まあ、いいか

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思考回路の一致②

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 ヴィルに抱えられたまま逃げるジューリアは次から次へと起こる事態に頭が追い付かなくなっていた。皇帝直属の魔法使いの一人、ブランシュの肉体を乗っ取ったヴィル達四兄弟の父ヘルトが姿を現し、危険を察知したヴィルがヨハネスとジューリアを連れて地下室を逃げ出した。ネルヴァを一人置いて行っていいのかとジューリアが叫んでもヴィルは構わず走り続けた。大人のヴィルを見ていた期間は極短く、大半を子供姿のヴィルと過ごしていたけれど、明らかに焦りを見せているヴィルを見るのは初めてだった。それはヨハネスも同じなのか、顔を青褪め弱弱しい声でヴィルを呼ぶ。

 地上に戻れば、多数の騎士達が待ち構えていた。再度ヨハネスがヴィルを呼ぶと今度は応えた。


「弱気になるな」
「だ、だってっ、無理だよ」


 全員生気のない虚ろな眼をしていた。十中八九操られている。
 ヴィルもヨハネスも罪を犯していない人間を殺せない。分かっていて人間を多数寄越したのはヴィルとヨハネスを追い詰める為。魔力操作を習い始めたばかりのジューリアでは地下の様子を探るのは不可能で、ヴィルに聞いても答えはない。ギュッとヴィルの服を掴むと自分を抱く腕の力が強まった。


「ヨハネス」
「な、なに」
「お前逃げ足だけは自信あるだろ」
「なにさ急にっ」
「俺が時間を稼いでいる間にジューリアを連れて逃げろ」
「なっ」


 絶句したのはヨハネスだけじゃない、ジューリアも同じ。ヴィルに下ろされたジューリアは強く首を振った。


「だ、駄目! ヴィルも一緒に逃げよう!」
「相手が悪魔か、天使なら問答無用で殺せた。が……相手はただの人間。俺達神族は罪を犯していない人間を殺せないのはもう知ってるでしょう? ブランシュあいつは、それを分かってて洗脳した人間を多数こっちに寄越したんだ」


 殺せなければ傷もつけられない。力を取り戻し、元の姿に戻ったと言えど、まだ半分しか神力は戻っていない。戦えないジューリアとヨハネスを連れたまま、多数の人間を相手に——それも無傷で——対応が無理なのだ。言葉にしなくても伝わるヴィルの心情を察したジューリアは泣きそうになるのを堪え、未だ戸惑うヨハネスの手を握った。


「行こう……甥っ子さん。私達がいたらヴィルの邪魔になっちゃう」
「……うん」


 今此処で喚ていも事態は好転しない。一人でも生き残って宿にいるリゼル達と合流し、助けを求めないとならない。不安と心配が織り交ぜた銀瞳がヴィルの後姿を見つめてもヴィルは振り向かない。袖で涙を拭ったヨハネスは一旦手を離してジューリアを抱き上げた。一気に駆け出したヨハネスに強くしがみつくジューリアは、一斉に動き出した騎士達に悲鳴を上げた。


「耳元で叫ばないでよ!」
「ごめんっ、でも……!」


 ヴィルに襲い掛かる、自分達を追い掛ける二手に綺麗に分かれた集団を見てしまうと叫び声だって上げたくなる。追い掛けて来ているとジューリアの言葉で知ったヨハネスは速度を上げた。先程ヴィルの言っていた通り、逃げ足だけは自信があったようだ。ヨハネスの速度は前世ジューリアが知っている陸上競技者と同等かそれ以上なのに、追い掛けて来る騎士達はヨハネスの速さに即座に対応し、速度を上げてきた。


「ねえ! 城の中って詳しい?」
「全然分からない!」


 第二皇子の婚約者と言えどあくまで形だけ、皇后主催のお茶会は庭園で行われた為、城内の間取りをジューリアは全く知らない。このまま空を飛んでしまった方が早いと抱くも、今空を飛んでは格好の的になるだけとヨハネスは答えた。意外にもヨハネスの方が冷静な思考を持っていると感心し、あ、とジューリアは閃いた。


「なに!?」
「前を向いてて!」


 後ろを迫る相手にするならヨハネスに被害はいかないと自信を持ち、自分で使える魔法……といっていいのか不明な技を騎士達に放った。
 魔力を放出しただけの眩しい光は予想通り騎士達の目を一時的に潰し、足の動きを止めた。ジューリアが騎士達を足止めしたと解ったヨハネスは更に速度を上げて距離を離して行った。

 暫く走り続けたヨハネスが到着したのは温室だった。
 ジューリアは地面に下ろされるとその場に座り込み、荒い呼吸を繰り返すヨハネスの背をそっと撫でた。


「大丈夫……?」
「はあっ……はあっ……」
「水がないか探してくる」


 広い温室に人の気配はない。植物に使う用の水がどこかにあると踏んだジューリアは周囲を警戒しながら水を探しに行く事に。その間、ヨハネスには隠れてもらい、もしも人の気配を感じたらすぐに逃げるよう言づけた。
 城に大きな温室があるとはさすがとしか言いようがない。確かフローラリア家にもあったなと思い出すものの……。


「私は行った事ないや」


 無能のジューリアには入らせないとマリアージュはグラースやメイリンの手を引いて温室へ入った。きっとジューリアが指摘しないと思い出せない、向こうにとっては至極当然な記憶だろう。今回の騒動が終わったらヴィルに帝国の外へ連れて行ってもらう。帝国に、フローラリア家に、ジューリオに一切の未練はない。


「植物ばっかりなのね、ここ」


 花壇にあるのは花や蕾のない植物ばかりで一向にエリアを抜けられない。自分が思っている以上に此処は広いのかと慎重に歩を進める。すると——


「あ」


 暫く歩き続けていると漸く水場を発見した。花壇に植えられている植物が濡れたまま置かれているのを見る辺り、誰かが此処で洗っていたのだと推測。カートに置かれている器を手に取り、井戸の水を汲み上げ器に注いだ。


「誰かが来る前に戻ろう」


 両手に器を持つと来た道へと戻ったジューリアは、壁に凭れて瞳を閉じているヨハネスに水を持って来たと声を掛けた。薄らと開けた瞼の下の銀色は少し微睡んでいてジューリアが行ってすぐ眠ってしまったのだ。


「お水を持って来ましたよ」
「うん……」


 器を受け取ったヨハネスは縁に口をつけるとゆっくりと水を飲んでいく。全て飲み干すと大きな欠伸をして息を一つ零した。


「あんなに走ったの久しぶり過ぎてちょっと眠い」


 何時人が来るか分からない為、のんびりもしていられないがヨハネスに休憩してもらいたい気持ちもある。疲労が少しなくなったのを見計らって一気に街へ戻ろうとジューリアが提案したかけた直後、足音が届いた。
 二人同時に肩が跳ねヨハネスに背に隠されたジューリアは震える体にしがみついた。心臓がうるさくて足音が小さく聞こえてしまうも神経を研ぎ澄ませて音を拾うと一つしかないと気付く。一体誰が来たのか、息を殺し、体を小さくして様子を窺っていれば——予想外な相手が現れた。
 混じり気のない純銀の瞳と髪。ヴィル達と違うのは性別が女性であること。大きく目を見開くと涙を流した女性は感極まった声色でヨハネスを呼んだ。後ろには天使がいる。ミカエルではない別の天使。


「母さん……?」


 やはり女性はヨハネスの母親だった。


「ヨハネス……! ああっ、良かったっ、貴方が無事で」
「か、母さん? なんで人間界に? それよりどうしてここが……」


 強く戸惑うヨハネスを意に介せず、母親は両手を広げて駆け寄るとヨハネスを抱き締めた。
 状況が全く読めずジューリアは女性と天使を交互に見る。
「あの」と声を掛けようとしたら、女性はヨハネスを抱き締めたままこう話した。


「私と天界に帰りましょうヨハネス。これ以上人間界にいたら貴方までヘルト様やセレナ様にどんな目に遭わされるかっ」
「ま、待って! ネルヴァ伯父さんやヴィル叔父さん達がまだ——」

「ネルヴァ様とヴィル様には死んでもらいます」


 必死に請うヨハネスの言葉を遮った女性は敵意を宿した銀瞳でジューリアを捉えた。


「そして、貴女も。ヘルト様とセレナ様の生贄になってもらいます」

  

  

 ——同じ頃。重傷を負い、罪人の中でも重罪人を閉じ込める牢獄に抛り込まれたネルヴァは魔力封じの枷を両手首に嵌められており、ヘルトは再び意識をブランシュに返すと逃げたヴィル達を追うべく牢獄を出て行った。


「あーあ。折角の服が台無しだ。そう思わない?」
「知るか」


 一人だけと思われた牢獄にはもう一人いた。ネルヴァ以上に魔力封じの道具を嵌められた——リゼルだ。
 二人とも全身から出血しているのにも関わらず余裕の態度でいる。


「リゼ君がボロボロになったのって子供の頃以来じゃない? エル君が見たら卒倒するねえ」
「お前もな。身内の情に絆されてその様か」
「まさか。態とに決まってる。リゼ君だって態と捕まったんでしょう?」


 リゼルは何も言わない。無言を肯定と捉えたネルヴァは手首に嵌まる枷を指でなぞっていく。


「リゼ君がいるなら丁度良い」


 額から頬に流れる血を不快そうに袖で拭ったネルヴァは不敵な笑みでリゼルにある頼みを告げた。


「人間を神族は殺せない。だが魔族は殺せる」
「つまり?」
「人間の身体を乗っ取った先代神を殺せるのは——君しかいない」


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