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第14回 宋押司、晁蓋に急を知らせること
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つぎの日。二竜山のとりでに、高手小手に縛り上げられた魯智深が村人どもに引っ立てられてきました。
「どうか山寨の親分にお取りつぎ願います、このクソ坊主、数日来よりふもとの村でさんざっぱらの無銭飲食、おまけに家に押し入っては殴る蹴る金を盗る、もうやりたい放題で困っておりました。しまいにゃ梁山泊に使いしてこの山を攻め取ってもらうだの抜かします。そこで一計を案じ、強い酒をしこたま飲ませ寝込んだとこをふんじばったのでございます。村で殺しはできねえんで、どうぞ親分さんのほうで煮るなり焼くなりなすってくださいまし」
鄧竜すっかり油断して、「さても馬鹿なズク入道よ、大人しく退散すれば良いものを。よしこの手で殺してやる」と門をひらかせ、槍やら弓やらをずらり並べたとりでの心臓部まで魯智深と一行をまねき入れてしまいました。
ところが智深、命ごいでもするかと思いきや、「ものどもかかれ!」大喝一声、偽結びの縄目をパラリはずして仁王だち。
これを合図に村人たちはいっせいに打ってかかります。手ぬぐいで変装した楊志は錫杖を花和尚に投げ渡しました。
「はかりおったな坊主!」あわてふためく鄧竜のみけんにはやくも錫杖が振り下ろされると、あわれ頭はざくろのように真ッ二つ、勢いあまって椅子まで粉砕してしまいました。
のこった雑魚に刃むかう気骨などありはしません、みなだんびらを投げすて、智深と楊志に平伏いたします。
ここに二竜山のお頭は魯智深にかわり、宝珠寺の陣容も備えもさらに大きく豊かになってゆくのですが、その話しはさておくといたします。
こちらは開封府の蔡宰相。待てどくらせど誕生祝いが届きません。そこに早馬がまろび入って、なんと今年は丸ごとぜんぶ盗まれたとの報告。十万貫が惜しいわけではありませんが、こうまでコケにされては朝廷の第一人者としての権威に傷がつきます。ただちに黄泥岡一帯を所管する済州の知事にあて「いそぎ賊を召し捕るように」との指令がとびます。
州の政庁は上を下へのおおさわぎ。事件の担当官は何濤という男、まじめ一徹な人物だけによけい捜査はいきづまり、犯人のしっぽもつかめぬまま虚しく数日が過ぎました。
知事のいら立ちようは尋常のものではありません。ついに何濤は顔に「◻︎州流刑」の入れ墨を刺され、三日以内に盗びとの消息がつかめねば◻︎に適当な街の名を入れて本当に流罪にする、とまで脅されました。
「こりゃあもうダメだ。いつ配流されても良いように家財道具を売っぱらい、妻とも離縁しておくか」
なかばあきらめ気味の何捜査官。久しぶりに家に帰ってきますと、博打うちの弟がニヤニヤしながら待ち構えております。
「また金をせびりに来たか。くれてやるよ、これが最後だろうから」
「おいおい兄貴、おんなじ腹から出てきたものどうし、もちっと態度があるだろう」
みょうに思わせぶりな言いざまです。
「弟、おまえなんか知ってるな」
「おう知ってるとも、下手人はみんな俺の掌ン中だよ」
何濤とびあがって喜び、もみ手で教えをこうと“蛇の道は蛇”と申しますか、やはり博徒は博徒にくわしいもの。事件当日の旅籠の宿帳に、博打うち仲間の白勝が偽名をつかって宿泊していたことが明るみに出ました。
あとは白勝をとっ捕まえて、芋づる式に吐かせていくだけです。お白洲に引っ立てられた白勝、鞭に棒に水責めにとさんざ拷問をくらいながらも長いことシラを切っていたのですが、寝床の下の地面から分け前の財宝が出てきたあたりで観念し「首謀者は晁の旦那、あとの連中はしらない」と吐いてしまいました。
さあこんどは晁蓋に御用の網がまわりはじめました。彼は名主で豪傑、共犯たちもまだ屋敷にいるとすれば、白勝のように数人の捕吏で召し捕ることはできません。
何捜査官はみずから鄆城県に足をのばして参りました。県庁まえの茶店に入ると、給仕の小僧さんにたずねます。
「さみしいとこだね、鄆城というのは。閑古鳥が鳴いてるじゃねえか」
「昼飯どきに来られるからですよ、ここじゃお役人がたは昼休憩はご自宅で取られます」
「ところで今日の担当押司(係長)さんは誰だね?」
「ちょうどいま見えられましたよ」
入ってきた男のすがた人相といえば――
色はあさ黒く、背たけは、これはどう見つくろっても高いとは言えません。ただ目は切れ長で眉は太く耳たれ下がり、と顔つきは王者の風格があります。
彼の名は宋江、あざなは公明。県下宋家村の名主の孝行息子で通っていながら、田畑を継がずに宮仕えをえらんだ変わりもの。天下の英雄好漢とまじわりを結び、困っているひとを助けてやるのが三度の飯より好きだというので、しがない小役人にもかかわらず「会いたい」とたずね来る者は数しれず。いつしか孝義黒三郎と呼ばれはじめ、また“及時雨(めぐみの雨)”のふたつ名も、済州はおろか山東、河北一円にとどろく義侠の人でありました。
何濤から捜査のゆくえを聞いた宋江、内心どっと冷や汗が吹き出ました。
「晁蓋のやつ、こんな大それた悪事をしていたとは。捕まったらさいご、間違いなく獄門首だぞ。だがあいつはわしの親友、どうでも助けてやらねばならぬ」
そこですずしげな体をつくろって、
「ああ晁のやつですか、いつかやると思っていましたよ。そこまで判明しているならあとは甕の中のものを取り出すほど簡単ですが、ことは重大、まずは知事閣下にお伝えし、県の軍隊を動員せねばなりません。いま知事は会議中でして、終わりしだい私からことの次第をお伝えします」
こう時間かせぎをしておいて、県庁にもどると見せかけた宋江、いそぎ馬に飛び乗って、一路東渓村をめざします。
晁蓋のほうはノンビリしたもの、あい変わらず呉用、劉唐、公孫勝と一緒に酒盛りなんぞしています。宋江がかけ込んできたのはちょうどそんな時分でした。
「ここは危ない、夕方にでも討手が来ますよ!どこでも良いからすぐ逃げなさい」
「よく知らせてくだすった!生命があったらかならずこの恩は返しますぞ」
「そんなことはいいから、お早く!」
馬にムチくれ県城にとんぼ返りの宋江、さあらぬ顔で知事に報告いたします。
東渓村の名主屋敷が百人あまりの捕手かたに囲まれたのは、日もとっぷり暮れたころでした。率いているのは、あの朱仝と雷横です。
ふたりとも晁蓋とは顔なじみ、お役目だからと来たもんの、心のうちでは逃してやりたい気持ちがあります。
そこで雷横は表門、朱仝は裏門にまわって待ちかまえますと、やがて屋敷から黒煙が噴き上がり、くらい夜空を焦がさんばかりに燃え出しました。晁蓋たちは後かたづけに手間どってまだ屋内にいたのです。
「それッ押し入れ!」と気勢をあげると兵隊たちは一斉に突入します。ところが、
「やあ、賊は裏にまわったぞ!」
「いや中庭づたいに表に逃げたぞ!」
ふたりの隊長はそれぞれ息を合わせて出鱈目ばかり言うものですから、兵士どもはあたふた右往左往。隙をついて晁蓋たち一味は裏門を蹴やぶり外へとび出します。
「賊はあっちだ、捕えろ!」朱仝は追いすがるふりして逃げる晁蓋の馬の真横につけました。
「後生だ朱隊長、見逃してくれ!」
「もとよりそのつもりです。いいですか、うろちょろせずに真っ直ぐ梁山泊に落ち延びなさい。そこしか官軍を跳ね返せる場所はない」
それだけ言うと朱仝は、馬がつんのめったフリをして落馬し、それきり追うのをやめてしまいました。
どうにか逃げおおせた晁旦那と一行、隣りあう石竭村へもぐり込みます。さきに送っておいた金銀財宝と漁師の阮三兄弟が待っているのです。
彼らと落ちあい今後のことを相談するうち、はやくも官兵が迫ってまいりました。
「こりゃいかん!呉用どの、どういたそう?」
「慌てなさんな、“水が来たなら土おっかぶせ、兵が来たなら大将の出番”、これ兵法のいろはです。まずはかくかくしかじか……」
ひととおり作戦を伝授すると、呉先生と劉唐はひと足さきに朱貴の酒屋へ行って梁山泊にわたりを着けてもらうことにします。
残る五人と村人たちはめいめい持ち場にわかれ、命しらずにも追手を迎え討つ準備をはじめたのでした。
「どうか山寨の親分にお取りつぎ願います、このクソ坊主、数日来よりふもとの村でさんざっぱらの無銭飲食、おまけに家に押し入っては殴る蹴る金を盗る、もうやりたい放題で困っておりました。しまいにゃ梁山泊に使いしてこの山を攻め取ってもらうだの抜かします。そこで一計を案じ、強い酒をしこたま飲ませ寝込んだとこをふんじばったのでございます。村で殺しはできねえんで、どうぞ親分さんのほうで煮るなり焼くなりなすってくださいまし」
鄧竜すっかり油断して、「さても馬鹿なズク入道よ、大人しく退散すれば良いものを。よしこの手で殺してやる」と門をひらかせ、槍やら弓やらをずらり並べたとりでの心臓部まで魯智深と一行をまねき入れてしまいました。
ところが智深、命ごいでもするかと思いきや、「ものどもかかれ!」大喝一声、偽結びの縄目をパラリはずして仁王だち。
これを合図に村人たちはいっせいに打ってかかります。手ぬぐいで変装した楊志は錫杖を花和尚に投げ渡しました。
「はかりおったな坊主!」あわてふためく鄧竜のみけんにはやくも錫杖が振り下ろされると、あわれ頭はざくろのように真ッ二つ、勢いあまって椅子まで粉砕してしまいました。
のこった雑魚に刃むかう気骨などありはしません、みなだんびらを投げすて、智深と楊志に平伏いたします。
ここに二竜山のお頭は魯智深にかわり、宝珠寺の陣容も備えもさらに大きく豊かになってゆくのですが、その話しはさておくといたします。
こちらは開封府の蔡宰相。待てどくらせど誕生祝いが届きません。そこに早馬がまろび入って、なんと今年は丸ごとぜんぶ盗まれたとの報告。十万貫が惜しいわけではありませんが、こうまでコケにされては朝廷の第一人者としての権威に傷がつきます。ただちに黄泥岡一帯を所管する済州の知事にあて「いそぎ賊を召し捕るように」との指令がとびます。
州の政庁は上を下へのおおさわぎ。事件の担当官は何濤という男、まじめ一徹な人物だけによけい捜査はいきづまり、犯人のしっぽもつかめぬまま虚しく数日が過ぎました。
知事のいら立ちようは尋常のものではありません。ついに何濤は顔に「◻︎州流刑」の入れ墨を刺され、三日以内に盗びとの消息がつかめねば◻︎に適当な街の名を入れて本当に流罪にする、とまで脅されました。
「こりゃあもうダメだ。いつ配流されても良いように家財道具を売っぱらい、妻とも離縁しておくか」
なかばあきらめ気味の何捜査官。久しぶりに家に帰ってきますと、博打うちの弟がニヤニヤしながら待ち構えております。
「また金をせびりに来たか。くれてやるよ、これが最後だろうから」
「おいおい兄貴、おんなじ腹から出てきたものどうし、もちっと態度があるだろう」
みょうに思わせぶりな言いざまです。
「弟、おまえなんか知ってるな」
「おう知ってるとも、下手人はみんな俺の掌ン中だよ」
何濤とびあがって喜び、もみ手で教えをこうと“蛇の道は蛇”と申しますか、やはり博徒は博徒にくわしいもの。事件当日の旅籠の宿帳に、博打うち仲間の白勝が偽名をつかって宿泊していたことが明るみに出ました。
あとは白勝をとっ捕まえて、芋づる式に吐かせていくだけです。お白洲に引っ立てられた白勝、鞭に棒に水責めにとさんざ拷問をくらいながらも長いことシラを切っていたのですが、寝床の下の地面から分け前の財宝が出てきたあたりで観念し「首謀者は晁の旦那、あとの連中はしらない」と吐いてしまいました。
さあこんどは晁蓋に御用の網がまわりはじめました。彼は名主で豪傑、共犯たちもまだ屋敷にいるとすれば、白勝のように数人の捕吏で召し捕ることはできません。
何捜査官はみずから鄆城県に足をのばして参りました。県庁まえの茶店に入ると、給仕の小僧さんにたずねます。
「さみしいとこだね、鄆城というのは。閑古鳥が鳴いてるじゃねえか」
「昼飯どきに来られるからですよ、ここじゃお役人がたは昼休憩はご自宅で取られます」
「ところで今日の担当押司(係長)さんは誰だね?」
「ちょうどいま見えられましたよ」
入ってきた男のすがた人相といえば――
色はあさ黒く、背たけは、これはどう見つくろっても高いとは言えません。ただ目は切れ長で眉は太く耳たれ下がり、と顔つきは王者の風格があります。
彼の名は宋江、あざなは公明。県下宋家村の名主の孝行息子で通っていながら、田畑を継がずに宮仕えをえらんだ変わりもの。天下の英雄好漢とまじわりを結び、困っているひとを助けてやるのが三度の飯より好きだというので、しがない小役人にもかかわらず「会いたい」とたずね来る者は数しれず。いつしか孝義黒三郎と呼ばれはじめ、また“及時雨(めぐみの雨)”のふたつ名も、済州はおろか山東、河北一円にとどろく義侠の人でありました。
何濤から捜査のゆくえを聞いた宋江、内心どっと冷や汗が吹き出ました。
「晁蓋のやつ、こんな大それた悪事をしていたとは。捕まったらさいご、間違いなく獄門首だぞ。だがあいつはわしの親友、どうでも助けてやらねばならぬ」
そこですずしげな体をつくろって、
「ああ晁のやつですか、いつかやると思っていましたよ。そこまで判明しているならあとは甕の中のものを取り出すほど簡単ですが、ことは重大、まずは知事閣下にお伝えし、県の軍隊を動員せねばなりません。いま知事は会議中でして、終わりしだい私からことの次第をお伝えします」
こう時間かせぎをしておいて、県庁にもどると見せかけた宋江、いそぎ馬に飛び乗って、一路東渓村をめざします。
晁蓋のほうはノンビリしたもの、あい変わらず呉用、劉唐、公孫勝と一緒に酒盛りなんぞしています。宋江がかけ込んできたのはちょうどそんな時分でした。
「ここは危ない、夕方にでも討手が来ますよ!どこでも良いからすぐ逃げなさい」
「よく知らせてくだすった!生命があったらかならずこの恩は返しますぞ」
「そんなことはいいから、お早く!」
馬にムチくれ県城にとんぼ返りの宋江、さあらぬ顔で知事に報告いたします。
東渓村の名主屋敷が百人あまりの捕手かたに囲まれたのは、日もとっぷり暮れたころでした。率いているのは、あの朱仝と雷横です。
ふたりとも晁蓋とは顔なじみ、お役目だからと来たもんの、心のうちでは逃してやりたい気持ちがあります。
そこで雷横は表門、朱仝は裏門にまわって待ちかまえますと、やがて屋敷から黒煙が噴き上がり、くらい夜空を焦がさんばかりに燃え出しました。晁蓋たちは後かたづけに手間どってまだ屋内にいたのです。
「それッ押し入れ!」と気勢をあげると兵隊たちは一斉に突入します。ところが、
「やあ、賊は裏にまわったぞ!」
「いや中庭づたいに表に逃げたぞ!」
ふたりの隊長はそれぞれ息を合わせて出鱈目ばかり言うものですから、兵士どもはあたふた右往左往。隙をついて晁蓋たち一味は裏門を蹴やぶり外へとび出します。
「賊はあっちだ、捕えろ!」朱仝は追いすがるふりして逃げる晁蓋の馬の真横につけました。
「後生だ朱隊長、見逃してくれ!」
「もとよりそのつもりです。いいですか、うろちょろせずに真っ直ぐ梁山泊に落ち延びなさい。そこしか官軍を跳ね返せる場所はない」
それだけ言うと朱仝は、馬がつんのめったフリをして落馬し、それきり追うのをやめてしまいました。
どうにか逃げおおせた晁旦那と一行、隣りあう石竭村へもぐり込みます。さきに送っておいた金銀財宝と漁師の阮三兄弟が待っているのです。
彼らと落ちあい今後のことを相談するうち、はやくも官兵が迫ってまいりました。
「こりゃいかん!呉用どの、どういたそう?」
「慌てなさんな、“水が来たなら土おっかぶせ、兵が来たなら大将の出番”、これ兵法のいろはです。まずはかくかくしかじか……」
ひととおり作戦を伝授すると、呉先生と劉唐はひと足さきに朱貴の酒屋へ行って梁山泊にわたりを着けてもらうことにします。
残る五人と村人たちはめいめい持ち場にわかれ、命しらずにも追手を迎え討つ準備をはじめたのでした。
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