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意固地になっていった
しおりを挟むどうしたのものか、と。
夕食を終え、家族3人の貴重な団欒を味わった後、書庫室に入ったシトロンは本を探すでもなく壁に凭れた。
今日、国王リチャードから急な登城要請を報せに遣いの者が伯爵邸を訪問した。厳密に言うとクイーンが国王を使ってシトロンを呼び出した。只ならぬ気配を感じたシトロンは早急に準備をし、使者と共に登城した。
時間が惜しかったので転移魔術を使った。高度な転移魔術を軽々と使えるシトロンを使者は尊敬を込めた眼差しで見つめていた。
王の執務室に入ると、クイーンが人払いの魔術を貼った。室内には国王リチャード・クイーン・シトロンの3人だけとなった。
毛先にかけて青が濃くなる髪や空色の瞳はヒンメルと同じ。歳を取っても尚、女性達を夢中にした美しさは衰えを見せておらず。常に王としての威厳に満ち溢れたリチャードはシトロンを見るなり顔を覆った。
何かあったのかと駆け寄るとリチャードは顔から手を離した。
「さっきまでおじ上と話していてな」
ヒンメルにとっても、リチャードにとっても、クイーンはかなり遠いおじになる。公の場ではホーエンハイム公爵と呼ぶが、私的な場面だとこうして“おじ上”と呼ぶ。
「おじ上がラフレーズ嬢の恋人になったらしい」
「……は?」
放たれた言葉はシトロンを放心とさせるのに、十分な威力を持っていた。
恋人? 娘には婚約者がいる。
相手はクイーン? 年の差があるものなんてじゃない。
何度も瞬きを繰り返したシトロンは、喋れるようになるとクイーンへ向いた。
「……何故、そのようなことに」
「恋人に夢中なヒンメルを見返してやりたいんだとよ」
「それは、また、なんというか」
「伯爵。リチャードに言っても何も話してくれなくてな。お前もヒンメルとファーヴァティ公爵令嬢が恋人になった理由を知ってるだろう?」
「それは……」
チラリと国王を一瞥し、首を振られた。
話してはならない、と。
肩を竦めたクイーンは頭をガシガシと掻き、リチャードを呼ぶ。
「リック。ラフレーズが可哀想なのもあったし、ヒンメルに苛ついていたのもあって、恋人になるのを了解した。だが事情があるなら、話すべきなんじゃないのか」
「ふむ……」
ヒンメルが恋人を作った訳、相手がメーラ=ファーヴァティである理由をシトロンは知っていた。国王もそうである。時間は既に半年経過しているが、一向に有力な手掛かりを得られていないのも事実。長期戦になると口にしたのは、シトロンの方だった。表立って被害が出ている訳ではないので、一旦打ち切りにしても良かった。
あれはヒンメルがメーラと恋人になって3ヶ月が過ぎた頃。そういう話を出したのはシトロン。確かにメーラと親しくなり、情報を入手する必要はある。だが、最低限以上に親しくする義務はない。
恋人同士となってもラフレーズとの定期的にあるお茶会やお出掛けはあったものの、帰宅すると毎回暗い顔を見せまいと作り笑いを浮かべる娘を見て心が痛んだ。国の為と自分に言い聞かせながらも、やはり子を持つ父親。子に肩を持つのは当然だった。
『メーラ、彼女が最も有力候補だと賛成したのは陛下や伯爵です。時間との勝負だとも言ったのも伯爵だ。僕はメーラに接触し続けていれば、必ず動きがあると見込んでいる。捜査はこのまま続行。良いですよね、父上』
『良いわけないではありませんか。殿下、確かに私や陛下は、メーラ嬢から情報を引き出せるべく親しくして欲しいと頼みました。しかし、本物の恋人になれとまでは言っていない! あなたにはラフレーズがいるのですよ!』
『っ、ラフレーズならば大丈夫だ。幼い頃から王太子妃教育を施されている。それに学院はある程度身分制度が緩和される。僕が何をしようがラフレーズには関係ない』
『……』
学院は子供達の自立性を育てるのと同様に、小さな社交界と言っても過言ではない。
ヒンメルの言う通り、王太子妃教育が始まってからすっかりと淑女の仮面を身に付けたラフレーズから幼い頃の無邪気な一面は鳴りを潜めてしまった。ただ、伯爵邸では稀に見せてくれた。特に家族団欒としている時は、最も心休まるのだろう。貼り付けていた笑みもなく、体から力を抜いている。
これ以上何を言ってもヒンメルは反論するか、口を閉ざすだけだとシトロンは悟り何も言わなかった。リチャードは感情が読めない顔で両者を見ていた。
それからも何度か苦言を呈するも、言うだけヒンメルは意固地になってメーラとより親密になっていった。
「……おじ上。もう少し、もう少し待っていてください」
「その間にラフレーズは何度傷つくか想像したか?」
「……」
苦い相貌で瞳を閉じたリチャードは、幾分かして瞼を上げた。
「おじ上は、学院に隣国から王子が1人留学しているのは知ってますね」
「ああ。第3王子だったよな」
「隣国にも、既に事情は説明してあるので、ヒンメルとラフレーズ嬢の関係で両国の関係が悪化することはありません」
「俺は誰も隣国との関係なんざ聞いてねえ」
「第3王子も影響を受けているんです」
「……だから、いい加減話せよ」
苛立たしげに声を低め、クイーンが威圧を放つと空間がひび割れる音が響いた。人払いの魔術が術者本人によって砕かれようとしていた。王国最強と名高いクイーンの力は、恐らく大陸最高峰と謳ってもいい。歴戦の騎士であるシトロンでさえ、恐怖を抱いた。
1人、真っ向からクイーンと睨み合うのはリチャードだけ。
「私からは第3王子を見てほしいとだけ、おじ上に言います。恐らく、彼を見ればおじ上なら気付くでしょう」
「ファーヴァティ公爵令嬢と関わりは?」
「……ある意味ではありません」
「そうかよ」
威圧を消し、人払いの魔術を再構築したクイーンは壁に凭れた。リチャードも椅子の背凭れに体を預けた。平然としていてもクイーンに対する恐怖はあったのだ。冷や汗が幾つか流れていた。
腕を組み、左人差し指で右腕を叩いていたクイーンが不意に顔を上げた。
「俺がラフレーズと恋人なのは、そのままでいいな」
「クイーン様。ラフレーズと恋人になるのに無条件という訳ではありませんね?」
「言わねえよ。知りたいならラフレーズに聞け。父親のお前なら、ラフレーズは話すかもな」
「そうですか……」
聞いてラフレーズが話してくれなくても無理に聞き出す真似はしないと決めていた。ラフレーズが知りたい事実を教えられない自分が、娘の事情を無理矢理聞き出すのは筋が通らない。クイーンの言葉通り、全ては語ってはなかったろうがラフレーズは話してくれた。
父として信頼してくれる嬉しさと同時に、父は話せない申し訳なさが押し寄せた。
書庫室の壁に凭れて暫く。本を取ることもなく部屋を出た。私室に入り、隣の寝室に向かい寝台に転んだ。
明日、クイーンは第3王子を見に行くだろう。ラフレーズにも話がいくだろう。
クイーンならば気付く筈。そうすれば、薄々ヒンメルがメーラと恋人になった経緯を知るだろう。
知ったら、馬鹿か、と罵倒されそうな気はしないでもないが……。
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