36 / 79
お使い⑤
大人でも湖に入れば、最悪溺死する場合があり、湖の入水は基本禁じられている。そういえばリエトが湖に入った理由を知らない。知らない事だらけだと気付くが、抑々何でも話し合える間柄ではないのだから当たり前、とベルティーナは薬剤師の家の前で抱き。頭からリエトを一旦消して目の前に集中した。
丸い鋼に目と口が描かれ、あっかんべえをしている舌のドアノックを叩くとすぐに開いた。中から出て来たのは妙齢の女性。濃い茶色のボサボサ髪を一つに纏めており、服装はとても綺麗だった。ベルティーナが声を発する前に「イナンナから聞いてるよ、入りな」と中に通された。
「イナンナから頼まれている精神安定剤はこれだよ」
見せられたのはガラス瓶に入れられた濃い緑色の薬。見るからに苦そうで飲む気が失せる。
「この精神安定剤を飲ませれば、魅了を解いた人の精神を壊さずに済むのですか?」
「ああ。但し、長期間掛けられた奴には効かない。心の奥底まで浸蝕されると生半可な方法では精神は壊れたままとなる」
「その言い方だと、他に方法はあるように聞こえますが」
「要は本人の精神力に掛かっているのさ」
「精神力……」
その者の精神力が強く、頑丈であれば魅了によって心の深層部分まで浸蝕されても奇跡的に復活出来る可能性がある。けれど殆どの場合、深層部分にまで魅了が染まっているのなら正常な精神を保っている者は皆無と言っていい。
結局のところ、魅了を解いて精神を正常に戻せるのは日数が短い者のみ。
両親の魅了を解いて正常な精神に戻すのはほぼ絶望的。話を聞いたベルティーナは幾分か考え込んだ後、分かりましたと薬剤師から薬を受け取った。
「ところでお前さん、アンナローロ公爵のお嬢かい?」
「父を知っているのですか?」
「ああ。十八年前くらいだったかな、イナンナからわしの事を聞いて王都から態々やって来てね」
十八年前、母は双子の姉妹を出産し、内最初に産まれた女の子は既に死んでいて、後から産まれた女の子は死の淵を彷徨うも奇跡的に回復した。
出産時の無理と娘を一人亡くしてしまったショックから、産後の経過が悪く精神的に参っていた母と体が弱くすぐに体調を崩すベルティーナと名付けられた娘を助けたい一心で父はイナンナの知り合いである薬剤師の許を訪れた。
妻と娘を健康にする薬を作ってほしいと追い出す前から泣かれてしまい渋々作ったと語られた。
自分に産まれてすぐ亡くなった双子の姉がいたと初めて聞かされ、更に父が自分の為に自ら薬剤師の許を訪れ泣き付いた等と。信じられない話ばかりで瞳が揺らいだ。
「お前さんが信じようが信じまいが事実さ」
「……父が変わってしまったのは、魅了のせいなのですか?」
「あたしは貴族の世界に興味はないから、深くは知らない。けどイナンナからはよく話をされていてね。そのお陰で妙な貴族の客を覚えちまったよ」
「妙な貴族?」
誰かと訊ねるとその名を聞いて戦慄した。
薬剤師が出したのはモルディオ公爵ルイジだった。
何を求めに来たかと言えば、彼は避妊薬を欲していると。
「確か、男性用だったかな」
「男性用?」
ベルティーナはてっきり叔母アニエスに使う物だと予想した。薬剤師から出た言葉に強い疑問を持つ。
確かに男性用の避妊薬だったと答えられ、益々疑問が強くなった。
二人はお礼を述べて店を出た。薬はアルジェントに持ってもらいながら、使用方法について考えた。
「叔母様……じゃ、ないわね。叔母様は女性だもの」
「自分に使う為?」
「どうしてよ、それだと子供が作れな……あ」
ある考えが浮かび、背筋が寒くなった。
「叔母様が……お父様との子を作る為に……?」
「……逆だったりして」
「え」
「アンナローロ公爵の子をモルディオ夫人が孕まない為の」
「お、お父様に!?」
アルジェントの予想外な考えは、避妊薬をルイジではなく父クロウに使ったとなる。
「だって、ベルティーナとクラリッサの年齢差を考えようよ。二人は二歳差で、アンナローロ公爵夫妻はベルティーナが産まれて以降は子を作っていないじゃないか」
薬剤師の話が事実なら、二度目の妊娠で双子を授かり、双子の内一人は死亡、出産を終えた妻の容態が悪いとなれば、三度目の妊娠は躊躇する。
それはきっとアニエスの耳にも入り、アニエスの耳に入ればルイジの耳にも入る。
妻が実兄と仲睦まじくするのは良くても、子作りについては反対だったのなら、クロウに何らかの方法で避妊薬を仕込みアニエスが孕まないよう細工するのは造作もない。
避妊薬の仕込み方法だって、アニエスに健康に良いお茶だと言ってクロウに飲ませればいいだけ。
そうなればクラリッサは父と叔母兄妹の子ではなく、モルディオ公爵夫妻の子となる。
「アルジェントの考えが当たっていたら……む、無理よ、信じられない」
「あくまで予想だから何とも言えないけど……。優しい見た目に反して、モルディオ公爵の中身は正常者では太刀打ち出来そうにないかもね」
「どうやって相手をするのよ」
「頭の中を空っぽにするか、それとも相手と同じように気が触れれば良いのかも」
「お断りよ」
精神を狂わせてまで真っ向から相手をしても此方に返還される利益は果たしてどの程度か。立ち向かえば大きなダメージを受けるのは此方側。ルイジに触れるのは一番最後にしましょうとし、まずは精神安定剤を入手したとイナンナに連絡をするのが先。
アルジェントに頼み、大聖堂にいるイナンナ宛で魔法の光によって生み出された伝書鳩を飛ばしてもらったのだった。
あなたにおすすめの小説
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。