悪魔の甘美な罠

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貴方がいないと何もできない2




『魔界』に連れて来られてもう十一年も経つ。
 私は十七才。人間でいうと、成人を迎えるまで後一年。『魔界』では、十六才から成人を迎えるらしい。やっぱり、生きている世界が違うと成人の年齢も異なるんだね。
 人間で聖女の力を持った私を周囲の悪魔は怯え、嫌悪を含んだ眼で見てくる。悪魔の天敵である天使と同じ力を持つ私を怖がっているのだ。私も彼等が怖い。ルーとメリル様はとても良くしてくれる。……魔王陛下はどうだろう。冷たい印象を受ける紺碧の瞳に見つめられるといつも背筋が冷たくなる。ルーに話すと「しょうがないよ。母上以外の相手には基本冷たいから父上は」と言われた。
 確かに、魔王陛下のメリル様を見つめる瞳はどこまでも優しい。そんな魔王陛下に絶大な信頼を寄せるメリル様も愛情深い瞳で見つめる。

 悪魔が住む世界にも朝・昼はある。勿論、太陽もある。聖女教育で学んだ、常に常闇が支配する世界というのは嘘だったらしい。魔王城の中で、日当たりがいいフロアを丸々私とルーに与えられた。
 身の回りの世話をしてくれる侍女はいない。全部、ルーがしてくれる。最初は侍女はいないの? という私の質問にこう答えた。


『必要ある? ミリーちゃんには、俺だけがいればいいのに』
『そういうものなの?』
『そういうものだよ。任せて、食事自体は城の料理人が作ったものだし、部屋の掃除も魔法を使えばあっという間だから』
『私、ずっと聖女としての魔法しか教えられてなかったから、他の魔法を使えるルーが羨ましい』
『俺がミリーちゃんに魔法を教える訳にはいかないからね。基本的に、人間が使う魔法と俺達悪魔が使う魔法は違う。まあでも、気にしなくていいよ。ミリーちゃんは気楽に生活したらいいよ』
『うん』


 魔王城で働く料理人が作る料理はとても美味しく、宣言通り魔法で部屋の清掃をするルーのお陰で部屋はいつも清潔に保たれた。悪魔の中には、不潔なのが好きな種類もいると聞きちょっと引いた。悪魔にもいろんな悪魔がいるのね……。……それは人間も同じよね。
 ただ、最初の頃戸惑ったのはお風呂だった。さすがにお風呂までルーにお世話になるのは出来なかった。恥ずかしい気持ちが大きかったから。でも、気にした様子もなく私はルーに綺麗に洗われた。
 毎日、毎日、毎日。
 隅々まで綺麗にした後、うっとりとした声色で囁かれた。


『早くこの肌を俺だけのものにしたい……』


 正常な判断能力と思考能力があれば、子供が言うには異常な台詞だと思える。
 ルーしか頼る人がいない私には、そんな考えは浮かばなかった。恥ずかしいけどルーが喜んでくれるのが嬉しかった。

 今でもルーに洗われている。寧ろ、抱かれ初めてからはお風呂の中でも抱かれるようになった。浴室なら終わった後すぐに洗えるでしょってルーは言うけど、熱い湯船に浸かったままの行為はいつも頭がふわふわするし、終わった後逆上せて気分が悪くなることが多いから出来れば無しの方がいい。


「ミリーちゃん」


 何となく、昔を思い出していると頭上からルーの声が。
 魔王城にある庭園の長椅子、私はルーの膝の上に座っていた。心地良い風に当たり、温かい彼の温もりを感じてうとうとしていた。


「んん……ルー……」


 眠気と戦いながら顔を上げると、ちゅっと額にキスを落とされた。


「眠いの? 部屋に戻る?」
「ううん……ルーとこのままいる……」
「外はまだ肌寒いから、ここで眠ったら風邪を引いちゃうよ?」
「その時はルーが看病してくれる?」
「勿論。でも、風邪で苦しむミリーちゃんを俺は見たくない。だから部屋に戻ろう? ね」
「んんっ……」


 我儘な子供をあやすように言うルーは私を抱き上げると長椅子から立ち上がった。今日は天気もいいし、日向ぼっこでもしたいなとお願いしたら庭園に行こうと連れて来てもらった。『人間界』の自然界では決して咲かない青い薔薇を見るのが大好き。青い薔薇は魔王の魔力によって咲き誇るとルーは教えてくれた。
 ルーに抱かれたままうつらうつらとしていると不意にルーが話を始めた。


「そういえばね、ミリーちゃん。ミリーちゃんの婚約者だったあの第一王子様、来年成人を迎えると同時に結婚するんだって。あ、今は王太子になってるんだっけ」
「ん……」


 第一王子様……半年だけ婚約者だったスノー殿下。
 初めて会った時から好意とは真逆の感情を抱かれ、半年だけとは言え会ったのはたった二度だけ。顔合わせの日と不明な呼び出しの日。あの二度しか、スノー殿下とは会ってない。

 ふと、私は眠いながらもルーを見上げた。


「ねえ、ルー。私がいなくなった後、スノー殿下の婚約者って誰になったのかな?」


 ルーが知る筈もないのについ気になって聞いてしまった。


「ミリーちゃん。君が只の好奇心から言っているのは分かってるけど、俺の前で他の男の名前を口にするのは良くないな」


 急に機嫌が悪くなったルーの声を聞いて眠気が吹き飛んだ。パッと見上げると私を見下ろす炎に燃える赤い瞳が不機嫌な色を浮かばせていた。


「ご、ごめんなさい、ちょっと気になって」
「……俺がこんな話をしたから気になったのは分かってるけど、ミリーちゃんの口から俺以外の名前が出るのすごく嫌」
「ごめん……なさい……」
「だからね? ……ちゃんと、ご機嫌取り、してくれるよね?」


 不機嫌な色をしていた瞳から一転、拒否権は認めないという絶対的支配者の色を浮かべたルーに身体の奥が疼いた。

 部屋に入ると隣の寝室まで行き、私を大きな桃色の天蓋付きのベッドの上に寝かせた。覆い被さったルーがごろんと横になった。


「やっぱり、ご機嫌取りはまた後にしよう。今はミリーちゃんのお昼寝に付き合うよ」
「ルーも寝てくれるの?」
「俺一人起きていても退屈だからね」
「じゃあ……手を繋いだまま、眠ってもいい?」


 本当はさっきの不機嫌なルーの瞳を見て眠気は吹き飛んで行ったけど、手を繋いだまま瞳を閉じたらすぐに眠れるから。すると、手を繋いだと同時に片手で抱き締められた。


「こうやって抱き締めて、手を繋いで眠った方がミリーちゃんは安心するでしょう?」
「うん。ルーは温かくていい香りがするもん」
「ミリーちゃんもだよ。さあ、眠ろう」
「うん。お休み、ルー」
「お休み、ミリーちゃん」


 もう一度、額にちゅっとキスを落とされた。それが合図となり、私の意識は瞬く間に落ちていった。


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