抄編 水滸伝

N2

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第13回 青面獣、二竜山に入道と闘うこと

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言うまでもありませんが、ナツメ売りとどぶろく売りは晁蓋、呉用、公孫勝、白勝に阮三兄弟がばけた姿。一体どうやって楊志たちにだけしびれ薬を飲ませたのでしょう?
じつのところ、たいへん簡単なこと。ハナからどっちの酒樽さかだるにもしびれ薬は入っちゃいません。ふた樽めをナツメ売りたちが勝手に開けたとき、ひったくったお椀に薬が仕込んであって、ようは最後の最後にお酒と毒薬が混じったわけです。すっかり一行を信用させたはかりごとは、さすが智多星呉用ごよう先生の発案でした。

こちらはまんまと荷をうばわれた二十人のお供と執事。まだよだれを垂らして地面と仲良ししています。半杯ほどしか呑んでいなかった楊志は毒がぬけるのもはやく、刀をつっかえ棒にヨロヨロと立ち上がりましたが、とうてい盗びとを追っかけられる状態じゃありません。
「ああなんたること!またしてもお役目をしくじったうえ、恥だけさらして生き延びてしまった!いまさら北京ほくけいへ帰ったとて、どの面さげて梁知事にあえばよい。いっそもう死んでしまいたい」
ここはちょうど黄泥岡のてっぺん。断崖絶壁が北風にあおられながら、おいでおいでしています。崖っぷちまで歩いて奈落のしたを覗きこみますが、不思議と決心がつきません。
「いや、父母にもらったこのからだ、勝手に捨てれば親不孝。かえって罪のうわ塗りだ」
かわいそうに楊志、死ぬに死にきれず、ひとりとぼとぼと峠を下ってゆきました。

あとに残された兵士たち。晩ごろにようやくからだの自由がきくようになりました。
執事はじぶんもがぶがぶ呑んだことをすっかり棚にあげ、
「このいやしん坊ども、おまえ等がいうことをきいてくれんから、大変な目にあったではないか!帰ってどう言い訳する?」
兵隊たちは「ご命令に従わんかったのは認めます。でも楊隊長は行きかた知れず、あの性格ではよもや北京に戻られますまい。梁知事にはこうお話しすればいかが。『楊隊長が賊と結託けったくして荷物をうばい取った』と。むかしから言うでしょう、“飛んでくる火の粉はわが手で払え、蜂が着物に入ったらじぶんで脱げ”」
こうして罪をぜんぶ楊志におっかぶせたものですから、報告をうけた梁中書の怒るまいことか、
「あの死にぞこないめ、流罪の身から引きたてた恩さえ忘れて、よくもよくもやりおった!」
津々浦々つつうらうらにお触れ書きをだして、重罪人楊志と八人の盗びとどもを捕えんとやっきになりましたが、この話しはひとまずここまで。


黄泥岡をはなれた楊志、ただ闇雲に道をゆきます。
「いよいよ天下四洲てんかししゅうどこにも居場所がなくなった。もうこうなりゃ野盗か追い剥ぎにでもなるしかない。さりとていまさら梁山泊に戻って王倫に頭さげるのもバツがわるい……」
悩んでいても腹はすきます。ふらりと入ったちいさな居酒屋で飲み食いするついで、
「ご店主、このあたりも最近は物騒になってきたんだってね。匪賊ひぞくがわがもの顔でのさばってるそうじゃないか。やっぱりあれかね、傘蓋山さんがいざんあたりの賊かね」とさぐりを入れます。
「だんなは近在の方じゃねえんで?傘蓋山はまだずいぶん向こうでっせ。ここで危ねえ連中ときたら、そらもう二竜山にりゅうざんの山賊と相場が決まってます。まず親玉の鄧竜とうりゅうがいけねえ、こいつ山ン中にある宝珠寺ほうじゅじの住職だったもんが、いつやら勝手に還俗げんぞく、無頼のもんを数百もあつめて寺をアジトに変えちまったのさ」
楊志、心中ひそかに喜び「こりゃあいいこと聞いた!そこ行って盗賊の仲間に入れてもらおう」さっそく店を後にして宝珠寺とやらに向かいます。

さて二竜山。思った以上におおきな山です。中腹あたりで日が暮れてしまいました。
「今日はここで野宿でいいや、明日あさはやく、山寨さんさい(山のなかのとりで)の門をたたこう」
林のなかで寝る場所をさがしていると、なんと先客がいるではありませんか。
「うっ。こいつなんなんだ!」おどろくのも無理はありません。人か猩々しょうじょうかわからぬほど巨大な坊さまが、ほとんど裸ん坊のような姿で高いびきかいているのです。背中の彫りものが呼吸に合わせてゆっくり上下するさまの不気味なこと!
楊志の声で目ざめた巨漢、寝ぼけまなこながら「そっちこそなんだ!ゆるさんぞ!」かたわらの錫杖を手に撃ちかかってきます。これが強いのなんの、木々のあわいを行ったり来たり四、五十合はやり合いましたが、楊志とすればいまだ魔物に襲われているような気持ちです。
「……まてよ。林冲の言っていた花和尚魯智深ろちしんとはこいつのことじゃあるまいか。いや、きっとそうだ。世ン中いかに広いといえ、ここまで強い坊主が二人といる道理はない」
そこでパッと飛びすさり、
「待った!あんた関西のひとだな、口調でわかるよ。名はなんと?」
「それがどうした。あと三百合ばかし打ちあってから教えてやらあ!」
「もし知り合いの恩人なら傷つけたくない」
そういうことなら、と「拙僧は別人ならず、もとは渭州の憲兵魯達。ひとを殺めたため五台山で出家得度しゅっけとくどして、いまは智深と名乗っておる」
「やっぱりだ、林冲どのをお覚えかな」
「あんた林師範のお知り合いかね」
かくしてふたりは仲なおり。しかし花和尚、どうしてこんな場所にいるのでしょう?
魯智深の語るところによれば……

滄州から帰ってきたのもつかの間。ふたりの小役人とうせつは殿帥府に戻るなり、林冲を仕留め損なったこと、いらぬ邪魔が入ったことなど高長官にあらいざらい喋ってしまったがため、たちまち大相国寺に捕吏ほりがさし向けられました。智深すんでのところで勘づいて、菜園の番小屋を焼き、ごろつき仲間にわかれを告げて東京をぬけだします。
ふたたび風来の旅坊主に身をやつし、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
そうこうするうち孟州もうしゅう十字坡じゅうじはの飯屋でうっかり殺されそうになったところ、あべこべにそこの女主人おかみや旦那と親しくなり、義兄弟のさかずきまで交わしていく日も世話になっておりました。夫婦が言うには当節流れものが身を落ちつけるにはやはり梁山泊か宝珠寺だろうと。
そこで思い切ってやって来たもんの、親分の鄧竜がまったくもって器の小さい野郎。仲間に加えてくれぬどころか、山門もくぐらせません。もちろん怒った智深は鄧のどてっ腹をどかんと蹴り上げてやったのですが、わらわらと子分数百が躍り出て、たちまち三つの木戸きどをぜんぶ閉めてしまったものですから、寺に侵入するすべもありません。このまま引き下がるのも面白からず、難渋なんじゅうしていたころに楊志の到来となったのでした。

「なんだ、そんなケツの小さい男が頭領なら俺たちで乗っ取っちまおう。いったん村へ戻ろうぜ、手はあるよ」
さて楊志の秘策とはいかに、そいつは次回をどうぞお楽しみに。
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