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9.恐怖政治きわまる
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リュサンドロスは戦利品を使って、デルフォイに歴代スパルタ提督――無論そのなかには自身も含まれる――の青銅像を造らせた。さらにはカストルとポルックスを表わす黄金の星を建立したと伝わっている。だがこの宝は、かのレウクトラの戦いより以前のどこかで人知れず失われてしまった。また、ブラシダスとアカントス人が奉献した宝物庫には2ペーキュス※1ほどの金と象牙で造られた三段櫂船の模型があるが、これはキュロス王子が戦勝記念として彼に送ったものらしい。
いっぽう、デルフォイのアレクサンドリデスはリュサンドロスからの奉納金を銀貨1タラントン52ムナ、金貨11スタテルと書き残している。するとこの記述は“リュサンドロスは清貧であった”とする通説とはずいぶん矛盾することになる。
事実、リュサンドロスは過去のどのギリシア人も敵わぬ絶大な勢力を手にしていたが、その力さえ呑み込むほど巨大な自尊心と優越感の持ち主であった。ドゥリスが自らの史書で述べているように、彼はまるで現人神のようになって祭壇に祀られ、犠牲を捧げられた最初のギリシア人だった。戦勝にあたって個人のために讃歌が用意されたのも初めてのことで、その冒頭の句がいまに伝わっている。
――沃野もひろきスパルタよ ギリシアいちの将軍よ いとも貴きいさおしを 勝利の歌で いざ祝がん イエ パイアーン――
サモス島の人々は、女神ヘラの祭典を彼の名にちなんでリュサンドレイア祭と改称した。詩人としてはコイリロスを身辺ちかく置いて自らの業績を歌に詠ませ、アンティロコスには詩の内容が気に入ったとして、帽子いっぱいの銀貨を下賜してやったこともある。
またコロフォンのアンティマコスとヘラクレイアのニケラトスがリュサンドロスの功業を称える詩作を競い合ったとき、彼はニケラトスに花冠を贈った。敗れたアンティマコスは立腹のあまり詩を破り捨ててしまったが、このとき若者だったプラトンがアンティマコスの力量を評価し、慰めてこういった。「目の見えぬ者の苦しみとは、まさに目の見えぬそのことです。すると無知な者は自らの無知によって苦しむ運命にあると思いませんか。貴方が思い患うことはない」
また別日、ピュティアの競技祭で6度も優勝した音楽家アリストゥスがリュサンドロスを持ち上げて「もう一度優勝したときは、ぜひとも閣下の名前をお借りしたい」と言ったが、彼の返事はこうだった。「リュサンドロスの奴隷だと名乗りたいのか」
この尊大極まる気質は、街の第一人者など彼と同格以上の立場の者には単に喜ばれないだけであったが、いっぽうの彼自身は、周囲に際限なく増えるおべっか使いや太鼓もち連中に心底うんざりして、他者に対してより一層軽蔑を強くするのだった。そのため、ひとに何かを与えるときは、褒美にせよ刑罰にせよ天秤が振り切るほどに過剰であった。友人客人へは気軽に街の絶対権力を譲ってやるかたわら、敵対者への怒りは追放程度ではやまず、相手を滅ぼすまで消えることはなかった。
ここに一例がある。彼はミレトスの民主政治家たちが街から逃げ出すのを恐れ、また潜伏中の活動家を捕えるため、“けして危害を加えない”と宣誓しておきながら、信じて出てきた者らの身柄を寡頭政主義者にひき渡した。結果、800をこえる人命が容赦なき殺戮の犠牲になったのである。
ほかの街の民主派への虐殺にいたっては、総数を数えることさえ難しい。彼は自分の都合で殺すばかりでなく、同志たちの敵愾心や欲望を充足させてやるために大掛かりな処刑を催しつづけた。
それゆえラケダイモンの人エテオクレスの「リュサンドロスがあと一人いたら、ギリシアは耐えられそうにない」という言葉は、真実味を持って人々に受け入れられたのである。テオフラストスによると同様の言い回しは、アルケストラトスがアルキビアデスに対して使ったものだという。だがアルキビアデスが嫌われたのは放埒にして無節操、つまり単に自分勝手な性格だったのに対して、リュサンドロスが恐れられたのは、あまりに無慈悲で残酷な圧政の有り様ゆえである。
※1:約90センチ
いっぽう、デルフォイのアレクサンドリデスはリュサンドロスからの奉納金を銀貨1タラントン52ムナ、金貨11スタテルと書き残している。するとこの記述は“リュサンドロスは清貧であった”とする通説とはずいぶん矛盾することになる。
事実、リュサンドロスは過去のどのギリシア人も敵わぬ絶大な勢力を手にしていたが、その力さえ呑み込むほど巨大な自尊心と優越感の持ち主であった。ドゥリスが自らの史書で述べているように、彼はまるで現人神のようになって祭壇に祀られ、犠牲を捧げられた最初のギリシア人だった。戦勝にあたって個人のために讃歌が用意されたのも初めてのことで、その冒頭の句がいまに伝わっている。
――沃野もひろきスパルタよ ギリシアいちの将軍よ いとも貴きいさおしを 勝利の歌で いざ祝がん イエ パイアーン――
サモス島の人々は、女神ヘラの祭典を彼の名にちなんでリュサンドレイア祭と改称した。詩人としてはコイリロスを身辺ちかく置いて自らの業績を歌に詠ませ、アンティロコスには詩の内容が気に入ったとして、帽子いっぱいの銀貨を下賜してやったこともある。
またコロフォンのアンティマコスとヘラクレイアのニケラトスがリュサンドロスの功業を称える詩作を競い合ったとき、彼はニケラトスに花冠を贈った。敗れたアンティマコスは立腹のあまり詩を破り捨ててしまったが、このとき若者だったプラトンがアンティマコスの力量を評価し、慰めてこういった。「目の見えぬ者の苦しみとは、まさに目の見えぬそのことです。すると無知な者は自らの無知によって苦しむ運命にあると思いませんか。貴方が思い患うことはない」
また別日、ピュティアの競技祭で6度も優勝した音楽家アリストゥスがリュサンドロスを持ち上げて「もう一度優勝したときは、ぜひとも閣下の名前をお借りしたい」と言ったが、彼の返事はこうだった。「リュサンドロスの奴隷だと名乗りたいのか」
この尊大極まる気質は、街の第一人者など彼と同格以上の立場の者には単に喜ばれないだけであったが、いっぽうの彼自身は、周囲に際限なく増えるおべっか使いや太鼓もち連中に心底うんざりして、他者に対してより一層軽蔑を強くするのだった。そのため、ひとに何かを与えるときは、褒美にせよ刑罰にせよ天秤が振り切るほどに過剰であった。友人客人へは気軽に街の絶対権力を譲ってやるかたわら、敵対者への怒りは追放程度ではやまず、相手を滅ぼすまで消えることはなかった。
ここに一例がある。彼はミレトスの民主政治家たちが街から逃げ出すのを恐れ、また潜伏中の活動家を捕えるため、“けして危害を加えない”と宣誓しておきながら、信じて出てきた者らの身柄を寡頭政主義者にひき渡した。結果、800をこえる人命が容赦なき殺戮の犠牲になったのである。
ほかの街の民主派への虐殺にいたっては、総数を数えることさえ難しい。彼は自分の都合で殺すばかりでなく、同志たちの敵愾心や欲望を充足させてやるために大掛かりな処刑を催しつづけた。
それゆえラケダイモンの人エテオクレスの「リュサンドロスがあと一人いたら、ギリシアは耐えられそうにない」という言葉は、真実味を持って人々に受け入れられたのである。テオフラストスによると同様の言い回しは、アルケストラトスがアルキビアデスに対して使ったものだという。だがアルキビアデスが嫌われたのは放埒にして無節操、つまり単に自分勝手な性格だったのに対して、リュサンドロスが恐れられたのは、あまりに無慈悲で残酷な圧政の有り様ゆえである。
※1:約90センチ
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