21 / 45
花祭り―当日―
しおりを挟む花祭り当日。
姿見の前に映る自分をぼんやりと眺めていた。髪は朝から侍女達が張り切ってセットをしてくれた。普段は下ろしているが今日は一つに纏められ、花祭りに相応しい髪飾りが着けられている。ドレスは動きやすい軽い生地を使用されており、黄色でリボンとフリルが程好くある可愛らしいデザイン。メーラの蜂蜜色の瞳と似ているが彼女が着るなら似合うかどうかは微妙なところ。ちゃんとヒンメルが選んで贈ってくれた。箱の中身を見るまで不安であったが嘘は言っていなかった。
「お嬢様! とても似合っていますよ!」
「ありがとう。約束の時間が近いから、もう行くわね」
そろそろヒンメルが迎えに来る時間。ドレスと同じ色の鞄を持ち、玄関ホールへ。
「あれは」
扉付近でメルローが誰かと話していた。ラフレーズが近付いて行くと2人が此方を向いた。
「ラフィ、殿下の遣いの方だ」
「殿下からの?」
「ベリーシュ伯爵令嬢、申し訳ございません。王太子殿下に急ぎ外せない案件が生じてしまい、約束の時間に遅れてしまうと言伝を預かって参りました」
「そうですか……」
そう言われて脳裏に過るのはメーラのこと。まさか、急用とはメーラ? と勘繰るも、疑っては深みを増すだけで抜け出せなくなる。使者やヒンメルを信じよう。
使者にお礼を言い、帰ったのを見届けてからメルローに向いた。
「どうするラフィ。殿下が来るまで待っていようか?」
「そうですね。そうします」
王妃が贈ったのではなく、自分が贈ったのだと断言し、信じてほしいと訴えたヒンメルなら急用が終われば来てくれる。
メルローと場所を移し、ヒンメルが来るまでサロンで時間が流れるのを待った。
……約束の時間から既に2時間が経った。あれから使者は来ていない。ヒンメルでもある。心配になったラフレーズは王城へ向かった。メルローも着いて行くと言われるが1人で行けると断った。城の前に着くと丁度クイーンと出会った。
礼を見せようと顔を下げる前に見えた呆けた面に疑問を抱き、クイーンを呼ぶと驚きの言葉を聞かされた。
「ラフレーズ? お前こんな所で何をしてるんだ?」
「殿下に急用が出来て遅れると使者に連絡を頂いて、2時間くらい経っても何もないので直接殿下に会おうと……」
「……は?」
「……」
何だか嫌な予感がする。
「……ヒンメルなら、待ち合わせ場所がベリーシュ伯爵邸から街の噴水広場になったからともうかなり前に向かったぞ」
「なっ、それは」
「伯爵家からの使者だと。おれもいたから知ってる。……あんのババア」
「……」
ならば、ベリーシュ伯爵邸に現れた使者は一体……。最後クイーンが何を言ったかラフレーズには聞こえなかった。急いで噴水広場に向かわないと。急に手を掴まれた。誰かと思わなくてもクイーンしかいない。
「飛ぶぞ」
「え――」
何が、と聞く間もなく景色が王城前から噴水広場に変わった。転移魔術で一気に場所が変わった。呆然としていると額を人差し指で小突かれた。
「いた!?」
「呆けてる場合か。ヒンメルを探すぞ。あいつもあいつでラフレーズが来ないならどうして連絡を寄越さないんだか」
「クイーン様、殿下の許に来た使者は本当にベリーシュ伯爵家を名乗っていたのですか?」
「ああ。ただ、お前の所に行った使者も怪しいな。とりあえずヒンメルを探すぞ」
「はいっ」
ラフレーズが2時間も待ったなら、ヒンメルも同じ時間を待ったろう。
……来ないと思われたのかもしれない。今の自分とヒンメルは非常に微妙な関係だから。箱の中身を見て、ヒンメルではなく王妃からだと思い来なくなったのだと。
クイーンの言う通り、連絡くらい飛ばしてくれてもいいものを。
2人で付近を探すがヒンメルの姿はない。何処かの店にでも入っているのか、と最初に目に入った雑貨店へ足へ向けた。ら、ドアベルが鳴り扉が手前に動いた。毛先に掛けて青が濃くなる銀髪の男性と目が合った。空色の瞳が見開かれる。扉を開けたまま男性――ヒンメルは一瞬固まるも直ぐにラフレーズの許へ駆け寄った。
「ラフレーズ……良かった……来ないのかと思った」
「殿下……申し訳ありません」
少しでもメーラと居たと抱いていた自分が恥ずかしくなった。噴水まで歩いて行き、遅れた理由を話した。全てを話し終えるとヒンメルは険しい顔付きで考え込んでいた。
「……ベリーシュ伯爵邸に来たという使者と僕の所に来たベリーシュ伯爵家からの使者。恐らく同一人物だろう」
「何故、殿下や私に嘘を……」
「誰かの差し金だろう。いや、心当たりがある。そういえばおじ上に送ってもらったらしいがおじ上は?」
「あれ、そういえば」
ヒンメルに会えたは良いものの、此処に連れて来てくれたクイーンがいつの間にか消えていた。辺りを探っていればひらひらと1枚の紙切れが2人の前に。ヒンメルが掌で受け止めると文字が浮かび上がった。
“2人楽しんで来い。後のことは気にするな”
「クイーン様からです」
「おじ上は誰の仕業か気付いたのか……」
「殿下? 殿下は誰なのか心当たりが?」
「……いや。今は花祭りを楽しもう。大分遅れてしまったがまだ時間はある」
「そう、ですね」
どこか釈然としないがヒンメルの言葉には一理ある。差し出された手を握った。
待っている間連絡を飛ばさなかった理由を聞きたいが、それだと疑っていたと見破られ何をしていたか聞けなかった。
先程ヒンメルがいた雑貨店に入店した。若い女性向けな店で可愛らしい小物が沢山置いてあった。
「ラフレーズが来るまで辺りの店に入っていたんだ。此処はラフレーズが好きそうな物が沢山ある」
ヒンメルの言葉通り、可愛い物好きなラフレーズは夢中になった。今日は花祭り当日なので花に関連した品が多い。
(母上……っ、邪魔をしてまでラフレーズが気に入りませんか)
今回ヒンメルとラフレーズの許に来た使者は王妃の回し者だろう。
最初にラフレーズが王妃や王妃付の侍女や使用人から嫌がらせを受けていると気付いたのはヒンメルだった。ヒンメルがいる時は王太子妃になる令嬢でラフレーズ以上の令嬢はいないと言いながら、陰ではラフレーズが仕返し出来ないのを良いことにあることないことで罵倒し続けていた。勘違いだと信じたかったがこっそりと盗み見た場面で真実だと突き付けられた。ベリーシュ伯爵家を馬鹿にされても、自分自身を馬鹿にされても、時に紅茶を頭から掛けられても。膝の上に置いた手を強く握り絞め、耐えていたラフレーズの姿が痛々しかった。
だがヒンメルが助けても王妃はのらりくらりと逃げて別の方法でラフレーズを虐げようとする。先日、城の前でラフレーズが王妃に罵倒されている場面を見つけ、父に助けを求めた。自分が行くより父の方が権力を持って助けられる。
王妃がラフレーズを気に入らない理由。父なら知っているかもと訊ねた。
そして聞かされた。理由はとても下らなかった。ラフレーズは何も関係ない。母の捨てられない嫉妬心から生まれた差別だった。
クイーンが残した紙切れから察するに、王妃の件はクイーンが対処をするのだろう。女相手だろうが一切容赦しない。
(今は花祭りを楽しもう)
心のどこかではラフレーズは来ないのだと諦めていた。きっと、贈ったドレス類を王妃からだと勘違いされ、呆れられ来ないのだと。
今日はこれ以上の邪魔は御免だと、紫の花のバレッタを見つめ考え込むラフレーズに話し掛けた。
345
あなたにおすすめの小説
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる