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22話 フィデスの来訪②
お前の婚約者になるお方だとミゲルの肖像画を父に見せられた際、決して不興を買うな、亡き母がお前の為に用意した縁談を無駄にするな、等。ミゲルに相応しい婚約者であれと念押しし続けた父がミゲルに対しそのような発言をしていたと聞かされたフィービーの胸中は複雑極まる。フィービーには理解ある婚約者になれと徹底させ、ミゲルにはウェリタース家全体が婚約を快く思っていない発言をした。
「どうして……」
発せられる第一声はこれしかなかった。
「一つ口を挟んでも?」とオルドー。
「どうしたの」
「ゴーランド=ウェリタースはミゲル=アリアージュとダイアナ=ローウェルの関係をただの幼馴染であって男女の情はないとフィービーに刷り込ませているが、彼自身が幼馴染と言えど男女の情が生まれるのは自分の妻とクリストファー=ローウェルの件で知っている筈だ」
どうしてミゲルとダイアナに限って男女の情は生まれないと言い切れるのか、というのがオルドーの疑問。フィービーも同じ疑問を抱いた。亡き母ダイアナとクリストファーは両想いで婚約寸前までいった。それを現ローウェル公爵夫人レティーシャが当時皇太子妃の姉を使って無理矢理クリストファーと婚約を結んだことによって破綻。フィデスの話が事実なら、クリストファーだけではなくダイアナも傷付いた。
「第一、フィービーをミゲル=アリアージュに嫁入りさせたくないなら、何が理由だ」
「分かれば苦労しないよ。ただ、ミゲルの予想じゃ、侯爵はフィービーをウェリタース家から出したくないというのが本音だろうって」
ウェリタース家は兄ミリアンが継ぐ。フィービーもジゼルも何れは何処かへ嫁いで家を出て行く。これが貴族の娘の未来。どれだけ良縁を結べるかは本人は勿論、親の努力にもよる。
ただ、納得した部分はあった。
「お父様がミゲルとダイアナ様の関係を非難しなかったのは、私をアリアージュ家に嫁がせる気がなかったからなのですね」
「フィービー」
「お父様の真意は分かりません。フィデス司祭に話を聞く前なら、嫁ぐ先を無くした私を役立たずの娘だと罵るだけだろうと考えました。今は……分かりません」
仮にフィービーがミゲルと婚約破棄になってしまっても次の縁談を探すのが通常。フィービーをミゲルに嫁がせる気のなかった父の真意は不明であれど、ウェリタース家に縛り付ける気なら次の縁談はきっと探さなかった。ダイアナと瓜二つのフィービーを屋敷に留めて置くことが理由なら……身震いを起こした。
心配げな声色でオルドーに呼ばれたフィービーは、母の代わりとして屋敷に置きたいのが理由では、と考えたことを述べた。
「私をお母様にそっくりなだけでお母様ではないと否定しておきながら、ミゲルと婚約破棄になった私をお母様の代わりにしたいと考えているんじゃ……と考えた辺りで寒気を起こしてしまいました」
「有り得ない話じゃないだけにうすら寒いな……」
「お母様をよく知るサンディスのお祖父様やお祖母様と偶に会う時に間違えられることが何度かありました。お父様がお母様恋しさに私を屋敷に留めておきたいなら、ミゲルとの関係に悩む私を責めるだけで助けなかったのは一応の納得がいきます」
納得しても理解に苦しむ。
フィービーはこの際だからとずっと抱き続けて来た疑問をフィデスにぶつけた。
「フィデス司祭。ダイアナ様の病についてフィデス司祭は何か御存知ですか?」
「と、いうと?」
「……私とミゲルがデートをする当日や前日になってダイアナ様が熱を出したり、容態が悪くなるのはどうしてと疑問は抱いていました。ミゲルにだって訴えました。だけどまともに取り合ってくれませんでした。私が知るのは、生まれた時から病弱ということだけです」
「私も同感だ。ミゲルにもきつーく言っておいた。ただミゲルは、一種のトラウマを抱えてる」
「トラウマ?」
それはミゲルがお見舞いに来なかったせいでダイアナが死の淵を彷徨ったこと。一度や二度の話じゃない。ミゲルが断ったことがあったこと自体知らなかったフィービーは瞠目した。フィービーの知るミゲルは、必死に引き止めるフィービーの手をそっと外してダイアナの許へ行ってしまう。
「ダイアナが自分のせいで死に掛けた負い目があって強く出れなくなったんだ」
「そんなものローウェル家が娘の体調をしっかりと管理していないせいだろう。他人に押し付けるのは、甚だ間違ってないか?」
「オルドーみたいに考えられるならミゲルだって苦労しなかったろうね」
幼馴染と言われるだけあってミゲルとダイアナは物心つく前から交流があり、恋心がなくとも幼馴染が死に掛けたのが自分のせいなら心に暗く重く残ってしまう。
「叔父上。僕もダイアナ=ローウェルの病気について疑問を持ってる。ダイアナ=ローウェルの病気は、僕が幼少の頃罹っていた病気と同じじゃないか?」
「オルドー様と同じ?」
「ああ。今はなんてことないが、僕も幼少期体が弱く、常にベッドの上にいた。幸い僕の罹った病気は既に特効薬が開発されていて、定期的に摂取し続ければ成人を迎える頃には普通と変わらない健康な体を手に入れられる。もしもダイアナ=ローウェルが僕と同じ病気なら、特効薬で治せる筈なんだ」
ダイアナの病気は原因が解明されておらず、オルドーの言うような特効薬が見つからない。というのがフィービーでも知ってる情報だ。
「あの……」と発したフィービーは、公式行事や夜会でクリストファーだけではなくレティーシャにも必ず絡まれる旨を話した。クリストファーと違ってレティーシャは明確な敵意をフィービーに向けている。
自分の考えが外れていてほしい一心でフィービーは語る。
「ローウェル公爵夫人が私を忌々しく思うのは、公爵の想い人である母に瓜二つなのが理由だとしたら、ダイアナ様が好意を抱いているミゲルの婚約者である私が気に喰わないのは当然です」
「うん」
「それで……ミゲルが病弱なダイアナ様を見捨てられないのを逆手に取って、私とミゲルが会う日に合わせてダイアナ様の容態を故意に悪化させていた、なんてことはありませんか。若しくは、本当にダイアナ様の容態が悪くなっているのにミゲルが会いに来るまで薬を与えない……とか」
フィービーが語るのは憶測であって確固たる証拠はない。にも拘わらず、真実味が強いのはフィデスとオルドーが同じ考えを持っていたせい。毎回毎回フィービーとミゲルのデートに合わせて熱を出すのは不可能。人為的に例を挙げるなら毒を使われている。若しくは、フィービーの言った通り実際にダイアナに熱が出て、ミゲルが会いに来るまで態と薬を与えていない可能性もある。
「フィービーの予想は多分どちらかが当たっている気がしてならない。だが、仮にそうだとして、レティーシャ=ローウェルの目的はなんだ」
「一つ言えるなら、フィービーをフィービーではなくダイアナとして見ているのかもしれない」
社交界ではローウェル公爵夫妻の仲の良さは有名である。けれど、それはあくまで人目のある場所でだけ。
「クリストファー君がレティーシャと婚約させられた時、良くない方法だが白い結婚に持ち込んで三年で離縁する作戦を私は提案した」
例え結婚しても白い結婚を貫けば離縁する理由になる。性交しない理由をクリストファーは全て自身にあるとした。
「レティーシャはクリストファー君に愛されてないとビアトリスに泣き付いたことがある」
「ローウェル公爵はそのせいで皇后陛下に叱責されてしまったのですか?」
「そう。当時もまだ皇太子妃だったけど。皇太子妃と話を聞いた皇太子まで一緒になってクリストファー君を責めたんだ」
「……」
「二度目になる前に私の耳に入って二人を叱り飛ばした。兄上にも同席してもらった。皇族が貴族の結婚に口を出したせいで一つの縁談を潰してしまった。この非難によって皇族の信頼は大きく失墜していたんだ。それくらいしてもらわないとね」
フィデスだけではなく、皇帝の怒りも食らったビアトリスとリーンハルトは、以降レティーシャが泣き言を言っても慰めるだけでクリストファーを責められなくなった。
フィービーにとって謎に怖い人だが、過去の話を聞いていくと同情が強くなっていく。同じ話をミゲルやアルドルにもしており、二人も同じ反応だったと苦笑された。
「現実は皇帝や皇后の寵愛を良いことに好き勝手する馬鹿が二人生まれているだろう」
容赦のない言葉を使うオルドーを窘めつつ、ジェイドやダイアナが生まれた理由はやはりレティーシャにあるとフィデスは語る。
「白い結婚に持ち込まれるとレティーシャも危機感を抱いたんだろう」
あらゆる手を使ってクリストファーと閨を共にしようとしたレティーシャの奮闘は二年目が終わる頃に成功したらしく、以降のクリストファーは彼の以前を知る者が見ると驚くくらい別人になった。微かな笑みも穏やか面持ちも全て消えた……冷徹さを帯びた仮面を身に付けてしまった。ジェイドやダイアナが生まれると夫婦仲は改善としたと言われ、子供達のことは全力で守り通している。
フィービーが知っているクリストファー=ローウェルの現在は子供が生まれて以降のもの。
「私は思うんだ。クリストファー君は壊れちゃったんだろうね……白い結婚にさえ持ち込めば、ダイアナと結婚は無理でも好きでもない女性と生涯を共にすることはなかった」
「……」
「だとしても、身内の愚行を止めず増長させているのはいただけない。彼の真意が別にあったとしてもだ」
好きな相手とは両想いだったのに横恋慕をされたせいで結ばれなかった挙句、その相手と婚姻させられたクリストファーの心情は想像を絶する。今のクリストファー=ローウェルは何を考えているのか、何を思っているのか。母を深く愛してくれていた人に一種の興味を抱いたフィービーはオルドーに向き、サンディス家に行きたい旨を話した。帝都より北の町と距離が近い。行ってどうするのかと問われたフィービーは視線を逸らさず答えた。
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