1 / 6
プロローグ
プロローグ
しおりを挟む
世界は、ただ一つの「唄」であった。
形なき混沌の中、万物の創造主が、その最初の息吹を一つの旋律へと変えた。喜び、悲しみ、怒り、そして愛…あらゆる感情が音色となり、無数の可能性が和音となって絡み合い、響き合い、一つの偉大なる調和を成した。それが、世界の理の源泉、「原初の魔法」。その唄から、星々は生まれ、命は芽吹き、海は満ち、風は渡った。世界は、無限の可能性に満ちた、美しい交響曲そのものであった。
この唄を色濃く受け継いだ者たちは、「調律師」と呼ばれた。彼らは、唄の心を聴き、その旋律を紡ぐことで、山を隆起させ、川の流れを描き、命と語り合ったという。
だが、光があれば、影が差すように。唄があれば、沈黙がある。
この世界の次元とは別に、ただ一つの法則だけが支配する世界があった。始まりも、終わりもなく、変化も、可能性もない、完全なる静寂。思考だけが、冷たい論理だけが、完璧な秩序として存在する次元。「沈黙の虚無」。
その完璧な静寂の世界にとって、隣接する次元から漏れ聞こえてくる、この世界の、あまりに不完全で、矛盾に満ちた、しかし生命力あふれる「唄」は、耐えがたいノイズであり、宇宙の「バグ」に他ならなかった。
そして、そのバグを駆除するために、「沈黙の虚無」は、自らの法則そのものを、一つの意志として、唄の世界へと送り込んだ。
それは、音もなく、形もなく、ただ、全ての調和を憎み、万物を沈黙に還さんと欲する、異次元の侵略者。後に、人々が絶望と共に「邪悪な王」と呼ぶことになる、不協和音の顕現であった。
王の「沈黙」が触れた場所は、その存在の理(ことわり)を失った。山は、その「山である」という概念を消し去られ、のっぺりとした無意味な平面と化した。川は流れを忘れ、人々は愛や悲しみといった感情を奪われ、ただ生きるだけの抜け殻となった。世界が、少しずつ「無」に上書きされていく、静かで、しかし絶対的な恐怖。
調律師たちは、立ち上がった。彼らは当初、王を滅ぼそうとはしなかった。彼らもまた、調和を愛する者。王という、あまりに異質で、孤独な不協和音すら、「調律」し、世界の交響曲の一部に迎え入れようとしたのだ。しかし、その試みは、絶望的な失敗に終わる。王に「調和」という概念はなかった。彼の目的は、対話ではない。ただ、存在する全てを、自らがいた完全なる「沈黙」に還すことだけ。
世界の終焉を前に、調律師たちは、最後の決断を下す。
王を、その法則ごと、この世界から「隔離」するしかない、と。
彼らは、最後の聖地に集い、最後の「唄」を紡ぎ始めた。それは、王を滅ぼすための攻撃の旋律ではない。彼らが愛した世界の、美しい記憶そのものを編み込んだ、巨大な結界を創るための、創造の旋律だった。
一人は、愛する我が子が初めて笑った、その記憶を。
一人は、灼熱の砂漠で飲んだ、一杯の水の感動を。
一人は、肌を撫でる、春の風の心地よさを。
彼らは、自らの命と、魂の全てを旋律に変え、それを世界の法則へと織り込んでいった。
それは、世界の理そのものを牢獄とする、悲しく、そして、あまりにも強力な「大封印」。王の「沈黙」を、世界の「唄」で、永遠に押し留め続けるための、巨大な子守唄であった。
仲間たちが、次々と光の粒子となって、その子守唄の一部と消えていく中、ただ一人、その全ての記憶と、全ての旋律を受け取り、永劫の時の中、封印が綻びないかを見守り続ける役目を負った者がいた。
彼女の名は、セラフィナ。仲間たちの命の唄が、いつか弱まる日を聴き続ける、「最後の守護者」である。
そして今、数千年の時を経て、子守唄は、弱まり始めている。
不協和音が、再び世界に、その冷たい指を伸ばし始めている。
だが、絶望の中、一つの新しい産声が上がろうとしていた。
世界を、再び調律する、新たな「始まりの唄」が。
形なき混沌の中、万物の創造主が、その最初の息吹を一つの旋律へと変えた。喜び、悲しみ、怒り、そして愛…あらゆる感情が音色となり、無数の可能性が和音となって絡み合い、響き合い、一つの偉大なる調和を成した。それが、世界の理の源泉、「原初の魔法」。その唄から、星々は生まれ、命は芽吹き、海は満ち、風は渡った。世界は、無限の可能性に満ちた、美しい交響曲そのものであった。
この唄を色濃く受け継いだ者たちは、「調律師」と呼ばれた。彼らは、唄の心を聴き、その旋律を紡ぐことで、山を隆起させ、川の流れを描き、命と語り合ったという。
だが、光があれば、影が差すように。唄があれば、沈黙がある。
この世界の次元とは別に、ただ一つの法則だけが支配する世界があった。始まりも、終わりもなく、変化も、可能性もない、完全なる静寂。思考だけが、冷たい論理だけが、完璧な秩序として存在する次元。「沈黙の虚無」。
その完璧な静寂の世界にとって、隣接する次元から漏れ聞こえてくる、この世界の、あまりに不完全で、矛盾に満ちた、しかし生命力あふれる「唄」は、耐えがたいノイズであり、宇宙の「バグ」に他ならなかった。
そして、そのバグを駆除するために、「沈黙の虚無」は、自らの法則そのものを、一つの意志として、唄の世界へと送り込んだ。
それは、音もなく、形もなく、ただ、全ての調和を憎み、万物を沈黙に還さんと欲する、異次元の侵略者。後に、人々が絶望と共に「邪悪な王」と呼ぶことになる、不協和音の顕現であった。
王の「沈黙」が触れた場所は、その存在の理(ことわり)を失った。山は、その「山である」という概念を消し去られ、のっぺりとした無意味な平面と化した。川は流れを忘れ、人々は愛や悲しみといった感情を奪われ、ただ生きるだけの抜け殻となった。世界が、少しずつ「無」に上書きされていく、静かで、しかし絶対的な恐怖。
調律師たちは、立ち上がった。彼らは当初、王を滅ぼそうとはしなかった。彼らもまた、調和を愛する者。王という、あまりに異質で、孤独な不協和音すら、「調律」し、世界の交響曲の一部に迎え入れようとしたのだ。しかし、その試みは、絶望的な失敗に終わる。王に「調和」という概念はなかった。彼の目的は、対話ではない。ただ、存在する全てを、自らがいた完全なる「沈黙」に還すことだけ。
世界の終焉を前に、調律師たちは、最後の決断を下す。
王を、その法則ごと、この世界から「隔離」するしかない、と。
彼らは、最後の聖地に集い、最後の「唄」を紡ぎ始めた。それは、王を滅ぼすための攻撃の旋律ではない。彼らが愛した世界の、美しい記憶そのものを編み込んだ、巨大な結界を創るための、創造の旋律だった。
一人は、愛する我が子が初めて笑った、その記憶を。
一人は、灼熱の砂漠で飲んだ、一杯の水の感動を。
一人は、肌を撫でる、春の風の心地よさを。
彼らは、自らの命と、魂の全てを旋律に変え、それを世界の法則へと織り込んでいった。
それは、世界の理そのものを牢獄とする、悲しく、そして、あまりにも強力な「大封印」。王の「沈黙」を、世界の「唄」で、永遠に押し留め続けるための、巨大な子守唄であった。
仲間たちが、次々と光の粒子となって、その子守唄の一部と消えていく中、ただ一人、その全ての記憶と、全ての旋律を受け取り、永劫の時の中、封印が綻びないかを見守り続ける役目を負った者がいた。
彼女の名は、セラフィナ。仲間たちの命の唄が、いつか弱まる日を聴き続ける、「最後の守護者」である。
そして今、数千年の時を経て、子守唄は、弱まり始めている。
不協和音が、再び世界に、その冷たい指を伸ばし始めている。
だが、絶望の中、一つの新しい産声が上がろうとしていた。
世界を、再び調律する、新たな「始まりの唄」が。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる