猫と幽霊おばあちゃん

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世知辛い世界と婆さんの温もり

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その日の夜は路地裏に置かれたゴミ箱の中で眠る事にした。俺にとって雨風が凌げる最高の場所だ。最近じゃ大して臭いも気にならなくなった…が、婆さんは違う様だ。

「これ団子ッまたそんな汚いところでッ!」


また始まった…。
婆さんの煩い小言だ。

       
「此処のが冷えねぇんだよ。良いから放って置いてくれっ」
「放っておけないじゃろッ風邪でも引いて死んだらどうするんじゃッ!」
「別に困りはしねぇだろ」
「いいから、はよ出ておくれよっ」

「うるさい婆さんだなッ勝手に死んだ奴は黙ってろよッ!コレは俺の人生だっ婆さんなんか、さっさと成仏して消えてしまえッ!」


執拗い婆さんにオレは思わずムカついたんだ。べつに逆毛を立てて、威嚇するつもりは無かった…ただ、ここ数日の間、ずっとこの調子で声を掛けられたから…オレも我慢の限界を迎えていたんだ。

オレが頑なに動かず、ゴミ箱の中で再び丸くなると婆さんは静かになった。


少し言い過ぎたかもしれない…。
明日、目が覚めたら謝ってやろう。
オレは目を閉じ朝を待つ事にした。







ーーーー

 翌朝、婆さんの姿は何処にも無かった。

一応は探してみたが姿を見つける事は出来ず、オレは久しぶりにまったりとした1人の生活を堪能する事にする。

朝からゴミ箱の中でグーダラと眠り、腹が減ったら店やゴミを漁って人間を困らせ、暇になれば地を這う虫を追いかけた。

誰にも怒られず、邪魔もされない。

そんな最高な1日を過ごすと、あっという間に夜になっていた。








それから3日…
あれから婆さんは1度も姿を現さない。


おかしい…
本当に成仏しちまったのか?


五月蝿と感じていたあのお節介な言葉も、急に無くなると少し寂しさを覚える物だとオレは痛感していた。

この街には友と呼べる仲間も居ない。
1人で街を散策するにも飽きてしまった…。

さて、どうするか…

空き家の軒下で今後の事を考えていると、空から降る白く冷たい固まりが目の前に現れた。


また雪か…
今年はよく降る。
婆さんは暖かくしているだろうか?


空を見上げ婆さんの作った猫飯を思い浮かべる。


あの人は幽霊だ
この寒さに凍える事も
あの暖かい猫飯を作る事も
もう無いんだろう。

 早く会って、謝りたいものだ…。


オレは冷える体を温めるように身体を丸め、この日も静かに眠りに着く事にした。







それから何日経ったのだろう?

初めのうちは「婆さんが帰って来たら笑ってやろう」と思い日付を数えていたが、途中でそれも飽きてしまった。

季節は春を迎え…この街にも随分と慣れてきたオレは飯にあり付ける場所を記憶し、毎晩の様に盗みに入れば食事を確保して暮らしている。



そんなある日、婆さんは突然帰ってきた。

 「団子ぉ、団子どこに居るんだい?」

小さな女の子がオレの名前を呼んで探しているが、オレを団子と呼ぶのは婆さんしかいない…。


今更、何なんだ?
何故、子どもの姿なんだ?


ガサガサと音を立て顔を出してみると…子供姿の婆さんはオレを見つけ、パッと表情を明るくし強く抱きついた。

「団子ッ会いたかったぞッ!!」

そう言って頬を泥だらけの俺の顔に擦り寄せて来る。

 「離せっ、離せよ婆さんっ!」

何を伝えても伝わらない言葉。今の婆さんは、幽霊であって小さな人間なのだ。


会話は出来ないのか…


オレは少し落ち込んだ自分に驚いた。
あれだけ毛嫌いして探し回った挙句、話せないと知れば落ち込むオレに婆さんは「これじゃ話せないね、ちょっと待ってておくれ」と少女の体から離れ、半透明な婆さんの姿に戻って見せた。

「その子は大丈夫なのか!?」

人目に付かぬ場で気絶する少女を見て驚いたが、婆さんは「大丈夫じゃ」と答えて笑った。

  …笑い事なのか?

「身体を借りるのは難しかったのじゃよ」
「まさか、ずっとその練習をしていたのか?」
「そうじゃ?家を探しておったのじゃ」


…家…?
まさか野良を辞めれるように?


オレは信じられなかった…。
だって、あんな喧嘩別れをしたんだぞ?

この婆さんはどこまで行っても、世話焼き婆さんなのだ…と改めて思ったオレは小さな溜息をついた。

「さて家に帰るとするかの。早くせねばこの子が起きてしまう」

そう言って子供の身体に戻ろうとする婆さん。

「まッ待てよ婆さん。オレは飼い猫になんざ戻る気ないぞ」
「いつまでも野良はいかんじゃろ」

婆さんはニッコリ微笑み、子供の身体に入ると
オレを抱き上げ家へと歩き出した。







女の子(婆さん)が家に着くと、優しく微笑む母親が出迎えてくれた。

   「ママ、この子が話した団子だよ!」

そう言ってオレを見せる女の子(婆さん)は、満面の笑みを浮かべ家の中に入ろうと靴を脱ぎ始める。

しかし「…ちょっと待ちなさい」と、笑顔な女の子(婆さん)を厳しい目付きで睨んだ母親は、靴を脱いだ女の子(婆さん)にストップを掛けてきた。汚い俺を見て如何にも不満そうにしているじゃないか。

「ママこの子、飼っても良いんだよね?」

女の子(婆さん)は、恐る恐る見上げるが母親の表情は変わらない。 

「捨て猫って言ったから子猫かと思ったのに、汚い野良猫じゃないの。病気貰うから離して来なさい」

それもそうだ…俺はもう成猫だ。
欲しがる奴なんか限られてるだろう

「ヤダッうちで飼う!」

諦めない女の子(婆さん)にオレは呆れた。


仕方ない…オレが逃げるか。


オレは「ふしゃー!」と声を荒らげ、女の子(婆さん)の腕から無理やり離れれば、玄関を引っ掻いた。

「ちょっとッ玄関傷付けないでよ!」

母親は急いで玄関を開け、オレは直ぐに家を飛び出し外へと出て行った。








ーーーーー

オレは今、高架下の汚れたクッションの上で丸まっている…婆さんは、何度も謝って来て本当に執拗い。

「すまんのぉ…せっかく家が見つかったというのに」
「もう謝るなよ、分かってた事だろ」
「じゃがなぁ…」
「諦めろ、オレはこのままが良いんだ」

身体を丸め昼寝をしようと目を閉じると、婆さんが近くに座り深いため息をついたのが聞こえる。


この世界と言うのは
心の優しい者が損をする世界だ…。

婆さんと居れるなら他に何もいらない。




それからというもの、婆さんは人に乗り移っては美味しい食べ物を持って帰って来る。“断ればガミガミ五月蝿んだろう…”と思ったオレは、大人しく食べる事にした。

久しぶりのまともな飯は実に美味しい。婆さんの優しさと美味い飯は、オレの幸福感を満たしていったのだった。




















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