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連載
思考回路の一致③
しおりを挟む人間一人殺したところで魔族は堕天もしなければ心も痛まない。魔界の重鎮として、人間界で生活を送る魔族の影響を考えると本来であれば殺す以外の方法を模索するべきなのだが。現在、完全に頭にキているリゼルにはどうでも良かった。ここにエルネストがいればリゼルを冷静にさせ、人間を殺さない方向へ持っていこうとした。
「そっちは何があったの」
「……リシェルが捕まった」
皇帝直属の魔法使いの一人に、魔法植物を使役する手練れがいた。未熟なリシェルでは拘束されても逃れる術がなく、魔力を奪われるだけではなく全身に傷を負ってしまった。ネルヴァが対峙したことのあるネメシスを退け、すぐさまリシェルを救出したリゼルだったが、二人共魔法植物に拘束されてしまった。
「で、リシェル嬢を助ける為に捕まったって?」
「リシェルが無事ならなんでもいい」
「その魔法使いは?」
「もう死んだ」
リシェルの解放を条件に自身を捕えさせたリゼルは、牢獄に抛り込まれた際、魔法植物を操っていた魔法使いを殺した。
殺したというより、自滅させたのだ。自滅? とネルヴァが聞き返した。
「自滅って? それより、リシェル嬢達はどうしたの」
リシェルとリゼルの二人を捕らえた魔法使い以外に、ビアンカとテミスを治療するミカエルのところにも魔法使いが来た。
「おれを捕えさせた後、もう一人の魔法使いを連れて行けと言ったんだ」
「素直に聞いたんだ。へえ」
感心している振りを装って内心ではリゼルの力と逆鱗による恐怖に屈したのだと嘲笑う。動揺する同僚を説得した魔法使いはリゼルに最大級の魔力封じを施した後牢を出て行った。ネルヴァが抛り込まれるほんの少し前の話だ。
「どうして死んだと解るの?」
「お前を牢に入れた魔法使いが去った直後に感じた。おれの魔力を吸収した植物が暴発したとな」
目の前で愛娘が傷付き悲鳴を上げ続ける姿に激しい怒りが湧き、同調するように魔力も格段に強大になっていった。増幅する魔力を所詮人間が使役する魔法植物の体内では留められない。リゼルやリシェルから奪った魔力を再利用しようとしていたのはお見通しで魔法植物を出現させた瞬間——膨大な魔力に耐えられなかった魔法植物はその場で暴発した。召喚者や周囲にいた者は爆発に巻き込まれ死んだ。
「ミカエル君達のところに来た魔法使いもいたんだ」
「ああ。後で殺す手間が省けた」
「ネメシスっていう魔法使いは?」
「お前が首輪を付けたと言っていたな。一応生かしておいた」
睨まれながら話すリゼルの眼光をものともしないネルヴァ。微弱な神力さえ使えればネメシスに施した術は使用可能で、現時点でネメシスを通して帝国側の内情を見れているなら生きていると把握済み。なのに態々リゼルに話させたのは——ただの暇潰し。
「リシェル嬢はミカエル君達に任せたの?」
「ああ。エルネストの娘とおれが半殺しにした魔法使いを連れ、違う場所に移った筈だ」
「ふむ……ヴィル達は絶対に知らないだろうなあ……」
宿にいるリシェル達と合流しようと必ず戻る筈。ヴィル達三人が無事に外へ逃げていると信じているネルヴァは、この事実をどう伝えるか悩む。
敵を油断させる為に、まだ自身は動けない。リゼルも然り。
「敵側は今どうしている」
「リゼ君の言っていた通り、皇帝直属の魔法使いやその他大勢が魔法植物の暴発に巻き込まれたせいでてんやわんやさ」
『ティア!! コレット!!』
上半身が吹き飛んだ遺体、かろうじて人だったのが分かる程度の肉塊の側の床に手をついて慟哭するのはジューリアの父シメオン。周囲の床は犠牲者の血に染まり、壁や天井には肉片が飛び散り阿鼻叫喚の有様と化していた。
『何ですかこれは!?』
駆け付けたブランシュやもう一人皇帝直属の魔法使いの証たるローブを羽織ったグレーヘアーの女性は、目の前の惨劇に顔を真っ青に染めた。
『シメオン、これは一体』
『ティアが捕らえた魔族の魔力を魔法植物から吐き出させようと召喚したら突然こんなことにっ』
『魔法植物の体内では留めきれず、暴発してしまったということでしょうか……』
無残な肉塊となった同僚を前に項垂れるシメオンもまた重傷だ。意識をブランシュに返している為、今ネルヴァがネメシス越しから見ているブランシュは本人なんだろう、唇を噛み締め俯いた。
『ティアとコレットが魔族の拘束に成功した理由は?』とネメシス。
『確か、拘束した魔族の娘を解放する代わりに自分が捕まるとティアは言っていた。有利なのはティアだったのに、魔族から発せられる圧倒的な殺気と魔力に当てられて従ってしまったと』
『さすが高位魔族、といったところですね』
溜め息混じりに紡がれたネメシスの言葉を誰も否定しなかった。出来なかったが正しい。天使様——ヴィル——が人間が高位魔族を相手取るのは不可能だと語ったのは紛れもない事実。不意に顔を上げたシメオンは天使様の力を借りれないかと呟くとブランシュが頷いた。
ネメシス越しから光景を盗み見るネルヴァはどの口が……とブランシュの台詞を嗤った。
「人間の味方をしてくれる天使様は、全員大ピンチなのにね」
「お前の場合は態とだろう」
「まあね。ヴィルは神力を半分戻した。戦いの経験がなくてもヨハネスは力の扱い方を知ってる。無事にミカエル君達と合流していると信じるよ」
再びネメシスを通して人間達の会話を盗み見るネルヴァであった。
——同じ頃、温室に逃げ込んだジューリアとヨハネスが邂逅したのはヨハネスの母ユリアと主天使キドザエル。ジューリアとヨハネス、二人にとっては偶然でもユリアとキドザエルにとってはそうではない。ヨハネスの神力を辿ったユリアは、我が子を抱き締めながら敵意を宿した銀瞳でジューリアを捉えていた。味方と思い掛けた相手は敵だったと悟ったジューリアが身を強張らせた直後、ユリアの背後に控えていたキドザエルが前を塞いだ。
当然ユリアは非難の声をキドザエルに浴びせた。
「どういうつもり? キドザエル。そこを退きなさい」
「どうもこうもありません。『異邦人』の少女をヘルト様やセレナ様の生贄にする気など、ユリア様と言えど見過ごせません」
「私にとって大事なのはヨハネスただ一人。『異邦人』のその子さえ犠牲になれば、ヨハネスは神の座を降りて自由になれる。邪魔はさせない」
ただヨハネスを迎えに来ただけでなかったと改めて実感したジューリアは前を塞ぐキドザエルを見上げた。
「甥っ子さんのお母さんを止める方法ってありますか……?」
「あったらとっくに使ってます」
「ですよね……」
「ユリア様はもう止まれないのです。アンドリュー様を手に掛けてしまった為に……」
「え……!?」
アンドリューは四兄弟の次男の名でヨハネスの父。母を見るヨハネスは小さな声で「嘘だ……」と呟くも事実だと突き付けたのはユリア自身。
「本当よ。此処に来る前、アンドリュー様を襲った。安心して、死なないように手加減はした」
死んだと誤解されたと感じたユリアがアンドリューの生存を告げるがヨハネスは大きな声で否定した。
「そんな問題じゃない! なんで父さんを襲ったの!?」
「ヨハネス聞いて、アンドリュー様は貴方を天界に連れ戻したらより厳しい教育を課そうとしているの。貴方がどうして人間界へ逃げたかアンドリュー様は全く理解していないっ」
「だからって父さんを襲うのは違うだろ!」
「ヨハネスっ!」
自分がなりたい神の理想を押し付けられている、ヨハネスが一番よく知っていた。厳しい教育に泣いて逃げたのは事実だが、それでも父親であるアンドリューを嫌いになれないのも事実。抱き締める母を突き飛ばしたヨハネスはキドザエルの後ろに隠れ、ジューリアを抱き上げた。
「天界に帰るのは母さんの方だ! すぐに戻って父さんを治療して!」
「ヨハネスっ、私の、母の話を聞いて! アンドリュー様に怪我を負わせたけれど死ぬような怪我じゃない!」
「そういう問題じゃない! 母さんやキドザエルが来ても天使の混乱が聞こえない。それって、父さんは人目につかない場所で倒れてるって事でしょう!? 母さんの言う様に死なない怪我だとしても、発見が遅れたら死ぬ可能性がない訳じゃない!」
「ヨハネス……!!」
我が子の為に手を血で染めたのにも関わらず、愛する我が子は母の苦悩と決断を分かろうとしてくれない。涙を流し、必死に訴えるユリアの言葉は何一つヨハネスに届かない。
ジューリアは自分を抱くヨハネスの拘束力にストップをかけたいところだが、状況が状況だけに言えなくて地味に辛い。
「それと、この子は絶対に渡さない! じいちゃんやばあちゃんには悪いけど、この子はヴィル叔父さんが気に入ってるんだ。この子がいなくなったらヴィル叔父さんはきっと悲しむ」
「どうして? ネルヴァ様やヴィル様のせいでヨハネスは神の座に就かされたのよ!? あの二人のせいで自由がなかったのに……!!」
「僕達神族の問題に人間は関係ないじゃないか! 『異邦人』だろうがなんだろうが巻き込むべきじゃない」
母としての意思を主張するユリアと神になる為育てられたヨハネスの主張は、どちらも譲れず熱が増すばかり。此処で母と子に喧嘩をしてほしくないジューリアが口を挟もうとしたのをキドザエルが止めた。
「これは神族の問題。人間の君は首を突っ込むべきじゃない」
「……」
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