身内の危機と見るや任された10隻の軍船を率いて駆けつけ、周りの船もポリコスを討たすな、とばかりに雪崩をうって繰りだし……結果、両軍入り乱れての激しい海戦となったが、この戦もシラクサ人が制して、エウリュメドンはじめ数多の将士を殺した。
勝利をえたシラクサ勢は、ただちに湾の入り口を封鎖した。進退きわまったアテナイ兵は将校らに向かって、「ここには居るのはもう耐えられない、陸づたいに逃げよう!」と大声をあげた。ニキアスらは首を縦に振らなかった。大量の荷船と200隻にせまる軍艦を置き去りにするなど、恥辱以外のなにものでもない。
そこで歩兵と投槍兵のうち精鋭だけを乗せ、110隻の三段櫂船を満たした。櫂がすべての船にいき渡らなかったのである。残りの兵隊は浜辺に配置し、本営とヘラクレス神殿を結ぶ塁壁は放棄することにした。シラクサ勢はもう長いことヘラクレスに日々の生贄を捧げていなかったから、喜びいさんで祭司や将官を遣わし、ただちに祭礼を奉じさせた。
シラクサの兵士らは三段櫂船に乗りこみ、お告げを待って出航することにした。占い師は先ほどの生贄を調べて、「攻撃をあせらず守勢にまわる限り勝利は間違いなし」との予言を下した。というのもヘラクレスは“まず相手に攻めさせ、しかるのち守り勝つ”という横綱相撲で敵をことごとく平らげたからである。
艦隊戦はこれまでに類を見ないほどの激闘となった。あまりに短い時間に戦況が予期せぬほうへさまざまに揺れ動いたので、浜辺で戦のぜんたいを俯瞰できた者は、あるいは命のやり取りをする当人たちよりも一層感情をかき立てられたかも知れない。
アテナイ人は敵はおろか、自らの装備にも苦しめられていた。帰りの荷物を満載した鈍重な船で、四方八方から押しよせる軽快機敏な船と戦う羽目になったのである。向こうからは雨あられと石を投げ込まれるいっぽう、味方は投槍と弓矢で反撃するほかなかったが、こちらは石とはちがい船のゆらぎで狙いが定まらず、標的目がけてまっすぐ撃つことさえ難しかった。この投石戦法をシラクサに伝えたのはコリントスの艦長アリストンだが、彼もまた勇戦し、戦局が味方の圧倒的優勢にかたむくのを見届けながら、命を落としたのだった。
アテナイ勢はあまりにも厖大な人命を失い、ついには海から血路をひらくことも叶わぬと悟ったが、さりとて陸上の安全もいつ破られるか分からなかった。彼らはもう、目の前で味方の船が拿捕され曳かれてゆくのを阻むことも、戦死者の引き渡しを求めることもしなかった。同胞の亡き骸を野ざらしで放っておくより、傷病者を残して逃げることのほうが彼らの心を深くえぐっていた。
しかし、何にも増して惨めなのは、これからの自分たち自身ではないかと気づいた――さらに苦しみ、さらにもがき続けた挙句、結局は先に死んだ者たちとおなじ運命を辿ることになるのだろうから――
※1:日蝕のこと。つまり紀元前5世紀のギリシャ人は日蝕のメカニズムを知りながら、月蝕のそれを知らなかったことになる
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