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一章 子供編
10話 巣立ちは唐突に
しおりを挟む初めて魔法を使ったその日、私は奇妙な夢を見た。
「⋯⋯⋯⋯ん?ここは⋯⋯」
気づくと、青々とした丘に寝そべっていた。辺りを見渡すが、草原と森が広がっていいるだけで、建物も人影もない。ふと、視界に入った髪に違和感を感じた。
「あれ、髪が黒い⋯⋯?」
そう、見慣れた青い髪ではなく、もう懐かしい黒い日本人の髪だ。どうやら、今は元の大月朱七の姿らしい。翼も尾羽も無い。服も変わっていて、水色のワンピースを着ていた。
⋯⋯⋯⋯あの、神社に行った時に着ていたものだ。
ここはどこ、とか、なぜこの姿に、とか考えてみたが、全く心当たりなんて無いため、早々に考えるのをやめた。
しばらくボーッと座っていたが、心地良い風が吹いて来るだけだった。⋯⋯いや、風に乗って何か音が流れて来た。音というより、声と言った方が正しいか。
『⋯⋯⋯⋯大⋯⋯づき、あか⋯⋯』
「?⋯⋯私の名前?」
『⋯⋯はる⋯⋯か⋯⋯東⋯⋯の地⋯⋯⋯⋯』
「え?」
風に乗って微かな音しか聞こえないため、とても聞き取りづらい。ただ、私の名前と、「遥か東の地」というのは聞こえた。
「ねぇっ!なんで私の前の名前を知ってるの?あなたは誰!?」
大声で呼びかけてみたが、返事は無い。あまり期待していなかったが、落胆した。そしてまた、声が聞こえた。
『⋯⋯⋯⋯東の⋯⋯地⋯⋯おとず⋯⋯⋯⋯神の、山⋯⋯いた⋯⋯だき⋯⋯で⋯⋯⋯⋯』
そこで、視界が暗転した。
◇◇□◇◇
「⋯⋯っは⋯⋯!」
目覚めると、まだ月の昇る夜だった。さっきの夢は何だったんだろう? 確か、私の前の名前と、「遥か東の地」「東の地、訪れ、神の山の頂で」というような声か聞こえたはず。なぜか、はっきりと覚えていた。
推測するまでもなく、「遥か東の地の、神の山の頂に来い」ということなのだろう。どうして私が? と思ったが、同時に、必ず行かなくてはならないという使命感を強く感じた。そこに行けば、何かが分かると。
目が冴えて寝れなくなったので、外を散歩することにした。玄関のドアを開け、見慣れた庭へ足を向ける。空には、大小2つの満月が輝き、大地を明るく照らしている。月は、前世から好きだった。小さい頃から、なぜか月には不思議な力があると信じていた。辛いことがあっても、月をジッと眺めると、その輝きに引き込まれ、いつの間にか涙が止まっていた。⋯⋯⋯⋯ただ、ある時から月を見ると、同時に最も辛い記憶が思い出されるようになっていた。
2つの月を見上げていたら、急に寂しさがこみ上げてきた。⋯⋯あっちに遺してきた家族は、今頃どうして居るだろうか。いつも可愛がってくれた兄さんと姉さんは、元気だろうか。⋯⋯いきなりいなくなってしまって、心配させているだろうな。
「っ⋯⋯ふぅっ⋯⋯ぐす⋯⋯」
涙が次々あふれてくる。割り切ったつもりだったけど、やっぱり悲しかった。⋯⋯最期の記憶が無いことも、より悲しさに拍車をかけてくる。せめて、死んだ記憶があったのなら、あぁ、そうか、と納得できたのに。まだあっちに帰れるかもしれないと期待をして、余計に寂しくなってしまう。⋯⋯これは全て夢で、起きたらまた元の部屋に戻っている、と。
寂しく思っている原因は他にもある。今日初めて魔法を使い、成長したと感じた。そして、もうイリスに頼らずに生きていかないといけないと思った。それに、さっき見た夢のこともある。私は、遥か東の地へ行かなければならない。でも、イリスはここで大切な研究をしている。一緒に旅をするのは無理だろう。そうして、別れが辛くなってしまった。
急に知らない世界に投げ込まれ、1人になった私に、手を差し伸べてくれたイリス。育ててくれたけど、私にとっては父よりも兄の様な存在だ。そんな家族と、二度も離れてしまうのが、何よりも辛かった。
どれだけ泣いていたのだろう。いつの間にか、隣にイリスが居て、背中を擦ってくれていた。
「⋯⋯イリス」
「⋯⋯どうした?⋯⋯何か、あったのか?」
「⋯⋯ちょっとね。いろいろと、寂しくなっちゃって」
「そうか⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯あのね。さっき、夢を見たの。夢によると、私は遠くに行かなきゃいけないんだ。それが、使命であるかのように感じてる」
「⋯⋯」
「だから、旅に出ようと思う。イリスと別れるのは辛いけど、一人で頑張ってみるよ。⋯⋯今まで、育ててくれて、ありが」
「どうして、別れなければならない?」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「どうしてって⋯⋯イリスは、ここで魔法の研究をしてるでしょ?だから、ここは離れられないんじゃないの?」
「ふむ⋯⋯確かに、魔法の研究は俺の生きがいだ。ここから離れるなど、考えてもみなかった」
「⋯⋯でしょ?だから、もう迷惑はかけないよ。こんなに成長したし、自立できるから⋯⋯」
「迷惑など、一度も思ったことはないな。エメとの暮らしは、毎日が楽しかった。⋯⋯さっき、寂しいと言ってくれたこと、嬉しかったぞ」
「⋯⋯うぅっ⋯⋯でも、旅には付いてこれないでしょ⋯⋯」
「⋯⋯ふむ」
イリスは、一瞬考えた仕草をすると、少し芝居がかったように言った。
「この場所に籠もって長いからな。そろそろ、最近の魔法書を調達しようと考えていたんだが⋯⋯どうだ?」
「っ!⋯⋯ほんと、に?」
「あぁ。世界中の魔法書を見てみたいから、少し長い旅になるだろうな。そして、遥か遠くまで行くかもしれないな」
「⋯⋯いいの?⋯⋯イリスと、離れなくても」
「そうだ」
月光に照らされたイリスは、珍しくその顔に笑みをたたえていた。その顔を見て、嬉しさと驚きと、安堵でいっぱいになった私は、胸に飛び込み泣き崩れてしまった。そして、そのまま眠ってしまっていた。
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