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心に負ったもの1
「ミリ、ディアナ……?」
驚愕の色に染まった紫水晶が限界まで見開かれ、震える口から発せられた声は十一年前聞いた声よりも低くなっていた。純白の髪を右耳の下から尻尾みたいに垂らす所は変わっていない。あの時よりも、ずっと身長も伸びて、少年から青年へと成長したスノー殿下。私はルーの背にしがみついたまま、無意識にスノー殿下の名を口にした。
ヘーリオス王国の家紋が刻まれた鎧を纏う数人の騎士が一斉に槍を私達に向けた。ひ、と声にもならない悲鳴を上げるとスノー殿下が「待て!」と騎士達を牽制して前に出た。
これから何が起きるか分からない私はルーにしがみつく事しか出来ない。そんな私をルーは安心させるように手を握ってくれた。
「……本当に、ミリディアナなのか?」
私は十一年前死んだ事になっている。死んだ筈の人間が生きて目の前にいたら、誰だって信じられない。確認のように訊ねるスノー殿下にどう答えたら良いか迷っているとルーが先に口を開いた。
「いきなり部屋に入って来るなり武器を向けるって、一体何なの? 一般市民に理由もなく武器を向けるのがこの国の騎士なの?」
皮肉をたっぷり込めた言葉にスノー殿下は眉を寄せた。
「触れ込みがあった」
「触れ込み?」
「此処に、魔王の息子がいると」
「へえ? で、その魔王の息子が俺? 証拠は何?」
ルーは一見普通の人間にしか見えない。魔法を使えば、使用する魔力が悪魔のものと知れるので『人間界』では極力魔法は使わないと来る前に教えてくれた。それよりも、スノー殿下の言った“触れ込み”というのが気になる。
「証拠は、そこにいるミリディアナだ」
「え」
私? 私がルーといるから、ルーが魔族だとバレたの?
「理由にならないな。何故彼女がいるだけで、俺が魔王の息子になるのさ」
「彼女は十一年前、悪魔に殺された。……それも、とても残虐な悪魔に。あの時の遺体の損壊は酷いものだった」
「……」
痛ましげに歪んだスノー殿下の顔。ルーは、私が逃げ出したのではなく、悪魔に殺された風を装ったと言っていた。聞いても気分の良い物じゃないと話したルー。ルーの言った通りなのか、スノー殿下は振り払うように頭を振り、敵意が籠った紫水晶でルーを睨んだ。
「お前が魔王の息子なのは事実だろう? ヘーリオス王国の聖女が神の予知を受け取ったと、そう言っていた。此処に来れば、十一年前殺された筈のミリディアナがいて、側には魔王の息子がいると」
「神の予知? ミリーちゃんは習った?」
「う、ううん、知らない」
聖女教育で神の予知なんて聞いた事ない。私が否定するとスノー殿下は「無理はない」と頷いた。
「聖女が神の予知を受けれる様になるには、ある程度の年月が必要となる。聖女教育を半年しか受けていないミリディアナが知らないのは当然だ」
「へえ? でも可笑しいな。俺が入手した情報じゃ、君の新しい婚約者が聖女に目覚めたのは半年前だと聞いているよ? なら、ミリーちゃんと同じじゃない。何故彼女はそれを受けられるの?」
「やはりアリアの事を調べていたか……。悪魔に教える義理はない」
「そう。まあ、そりゃそうだ」
私とアリア様。
伯爵令嬢と公爵令嬢。
貴族位の違い?
それとも――スノー殿下に……見向きもされなかった私では、最初から聖女になるなんて無理だったの?
「あ……」
私の手をルーが握ってくれた。不安げに見上げるといつもの綺麗な微笑みがそこにはあった。
「大丈夫だよミリーちゃん」
「うん……」
ルーはスノー殿下達の方を向いた。
「それで? 君達はこの後どうしたいの?」
「知れた事。お前を消し、ミリディアナを取り戻す」
「っ、あ、はは! 取り戻す? 面白いねえ王子様。君はミリーちゃんを疎んでいたのに取り戻すって何?」
十一年前の、冷たく無機質な瞳が思い出される。たった一人住まいを王城に移され、初めて会った婚約者には突き放され、厳しいだけの王妃教育と聖女教育に明け暮れた日々。助けてくれる人はいなかった。私の話を聞いてくれる人はいなかった。世話をしてくれる侍女は皆、スノー殿下に嫌われている私に最低限の世話しかしなかった。
このまま、好かれてもいない人の妻となって、王妃として、聖女として、ヘーリオス王国の為に一生を捧げなければいけないのかと思うと悲しくなった。
ずっと泣いていた私に手を差し伸べてくれたのが――悪魔。魔族で、魔王の息子であるルーリッヒ。ルーだけだった。
ルーがいなかったら私の心は死んでいた。誰にも見向きもされず、課せられた事を淡々と処理するだけの日常を送っていたかもしれない。
スノー殿下に冷笑したルーは私を前に出すと後ろから抱き締めた。
スノー殿下の顔が酷く歪んだ。
「どの口が言っているの? ミリーちゃんは、唯一心の拠り所となる筈だった婚約者に冷たく突き放されて、家族に手紙を送っても会いにも返事も寄越されず、一人ずっと泣いていたんだ。それを今更取り戻す?」
――馬鹿は寝てから言え
放たれた言葉には魔力が宿っていた。急激に殺気に満ちた室内。騎士達の緊張が高まり、スノー殿下も警戒を強くした。背後にいるルーを見上げようとしても、頭に手を乗せられて動かせない。今のルーはとても怖い顔をしている。
けど、ルーの言う通りだ。第一、私を取り戻してどうするのだろう? 聖女はもう一人いる。魔族に身も心も囚われている私に利用価値があると思っているのか。
「……あの時は本当に申し訳ないと思っている。自分でも、何故ミリディアナを突き放してばかりだったのか、未だに分からないんだ。
ずっと……会うのを楽しみにしていた筈なのに」
「……え」
ポロリと漏れた声にどんな感情を宿したのか、発した自分自身が分からなかった。
後悔の染まった苦しげな表情のまま、スノー殿下は私の目を真っ直ぐと捉え離さなかった。
「アクアローズ伯爵家から届いたミリディアナの肖像画を見て、私は一目で君に恋をした」
「……」
「六歳になって初めて会った時、肖像画に描かれている以上に純粋で美しい君に言葉を失った。私もあの時はとても緊張していた。君に何を話したらいいかと」
当時の記憶を掘り起こす。
緊張が強かったのは私も同じ。でも、スノー殿下は睨むように私を見ていて、先に話し出したと思えば――
『婚約者だからと言って、あまり私に馴れ馴れしくするなよ。所詮、聖女だから王子である私と婚約を結ばれたに過ぎない令嬢なのだからな』……無理矢理結ばれた婚約が嫌で嫌で仕方ないと言わんばかりだった。
私が何を思い出したか悟ったスノー殿下は「違うっ」と声を上げた。
「あれは私の意思で言った言葉じゃない。勝手に声が出たんだ。あんな事を言うつもりはなかった」
「はあ……アホらしい」
溜め息を吐いたのはルー。吃驚して「ルー?」と呼ぶと頭の天辺に暖かい何かが触れた。
多分、ルーがキスをしてくれた。
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